8 / 163
8 貪欲な思惑
しおりを挟む彼ら五蝶は、ユンファ殿お一人を差し出すことによって、あくまでもジャスル様…ひいてはノージェスと五蝶が協力関係であることを示し、武力行使による侵略を免れた、というわけだ。
しかしもちろんジャスル様が、ユンファ殿を娶られたいと考えたのには、訳がある。
何も、ユンファ殿のその美貌がただ好みであったから…というばかりの婚姻ではないのだ。――政略結婚であるのだから、もちろんそうである。
理由の一つはそのまま、その人の言うとおりのことだ。
ノージェスと長らく国交を断っていた五蝶の国、その両国の和親の証である。――もはやそれを取り交わせただけでも、ジャスル様は大変な功績を得られるのだが。
その上、その五蝶の国の御子に、我が子を産ませようというのだ。…子というのは表面上でも、仲睦まじくつがいあってできるものであればこそ、わかりやすく両国の友好関係の証となる。
おまけに、蝶族の子孫はみな、大変な美形として生まれるという。
いや、もちろん主人の容姿を貶すつもりなど俺にはないが…――しかしありていに言えば、誰が見てもジャスル様はでっぷりと肥えた、黒髪も山が寂しくなったような、脂ぎった肌が浅黒く醜い容姿の、そういった不潔そうな中年男性である。
がしかし、そんな醜男の遺伝子をもってしても、この蝶族と子を成せば、たちまち美しい子が生まれるそうなのだ。
そして、この結婚によって子が生まれれば、現在に至るまでに閉鎖的であった五蝶蝶族と、ノージェスの者との間に生まれた子となる。――すなわち、ジャスル様は今世紀初めて、五蝶との関係を良好にした存在、となるだろう。
しかも、由緒正しい家柄の美しい伴侶、そしてその人と、国の英雄ジャスル様との間に生まれた美しい子ども、両国の美しい和親関係の象徴となるそれらの存在は、ノージェスの民の目に美談として映るに違いない。
そして…――ノージェスの民は、珍しくもひと際由緒正しく、ひと際美しいユンファ殿の存在によってより蝶族、五蝶の国に関心を寄せることだろう。
ただ一見すれば、ノージェスたるジャスル様が五蝶の国に要求したもの、それはユンファ殿ただお一人を娶ること以外に、有事の際の支援物資のみ。
ノージェスと五蝶との貿易関係は諦め、むしろ五蝶の国が侵略された際には、ノージェスの軍を貸すという。…これはいうなれば…ただ見初めたユンファ殿のみを娶りたい、欲よりも平和的に、ただ五蝶の国と仲良くしたい、ただ両国の信頼関係を築きたいだけ、と、いわばそれのみのようにも見える格好だ――表面上は――。
それもまた一つ、国内では美談にされることだろう。
もちろんジャスル様の一存で、五蝶の国が有事の際には軍を貸す、というのは、政治家でも王でもないわりに勝手なようだが、しかし…国王に重用されているジャスル様ならば訳ないこと、それどころか――この五蝶の国への遠征、あるいは、ノージェスの国王も関わっているような気がしてならぬ。
仮に、本当にその不可侵条約延長の旨の手紙を、五蝶側がノージェスの国王に送っていたとしても――遠い国であるから致し方なし、どこかで紛失した、というような理由付けをもってして、たとえ本当は王の手元に届いていたとしても、届いていなかったことにしている…その可能性、大いにあり得ることだろう。
ましてや結局、おそらくはこれまで侵略行為をされてこなかったのだろう五蝶を、ノージェス以外の国が今更侵略するとも思えぬ。…なんなら他国が、五蝶の国の位置を認知しているかどうかさえ怪しい(ノージェスは不可侵条約を交わしていた都合上、国の位置を把握していたのだが)。――つまり、ノージェスの権威を貸しているだけでは所詮お印程度のこと、その点ではほとんど無条件で、この和親を受け入れさせたようなものなのだ。
更にいって、支援物資の協力など、ジャスル様はそれらしいことを言っただけに違いない。いわば、五蝶の国をいずれ騙し取るためだ。――いまや大国となり、どの方角に向かおうがノージェスの領地、そのような国が、この小国五蝶からわざわざ物資支援などされずとも、それこそ国内で全てまかなうことが叶う。
しかも、ノージェスは戦争も近頃国内紛争ばかりで、他国との戦争はしなくなって久しい。――すなわち有事のとき、など、そうノージェスに来るものではない。
また…一方の五蝶だが、侵略行為からの自衛には、ノージェスの軍隊を借りることができる。…大国ノージェスの後ろ盾があれば、彼らはいよいよ国の安泰だとでも見ていることだろう。…もちろん、ジャスル様の言葉にも真実はある。――強国ノージェスの軍事力が後ろにある、それも立地的に戦争のしにくい、小国とはいえ、五蝶の民の協力なしにはまともに戦えぬその国を侵略しよう、などと他国が考えたならば、それはたしかに、まさに愚の骨頂といえる。
しかし…五蝶の国は、いまだ事実上の不可侵条約の延長状態である。いや、むしろだからこそリベッグヤ殿は、まあよいと判断したのやもしれぬが――つまり、かの国の鎖国状態は事実上、解かれていないのだ。
そして、それは――その五蝶の国の鎖国状態は…すなわち、ノージェスの民の目にはおそらく、ノージェスに対する拒絶と見られるにまず相違ない。
ユンファ殿の存在により、あるいはその人と、ジャスル様との子どもの存在によって、多くの民の関心が集まればいよいよに、五蝶の国はどんどん立場が悪くなってゆく。…いうなれば――これほどノージェスは両国の和親を望んでいるというのに、五蝶の御子が子を生んでもなお、お前たちはいまだ国を開かず、我が国との有益な国交をしないつもりなのか。と。
お前たちの子孫でもある子がこの国にいるというのに、これほど親切にしてやっているというのに、五蝶の国との国交がほとんどないのはおかしいだろう。――こうした不条理な国交関係ではなく、平等な国交関係を締結するべきだ。
そうして結局――五蝶の国は、蝶族たちは、ノージェスという国の表舞台へと炙り出されるに違いない。
たとえこの婚姻で、始めこそ不可侵条約を延長したような生活がしばらくあろうとも、大国ノージェスの国民の不満の声が高まれば、それは当然、王の声となって五蝶に伝えられる。――そして五蝶の国は、結局遅かれ早かれ開国を迫られるのだ。
それも、この軍事力に雲泥の差がある…武力ではまず勝ち目のない、ほとんど丸腰の小国五蝶が、領地取りの戦争を繰り返した果て、いまに大国となったノージェスに――開国を、迫られるのだ。
つまりこの婚姻…美しい五蝶の御子の存在によって国民の心が動き、国民の心が動けば王の心が動き、王の心が動けば、ノージェスという大国が丸ごと動く――簡単にいえばジャスル様は、いずれ五蝶の国を丸ごと手に入れる算段をした上で、この表面上友好的な縁談を提案したのだと思われる、ということだ。
あるいは――ノージェスの国王の、命によって…か。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

BL短編まとめ(甘い話多め)
白井由貴
BL
BLの短編詰め合わせです。
主に10000文字前後のお話が多いです。
性的描写がないものもあればがっつりあるものもあります。
性的描写のある話につきましては、各話「あらすじ」をご覧ください。
(※性的描写のないものは各話上部に書いています)
もしかすると続きを書くお話もあるかもしれません。
その場合、あまりにも長くなってしまいそうな時は別作品として分離する可能性がありますので、その点ご留意いただければと思います。
【不定期更新】
※性的描写を含む話には「※」がついています。
※投稿日時が前後する場合もあります。
※一部の話のみムーンライトノベルズ様にも掲載しています。
■追記
R6.02.22 話が多くなってきたので、タイトル別にしました。タイトル横に「※」があるものは性的描写が含まれるお話です。(性的描写が含まれる話にもこれまで通り「※」がつきます)
誤字脱字がありましたらご報告頂けると助かります。





ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる