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午前0時の小夜曲(セレナーデ)
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(百年の間に、人間界がこんなに変わっているとは……)
目の前を通り過ぎる人々を眺めながら、夜の公園のベンチでフリッツはひとり呟いた。
黒づくめの服に艶やかな黒髪。涼しげな青い瞳で街の喧騒を見つめる彼は、一見すると異国から来た普通の若者だ。だが彼の正体は周りの人々とは大きく違っていた。
フリッツは吸血鬼だった。魔界に住む吸血鬼は百年に一度、人間の姿格好になって人間界に転生してくる。そして人間界で二十歳の処女の生き血を吸うことで、次の百年分の生命力を得て魔界に帰っていく。
吸血鬼が人間界にいられるのは三十日間。生き血を吸われた若い娘は枯れて死んでしまうが、生き血を吸えずに三十日が過ぎると、吸血鬼は灰になって死んでしまう。
フリッツは今日、百年ぶりに人間界に転生してきた。生まれ変わってくるたびに人間界の変わりようには驚かされるが、今回ほど変化の大きさに戸惑ったことはない。
夜だというのに街が昼間のように明るい。記憶にある人間界の夜の明かりは概ね月と星のみで、大通りに点在するガス灯はぼんやりと薄暗かった。
だが目の前の人間界は道のすべてが眩い街灯に照らされて、どの建物の窓からも光が溢れている。建物の外壁を照らすネオンや看板の煌めきは目に痛いほどで、夜空に星影を見つけることもままならない。
人間界は吸血鬼にとって随分と居心地の悪い世界になっていた。
転生してきたフリッツを困惑させたのは、夜の明るさだけではなかった。獲物となる二十歳の処女が全くいないのだ。フリッツのいる公園の前を、着飾った厚化粧の女が途切れることなく通り過ぎる。しかしいずれの女も純潔ではない。
特殊な嗅覚を持つ吸血鬼は、匂いで処女を見分けることができる。だが現代の人間界では処女の匂いのする女は稀少で、しかもみんな幼い少女だった。
女の瞳を見れば、吸血鬼は女の年齢が一日刻みで読み取れる。切り株の年輪のように、瞳の光彩に命の時間が刻まれているからだ。
百年前ならば、二十歳の処女を見つけるのは容易だった。道端ですれ違う二十歳の女はたいていが処女で、どの女の生き血を吸おうかと選り好みしたくらいだ。だが今回は目にする二十歳の数は多くても、純潔の二十歳はさっぱり見当たらない。
このまま公園で待っていても、お目当ての獲物は見つかりそうにない。フリッツはベンチから立ち上がり、公園の奥を一瞥した。
視線の先にこんもりと繁った林があった。コンクリートとアスファルトばかりの街でも、公園には昔のように緑がある。
街の明るさに疲れを感じたフリッツは、暗がりで休もうと繁みに向かって歩きだした。
林の中に足を踏み入れた時、繁みの奥から女の悲鳴が聞こえた。
声のした方に駆けつけると、若い女が草むらに押し倒されていた。長いスカートが捲れ上がって露わになった白い太腿の間に、馬乗りになった男の右手が潜っている。
「何をしている!」
男に向かってフリッツは叫んだ。
振り向いた男に駆け寄って顔面に蹴りをぶち込むと、ぐしゃっと鼻の潰れる音がした。
続けざまに男の頬に拳を叩き込む。男がもんどりうって女の上から転げ落ちた。
恐怖に怯えた目つきでフリッツを見上げた男は、凍えたようにガタガタと体を震わせた。
とどめを刺してやる。男に詰め寄ろうとしたフリッツの右脚に誰かがしがみついた。振り返ると、先ほどまで男に組み伏せられていた女が、フリッツの脚に抱きついていた。
「やめてください、死んじゃいます……」
フリッツが戸惑う隙に、男が駆け足でバタバタと逃げ出した。小さくなる背中を憎々しげに見送ると、フリッツは足元の女に視線を下ろした。
長い睫毛に涙をためて、女がしゃくりあげていた。頬が腫れているのは男に殴られたからだろう。
土と草にまみれた黒髪にフリッツが手を伸ばすと、女は俯いてびくりと身を固くした。
「大丈夫だ。何もしない」
女の髪についた汚れを払ってやる。その時、酸味と甘味の混じった匂いがフリッツの鼻孔を突いた。
処女の匂いだ。
黒目がちな女の瞳を覗き込む。フリッツの頭の中で数字がくるくる回りだした。十九歳と……三百三十………六日。畜生、二十歳まで三十日足りない。
「あの、あ……ありがとうございました」
顔を強張らせて女が頭を下げた。鈴を転がすような澄んだ声だった。
「道を聞かれて、そしたら急に引っ張り込まれて、そしたら、そしたら……」
「そうか、それは災難だったな」
フリッツの口調は冷めていた。そんなことに興味はない。俺が気になるのは処女のお前が二十歳でないことだけだ。
「あの、何かお礼を……」
「いらん」
くだらない。獲物でない女に関わる気はない。
「でも、そんなわけには……」
汚れたスカートをはたきながら、女がゆっくりと立ち上がる。小柄な女の背丈は、フリッツの胸までしかなかった
女の白い首筋を見たフリッツは、ゴクリと喉を鳴らした。女の瞳をもう一度覗き込む。二十歳にはやはり三十日足りなかった。
(三十日後に会いたかったものだ)
踵を返したその時、フリッツの脳裏に閃光がほとばしった。端麗な吸血鬼は唇の端を持ち上げて振り返った。
「お前はいつも夜にここを通るのか?」
怖がらせてはいけない。穏やかに話しかけたつもりだが、女の表情はまだ硬い。
「は、はい……。シフト次第ですけど、遅出の日はいつも今頃です」
「遅出とは何だ?」
「普通の日は朝から出勤なんですけど、三日に一回くらい遅出があって、その日は昼から夜十時まで仕事なんです」
「つまり遅出の日は今の時間にここを通るということだな」
「はい。住んでるアパートまで、ここを通ると近道なんで……」
(なるほど、好都合だ)
フリッツは心の中でほくそ笑んだ。
「ではこれから遅出の日の帰りには、俺が職場からアパートまで送ってやろう。今日のようなことがあると心配だからな」
突然の提案に女は目を丸くして、突き出した両手を左右に振った。
「駄目ですよ。そんなの、やり過ぎです。お礼をするどころか、私がしてもらうばっかりじゃないですか……」
伏し目がちになり、女が申し訳なさそうにうなだれる。フリッツはすっと腰を屈めて、女の目線に顔を合わせた。
「やりたいことをやらせてくれるのが、俺には一番のお礼だ。実はこの街に来たばかりで、話をしてくれる人が欲しいんだ」
女の緊張を解くように優しい声色を使い、フリッツは最後の一押しとばかりに耳元で囁いた。
「友達になって、くれないかな」
「え、あ、あの……私で、よければ……」
口ごもった女の顔が耳まで赤くなる。
「決まりだ。それでは早速送るとしよう。ああ、自己紹介がまだだったな。俺はフリッツだ」
「私は優奈といいます。……本当に、ありがとうございます」
弾かれたようにお辞儀をして、女は初めて微笑んだ。
派手さはないが目鼻立ちの整った女の顔に、悪くはないとフリッツは心の中で呟いた。
アパートの近くまで女を送り届けると、フリッツはまた公園に戻った。ベンチに腰掛ける彼の前を、派手な化粧の女が通り過ぎる。膝丈より短いスカートの女が弾んだ足取りで後に続くが、どちらも処女の匂いはしない。
地味な優奈は化粧をしておらず、長いスカートは足首まであった。今の時代、あれくらい質素でなければ純潔を守れないのか。あるいは処女でなくなると、女は派手になるのだろうか。
まあどちらでも構わない。星の見えない夜空を睨んでフリッツはクククと笑った。
今から三十日後。フリッツが人間界にいられる最後の日が、優奈の二十歳の誕生日だ。その日にあの女に噛みついて生き血を吸えば目的は達成される。
今夜みたいに暴漢に襲われて優奈が純潔を失わないように、フリッツは彼女の誕生日まで夜の帰り道のボディガードを買ってでたのであった。
人間界での日中をフリッツは廃墟ビルの一室で過ごした。薄暗い日陰なら短時間は耐えられるが、太陽の光を直接浴びると体が焼けて死んでしまう。
そのためフリッツの活動時間は陽が落ちてからで、優奈のボディガードも遅出の帰りしかできない。
翌日も翌々日も、フリッツは夜の街を徘徊して獲物を探した。そして徒労に終わって夜明けを迎えるたびに、優奈のことを考えた。
彼女の次の遅出は、出会ってから三日後だった。陽が沈みネオンが眩い繁華街を抜けて、フリッツは優奈の職場へと出かけた。
優奈から教えられた場所は、古い建物が並ぶ下町の小さな工場だった。二階建ての工場の壁は灰色に煤けて、埃を被ったガラス窓は曇って中が覗けない。耳を澄ますと、ガシャン、プシューと機械の音が微かに聞こえた。
フリッツは建物の裏に回って、職員通用口から出てくるはずの優奈を薄暗い路地で待った。通用口を照らす蛍光灯は時々暗くなり、ジーッと唸ってまた明かりを灯す。繁華街の煌びやかなネオンとは大違いだ。
どれくらい待っただろうか、時計を持たないフリッツにはわからない。退屈しのぎに数えていた蛍光灯の瞬きの数を忘れた頃に、通用口から優奈が姿を現した。
膝丈のスカートからすらりと長い脚が伸び、ピンクのブラウスの胸元のフリルが歩調に合わせて揺れている。
路地に佇むフリッツに気づくと、優奈はぺこりと頭を下げて駆けてきた。
「何だ、その恰好は」
「え、何かおかしい……ですか?」
きょとんとした表情で、優奈は自分の服装を見返した。
「いや、おかしくはないが……。この前と随分感じが違うじゃないか」
困ったように頭をかいて、優奈は恥ずかしそうに微笑んだ。
「フリッツさんが迎えに来てくれるから、今夜はオシャレしてみたんですけど……」
「そういう気遣いはしなくていい」
不機嫌な顔で歩きだしたフリッツの背中を、優奈が慌てて追いかける。
(余計なことをしやがって。そんな派手な格好をして、悪い男に襲われたらどうするつもりだ)
斜め後ろからついてくる優奈の足音を聞きながら、フリッツはひと気のない夜道に目を光らせた。
しばらく沈黙が続いた後に、優奈が遠慮がちに話しかけてきた。
「あの、フリッツさんはどこの国の出身なんですか。髪は黒いけど、瞳は青いですよね」
さて何と答えようか。フリッツは頭の中で記憶のページをパラパラとめくった。
「……ルーマニアだ」
「へええ、珍しい。私、ルーマニアの人にお会いしたの初めてです」
吸血鬼の伝承がルーマニアに多いことをフリッツは知っていた。きっと遠い祖先が多く転生したのだろう。だが名前を知っているだけで、フリッツはルーマニアに転生したことがない。
ぼろが出る前に、フリッツは同じ質問を優奈に返した。
「私もちょっと遠いところです。といっても日本だから、フリッツさんとは比べものになりませんけど。ここよりもずっと田舎で、夜空に星がいっぱい見えるところでした。田んぼと畑ばっかりで、子供の頃は弟と木登りしたり、虫捕りしたりしてたんですよ」
人間の成長を見届けたことのないフリッツには、子供の頃の優奈が想像できない。今のままの彼女が木に登っている姿を想像して、真っ直ぐに結んだ唇がおのずと緩む。
「フリッツさんのご家族は、皆さんルーマニアにいるんですか?」
「家族。……家族はいない。生まれた時からずっと」
「あ……悪いことを聞いちゃったみたいで、ごめんなさい」
もちろんフリッツにも父と母は存在する。だが魔物の親は子育てをせず、生まれた赤ん坊をその場で野生に捨ててしまう。魔物は生まれた瞬間から、自分だけの力で魔界を生き抜かなければならない。
だからフリッツは両親の顔を知らない。肉親と一緒に暮らしたことがないので、そもそも家族というものがよくわからない。
「一人には慣れているから気にすることはない。……家族か、優奈の家族はどうなんだ」
「私の家族は……」
優奈は桜色の唇を軽く噛み、小さく頷いてから話し始めた。
「お父さんとお母さん、弟と私の四人家族です。今は遠くに離れているけど、とっても仲がいいんですよ」
「家族の仲がいいとは、どういうものだ」
うーんと優奈は眉根を寄せた。
「どういうって、そうだなあ。気持ちが温かくなって、癒されますね。辛いことがあっても頑張ろうって思えます」
星の見えない夜空を見上げて、優奈は僅かに微笑んだ。
先日の公園の入り口に来ると、優奈の足がぱたりと止まった。思いつめた顔をして、唇の端をピクピクと震わせる。忌まわしい出来事を思い出したようだった。
優奈の様子に気づいたフリッツは、そっと彼女の手を握った。今までに触れたことのない細くて華奢な手だった。
「大丈夫だ。俺がついてる」
立ちすくむ優奈の手を引いて、フリッツは公園内に足を踏み入れた。嫌な記憶のある繁みの横を、二人で足早に通り過ぎる。
園内を通り抜けて反対側の道路まで来ると、優奈は頬を赤くして、慌てたようにフリッツの手を払いのけた。
「あ、あの、ごめんなさい……」
なぜ優奈が謝るのか、フリッツにはわからなかった。
公園を出てからは気まずい沈黙が続いた。コツコツと靴音を鳴らすフリッツの半歩後ろを、トコトコと優奈が黙ってついてくる。
「……ありがとうございました。ここで結構ですから」
住宅街の三叉路まで来ると、優奈が丁寧に頭を下げた。
住まいを確認しておきたい気持ちはあるが警戒されてはいけないと、フリッツは最初の日と同様にアパートまでついて行かなかった。
角を曲がる優奈を見送り、フリッツは一人で廃墟ビルに戻った。手足をだらりと伸ばして寝そべると、ひんやりと床の冷たさが背中に沁みた。人間の手は温かかったなと、フリッツは優奈の白い手を思い出した。
四度目の遅出の夜のことだった。
二人が歩く道の先で、何かがキラリと光った。フリッツが屈んで拾い上げると、それは銀色の小さな指輪だった。柔らかなウェーブラインのリングの上に、ハート型のピンクの宝石が乗っている。
「わあ、可愛い!」
横から覗き込んだ優奈がはしゃいだ声を上げた。
「これの一体どこが可愛いんだ」
「どこって、デザインも色も、みんな可愛いじゃないですか」
「わからんな。ただの金属の輪っかじゃないか」
腑に落ちない顔で首を傾げると、フリッツは指先に摘まんだ指輪を優奈の目の前に差し出した。
「欲しいのなら貰っておけ」
「え、駄目ですよ。落とし物なんだから」
目を丸くして優奈が首を振る。
「なぜだ。落としたのなら、もう要らないんだろう」
「違いますよ。持ち主はきっと一生懸命探してるはずです。だって……」
指輪を見つめる優奈の瞳がキラキラと輝いた。
「女の子の指輪には、気持ちが一杯詰まってるんですよ」
澄んだ眼差しを指輪からフリッツに向けて、優奈がにこりと微笑みかける。
「さあ、警察に届けに行きましょう」
交番に立ち寄るため、その夜は遠回りして帰ることになった。
「そんなに可愛いと思うのなら、優奈も指輪を買えばいいじゃないか」
フリッツの率直な提案に、優奈はフフフと小さく笑った。
「あんな高い指輪買ったら、ご飯食べられなくなって飢え死にしちゃいます。それにですね……」
道の向こうを見つめて優奈が呟いた。
「自分で買うんじゃなくて、プレゼントされたいものなんですよ、指輪って……」
「ふうん、そういうものなのか」
「そういうものなんですよ。女子の気持ちはそういうものなんです」
優奈はクスクスと可笑しそうに笑った。
くだらないことを言う奴だ。フリッツは心の中で悪態をついた。女子の気持ちなどわかるわけがないし、わかる必要もない。
いらいらした気持ちを抱えながら、フリッツは優奈の半歩前を黙って歩いた。
とある遅出の夜の繁華街でのことだった。
「お兄さん、誰か探してるの?」
優奈の職場に向かうフリッツに、親しげに声をかけてくる男がいた。龍の刺繍のスカジャンを着て、長い髪をオールバックに撫でつけた中年男だった。
「まあ、探しているといえば、探している」
「女の子?」
「そう、二十歳の処女だ」
「それ限定? でも大丈夫。いい子紹介するから、ついてきなよ」
分厚い唇を下品に歪め、男は背伸びをしてフリッツの肩を抱いた。
中年男に連れられて人通りのない路地に入った。やけに馴れ馴れしいのが気に入らないが、獲物を紹介してくれるのなら断る理由はない。
古ぼけた建物の裏に着くと、派手な花柄のワンピースを着た女が立っていた。目の縁に黒いアイラインを引いて、薄い唇に煙草をくわえている。
「亜理紗ちゃん、お客さん!」
切れ長の目でフリッツを一瞥すると、女は赤い唇からふうっと白い煙を吐いた。
「お兄さん、イケメンじゃない。気に入ったわ」
女から処女の匂いはしない。男についてきたことをフリッツは後悔した。
「帰らせてもらう。約束があるので」
「あら、つれないこと言わないでよ」
フリッツの首にぶら下がるように腕を回して、女が鼻にかかった声を出す。
上目遣いで媚びる女と目が合った時、フリッツの頭の中でくるくると数字が回った。
「……三十八歳と五十六日」
女はギョッと目を丸くして後ずさり、唇からポロリと煙草を落とした。
「な、何言ってるの、あんた!」
憎たらしそうにフリッツを睨みつけ、手に持っていた煙草の箱を投げつける。
「おいおい、お兄さん。からかうのもたいがいにしろよ!」
先ほどまで親しげだったスカジャンの男が、語気を荒げて唾を吐いた。
「ここまでついてきたんだから、してもしなくても、払うものは払ってもらうぜ」
「払うものとは何のことだ?」
「金に決まってるだろ」
「金? 金などない」
「冗談言ってもらっちゃ困るな!」
フリッツの顔をめがけて、男が右手を一振りした。
左頬にヒリッと鋭い痛みが走り、フリッツの白い肌に赤い血の筋が浮かび上がる。
男の右手には折り畳み式ナイフが握られていた。
「どうだい。払う気になったかい?」
ナイフを右手でくるくると回しながら、勝ち誇った表情で男がニヤつく。
その刹那。フリッツは眉一つ動かさずに冷めた表情で、右の拳を男の顔面にたたき込んだ。
巨大なハンマーで打ち抜かれたように男の体が宙を舞い、くるりと一回転して地面に落ちた。白目を剥いた男の顔は、月面のクレーターのように窪んでいた。
「ひッ、ひいいいいいぃーーッ!」
布を切り裂くような悲鳴を上げて、女が地面にへたり込む。恐怖にひきつらせた顔をぶんぶんと左右に振って「来るな来るな」と呪文のように叫んだ。
動かない男と泣き叫ぶ女を置き去りにして、フリッツはビルの裏から立ち去った。
すれ違う女達に目もくれず、優奈の職場へと全力で駆ける。
工場の裏のいつもの路地に着くと、職員通用口からちょうど優奈が出てくるところだった。
「ど、どうしたんですか!?」
暗がりのフリッツを見るなり、彼女は驚いた顔で駈け寄ってきた。
「いや、別に何もないが」
ポーチから白いハンカチを取り出して、優奈がフリッツの左頬を押さえる。
「血が出てますよ」
「ン、ああ……」
スカジャンの男にナイフで切られたことを思い出して、フリッツはムッと顔をしかめた。
「ここに来る前に、つまらない喧騒に巻き込まれてしまってな」
純白のハンカチに染みた赤黒い血を見て、優奈の表情が憂わしげになった。
「もう……気をつけてくださいよ……」
上目遣いの黒い瞳が潤みだす。
「……心配をかけて、すまない」
怪我をしたのは俺なのに、どうして優奈が泣くのだろう。不可解な気持ちでフリッツは眉をひそめた。
「もういい。自分でやる」
優奈の手からハンカチを取り上げて、憮然として歩きだす。
いつもの三叉路の角で優奈と別れると、フリッツはねぐらの廃墟ビルに戻らずに繁華街に向かった。
殴り倒したスカジャンの男が気になっていた。死んではいないはずだが、目を覚まして警察に駆けこまれでもしたら面倒だ。
夜が更けても街は人の群れで賑わっていた。大声を上げる酔っ払いの横を険しい顔で通り過ぎる人。シャッターが閉まった店の前で所在なく佇む人。お互いの腰に手を回して笑顔で歩く男と女。
大通りの外れで、フリッツは見覚えのある背中を見つけた。龍の刺繍のスカジャンだ。
足早に男に歩み寄り、フリッツは背後からジャンパーの肩を掴んだ。
振り向いた男の顔が驚愕と恐怖に歪み、掴まれた肩がガタガタと震えだす。男の鼻頭は分厚いギプスで固定されていた。
「ひぇッ! すいません、すいませんッ!」
飛び込むように道路にしゃがみ込み、男がアスファルトに額を擦りつける。土下座する男とフリッツの周りに、ざわざわと野次馬が集まりだした。
「おい、やめろ。早く立ち上がれ」
眉をひそめてフリッツは低い声で怒鳴った。
おどおどと立ち上がった男が手を合わせて、泣き出しそうな顔で頭を下げる。
「お兄さん、俺が悪かった。本当に悪かった」
ぺこぺこと謝る男をフリッツは刺すように睨んだ。
「女はどうした」
「亜理紗ちゃんは客を取って、今、ホテルです」
「警察へは行かなかったのか」
「とんでもない!」
男は皿のように目を丸くして、ぶんぶんと顔の前で両手を振った。
「行くわけないでしょう。こっちも出るところに出られない身ですから」
スカジャンのポケットから長財布を取り出すと、男は震える指で中身を抜いた。
「これで、これで勘弁してください」
差し出した男の手首を鷲掴みにして、フリッツはググっと力を込めた。
「二度と俺の前に顔を出すな。わかったな」
顔をしかめながら頭を縦に振る男の手から、皺だらけの一万円札がハラハラとこぼれて落ちる。
一枚、二枚、三枚、四枚、五枚。拾い上げた紙幣を上着のポケットにねじ込むと、フリッツは野次馬の群れをかき分けて立ち去った。
遅出の優奈のボディガードを始めて二十日が過ぎた頃には、フリッツはもう他の女を探しに出かけなくなっていた。
現代の人間界で二十歳の処女を見つけるのは難しく、優奈の純潔を誕生日まで守る方が賢明だと気づいたからだ。
だが優奈に手を出そうとする男は夜だけでなく、フリッツが活動できない日中にもいるかも知れない。フリッツは落ち着かない気持ちで昼間の時間を過ごした。
夜に優奈に会うたびに、フリッツは甘酸っぱい処女の匂いを確認した。優奈の匂いを嗅ぐと、ざわついた心が安らかになった。
そんなある夜のこと。いつものように工場の裏路地で優奈を待っていると、彼女が出てくる前に建物の明かりがすべて消えた。
(どういうことだ……?)
真っ暗な建物からはもう物音一つ聞こえてこない。
今夜は遅出のはずだ。優奈は先に帰ってしまったのか? いや、早く仕事が終わったのなら、迎えにくる俺を待っているはずだ。
嫌な予感がフリッツの頭を駆け巡る。
優奈の身に何かあったのか? 事故に巻き込まれたのか? いや、悪い男に襲われてしまったのではないか? もしかして昼間に?
じっとしていられなくなり、フリッツは駆けだした。
街中の公園まで引き返したが、優奈の姿はない。うっそうとした園内の繁みに、フリッツの胸騒ぎはいっそうは大きくなった。
コンビニの前を通り過ぎて、人通りの少ない住宅街を抜ける。いつも別れる三叉路までやってきたが、やはり優奈は見当たらなかった。
再び公園に引き返して、今度は繁華街に向かった。夜更けの街は今夜も賑わっていた。人込みをすり抜けて、時には肩をぶつけながら、フリッツは優奈を探して街中を走った。
飲食店街を通り抜けて、洋服店や雑貨屋の並ぶ通りに出た。深夜の販売店はみな閉店しており、飲食店街より人通りが少ない。
走りつめて息が苦しくなったフリッツは、両膝に手をついて立ち止まった。ぽたりぽたりと滴る汗が、アスファルトに丸い染みを作る。
顔を上げると、目の前は閉店後の貴金属店だった。金属製のパイプで組まれた面格子のシャッターの隙間から、煌びやかな店内が窺える。
フリッツの青い目に、ピンクの小さなハートが飛び込んできた。柔らかなウェーブラインのシルバーリングに、ハート型のピンクの宝石。いつかの帰り道で拾ったのと同じデザインの指輪だ。
あの夜の優奈の笑顔がフリッツの脳裏に蘇る。
(大切な獲物だ。畜生、探さなければ!)
フリッツは真夜中の街を駆け回った。
だが東の空が明るくなっても、優奈を見つけることはできなかった。濃紺から水色に変わっていく空を恨めしげに睨みながら、フリッツは朝陽が昇る前に廃墟ビルに戻った。
揃えた膝頭の間に顔を埋めて座り込み、フリッツは血が滲むほど唇を噛んだ。
遅出の日ではないとわかっていても、翌日も翌々日も陽が落ちるとフリッツは優奈の職場に足を運んだ。そして通用口の扉が開くたびに息を呑み、別人が出てくるたびに肩を落とした。
待ち遠しかった次の遅出の日には、フリッツはいつもより早く廃墟ビルを出た。通用口から出てくるのを一人も見逃さないつもりだった。
扉からぽつりぽつりと出てくる人を、フリッツは拳を握りしめて見つめた。
(優奈は建物の中にいるのだろうか……)
何度も唾を飲み込むが、喉が渇いて仕方がない。服の上から胸に手をやると、バクバクと大きな鼓動が手の平に触れた。
通用口からようやく優奈が姿を見せた時、電流が走ったみたいにフリッツの体が痺れた。頭にカッと血がのぼり、考えるよりも先に駆けだしていた。
「どこに行ってたんだ!」
優奈の両肩を掴み、乱暴に揺すった。
「え……どこって、ここにいるじゃないですか」
「そうじゃない! この前の遅出の日だ」
「ああ、この前はごめんなさい。ひどい風邪でお休みしたんです」
「それならそうと教えてくれれば……」
言いかけてフリッツは口ごもった。通信機器を持っていない自分に、優奈が連絡できるわけがないのだ。
「ごめんなさい、心配かけて……」
優奈が申し訳なさそうに頭を下げた。
「……いや、いいんだ……」
素直に謝られると、ますます怒りのやり場をなくなる。フリッツは視線を逸らしてうんうんと頷いた。
「いいんだ、何もなかったのなら……」
香しい処女の匂いは健在だ。優奈の純潔に安心しながらも、フリッツはざらざらとしたささくれを心に感じて顔をしかめた。
フリッツが人間界に転生して二十九日目。その日は優奈の誕生日の前日であり、彼女を迎えにいく最後の日でもあった。
太陽が西の空に沈むと、フリッツいつもより早く廃墟ビルを出た。優奈の職場に向かう前に、繁華街に寄るためだ。
東の空のビルの谷間に、昇ってきたばかりの黄色い満月が見える。フリッツが人間界で過ごす最後の夜。あの満月が真上まで昇ったら、日付が変わって優奈は二十歳になる。
繁華街で用事を済ませたフリッツは黒い上着のポケットに両手を入れて、自分のつま先を見つめながら歩いた。左、右、左、右、左……。一歩ずつ踏み出すたびに、人間界での時間の終わりが近づくのを感じた。
工場の裏で優奈を待つ間、フリッツはそわそわと落ち着かなかった。早く出てこいと思う気持ちとまだ出てくるなと思う気持ちが入り混じり、胸がつかえて息苦しかった。
だが通用口から出てきた優奈を目にすると、フリッツの胸はやはり高鳴った。水色のワンピースを着た彼女は珍しく化粧をしていた。
ひと気のない暗い道を並んで歩く。今夜の二人は口数が少なく、コツコツと鳴る足音がやけに耳に響いた。
無言で歩いているうちに、いつも別れる三叉路に着いた。東の空の満月は見上げる高さにまで昇っている。今夜は日付が変わるまで優奈と一緒にいなければならない。
唾を飲み込んで話しかけようとした時、フリッツよりも先に優奈が口を開いた。
「あの……、もしよかったら、お部屋に上がってもらえませんか……」
つぶらな黒い瞳がフリッツを見上げる。断る理由のないフリッツは黙って頷いた
優奈の住むアパートは、三叉路の角を曲がって数分のところにあった。一階と二階に四部屋ずつの長屋造りの古い建物で、錆の目立つ階段を上がった二階の突き当りが彼女の部屋だ。
簡易なキッチンと六畳間が一つだけの、狭い部屋だった。
「えへへ、散らかっててごめんなさい」
キッチンで湯を沸かしながら、優奈が恥ずかしそうに言った。
散らかっているどころか、部屋には物が少なかった。家具らしいものは小さなテーブルと壁際に積まれた白い衣装ケースのみで、洒落たクローゼットも化粧台もない。カーテンレールに直に洋服が吊るされた殺風景な部屋は、若い女らしい浮かれた華やかさがなかった。
部屋の隅に小さな木箱があるのに気づき、フリッツは目を凝らした。箱の内側にスナップ写真が立てかけられていた。
写っているのは中年の男、中年の女、Tシャツを着た男の子。そしてもう一人は今よりずっとあどけない優奈だった。写真の中の四人は、みな楽しそうに笑っていた。
「それ、私の家族です」
フリッツの背中で優奈の声がした。
「お父さん、お母さん、弟と私です。五年前の。その後みんなでお出かけしてる時に交通事故にあって……。
私だけ助かったんです。みんな死んじゃったのに……。
一人になってから親戚の家にお世話になってたんですけど、やっぱり居づらくて。高校を卒業してから直ぐに上京したんです……」
フリッツは身じろぎせずに、優奈の告白を聞いていた。
「それからずっと一人で……。私、明日、誕生日なんです」
ティーポットと苺のショートケーキが二つ乗ったお盆をテーブルに置いて、優奈はそっと目頭を押さえた。
「去年の誕生日は一人だったけど……、今年は違うかもって。フリッツさんがいてくれるなら。ご迷惑かも知れないけど……」
長い睫毛から涙が零れて、優奈の白い頬に一条の線を引く。
「我儘に付き合わせて、ごめんなさい。でも私、本当に嬉しくて……」
フリッツが振り返ると、優奈は両手で顔を覆って肩を震わせていた。家族が揃った写真の中ではあんなに笑っていたのに。
「……優奈」
震える肩に手を置いて、フリッツは優奈の体を引き寄せた。背中に腕を回してそのままギュッと抱きしめる。
上目遣いでフリッツを見上げ、優奈は濡れた瞳をそっと閉じた。
顔を寄せて、二人は唇を重ねた。柔らかな唇の感触を味わいながら、フリッツはワンピースのファスナーを摘まんで下げた。優奈の肩から水色の布地がするりと落ちて、積もったばかりの初雪のような肌が露わになった。
フリッツは目だけ動かして、優奈の首筋に視線を落とした。きめの細かな白い肌に、青い血管が透けて見える。
唇を首筋に移して、フリッツは舌先を拍動する血管に這わせた。血管の走行を確かめると、大きく口を開いて白い首筋を甘噛みする。
「あぁン……」
おとがいをびくんと上げた優奈の唇から、甘い喘ぎが漏れた。
カッと見開いたフリッツの白眼に、ピリピリと赤い血管が無数に走る。大きくなった青い瞳が紫色に輝いた。
だがフリッツは白い肌に牙を立てずに、拍動する首筋から唇を離した。
切なげに眉を寄せた優奈が薄目を開けて、黒い瞳でフリッツを見上げる。睫毛から溢れた涙が上気した頬を滴り落ちて、首筋を濡らした。
この娘はきっと今日まで、涙を堪えて生きてきたのだろう。
優奈の瞳を見つめるフリッツ頭の中で、くるくると数字が回りだす。二十歳と……0日。日付が変わって、優奈は二十歳になった。
愛おしい黒い瞳を見つめて、フリッツは人間界で初めての言葉を口にした。
「誕生日おめでとう……優奈、愛してる」
見つめ合い抱きしめ合いながら、二人は床の上に横になった。フリッツの指が慈しむように優奈の体を撫でると、フリッツの背中にしがみつく優奈の指に力がこもる。
黒い衣服を脱ぎ捨てて、フリッツは優奈の中に入っていった。
「ああぁ……ッ」
体を貫く衝撃に唇をわななかせながら、優奈がフリッツの耳元で囁いた。
「私も……愛してる」
二人は求め合い、体を重ねて一つになった。
絶頂の後の気だるさを感じながら、フリッツは隣で眠る優奈の顔を飽きずに眺めていた。
時計の針は午前五時を回っている。
フリッツが人間界にいられる最後の日に優奈は二十歳になり、そして処女でなくなった。
フリッツの胸はかつてない歓びに満ちていた。このまま優奈のそばにいられたら、どんなに幸せだろう。だがそれが叶わない望みであることは、十分にわかっていた。
カーテンの向こうで夜空が明るくなっていく。透けるような白い満月が、西の空に沈もうとしていた。
夜明けだ。
眠っている優奈の頬にそっと口づけて、フリッツは立ち上がった。脱ぎ捨てた黒い衣服を身にまとい、上着の右ポケットから白いハンカチを取り出す。左頬を怪我した時に優奈が渡してくれたハンカチだ。フリッツはもう一度左頬に当ててから、ハンカチをテーブルの上に置いた。
そして左のポケットに手を入れて、小さな四角い箱を取り出した。濃紺の布が貼られた蓋を開けると、箱の中でピンクのハートがキラリと光った。柔らかなウェーブラインのシルバーリング。優奈を迎えにいく前に繁華街の貴金属店に立ち寄って、スカジャンの男から手に入れた金で買った指輪だ。
蓋を閉じて、指輪の箱をハンカチの上に置いた。
フリッツは目を閉じて、大きく息を吐いた。
(幸せになれよ。父、母、弟、そして俺の分も)
優奈を起こさないよう足音を忍ばせて、フリッツはそっと玄関の扉を開けた。煌めく朝陽が両目に突き刺さり、視界が赤く霞んで歪む。フリッツは後ろを振り返り、子猫のように眠る優奈を見た。
さらばだ。
フリッツは勢いよく扉の外に飛び出した。総身に朝陽が降り注ぎ、業火の炎が吸血鬼の体を包む。
フリッツはぶすぶすと焼き崩れて灰になった。灰は空高く舞い上がり、しばらくアパートの上を漂っていたが、やがて風に吹かれて散り散りになった。
目の前を通り過ぎる人々を眺めながら、夜の公園のベンチでフリッツはひとり呟いた。
黒づくめの服に艶やかな黒髪。涼しげな青い瞳で街の喧騒を見つめる彼は、一見すると異国から来た普通の若者だ。だが彼の正体は周りの人々とは大きく違っていた。
フリッツは吸血鬼だった。魔界に住む吸血鬼は百年に一度、人間の姿格好になって人間界に転生してくる。そして人間界で二十歳の処女の生き血を吸うことで、次の百年分の生命力を得て魔界に帰っていく。
吸血鬼が人間界にいられるのは三十日間。生き血を吸われた若い娘は枯れて死んでしまうが、生き血を吸えずに三十日が過ぎると、吸血鬼は灰になって死んでしまう。
フリッツは今日、百年ぶりに人間界に転生してきた。生まれ変わってくるたびに人間界の変わりようには驚かされるが、今回ほど変化の大きさに戸惑ったことはない。
夜だというのに街が昼間のように明るい。記憶にある人間界の夜の明かりは概ね月と星のみで、大通りに点在するガス灯はぼんやりと薄暗かった。
だが目の前の人間界は道のすべてが眩い街灯に照らされて、どの建物の窓からも光が溢れている。建物の外壁を照らすネオンや看板の煌めきは目に痛いほどで、夜空に星影を見つけることもままならない。
人間界は吸血鬼にとって随分と居心地の悪い世界になっていた。
転生してきたフリッツを困惑させたのは、夜の明るさだけではなかった。獲物となる二十歳の処女が全くいないのだ。フリッツのいる公園の前を、着飾った厚化粧の女が途切れることなく通り過ぎる。しかしいずれの女も純潔ではない。
特殊な嗅覚を持つ吸血鬼は、匂いで処女を見分けることができる。だが現代の人間界では処女の匂いのする女は稀少で、しかもみんな幼い少女だった。
女の瞳を見れば、吸血鬼は女の年齢が一日刻みで読み取れる。切り株の年輪のように、瞳の光彩に命の時間が刻まれているからだ。
百年前ならば、二十歳の処女を見つけるのは容易だった。道端ですれ違う二十歳の女はたいていが処女で、どの女の生き血を吸おうかと選り好みしたくらいだ。だが今回は目にする二十歳の数は多くても、純潔の二十歳はさっぱり見当たらない。
このまま公園で待っていても、お目当ての獲物は見つかりそうにない。フリッツはベンチから立ち上がり、公園の奥を一瞥した。
視線の先にこんもりと繁った林があった。コンクリートとアスファルトばかりの街でも、公園には昔のように緑がある。
街の明るさに疲れを感じたフリッツは、暗がりで休もうと繁みに向かって歩きだした。
林の中に足を踏み入れた時、繁みの奥から女の悲鳴が聞こえた。
声のした方に駆けつけると、若い女が草むらに押し倒されていた。長いスカートが捲れ上がって露わになった白い太腿の間に、馬乗りになった男の右手が潜っている。
「何をしている!」
男に向かってフリッツは叫んだ。
振り向いた男に駆け寄って顔面に蹴りをぶち込むと、ぐしゃっと鼻の潰れる音がした。
続けざまに男の頬に拳を叩き込む。男がもんどりうって女の上から転げ落ちた。
恐怖に怯えた目つきでフリッツを見上げた男は、凍えたようにガタガタと体を震わせた。
とどめを刺してやる。男に詰め寄ろうとしたフリッツの右脚に誰かがしがみついた。振り返ると、先ほどまで男に組み伏せられていた女が、フリッツの脚に抱きついていた。
「やめてください、死んじゃいます……」
フリッツが戸惑う隙に、男が駆け足でバタバタと逃げ出した。小さくなる背中を憎々しげに見送ると、フリッツは足元の女に視線を下ろした。
長い睫毛に涙をためて、女がしゃくりあげていた。頬が腫れているのは男に殴られたからだろう。
土と草にまみれた黒髪にフリッツが手を伸ばすと、女は俯いてびくりと身を固くした。
「大丈夫だ。何もしない」
女の髪についた汚れを払ってやる。その時、酸味と甘味の混じった匂いがフリッツの鼻孔を突いた。
処女の匂いだ。
黒目がちな女の瞳を覗き込む。フリッツの頭の中で数字がくるくる回りだした。十九歳と……三百三十………六日。畜生、二十歳まで三十日足りない。
「あの、あ……ありがとうございました」
顔を強張らせて女が頭を下げた。鈴を転がすような澄んだ声だった。
「道を聞かれて、そしたら急に引っ張り込まれて、そしたら、そしたら……」
「そうか、それは災難だったな」
フリッツの口調は冷めていた。そんなことに興味はない。俺が気になるのは処女のお前が二十歳でないことだけだ。
「あの、何かお礼を……」
「いらん」
くだらない。獲物でない女に関わる気はない。
「でも、そんなわけには……」
汚れたスカートをはたきながら、女がゆっくりと立ち上がる。小柄な女の背丈は、フリッツの胸までしかなかった
女の白い首筋を見たフリッツは、ゴクリと喉を鳴らした。女の瞳をもう一度覗き込む。二十歳にはやはり三十日足りなかった。
(三十日後に会いたかったものだ)
踵を返したその時、フリッツの脳裏に閃光がほとばしった。端麗な吸血鬼は唇の端を持ち上げて振り返った。
「お前はいつも夜にここを通るのか?」
怖がらせてはいけない。穏やかに話しかけたつもりだが、女の表情はまだ硬い。
「は、はい……。シフト次第ですけど、遅出の日はいつも今頃です」
「遅出とは何だ?」
「普通の日は朝から出勤なんですけど、三日に一回くらい遅出があって、その日は昼から夜十時まで仕事なんです」
「つまり遅出の日は今の時間にここを通るということだな」
「はい。住んでるアパートまで、ここを通ると近道なんで……」
(なるほど、好都合だ)
フリッツは心の中でほくそ笑んだ。
「ではこれから遅出の日の帰りには、俺が職場からアパートまで送ってやろう。今日のようなことがあると心配だからな」
突然の提案に女は目を丸くして、突き出した両手を左右に振った。
「駄目ですよ。そんなの、やり過ぎです。お礼をするどころか、私がしてもらうばっかりじゃないですか……」
伏し目がちになり、女が申し訳なさそうにうなだれる。フリッツはすっと腰を屈めて、女の目線に顔を合わせた。
「やりたいことをやらせてくれるのが、俺には一番のお礼だ。実はこの街に来たばかりで、話をしてくれる人が欲しいんだ」
女の緊張を解くように優しい声色を使い、フリッツは最後の一押しとばかりに耳元で囁いた。
「友達になって、くれないかな」
「え、あ、あの……私で、よければ……」
口ごもった女の顔が耳まで赤くなる。
「決まりだ。それでは早速送るとしよう。ああ、自己紹介がまだだったな。俺はフリッツだ」
「私は優奈といいます。……本当に、ありがとうございます」
弾かれたようにお辞儀をして、女は初めて微笑んだ。
派手さはないが目鼻立ちの整った女の顔に、悪くはないとフリッツは心の中で呟いた。
アパートの近くまで女を送り届けると、フリッツはまた公園に戻った。ベンチに腰掛ける彼の前を、派手な化粧の女が通り過ぎる。膝丈より短いスカートの女が弾んだ足取りで後に続くが、どちらも処女の匂いはしない。
地味な優奈は化粧をしておらず、長いスカートは足首まであった。今の時代、あれくらい質素でなければ純潔を守れないのか。あるいは処女でなくなると、女は派手になるのだろうか。
まあどちらでも構わない。星の見えない夜空を睨んでフリッツはクククと笑った。
今から三十日後。フリッツが人間界にいられる最後の日が、優奈の二十歳の誕生日だ。その日にあの女に噛みついて生き血を吸えば目的は達成される。
今夜みたいに暴漢に襲われて優奈が純潔を失わないように、フリッツは彼女の誕生日まで夜の帰り道のボディガードを買ってでたのであった。
人間界での日中をフリッツは廃墟ビルの一室で過ごした。薄暗い日陰なら短時間は耐えられるが、太陽の光を直接浴びると体が焼けて死んでしまう。
そのためフリッツの活動時間は陽が落ちてからで、優奈のボディガードも遅出の帰りしかできない。
翌日も翌々日も、フリッツは夜の街を徘徊して獲物を探した。そして徒労に終わって夜明けを迎えるたびに、優奈のことを考えた。
彼女の次の遅出は、出会ってから三日後だった。陽が沈みネオンが眩い繁華街を抜けて、フリッツは優奈の職場へと出かけた。
優奈から教えられた場所は、古い建物が並ぶ下町の小さな工場だった。二階建ての工場の壁は灰色に煤けて、埃を被ったガラス窓は曇って中が覗けない。耳を澄ますと、ガシャン、プシューと機械の音が微かに聞こえた。
フリッツは建物の裏に回って、職員通用口から出てくるはずの優奈を薄暗い路地で待った。通用口を照らす蛍光灯は時々暗くなり、ジーッと唸ってまた明かりを灯す。繁華街の煌びやかなネオンとは大違いだ。
どれくらい待っただろうか、時計を持たないフリッツにはわからない。退屈しのぎに数えていた蛍光灯の瞬きの数を忘れた頃に、通用口から優奈が姿を現した。
膝丈のスカートからすらりと長い脚が伸び、ピンクのブラウスの胸元のフリルが歩調に合わせて揺れている。
路地に佇むフリッツに気づくと、優奈はぺこりと頭を下げて駆けてきた。
「何だ、その恰好は」
「え、何かおかしい……ですか?」
きょとんとした表情で、優奈は自分の服装を見返した。
「いや、おかしくはないが……。この前と随分感じが違うじゃないか」
困ったように頭をかいて、優奈は恥ずかしそうに微笑んだ。
「フリッツさんが迎えに来てくれるから、今夜はオシャレしてみたんですけど……」
「そういう気遣いはしなくていい」
不機嫌な顔で歩きだしたフリッツの背中を、優奈が慌てて追いかける。
(余計なことをしやがって。そんな派手な格好をして、悪い男に襲われたらどうするつもりだ)
斜め後ろからついてくる優奈の足音を聞きながら、フリッツはひと気のない夜道に目を光らせた。
しばらく沈黙が続いた後に、優奈が遠慮がちに話しかけてきた。
「あの、フリッツさんはどこの国の出身なんですか。髪は黒いけど、瞳は青いですよね」
さて何と答えようか。フリッツは頭の中で記憶のページをパラパラとめくった。
「……ルーマニアだ」
「へええ、珍しい。私、ルーマニアの人にお会いしたの初めてです」
吸血鬼の伝承がルーマニアに多いことをフリッツは知っていた。きっと遠い祖先が多く転生したのだろう。だが名前を知っているだけで、フリッツはルーマニアに転生したことがない。
ぼろが出る前に、フリッツは同じ質問を優奈に返した。
「私もちょっと遠いところです。といっても日本だから、フリッツさんとは比べものになりませんけど。ここよりもずっと田舎で、夜空に星がいっぱい見えるところでした。田んぼと畑ばっかりで、子供の頃は弟と木登りしたり、虫捕りしたりしてたんですよ」
人間の成長を見届けたことのないフリッツには、子供の頃の優奈が想像できない。今のままの彼女が木に登っている姿を想像して、真っ直ぐに結んだ唇がおのずと緩む。
「フリッツさんのご家族は、皆さんルーマニアにいるんですか?」
「家族。……家族はいない。生まれた時からずっと」
「あ……悪いことを聞いちゃったみたいで、ごめんなさい」
もちろんフリッツにも父と母は存在する。だが魔物の親は子育てをせず、生まれた赤ん坊をその場で野生に捨ててしまう。魔物は生まれた瞬間から、自分だけの力で魔界を生き抜かなければならない。
だからフリッツは両親の顔を知らない。肉親と一緒に暮らしたことがないので、そもそも家族というものがよくわからない。
「一人には慣れているから気にすることはない。……家族か、優奈の家族はどうなんだ」
「私の家族は……」
優奈は桜色の唇を軽く噛み、小さく頷いてから話し始めた。
「お父さんとお母さん、弟と私の四人家族です。今は遠くに離れているけど、とっても仲がいいんですよ」
「家族の仲がいいとは、どういうものだ」
うーんと優奈は眉根を寄せた。
「どういうって、そうだなあ。気持ちが温かくなって、癒されますね。辛いことがあっても頑張ろうって思えます」
星の見えない夜空を見上げて、優奈は僅かに微笑んだ。
先日の公園の入り口に来ると、優奈の足がぱたりと止まった。思いつめた顔をして、唇の端をピクピクと震わせる。忌まわしい出来事を思い出したようだった。
優奈の様子に気づいたフリッツは、そっと彼女の手を握った。今までに触れたことのない細くて華奢な手だった。
「大丈夫だ。俺がついてる」
立ちすくむ優奈の手を引いて、フリッツは公園内に足を踏み入れた。嫌な記憶のある繁みの横を、二人で足早に通り過ぎる。
園内を通り抜けて反対側の道路まで来ると、優奈は頬を赤くして、慌てたようにフリッツの手を払いのけた。
「あ、あの、ごめんなさい……」
なぜ優奈が謝るのか、フリッツにはわからなかった。
公園を出てからは気まずい沈黙が続いた。コツコツと靴音を鳴らすフリッツの半歩後ろを、トコトコと優奈が黙ってついてくる。
「……ありがとうございました。ここで結構ですから」
住宅街の三叉路まで来ると、優奈が丁寧に頭を下げた。
住まいを確認しておきたい気持ちはあるが警戒されてはいけないと、フリッツは最初の日と同様にアパートまでついて行かなかった。
角を曲がる優奈を見送り、フリッツは一人で廃墟ビルに戻った。手足をだらりと伸ばして寝そべると、ひんやりと床の冷たさが背中に沁みた。人間の手は温かかったなと、フリッツは優奈の白い手を思い出した。
四度目の遅出の夜のことだった。
二人が歩く道の先で、何かがキラリと光った。フリッツが屈んで拾い上げると、それは銀色の小さな指輪だった。柔らかなウェーブラインのリングの上に、ハート型のピンクの宝石が乗っている。
「わあ、可愛い!」
横から覗き込んだ優奈がはしゃいだ声を上げた。
「これの一体どこが可愛いんだ」
「どこって、デザインも色も、みんな可愛いじゃないですか」
「わからんな。ただの金属の輪っかじゃないか」
腑に落ちない顔で首を傾げると、フリッツは指先に摘まんだ指輪を優奈の目の前に差し出した。
「欲しいのなら貰っておけ」
「え、駄目ですよ。落とし物なんだから」
目を丸くして優奈が首を振る。
「なぜだ。落としたのなら、もう要らないんだろう」
「違いますよ。持ち主はきっと一生懸命探してるはずです。だって……」
指輪を見つめる優奈の瞳がキラキラと輝いた。
「女の子の指輪には、気持ちが一杯詰まってるんですよ」
澄んだ眼差しを指輪からフリッツに向けて、優奈がにこりと微笑みかける。
「さあ、警察に届けに行きましょう」
交番に立ち寄るため、その夜は遠回りして帰ることになった。
「そんなに可愛いと思うのなら、優奈も指輪を買えばいいじゃないか」
フリッツの率直な提案に、優奈はフフフと小さく笑った。
「あんな高い指輪買ったら、ご飯食べられなくなって飢え死にしちゃいます。それにですね……」
道の向こうを見つめて優奈が呟いた。
「自分で買うんじゃなくて、プレゼントされたいものなんですよ、指輪って……」
「ふうん、そういうものなのか」
「そういうものなんですよ。女子の気持ちはそういうものなんです」
優奈はクスクスと可笑しそうに笑った。
くだらないことを言う奴だ。フリッツは心の中で悪態をついた。女子の気持ちなどわかるわけがないし、わかる必要もない。
いらいらした気持ちを抱えながら、フリッツは優奈の半歩前を黙って歩いた。
とある遅出の夜の繁華街でのことだった。
「お兄さん、誰か探してるの?」
優奈の職場に向かうフリッツに、親しげに声をかけてくる男がいた。龍の刺繍のスカジャンを着て、長い髪をオールバックに撫でつけた中年男だった。
「まあ、探しているといえば、探している」
「女の子?」
「そう、二十歳の処女だ」
「それ限定? でも大丈夫。いい子紹介するから、ついてきなよ」
分厚い唇を下品に歪め、男は背伸びをしてフリッツの肩を抱いた。
中年男に連れられて人通りのない路地に入った。やけに馴れ馴れしいのが気に入らないが、獲物を紹介してくれるのなら断る理由はない。
古ぼけた建物の裏に着くと、派手な花柄のワンピースを着た女が立っていた。目の縁に黒いアイラインを引いて、薄い唇に煙草をくわえている。
「亜理紗ちゃん、お客さん!」
切れ長の目でフリッツを一瞥すると、女は赤い唇からふうっと白い煙を吐いた。
「お兄さん、イケメンじゃない。気に入ったわ」
女から処女の匂いはしない。男についてきたことをフリッツは後悔した。
「帰らせてもらう。約束があるので」
「あら、つれないこと言わないでよ」
フリッツの首にぶら下がるように腕を回して、女が鼻にかかった声を出す。
上目遣いで媚びる女と目が合った時、フリッツの頭の中でくるくると数字が回った。
「……三十八歳と五十六日」
女はギョッと目を丸くして後ずさり、唇からポロリと煙草を落とした。
「な、何言ってるの、あんた!」
憎たらしそうにフリッツを睨みつけ、手に持っていた煙草の箱を投げつける。
「おいおい、お兄さん。からかうのもたいがいにしろよ!」
先ほどまで親しげだったスカジャンの男が、語気を荒げて唾を吐いた。
「ここまでついてきたんだから、してもしなくても、払うものは払ってもらうぜ」
「払うものとは何のことだ?」
「金に決まってるだろ」
「金? 金などない」
「冗談言ってもらっちゃ困るな!」
フリッツの顔をめがけて、男が右手を一振りした。
左頬にヒリッと鋭い痛みが走り、フリッツの白い肌に赤い血の筋が浮かび上がる。
男の右手には折り畳み式ナイフが握られていた。
「どうだい。払う気になったかい?」
ナイフを右手でくるくると回しながら、勝ち誇った表情で男がニヤつく。
その刹那。フリッツは眉一つ動かさずに冷めた表情で、右の拳を男の顔面にたたき込んだ。
巨大なハンマーで打ち抜かれたように男の体が宙を舞い、くるりと一回転して地面に落ちた。白目を剥いた男の顔は、月面のクレーターのように窪んでいた。
「ひッ、ひいいいいいぃーーッ!」
布を切り裂くような悲鳴を上げて、女が地面にへたり込む。恐怖にひきつらせた顔をぶんぶんと左右に振って「来るな来るな」と呪文のように叫んだ。
動かない男と泣き叫ぶ女を置き去りにして、フリッツはビルの裏から立ち去った。
すれ違う女達に目もくれず、優奈の職場へと全力で駆ける。
工場の裏のいつもの路地に着くと、職員通用口からちょうど優奈が出てくるところだった。
「ど、どうしたんですか!?」
暗がりのフリッツを見るなり、彼女は驚いた顔で駈け寄ってきた。
「いや、別に何もないが」
ポーチから白いハンカチを取り出して、優奈がフリッツの左頬を押さえる。
「血が出てますよ」
「ン、ああ……」
スカジャンの男にナイフで切られたことを思い出して、フリッツはムッと顔をしかめた。
「ここに来る前に、つまらない喧騒に巻き込まれてしまってな」
純白のハンカチに染みた赤黒い血を見て、優奈の表情が憂わしげになった。
「もう……気をつけてくださいよ……」
上目遣いの黒い瞳が潤みだす。
「……心配をかけて、すまない」
怪我をしたのは俺なのに、どうして優奈が泣くのだろう。不可解な気持ちでフリッツは眉をひそめた。
「もういい。自分でやる」
優奈の手からハンカチを取り上げて、憮然として歩きだす。
いつもの三叉路の角で優奈と別れると、フリッツはねぐらの廃墟ビルに戻らずに繁華街に向かった。
殴り倒したスカジャンの男が気になっていた。死んではいないはずだが、目を覚まして警察に駆けこまれでもしたら面倒だ。
夜が更けても街は人の群れで賑わっていた。大声を上げる酔っ払いの横を険しい顔で通り過ぎる人。シャッターが閉まった店の前で所在なく佇む人。お互いの腰に手を回して笑顔で歩く男と女。
大通りの外れで、フリッツは見覚えのある背中を見つけた。龍の刺繍のスカジャンだ。
足早に男に歩み寄り、フリッツは背後からジャンパーの肩を掴んだ。
振り向いた男の顔が驚愕と恐怖に歪み、掴まれた肩がガタガタと震えだす。男の鼻頭は分厚いギプスで固定されていた。
「ひぇッ! すいません、すいませんッ!」
飛び込むように道路にしゃがみ込み、男がアスファルトに額を擦りつける。土下座する男とフリッツの周りに、ざわざわと野次馬が集まりだした。
「おい、やめろ。早く立ち上がれ」
眉をひそめてフリッツは低い声で怒鳴った。
おどおどと立ち上がった男が手を合わせて、泣き出しそうな顔で頭を下げる。
「お兄さん、俺が悪かった。本当に悪かった」
ぺこぺこと謝る男をフリッツは刺すように睨んだ。
「女はどうした」
「亜理紗ちゃんは客を取って、今、ホテルです」
「警察へは行かなかったのか」
「とんでもない!」
男は皿のように目を丸くして、ぶんぶんと顔の前で両手を振った。
「行くわけないでしょう。こっちも出るところに出られない身ですから」
スカジャンのポケットから長財布を取り出すと、男は震える指で中身を抜いた。
「これで、これで勘弁してください」
差し出した男の手首を鷲掴みにして、フリッツはググっと力を込めた。
「二度と俺の前に顔を出すな。わかったな」
顔をしかめながら頭を縦に振る男の手から、皺だらけの一万円札がハラハラとこぼれて落ちる。
一枚、二枚、三枚、四枚、五枚。拾い上げた紙幣を上着のポケットにねじ込むと、フリッツは野次馬の群れをかき分けて立ち去った。
遅出の優奈のボディガードを始めて二十日が過ぎた頃には、フリッツはもう他の女を探しに出かけなくなっていた。
現代の人間界で二十歳の処女を見つけるのは難しく、優奈の純潔を誕生日まで守る方が賢明だと気づいたからだ。
だが優奈に手を出そうとする男は夜だけでなく、フリッツが活動できない日中にもいるかも知れない。フリッツは落ち着かない気持ちで昼間の時間を過ごした。
夜に優奈に会うたびに、フリッツは甘酸っぱい処女の匂いを確認した。優奈の匂いを嗅ぐと、ざわついた心が安らかになった。
そんなある夜のこと。いつものように工場の裏路地で優奈を待っていると、彼女が出てくる前に建物の明かりがすべて消えた。
(どういうことだ……?)
真っ暗な建物からはもう物音一つ聞こえてこない。
今夜は遅出のはずだ。優奈は先に帰ってしまったのか? いや、早く仕事が終わったのなら、迎えにくる俺を待っているはずだ。
嫌な予感がフリッツの頭を駆け巡る。
優奈の身に何かあったのか? 事故に巻き込まれたのか? いや、悪い男に襲われてしまったのではないか? もしかして昼間に?
じっとしていられなくなり、フリッツは駆けだした。
街中の公園まで引き返したが、優奈の姿はない。うっそうとした園内の繁みに、フリッツの胸騒ぎはいっそうは大きくなった。
コンビニの前を通り過ぎて、人通りの少ない住宅街を抜ける。いつも別れる三叉路までやってきたが、やはり優奈は見当たらなかった。
再び公園に引き返して、今度は繁華街に向かった。夜更けの街は今夜も賑わっていた。人込みをすり抜けて、時には肩をぶつけながら、フリッツは優奈を探して街中を走った。
飲食店街を通り抜けて、洋服店や雑貨屋の並ぶ通りに出た。深夜の販売店はみな閉店しており、飲食店街より人通りが少ない。
走りつめて息が苦しくなったフリッツは、両膝に手をついて立ち止まった。ぽたりぽたりと滴る汗が、アスファルトに丸い染みを作る。
顔を上げると、目の前は閉店後の貴金属店だった。金属製のパイプで組まれた面格子のシャッターの隙間から、煌びやかな店内が窺える。
フリッツの青い目に、ピンクの小さなハートが飛び込んできた。柔らかなウェーブラインのシルバーリングに、ハート型のピンクの宝石。いつかの帰り道で拾ったのと同じデザインの指輪だ。
あの夜の優奈の笑顔がフリッツの脳裏に蘇る。
(大切な獲物だ。畜生、探さなければ!)
フリッツは真夜中の街を駆け回った。
だが東の空が明るくなっても、優奈を見つけることはできなかった。濃紺から水色に変わっていく空を恨めしげに睨みながら、フリッツは朝陽が昇る前に廃墟ビルに戻った。
揃えた膝頭の間に顔を埋めて座り込み、フリッツは血が滲むほど唇を噛んだ。
遅出の日ではないとわかっていても、翌日も翌々日も陽が落ちるとフリッツは優奈の職場に足を運んだ。そして通用口の扉が開くたびに息を呑み、別人が出てくるたびに肩を落とした。
待ち遠しかった次の遅出の日には、フリッツはいつもより早く廃墟ビルを出た。通用口から出てくるのを一人も見逃さないつもりだった。
扉からぽつりぽつりと出てくる人を、フリッツは拳を握りしめて見つめた。
(優奈は建物の中にいるのだろうか……)
何度も唾を飲み込むが、喉が渇いて仕方がない。服の上から胸に手をやると、バクバクと大きな鼓動が手の平に触れた。
通用口からようやく優奈が姿を見せた時、電流が走ったみたいにフリッツの体が痺れた。頭にカッと血がのぼり、考えるよりも先に駆けだしていた。
「どこに行ってたんだ!」
優奈の両肩を掴み、乱暴に揺すった。
「え……どこって、ここにいるじゃないですか」
「そうじゃない! この前の遅出の日だ」
「ああ、この前はごめんなさい。ひどい風邪でお休みしたんです」
「それならそうと教えてくれれば……」
言いかけてフリッツは口ごもった。通信機器を持っていない自分に、優奈が連絡できるわけがないのだ。
「ごめんなさい、心配かけて……」
優奈が申し訳なさそうに頭を下げた。
「……いや、いいんだ……」
素直に謝られると、ますます怒りのやり場をなくなる。フリッツは視線を逸らしてうんうんと頷いた。
「いいんだ、何もなかったのなら……」
香しい処女の匂いは健在だ。優奈の純潔に安心しながらも、フリッツはざらざらとしたささくれを心に感じて顔をしかめた。
フリッツが人間界に転生して二十九日目。その日は優奈の誕生日の前日であり、彼女を迎えにいく最後の日でもあった。
太陽が西の空に沈むと、フリッツいつもより早く廃墟ビルを出た。優奈の職場に向かう前に、繁華街に寄るためだ。
東の空のビルの谷間に、昇ってきたばかりの黄色い満月が見える。フリッツが人間界で過ごす最後の夜。あの満月が真上まで昇ったら、日付が変わって優奈は二十歳になる。
繁華街で用事を済ませたフリッツは黒い上着のポケットに両手を入れて、自分のつま先を見つめながら歩いた。左、右、左、右、左……。一歩ずつ踏み出すたびに、人間界での時間の終わりが近づくのを感じた。
工場の裏で優奈を待つ間、フリッツはそわそわと落ち着かなかった。早く出てこいと思う気持ちとまだ出てくるなと思う気持ちが入り混じり、胸がつかえて息苦しかった。
だが通用口から出てきた優奈を目にすると、フリッツの胸はやはり高鳴った。水色のワンピースを着た彼女は珍しく化粧をしていた。
ひと気のない暗い道を並んで歩く。今夜の二人は口数が少なく、コツコツと鳴る足音がやけに耳に響いた。
無言で歩いているうちに、いつも別れる三叉路に着いた。東の空の満月は見上げる高さにまで昇っている。今夜は日付が変わるまで優奈と一緒にいなければならない。
唾を飲み込んで話しかけようとした時、フリッツよりも先に優奈が口を開いた。
「あの……、もしよかったら、お部屋に上がってもらえませんか……」
つぶらな黒い瞳がフリッツを見上げる。断る理由のないフリッツは黙って頷いた
優奈の住むアパートは、三叉路の角を曲がって数分のところにあった。一階と二階に四部屋ずつの長屋造りの古い建物で、錆の目立つ階段を上がった二階の突き当りが彼女の部屋だ。
簡易なキッチンと六畳間が一つだけの、狭い部屋だった。
「えへへ、散らかっててごめんなさい」
キッチンで湯を沸かしながら、優奈が恥ずかしそうに言った。
散らかっているどころか、部屋には物が少なかった。家具らしいものは小さなテーブルと壁際に積まれた白い衣装ケースのみで、洒落たクローゼットも化粧台もない。カーテンレールに直に洋服が吊るされた殺風景な部屋は、若い女らしい浮かれた華やかさがなかった。
部屋の隅に小さな木箱があるのに気づき、フリッツは目を凝らした。箱の内側にスナップ写真が立てかけられていた。
写っているのは中年の男、中年の女、Tシャツを着た男の子。そしてもう一人は今よりずっとあどけない優奈だった。写真の中の四人は、みな楽しそうに笑っていた。
「それ、私の家族です」
フリッツの背中で優奈の声がした。
「お父さん、お母さん、弟と私です。五年前の。その後みんなでお出かけしてる時に交通事故にあって……。
私だけ助かったんです。みんな死んじゃったのに……。
一人になってから親戚の家にお世話になってたんですけど、やっぱり居づらくて。高校を卒業してから直ぐに上京したんです……」
フリッツは身じろぎせずに、優奈の告白を聞いていた。
「それからずっと一人で……。私、明日、誕生日なんです」
ティーポットと苺のショートケーキが二つ乗ったお盆をテーブルに置いて、優奈はそっと目頭を押さえた。
「去年の誕生日は一人だったけど……、今年は違うかもって。フリッツさんがいてくれるなら。ご迷惑かも知れないけど……」
長い睫毛から涙が零れて、優奈の白い頬に一条の線を引く。
「我儘に付き合わせて、ごめんなさい。でも私、本当に嬉しくて……」
フリッツが振り返ると、優奈は両手で顔を覆って肩を震わせていた。家族が揃った写真の中ではあんなに笑っていたのに。
「……優奈」
震える肩に手を置いて、フリッツは優奈の体を引き寄せた。背中に腕を回してそのままギュッと抱きしめる。
上目遣いでフリッツを見上げ、優奈は濡れた瞳をそっと閉じた。
顔を寄せて、二人は唇を重ねた。柔らかな唇の感触を味わいながら、フリッツはワンピースのファスナーを摘まんで下げた。優奈の肩から水色の布地がするりと落ちて、積もったばかりの初雪のような肌が露わになった。
フリッツは目だけ動かして、優奈の首筋に視線を落とした。きめの細かな白い肌に、青い血管が透けて見える。
唇を首筋に移して、フリッツは舌先を拍動する血管に這わせた。血管の走行を確かめると、大きく口を開いて白い首筋を甘噛みする。
「あぁン……」
おとがいをびくんと上げた優奈の唇から、甘い喘ぎが漏れた。
カッと見開いたフリッツの白眼に、ピリピリと赤い血管が無数に走る。大きくなった青い瞳が紫色に輝いた。
だがフリッツは白い肌に牙を立てずに、拍動する首筋から唇を離した。
切なげに眉を寄せた優奈が薄目を開けて、黒い瞳でフリッツを見上げる。睫毛から溢れた涙が上気した頬を滴り落ちて、首筋を濡らした。
この娘はきっと今日まで、涙を堪えて生きてきたのだろう。
優奈の瞳を見つめるフリッツ頭の中で、くるくると数字が回りだす。二十歳と……0日。日付が変わって、優奈は二十歳になった。
愛おしい黒い瞳を見つめて、フリッツは人間界で初めての言葉を口にした。
「誕生日おめでとう……優奈、愛してる」
見つめ合い抱きしめ合いながら、二人は床の上に横になった。フリッツの指が慈しむように優奈の体を撫でると、フリッツの背中にしがみつく優奈の指に力がこもる。
黒い衣服を脱ぎ捨てて、フリッツは優奈の中に入っていった。
「ああぁ……ッ」
体を貫く衝撃に唇をわななかせながら、優奈がフリッツの耳元で囁いた。
「私も……愛してる」
二人は求め合い、体を重ねて一つになった。
絶頂の後の気だるさを感じながら、フリッツは隣で眠る優奈の顔を飽きずに眺めていた。
時計の針は午前五時を回っている。
フリッツが人間界にいられる最後の日に優奈は二十歳になり、そして処女でなくなった。
フリッツの胸はかつてない歓びに満ちていた。このまま優奈のそばにいられたら、どんなに幸せだろう。だがそれが叶わない望みであることは、十分にわかっていた。
カーテンの向こうで夜空が明るくなっていく。透けるような白い満月が、西の空に沈もうとしていた。
夜明けだ。
眠っている優奈の頬にそっと口づけて、フリッツは立ち上がった。脱ぎ捨てた黒い衣服を身にまとい、上着の右ポケットから白いハンカチを取り出す。左頬を怪我した時に優奈が渡してくれたハンカチだ。フリッツはもう一度左頬に当ててから、ハンカチをテーブルの上に置いた。
そして左のポケットに手を入れて、小さな四角い箱を取り出した。濃紺の布が貼られた蓋を開けると、箱の中でピンクのハートがキラリと光った。柔らかなウェーブラインのシルバーリング。優奈を迎えにいく前に繁華街の貴金属店に立ち寄って、スカジャンの男から手に入れた金で買った指輪だ。
蓋を閉じて、指輪の箱をハンカチの上に置いた。
フリッツは目を閉じて、大きく息を吐いた。
(幸せになれよ。父、母、弟、そして俺の分も)
優奈を起こさないよう足音を忍ばせて、フリッツはそっと玄関の扉を開けた。煌めく朝陽が両目に突き刺さり、視界が赤く霞んで歪む。フリッツは後ろを振り返り、子猫のように眠る優奈を見た。
さらばだ。
フリッツは勢いよく扉の外に飛び出した。総身に朝陽が降り注ぎ、業火の炎が吸血鬼の体を包む。
フリッツはぶすぶすと焼き崩れて灰になった。灰は空高く舞い上がり、しばらくアパートの上を漂っていたが、やがて風に吹かれて散り散りになった。
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