喫茶店フェリシア夜間営業部

山中あいく

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カレーライス

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いつもと違うふかふかな感触に、柔軟剤の匂い。うっすらと目を開けるとそこは見慣れた部屋ではなかった。
そうだ、ぼくは美幸のところに泊まりにきてたんだっけ。
「おはよー美幸、お昼だよー」
もちろんのことなんだけど、美幸はすっぴんで見慣れてる顔とはずいぶんと違いがある。
そんな美幸のくしゃくしゃになった髪を掻き分けて、肉球で瞼をぽんぽんと小さく押してやると、ぴくぴくと瞼が動く。
「おはよーカーバンクル……」
毛布から出ていた足を引っ込め、ぎゅうっと体を縮こませてからいっきに伸びをする姿は野生の動物と何ら変わりはない。
「ちょっとまってね……コンタクトしてくるから」
泊まって初めて知ったことが幾つかあるけど、そのうちのひとつはこれだ。
美幸は目が悪い。
普段はこんたくととか言う目に入れる眼鏡をしているらしい。人間は不自由だなぁと思いながらもぼくもこうして美幸の隣で顔を洗うんだけど、ぼくは水は使わない。
くしくしと手の甲で毛繕いするのがぼく流の洗顔なのだ。
「ねぇねぇ、テレビつけてもいい?ぼく見たい番組があるんだ!」
「好きにしていいよ」
美幸のうちにはテレビがある。
当たり前のことらしいんだけど、フェリシアにはテレビがないからたまにしか見られない。豪の部屋にもテレビはあるんだけど、部屋には滅他に入れてもらえないからそれ以前の問題になってしまうのだ。
赤いボタンを押すとテレビがつくと知ってるぼくは肉球ひとつと同じくらいの大きさのボタンを押して、ぼくのすきな番組が放送されている局のボタンを押す。
「やってた!よかったぁ」
その番組は子供向けの言葉を発さない番組で、感性で見るものだ。動く不思議な粘土が動物の形になってちょこまかと動き回る。豪には子供っぽいからやめなさいと言われた事があるんだけど、人の好みにケチつけるのはどうかと思うんだよね。
「カーバンクルはカプチーノのむ?」
「いただくよ」
キッチンの方から美幸の声がしたけど、番組み夢中なぼくは視線を外すことなく耳だけを美幸の方へ向けて返事をする。
しばらくすると、座っていたテーブルに温かい湯気のたったカプチーノが置かれた。これが美幸の1日の始まり方なのだろう。
テレビを見ているぼくの後ろに座るとテーブルに肘をつけてカプチーノを飲み始めた。
「へぇ。カーバンクルこういうの見るんだね」
「けっこう面白いんだよ?」
「わかるわ。こういう番組って侮れないところあるのよね」
「分かってくれるの?そうだよね!ぼくもそう思う!」
うん。美幸は同士だ。豪はだめだね。子供の自由な感性を潰すようなオジサン世代になっちゃってる。だから彼女の1人もいないんだよ。
番組のスタッフロールが流れるのを横目に少しさめてしまったカプチーノの啜る。
美幸の家のカップはぼくには大きい。でも飲みきれない量でもない。フェリシアで出してくれるカプチーノとはやっぱり味が違う。少しばかり水っぽいカプチーノは泡の粒が大きくコーヒーも薄い。寝起きにはこのくらいが良いのかなと思いつつもカップを傾けると、美幸は隣で長い髪を梳かしていた。昨日一緒に入ったお風呂にあったシャンプーの匂いがかすかにする。豪じゃあるまいし、ぼくはやましい気持ちになんてこれっぽっちもならなかったけど、女の子の選ぶボディーソープの香りにはちょだけドキドキしたのはないしょ。
だってこの時期になると豪は無駄にスースーするボディーソープを選ぶんだもん。でりけーとなぼくの肌にしたらヒリヒリもの!やんなっちゃう。
そんなことを考えると、お世話になるなら断然女の子の部屋だなと思う。けど、ぼくだって仕事で店にいるわけだし、こうして美幸を見張っていなけりゃいけない。スタッフの品行方正を見てはじめてスタッフと認めないといけない。
「ねえ、カーバンクル。ごはんなんだけど、カレーでいいかな?」
「ぼくはそれでもかまわないよ。厄介になってる身だからね。贅沢は言わないさ」
昨日のアイスの恩もある。出されたものは素直に食べるべし!
壁にかけられている時計を見ると既に12時近い。朝ごはんというには遅く、昼頃というには起き掛けだし。ブランチかな。
朝からがっつりピザでもラーメンでも何でもいけるぼくとしてはカレーを出されたところで問題はない。
「じゃぁ、ちょっとまっててね」
そう言うと美幸は髪を後ろにひとつに縛りまたキッチンへ向かう。
その間失敬ながらぼくは美幸の部屋をいじらないようにしつつ詮索開始っと。
パソコンにテレビに本棚……えーっと並んでるのは……だめだ。読めないや。
魔術文字なら読めるんだけど、この世界の文字はぼくには理解できない。ぱらぱらとめくってもいいんだろうけど、どうせ文字たらけだろうし気が滅入る。豪の家にもあった薄いケースに入ったものなら、パッケージに写真が載ってあるから、これなら美幸の趣味が分かりそうだ。
「えっと……ゾンビ?」
ゲームとかいう人間の娯楽用品らしいこの四角のケースが幾つか並んでいたから、指先を引っ掛けて少しだけ斜めにしてみると、禍々しいただれた顔のモンスターに立ちはだかる人間の姿が描かれていた。
「こういうの好きなのかな……」
人は見掛けによらないものだな……。
そっとそれを戻し見なかった事にしつつ物色をし続けると、キッチンの方から香辛料の香りがゆったりと香ってくるから、思わず鼻をひくつかせてしまう。
これはもしかして、ぼくの好きな甘口のカレー!?
ひりひりとした独特の匂いがしないカレーは間違いない。甘口だ。
「お待たせ。福神漬けとかそんな気の利いた物ないけど我慢してね」
「ねぇ!甘口?甘口?」
「え、そうだけど……辛口派だった?」
「ううん。全然!ぼくと気が合うみたいだね」
白い器にカレーとご飯が半分ずつ盛られている。炊きたてじゃないご飯は前日炊いたものを温めただけなのだろう。それでもしっかり粒が立っているから美幸は一通りの料理はこなせそうだ。
向かい合うようにして並べられたカレーに、グラスに注がれた麦茶。どこにでもある普通の食卓っていう感じが気取らなくていい。
豪は料理を作る時は凝りまくっちゃって、手の込んだ料理を作るか、面倒だと言って手抜きのいんすたんとで済ますかの両極端だ。
「いただきまーす!」
「いただきます」
麦茶にスプーンを入れてかちゃかちゃと円を描く。行儀が悪いけど、こうするとスプーンにご飯粒が付かないと聞いてしまったからにはやらないわけにはいかない。そのまま冷たくなったスプーンで小さなカレーライスができるように、ご飯を掬ってカレーに浸す。丁度いいくらいに浸かったところでようやく口へ運ぶ。これが黄金のバランスでもあり、カレーへの礼儀だと思っている。
かぷり。
小さな牙がスプーンに当たるけど、そんなことを気にしている場合ではない。
「やっぱりカレーは甘口に限るね!」
スパイスが効きすぎたカレーはどうしても味が複雑すぎて美味しいと感じにくい。
その分市販のカレールウを使ったカレーはとても口にしやすく好みの味だ。それに甘口だと味の誤魔化しがきかない。辛さでごまかすようなカレーは邪道なのだ!
このりんごとはちみつを使ったカレールウこそが至高!
大きく切られたにんじんやじゃがいもも、またほくほくしていて口当たりがいい。美幸の作るカレーは牛肉なのか。ブロック肉を使ってるから、赤身と脂身が綺麗に別れた状態でくっついてる。1度で2度食感の違いが楽しめる工夫なのか、はたまた手抜きか。そこらへんは美幸の技量ということにしておこう。
家庭のカレーだとドロっと派とスープ派に別れるけど、ぼくの場合はごろごろした具が入ったドロっと派。美幸もこの作り方ということは同じくドロっと派なのだろう。
甘く煮込まれたカレーは前日から煮込んだものだと美幸は言っていた。ぼくは丁度いいタイミングでお泊まりしに来たということ。これはものすごい奇跡だ。
「ほんと美味しそうに食べるね、カーバンクルは」
ほっぺについていたらしい米粒を取ってもらい、それにぱくつくと美幸はそのままぼくの頭を撫でる。
「そう?おいしいよ?このカレー」
にんじん、たまねぎ、じゃがいもにお肉、余計な具材が一切入ってないシンプルなカレー。お店で出すにはちょっと家庭的すぎるけど、ぼくはこっちの方が好き。
「良かった。食べ終わったらどっか行こうか」
「うん。この辺のこと知りたいな」
「それじゃ、お散歩かな」
我ながら良いスタッフを引き入れたものだ。
富をもたらす聖獣カーバンクルは店にとっての富、スタッフの美幸を引き入れた。
それはあくまできっかけにすぎないのだけど、きっと大きな力となる。
美幸の存在は少なからず店に出入りするお客さんに影響を出しつつある。ぼくはそれを見守るだけ。おいたしたら転ばすくらいのお仕置きだってできる。
だから今はこうしてカレーを食べて美幸を見張る……いや、育てるかな?
とりあえずカレーがおいしいから、まぁ、いっか!
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