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ロイヤルミルクティー

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「クドラクさん、いらっしゃいませ。何か随分とご無沙汰ですね」
久しぶりのクドラクさんの来店につい言葉が出た。
「すまない、美幸。
支店の話が手こずってな。顔を出す約束をしていたのに来ることができなかった」
それは別に構わないんですけど。アルクさんの挙動がおかしいとか何とかで、持ち前のバイタリティーをいかんなく発揮し日本支店(支社なのかな?)なんか作っちゃうあたりがクドラクさんらしかった。
考えすぎだと思うんですけどね。
「せめてもの償いだ。受け取ってくれ」
「はぁ……ありがとうございます」
わぁ!素敵!これが人間の中年紳士ならときめいていたのに、残念人外。
真っ赤な薔薇の花束をそっと差し出し柔らかい笑みを浮かべるクドラクさん。クドラクさんがいない間ずっと来ているリクさんも、なんだかんだ言っては心配してくれているのだろう。今は物凄く嫌な顔をしているけど。絡んで来ないだけエネルギーの使い方は間違ってはない。
この薔薇どうしよう。花瓶あるならカウンターにでも飾ろうかな。
「あれ?美幸ちゃん満更でもないのかな」
マスターの言葉で私が機嫌が良くなっている事を知る。顔に出ていたらしい。やはり花を貰うのは嬉しいことだ。
「美幸…………」
ほら、クドラクさんが何か言いたげた。心ばかり鼻にかかった声がするのは涙を抑えているためだろうか。ふるふると俯きながら体を震わせ、覗き込もうとした私の両腕をがっしりと掴む。
「え、えっと……クドラクさん?」
そのまま腕を伝い両手を掴み一言。
「結婚しないか」
「しません」
「あはははは!撃沈してやんの!ざまぁ!」
そこでリクさんの追い討ちだ。ただ黙っていたのではなく、様子を伺っていたのだなと腹黒さが見え隠れしている。
「ふっ……これしきの事……私は諦めぬぞ」
「まぁ、それはおいといて、クドラクさん?オーダーは?」
「ロイヤルミルクティーを頼む」
「かしこまりました」
私は息を飲む。単にミルクを注ぐだけのミルクティーとは一線を画すロイヤルミルクティーという言葉に。エスプレッソと並列して勉強はしていたものの、マスターの淹れ方は私の考えていたレベルより上のものだった。沸騰する直前のミルクパンにこうちゃを入れるだけと思っていたのだがそれは間違いらしい。
より香りを強くするには茶葉を開く必要がある。理にかなっている説明に頷くしかない製法を今回、クドラクさんなら良いかと言うマスターの言葉でゴーサインを貰うことで実現するチャンスとなる。試すのとは違う商品として出すということ。重圧も感じられたが、コツさえ覚えてしまえば一定のクオリティーになるのを知っている私にはそれ程苦ではなかった。
「俺なんかより美幸ちゃんの作った物の方がクドラクさんは美味しそうに飲むしね」
指定された茶葉、アッサムをティースプーン2杯分。ミニボウルへ入れ、熱湯をひたひたになるまで注ぐ。
この一手間が茶葉を開かせるのだ。アッサムはミルクティーとの相性がいい。濃い紅茶特有の苦味、渋みなどがアッサムだとそこまで強くない。むしろ甘みが強い紅茶だ。
ミルクパンにお湯を100cc、牛乳を300cc程入れ、じーっと見つめる。沸騰直前のふつふつと気泡ができた頃。火を止め、先程の茶葉を入れ、そっとかき混ぜ蓋をし蒸らす。紅茶の香りとミルクの甘い香りがふんわりとカウンター内に広がる。
今回は2人分淹れることにしたのは、マスターにも飲んでもらうため。今までの中では最高の出来なはずだ。飲んでもらう前にして拒否されるという失態はあるまい。
「よし……!」
蒸らしたミルクティーをカップウォーマーから取り出したカップに茶漉しを通して注ぐと、あたたかい褐色の液体がカップに満ちていく。ロイヤルミルクティーの完成だ。
普通はグラニュー糖や蜂蜜でいただくのだけど、クドラクさんの好みは三温糖。
零さないようにそっといつものテーブル席まで運ぶと、心の中のそわそわ感を悟られないようにスマートに提供する。
「お待たせ致しました。ロイヤルミルクティーです。
クドラクさんは三温糖でしたね。こちらをお使い下さい」
「私の好みを覚えていてくれたか……さすがは美幸だ」
結婚してくれと一言多かったけど、半分以上聞かずにカウンターへと戻る。ごめんなさいクドラクさん。あなたは正直ついでなのです。本番はこれから。マスターの試飲が控えているのだ。
そわそわしながらマスターへ近づくと、リクさんがカウンター席から身を乗り出してミルクティーを見ていた。
「それ、飲むの?」
「え?ええ。まぁ……」
「そっかー。残念」
普段肉にコーラという組み合わせが王道になっていたリクさんの耳がしょんぼりと垂れ下がる。きっとしっぽも同じ感じで下を向いちゃってるんだろうな。
「飲むか?」
マスターがそう言うと持ち前の瞬発力をいかんなく発揮ししっぽをぶんぶん振る。
「いいの?」
「……ええ、どうぞ」
そんな顔されたら出さないわけにいかないじゃない。マスターに飲んでもらえなかったのは残念だけど、それ以上に求めている人がいる。
リクさんはカウンターに備え付けられているグラニュー糖の色の付いたものを器用に拾い、ロイヤルミルクティーにかけていく。何度か繰り返し、もう色付きの砂糖がなくなった頃、やっとティースプーンでかき混ぜひとくち口に含む。
吸血鬼と人狼しが口汚く罵り合う事もなく静かな店内でロイヤルミルクティーを嗜む。空間に漂うのは気まずい沈黙ではなく、優しい沈黙。
しかし、それを破るのもやはりリクさんが一番早い。
「いいね、これ。俺こういうの好き」
「ホントですか?」
となれば期待がクドラクさんにも向かう。
「贔屓目なしにしろ、これは上出来だ。
どっかのバカがチャンスを潰しさえしなければ合格も貰えたろうに」
「えっ?まじ?ごめんね美幸」
さっきの仕返しが見事に決まる。でもこういう掛け合いを見てると本気で仲が悪いとは思えないから不思議だ。
「いえ。大丈夫です。閉店後にでももう一回作ってマスターに試してもらいますから」
「俺的には合格点なんだけどね」
「だめです!飲んでもらいますからね!きっちりと」
幾ら手元を見ていたとしても分量とか入れるタイミングとか、奇跡的に不味い量かもしれないでしょ!店長が選んで買った紅茶なのだからそれに限っては有り得ないけど……
とにかく飲んで貰わないと気が済まない。
「分かったよ。それじゃ、今夜閉店後にね」
「私も付き合うぞ美幸」
「俺もいよーかな」
興味本位でそんな事を口にする常連客二人組はその言葉の通り、混雑しようともいつもの席を陣取り閉店まで居座るのだった。
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