44 / 55
第三部 第六話 エピローグ
しおりを挟む
翌朝はのんびりと早咲きの桜が咲く通りを散歩したり、神社へ続く参道のお土産物屋さんを見回ったりして半日を過ごした。
「アランは本当に大食ですね。朝ご飯食べたばかりなのに、あのお茶屋さんの団子が有名だからって… こんなに買うことないじゃないですか」
私は一本で満足なのに、私の向かいでアランが全種類を味わい尽くしたいと言わんばかりに、いっそ気持ちいいくらいの勢いで食べつくしている。…食べ方がきれいだから見ていられるけれど、胃もたれしそう。
「選べなかったんだからしかたないって! それに朝からいい運動したし、エネルギー補給はしておかないとな」
いい運動とは何なのかを思い出して顔が赤らむ。朝から温泉に浸かった挙句…イイことになだれ込んでしまったわけで。もちろん、その後に朝ご飯はしっかり食べたんだけれど。
「欲張りですね。私はこのみたらしだけで充分ですから」
「解ってるって。付き合ってくれなんて思ってないからさ」
そんなことを言いながらも気持ちいいくらいに串団子を食べていく。一口サイズにしても大きめだと思うんだけれど。これでまた昼食もきっちり食べるつもりなんだろうか。…内臓の作りが違うとしか思えない。
「そもそも欲張りでないとやってられない仕事してるし。選べないんなら全部選ぶってのは俺のこだわりかな」
本音なんだろう。芸能人というのはどこか欲深くなけれなやっていられないものなのかもしれない。…ちょっぴりだけで満足できるレベルではやっていけない。分かってはいても尽きることがなくて尊敬してしまう。
アランはいつも満足を知らない。演技にしてもなんにしても、常に上ばかり見ている。少し心配になるけれど、それでも…
「私は傍にいますよ。でないと、何かあった時に困るでしょうから」
ちょっぴりの不安を隠して告げる。私が役に立てることなんて、通訳くらいしかないから。アランになにかあっても助けになれるとは思えない。それでもなにかしらの助けにはなりたいと思うから。
「大丈夫! そんな不安な顔をしなくても俺は無理してないって。だから、こうして旅行とか計画したんだしさ。不安な時は遠慮せず食べなさい!」
明るく快活で低い声は耳に心地よい。
私は頷きながらもアランの差し出したこしあん団子を一口食べてみる。甘さはあっさりしていて、小豆の香りがして美味しい。朝ご飯をしっかり食べたから、おなか痛くなりそうだけれど。
「帰りの新幹線まで時間あるし、事務所向けにお土産でも選ぶかな!」
「そうですね。王道は温泉饅頭ですけど、それじゃ面白くないです」
「変わったのを選んでもいいけどな~。ここは王道でも老舗を選ぶか。変わったのは社長が嫌うんだよ。王道を極めてこその邪道だってさ」
他愛のないことを話して笑いあう。本当はもっと違う人との出会いがあったかもしれない。けれど、私はアランの背負う罪さえも分かち合いたいと思った。それは事実で、今も変わっていない。
海翔さんのことを思うと、今でも胸が痛む。憎んで嫌って別れたんじゃないから。だけど、今でも彼の中で俳優業が一番だったことを許せていない私がいるから。
「代わりに、マネージャーの子供向けに変わったのを買っていってやろう。温泉饅頭味のキャラメルとか」
「そんなのあるんですね。面白いけれど美味しいのかな…?」
「記念にはなるよな。美味いかは俺も保証しないけれど」
そんなことを話しながら並んで歩く。アランはいつも私に合わせてくれる。置いていくことは絶対にしない。その優しさが嬉しいから、今はこれでいいんだろう。
海翔さんの時はついていけないのに、無理してついて行って疲れてしまっていた。あの時、もしも私に合わせてくれと言えていたら? と思うけれど、考えても仕方ない。
…海翔さんは私に合わせる余裕がなく、私は言い出せなかった。その時点で表面だけ仲良く見えても夫婦としては無理があっただろう。
「明日は二人で家事を片付けてさ。料理しようか。簡単に作り置きしておこう。ちょっとだけ忙しくなりそうだから」
「そうですね。帰り際に地元野菜でも買っていきましょう。変わったのがあったんですよ。紫色のジャガイモとか赤いカブとか」
日常の雑事さえアランは二人で分かち合おうと言ってくれる。掃除や洗濯は分担するけれど、料理は必ず二人でやろうと言う。…アランなりのこだわりらしい。そうと解ってからは必ず私も合わせるようにしていて。
「いいな。美味い食い方を教えてもらうか! 試してみたくなった」
「でしょう? お茶屋さんにもありましたけど、農家直売のお店で買ってみたいです。きっと種類もたくさんあるでしょうし」
「だな! 紫色のジャガイモでサラダ作ったらどうだろうな? 味が知りたいよな~! 行こう。事務所のパートおばさんへの良い土産になりそうだ」
アランが楽しそうに笑う。つられて私も笑う。特別なことなどなくてもいいけれど、あってもいい。きっと私達は変わらないから。
「いい気分転換になりましたね。また来ましょうか」
「次は海外もいいな。射撃とかやってみたいんだ。アメリカ料理は痩せすぎた時に食うとちょうどいいって解ったしさ」
旅行が終わったら仕事だけれど、そんなことなど気にしないで他愛のないことを話す。だって、仕事は仕事で楽しいから。それに、アランは約束してくれた。いつか私を妻として紹介してくれるって。
信じて待っていよう。今だけの関係じゃない。アランの目はきちんと未来をも見ているって分かったから。信じて生きていこう。きっと幸せになれるから。今だって十分すぎるほどに幸せなんだから、きっと大丈夫。何も怖くないから。
「いつかペアリング買いたいですね」
「その前に結婚式だって! 友達呼んでさ、地味なのがいいな」
「やっぱり洋装ですか? あなたは意外に着物も似合うと判りましたけど」
未来のことを話す。二人で行きたい新婚旅行や結婚式のことや… 今はまだ目標だけど、アランなりに何か考えてくれていることは分かったから、今日までよりちょっとだけ、私は安心していた。
「アランは本当に大食ですね。朝ご飯食べたばかりなのに、あのお茶屋さんの団子が有名だからって… こんなに買うことないじゃないですか」
私は一本で満足なのに、私の向かいでアランが全種類を味わい尽くしたいと言わんばかりに、いっそ気持ちいいくらいの勢いで食べつくしている。…食べ方がきれいだから見ていられるけれど、胃もたれしそう。
「選べなかったんだからしかたないって! それに朝からいい運動したし、エネルギー補給はしておかないとな」
いい運動とは何なのかを思い出して顔が赤らむ。朝から温泉に浸かった挙句…イイことになだれ込んでしまったわけで。もちろん、その後に朝ご飯はしっかり食べたんだけれど。
「欲張りですね。私はこのみたらしだけで充分ですから」
「解ってるって。付き合ってくれなんて思ってないからさ」
そんなことを言いながらも気持ちいいくらいに串団子を食べていく。一口サイズにしても大きめだと思うんだけれど。これでまた昼食もきっちり食べるつもりなんだろうか。…内臓の作りが違うとしか思えない。
「そもそも欲張りでないとやってられない仕事してるし。選べないんなら全部選ぶってのは俺のこだわりかな」
本音なんだろう。芸能人というのはどこか欲深くなけれなやっていられないものなのかもしれない。…ちょっぴりだけで満足できるレベルではやっていけない。分かってはいても尽きることがなくて尊敬してしまう。
アランはいつも満足を知らない。演技にしてもなんにしても、常に上ばかり見ている。少し心配になるけれど、それでも…
「私は傍にいますよ。でないと、何かあった時に困るでしょうから」
ちょっぴりの不安を隠して告げる。私が役に立てることなんて、通訳くらいしかないから。アランになにかあっても助けになれるとは思えない。それでもなにかしらの助けにはなりたいと思うから。
「大丈夫! そんな不安な顔をしなくても俺は無理してないって。だから、こうして旅行とか計画したんだしさ。不安な時は遠慮せず食べなさい!」
明るく快活で低い声は耳に心地よい。
私は頷きながらもアランの差し出したこしあん団子を一口食べてみる。甘さはあっさりしていて、小豆の香りがして美味しい。朝ご飯をしっかり食べたから、おなか痛くなりそうだけれど。
「帰りの新幹線まで時間あるし、事務所向けにお土産でも選ぶかな!」
「そうですね。王道は温泉饅頭ですけど、それじゃ面白くないです」
「変わったのを選んでもいいけどな~。ここは王道でも老舗を選ぶか。変わったのは社長が嫌うんだよ。王道を極めてこその邪道だってさ」
他愛のないことを話して笑いあう。本当はもっと違う人との出会いがあったかもしれない。けれど、私はアランの背負う罪さえも分かち合いたいと思った。それは事実で、今も変わっていない。
海翔さんのことを思うと、今でも胸が痛む。憎んで嫌って別れたんじゃないから。だけど、今でも彼の中で俳優業が一番だったことを許せていない私がいるから。
「代わりに、マネージャーの子供向けに変わったのを買っていってやろう。温泉饅頭味のキャラメルとか」
「そんなのあるんですね。面白いけれど美味しいのかな…?」
「記念にはなるよな。美味いかは俺も保証しないけれど」
そんなことを話しながら並んで歩く。アランはいつも私に合わせてくれる。置いていくことは絶対にしない。その優しさが嬉しいから、今はこれでいいんだろう。
海翔さんの時はついていけないのに、無理してついて行って疲れてしまっていた。あの時、もしも私に合わせてくれと言えていたら? と思うけれど、考えても仕方ない。
…海翔さんは私に合わせる余裕がなく、私は言い出せなかった。その時点で表面だけ仲良く見えても夫婦としては無理があっただろう。
「明日は二人で家事を片付けてさ。料理しようか。簡単に作り置きしておこう。ちょっとだけ忙しくなりそうだから」
「そうですね。帰り際に地元野菜でも買っていきましょう。変わったのがあったんですよ。紫色のジャガイモとか赤いカブとか」
日常の雑事さえアランは二人で分かち合おうと言ってくれる。掃除や洗濯は分担するけれど、料理は必ず二人でやろうと言う。…アランなりのこだわりらしい。そうと解ってからは必ず私も合わせるようにしていて。
「いいな。美味い食い方を教えてもらうか! 試してみたくなった」
「でしょう? お茶屋さんにもありましたけど、農家直売のお店で買ってみたいです。きっと種類もたくさんあるでしょうし」
「だな! 紫色のジャガイモでサラダ作ったらどうだろうな? 味が知りたいよな~! 行こう。事務所のパートおばさんへの良い土産になりそうだ」
アランが楽しそうに笑う。つられて私も笑う。特別なことなどなくてもいいけれど、あってもいい。きっと私達は変わらないから。
「いい気分転換になりましたね。また来ましょうか」
「次は海外もいいな。射撃とかやってみたいんだ。アメリカ料理は痩せすぎた時に食うとちょうどいいって解ったしさ」
旅行が終わったら仕事だけれど、そんなことなど気にしないで他愛のないことを話す。だって、仕事は仕事で楽しいから。それに、アランは約束してくれた。いつか私を妻として紹介してくれるって。
信じて待っていよう。今だけの関係じゃない。アランの目はきちんと未来をも見ているって分かったから。信じて生きていこう。きっと幸せになれるから。今だって十分すぎるほどに幸せなんだから、きっと大丈夫。何も怖くないから。
「いつかペアリング買いたいですね」
「その前に結婚式だって! 友達呼んでさ、地味なのがいいな」
「やっぱり洋装ですか? あなたは意外に着物も似合うと判りましたけど」
未来のことを話す。二人で行きたい新婚旅行や結婚式のことや… 今はまだ目標だけど、アランなりに何か考えてくれていることは分かったから、今日までよりちょっとだけ、私は安心していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる