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第二部 一話 津波の起きる予感 ④

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女優の為に用意された衣装に着替えつつ、志鶴が不安を漏らす。

「私の後姿がテレビに出てしまうんですか… 大丈夫でしょうか。私に務まるのか心配で。女優さんにも申し訳ないですし」

俺は着替えを手伝ってやりながらこめかみあたりにキスをして、

「大丈夫だよ。俺がサポートするから」

と告げた。緊張するのも仕方ない。けれど、こんなことは二回目だ。少しは女優になれるのかもとか思い上がってもいいのに、そんなことは欠片もない可愛い人だ。

「それより、衣装は無事に着られてるみたいでよかったよ」

「はい。衣装はぴったりですけど… デザインが可愛すぎて似合ってるのかどうか」

だろうなあと呆れ笑いが浮かぶ。救いだったのは女優が巨乳自慢でなかったことかもしれない。同じスレンダータイプだったのが幸いして、ぴったりと着ることはできた。レースがたくさん使ってあるワンピースで、志鶴は絶対に着ないタイプだ。

「顔は出ないんだし、こういうのは楽しんだもの勝ちだって! 俺は新鮮で可愛いと思ってるから」

「そうですか… まあ、こんな機会はめったにありませんしね。女優さんに申し訳ないですけど、普段のデートと思っていいんですよね」

顔も出ない役に女優を使う方が厚かましいという判断が働いたんだろうなと思ったけれど、黙っておく。志鶴が悪いわけじゃないし、今着ている衣装は女優が選ばなかった没とはいえ本物の衣装で、高級ブランドだ。

前回は志鶴を気に入ってくれた監督の気づかいでもあった。だけど、今回は監督の気まぐれに巻き込まれたのと、仕事しかしようとしない女優のわがままに巻き添えを食った形だ。…志鶴は無自覚でも可哀そうな立場なんだ。

その可哀そうな部分は俺が埋めればいい。なら、多少の好き勝手も許してもらえるだろう。あの監督だってそれくらいは解ってるだろうし。

「よし、行こう」

「はい。では、お任せしますね。アラン」

少し緊張のほぐれた顔で俺と久しぶりに手をつなぐ。その後は俺のペースで撮影を進めていく。


店までは少し遠回りでもライトアップされた道を選んで歩いていく。打ち合わせ通りではあるけれど、会話の内容までは指定されていないから緊張がほぐれるように色々と話した。

「こういう王道のデートもいいと思わない?」

「本当に来てよかったです! 貸し切りなんて贅沢ですね。前回はいつ撮られているのか分からないくらいでしたけど、この通りを貸し切れるなんて嬉しいです」

「だと思った。打ち合わせの時に提案したの俺なんだ。最近はデートらしいデートもできなかったし、気分転換になると思ってさ」

そんなことを話しながら色とりどりのライトに照らされて、ゆっくりと歩いていく。店の紹介の時くらいしかセリフは指定されていないから俺自身も楽しい。

そのせいだろうか。さっきからシャッターを切る音が止まらない。動画だけのはずだったのにな。

不意に強い風が吹いて隣に並んでいた志鶴が足を止めて困惑する。理由がすぐに分かって、俺は苦笑した。

「アラン、どうしましょう。木の枝のどこかに髪が引っ掛かっちゃいました」

「無理に引っ張らなくていいから。俺が取ってあげるよ」

わざと志鶴を抱き寄せるようにして枝に絡まった髪をほどくと、そっと髪を梳いて額にキスした。意識しなくても分かるくらいカメラがいくつかズームアップしてくれる。ギャラのつり上げを要求したいくらいだ。

「ありがとう。アラン」

見上げる志鶴の目元にキスして、通りに面した店へ向かう。

「そろそろ食べられそう?」

「実はすごくお腹すいてしまって… あなたといると不思議です。仕事以外にも楽しいことがたくさんあるんだって思えてきます」

そんなことを言ってくれるものだから、店のドアに隠れてキスしてしまった。男女の恋愛関係がベースの映画とはいえ、あまり生々しいことは控えてくれって言われてるんだけどなあ。

店に着いてすぐにいくつかの撮影をこなした後はご褒美のデートシーンだ。ホールケーキのようなピザに驚く志鶴に遠慮なく笑ってしまう。

「ディープディッシュピザってなんですか!? こんなの食べきれませんよ! ほぼチーズとお肉の塊じゃないですか」

「あっははは! 言うと思った。これはパーティー料理だって。それでも小さめの四人用だから」

困惑する志鶴に対して言うと、店員に代わってとり分けてやる。メニューはディープディッシュピザ、シーザーサラダにフライドチキンとフライドポテト、デザートはバニラアイスを添えたアップルパイとオーソドックスなアメリカ料理だ。

「今日、カロリー控えすぎたあなたにちょっとね。お仕置きが必要と思ったんだよ」

「今日の夕食で太ったら責任取ってくださいね!」

そんな可愛いことを言うものだから、流石に堪えられなくて。腹を抱えて笑ってしまう。本当に可愛くて仕方ない。

「何が面白いんですか!?」

「いや、可愛いなってさ。ほら食べてみなよ。味は良いって評判だからさ」

そう言ってまるっきりホールケーキのようなピザをフォークで一口サイズに切ってやると、不満げな顔をしながらも身を乗り出して食べてくれる。…こういう所は素直だよなあ。

「あ… 味は本当にピザなんですね。美味しいです」

「それはなにより。たまに来るといいね。こういう所もさ」

「あなたも食べてください! 太るなら一緒ですよ」

自分のぶんを一口サイズに切って俺に差し出す。やってることの意味が解ってないんだろうなと思ったけど気にしない。そっと腕を握って食べてあげると、腕を握られたままで嬉しそうに笑う。

「あなたこそ、少しくらい太ってくれって言われてるんですから。食べた方が良いですよ」

「そう簡単に太りたくないって。ま、今日だけは例外ってことで! ね?」

「はい。アップルパイも自慢なんですよね? 絶対に食べてみたいです!」

アップルパイはテイクアウトになりそうな予感がしたけれど、黙っておく。俺自身は元から大食なのでこれくらいは平気なんだけれど。志鶴は皿に取り分けられたピザでお腹いっぱいだろうなあ。

食が細いのと、こんなにチーズとオリーブオイルたっぷりでは逆に栄養効率が悪い。俺はついていけるんだけれど。撮影も終わりのようだし、追加でワインを頼むことにしよう。

「いいんですか? ワインなんて。まだお仕事中ですよ」

「十分仕事したからいいんだよ。酒の力を借りないと、あなたは食べきれなくなりそうだし」

「まあ、そうですね… このピザ食べきれるか心配でした」

食べきれなかったら俺が残りを片付ける覚悟ではいたけれど。とは言わないでおく。

基本的に志鶴は食べ残しを誰かに押し付けるのを嫌うから。残飯処理させるみたいでいやなんだと言う。俺は気にしないけれど、申し訳ないと泣きそうな顔で謝られても困るからね。

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