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第一部 第十四話 夫婦の再会 ①

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志鶴を俺の部屋に呼び出す時、条件が付けられた。マネージャーの佐々木さんに同席してもらう事、という一点だ。

本当はアランが同席したがったが、アランは監督に早くも気に入られて、シーンを増やされたりしている為、スケジュール的に無理だった。

「そろそろ時間だ。大丈夫か? なにかあったら俺が全力で止めるから安心していいぞ」

「ないとは思う。志鶴はそんな気の強いタイプじゃないし」

そんなことを二人で話していると、インターフォンが鳴り響く。佐々木さんが行こうとするのを制して、俺が迎えに出る。ドアを開けると、普段と全く変わらない志鶴が現れた。

「久しぶりだな」

「はい。本当に… 久しぶりですね」

「俺達は夫婦なのに、どうしてこうなったんだ…?」

ひどく泣き出したい気分で抱きしめる。志鶴は力の差の関係で抵抗こそしないものの、俺の背に腕を回すことはなかった。

「海翔さん、痩せましたね。きちんとバランスよく食べていますか?」

そっと引きはがしながら、苦笑交じりに俺を見上げて言う。長い髪の隙間に俺が付けたようなキスマークがないかと探してしまう。

「お前がいないと駄目だよ。なんで忘れてたんだろうな… 俺はこんなにお前を必要としてたのに…」

離れようとする志鶴をもう一度抱きしめて呟く。逆らわないけれど、受け入れもしない姿勢に志鶴の秘められていた芯の強さを感じた。

「迎えに来てくれるって信じていました。けど、あなたは先にアメリカへ行ってしまって… 悲しかったです。予想はできていたんですけどね。あなたの本当の妻は私じゃない。俳優業です」

「お前なら多少仕事を優先しても許してくれるって思ったんだ。あの時に間違えたんだな。…俺」

志鶴は何も言わなかった。無言の肯定が答えだと雄弁に語っていて、俺はその場に膝をつきそうなほど後悔した。

「志鶴、もう一度やり直そう。俺達はあまりに急いで入籍した。互いの価値観さえ分からないまま結婚したんだ。…俺が悪かったから、やり直そう」

「無理です。もう無理なんです! もう手遅れです! あなたは道を間違えてしまったんです。だけど、そんなあなたを許すほど私は強くない! 誘拐された私を無視してまで仕事に向かう人を、どうして許せると…!?」

泣き出しながら志鶴が感情のままに喚き散らす。

「私はずっと不安で申し訳なくてたまらなかった!! 手術費用も入院費用もなにもかも支払ってくれたばかりか、一緒に暮らしているのに寝室を別にしてまでセックスを拒んで…」

「それは当たり前だろう!? 俺は夫として当たり前のことをしただけだ。セックスをしないのも君の為を思えばだ。俺は何か悪いのか!?」

「私の為を思うならもっと歩み寄ってほしかったです。私の女の部分はずっと不安でした。ただ一緒に寝るだけで満たされるものがあるんです…! なのに、外では手をつなぐことも撮影所へ出入りすることも全くできなくて」

喚き散らす志鶴は一人の女だが少女のようでもあった。寂しさを満たされることのなかった子供の幻影が見えるようで。

「なら、言えばいいだろう!? 撮影所はともかく、一緒に寝ようって言えば済む話じゃないのか!?」

「言えるわけないです!! 過酷なスケジュールだったのに、自主的にトレーニングまでしている人に… 私はいつ甘えればよかったんですか!? いつ夫婦の時間を持ちましょうって? どこにもなかったくせに」

「俺が忙しくしているのは夢を更に大きく叶えていきたかったからであって、将来の為に必要なことだったんだよ! お前だって分かるよな!? そういう男を選んだのはお前なんだから」

そこまで言ってから気付く。アランの言う通りだったこと。俺自身がどこか傲慢になっていたことに。…変わってない志鶴と変わってしまった俺か。

「アランに思い切りやられたよ。お前には底知れない孤独があるってさ。俺がもしも普通のサラリーマンだったら、お前は教えてくれたのか?」

「あなたは俳優しかできない人です。それくらい知ってます」

かみ合わない会話がひどく悲しい。俺はまだ愛しているのに。なのに、どこかですれ違って戻れない所まで俺一人で来てしまって… どこまで戻ればいいんだろう。後悔していても始まらないのに後悔しかできなくて。

「忙しいのはアランだって同じだろ! 俺と全く変わらないんだぞ!?」

「それでも! できるだけ一緒にいる時間を大事にしたいって、撮影所にもできるだけいてほしいって… マネージャーの代理という肩書をくれて。私の為にどこまでも頭を使ってくれる人です」

「アランはこれから売れていく俳優だぞ。俺と違ってまだまだ仕事も安定なんかしない。今は良いけどな。いつまでもお前を背負っていけると思うのか? はっきり言う。お前は身寄りがないという共通の寂しさを埋めあってるだけだ。いつか限界が来るぞ!」

何度目かに抱き寄せながら言うが、はっきりと拒まれる。細い腕で体も震えているのにありったけの力で俺の胸を押して。それから涙で崩れた化粧にも構わず俺をまっすぐに見上げて。

「あなたにはあなたの幸せがあります。そして、それは私じゃなかったんです。あなたと同じく恵まれた家のお嬢さんがよかったんです」

一息に告げた。きっと別れの言葉のつもりだったんだろう。だけれど、俺にはどうしても受け入れられたものじゃなくて。

「俺は認めない! 生半可な覚悟で入籍したんじゃないんだからな…!」

「じゃあどうして!? なんで、誘拐された私をほったらかしたんですか!? 私はどうしても許すことができないんです!! そんな状態であなたと夫婦であり続けるなんて無理です!! …もう放してください…!」

その場に座り込み、顔を両手で隠して泣きながら吐き出す。

「外でデートもできないのに撮影所を出入りもできない。夫婦らしく過ごせるのは家の中と個室のレストランしかない。それもあなたはいつもマネージャーの名前を借りていて、デートらしく可愛くすることもできない。そんなのが一生続くなんて無理です」

泣きながら吐き捨てる志鶴を見て、やっと志鶴の求めていたものに気付く。志鶴が求めていたのは何気ない日常だ。二人きりで過ごせる日常が欲しかっただけだ。もっと自由で穏やかな日常こそが欲しかったんだ。

俺は暇さえあれば志鶴にも仕事を優先させていたし、その間にボイトレや筋トレなど俳優『真田海翔』を維持するための時間に充てていた。だけど、志鶴はそれこそが辛くてならなかったんだ。
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