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第一部 第十三話 二人の男の対峙 ①
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アメリカのロサンゼルス国際空港に着いた時、時間は朝の9時頃だった。それでも観光客でごった返す中、俺達はやはり連れ立って歩いていく。
「アランさん、降りる時にお嬢さん、愛されてるねって言われたんですけど… なにかしたんですか?」
かなり気を抜いて熟睡していたんだろう。志鶴さんが首を傾げながら言う。
「少しからかわれただけだよ。あなたの方が詳しく知ってるでしょ? 外人のこういう所!」
「だからです! 何もなければ何も言われないでしょ?」
怪しむ志鶴さんの手を引き、マネージャーの姿を探す。マネージャーはいたって凡庸で海翔さんと違って元情報屋をしていたりしない。その分、俺は自由にやらせてもらっているからいいけれど。
その痩せた体に紺色のスーツを着た姿が遠くから見えて、
「ほらほら、マネージャーのお出迎えだよ」
ウエストに腕を回しつつ言うと、少し不満げに唇を尖らせる。その唇に触れるだけのキスをすると、途端に顔が緩んでくれる可愛い人だ。…奪い去ってよかったなどと思ってしまうほど、俺は志鶴さんが好きなんだ。
「日本人のマスコミも追いかけてきています。もう少し慎んでください! こちらとしてはもう少し慎重に行動していただかなくてはなりません」
俺よりぴったり10歳年上のマネージャーが少し顔を赤らめて叱りつける。
「レンタカーを借りました。ホテルまで近くですけどね。部屋はダブルルームしかありませんでしたが、慎んで行動してください」
「はいはい。で、撮影は? 俺はいつからのスケジュール?」
「その前に私の方で頼み込んで調べさせてもらいました。真田海翔さんは同じホテルのスイートルームを使っています。後ほどご挨拶に行きましょう。共演するんですから」
マネージャーの悪意がない言葉にビクリと志鶴さんが震えた。それはそうだろう。そっと肩を抱き寄せて、
「さっすが! 映画の主役ってだけでスイートルームかよ! あっははは! すげえセレブ待遇じゃん」
「はい。食事はホテルのシェフによるオリジナルコース、出入り口から廊下にエレベーターも専用のものを使うそうです。お会いするにはこうしてアポを取らなければいけないほどですね」
「どうせ俺達のメシはビュッフェでしょ?」
「はい。ですが、メインフロアが素敵でした。フロアを飾るフラワーアレンジメントが日替わりなのです。ビュッフェとはいえ食事も目の前で仕上げてくれる物が多くてなかなか豪勢ですよ」
それでも海翔さんならビュッフェの方が快適でいいなんて言って現れる可能性はあるけれど… そこまで細かく気にしても仕方ない。
「観光客も多くおりますので気を付けてください。木下先生は念のために外へ出る時は格好に気を付けてくださいね。事務所としてはまだ発表するわけに行きませんので」
「俺はいつでもいいんだけどな~」
「仕方ありません。今はタイミングが悪すぎます。真田海翔さんの主演映画の邪魔をするわけにもいきませんよ」
こんな話をするとき、志鶴さんはひどく申し訳なさそうにする。マネージャーは俺達の関係を知ってはいても海翔さんとの婚姻関係までは知らない。ごく平凡に生きた人の限界ってやつだろう。
「共演のあいさつってさ、少し長めに時間取ってくれてるの?」
「はい。あちらから映画のことで少し話し合いたいんだとか… 真田海翔さんからの申し込みです」
十中八九、志鶴さんが一緒に来ることを狙ってるんだろうなあ。なかなか頭が回るけれど、それはこっちも同じなんだよね。
「じゃあ、着いたら早速行ってくるよ。志鶴さんは部屋で待ってて」
「え…?」
「ちょっと仕事の話をしてくるだけだからさ。ね? その間、エステでも受けてのんびりしててよ。少し疲れてるみたいだし」
戸惑う志鶴さんのこめかみあたりにキスする。俺は狡猾だ。こう言うと、マネージャーが乗ってきてくれると判ってて言ってる。
「それは良いですね。ホテルに専属のエステティシャンが常駐しています。オイルマッサージにヘアエステもあります。予約しておきますね」
「でも、私… アランさんに同行しないと」
「私個人としてお礼がしたかったのです。是非ともどうぞ。桐生さんの偏食も治してくださいましたし。今回のアメリカ旅行もチケットを取る段階から手伝ってくださいましたし!」
「あ、ありがとうございます。では、喜んで…」
ほらね。志鶴さんが断りにくい状況を俺はこうやって簡単に作り上げてしまう。でも、それは俺の罪滅ぼしでもある。
海翔さんと志鶴さんは上手くやっているように見えた。実際、上手くやっていたんだろう。海翔さんは志鶴さんの天才ぶりをなにより認めていたんだから。多少、気づかなかった孤独があったとしてもそれは大きな隙にはならない。
過去の古傷を大きく暴いた挙句、海翔さんとの仲を引き裂く罠に使ったのは俺だ。志鶴さんはただ俺によって気付かされた古傷の痛みに苦しんで苦しんで、罠の底で待ち構えていた俺の手を掴んだ。…何一つとして悪くない。
だけど、永遠に離してあげられない。だから、やれるだけのことはしてあげたい。会う勇気がないって言うなら俺が代わりに言ってあげるだけだ。あなたとは婚姻生活が送れませんって。その為の用意はしてある。
「今は無理しなくていいから。ね?」
「…はい。ごめんなさい。まだきちんとお話しできる勇気がなくて。だけど、必ず自分でお話しますから」
「本当は俺が一人で話を付けてきてあげたいよ。だけど、あなたはそういう性質の人じゃないってことも判ってる」
そっと肩を抱き寄せながら言うと、志鶴さんは安堵した顔で笑みを浮かべながら頷く。二人にしか聞こえない声だけど、しっかりとした口調で答える。
「勢いに押されたとはいえ、婚姻届にサインしたのは私なので。きちんと話をしたいです。海翔さんにも言いたいことができましたし」
「判った。俺は傍にいるよ。なにがあってもあなたを守るからさ。ね?」
そう話してキスを交わす。
こうでもしないと俺は俺が許せなかった。二人の仲を引き裂いた罪を償うなら俺一人でいいのに。その最も辛い役目を志鶴さんに背負わせているなんて… もっと優しく甘いだけの世界で大事にしてあげたいのに。
地獄の業火に焼かれるのは俺だけでいいのに…!!
その怒りを志鶴さんへの優しさに変えて、俺は幾度もキスを交わし、抱き寄せていた。
「アランさん、降りる時にお嬢さん、愛されてるねって言われたんですけど… なにかしたんですか?」
かなり気を抜いて熟睡していたんだろう。志鶴さんが首を傾げながら言う。
「少しからかわれただけだよ。あなたの方が詳しく知ってるでしょ? 外人のこういう所!」
「だからです! 何もなければ何も言われないでしょ?」
怪しむ志鶴さんの手を引き、マネージャーの姿を探す。マネージャーはいたって凡庸で海翔さんと違って元情報屋をしていたりしない。その分、俺は自由にやらせてもらっているからいいけれど。
その痩せた体に紺色のスーツを着た姿が遠くから見えて、
「ほらほら、マネージャーのお出迎えだよ」
ウエストに腕を回しつつ言うと、少し不満げに唇を尖らせる。その唇に触れるだけのキスをすると、途端に顔が緩んでくれる可愛い人だ。…奪い去ってよかったなどと思ってしまうほど、俺は志鶴さんが好きなんだ。
「日本人のマスコミも追いかけてきています。もう少し慎んでください! こちらとしてはもう少し慎重に行動していただかなくてはなりません」
俺よりぴったり10歳年上のマネージャーが少し顔を赤らめて叱りつける。
「レンタカーを借りました。ホテルまで近くですけどね。部屋はダブルルームしかありませんでしたが、慎んで行動してください」
「はいはい。で、撮影は? 俺はいつからのスケジュール?」
「その前に私の方で頼み込んで調べさせてもらいました。真田海翔さんは同じホテルのスイートルームを使っています。後ほどご挨拶に行きましょう。共演するんですから」
マネージャーの悪意がない言葉にビクリと志鶴さんが震えた。それはそうだろう。そっと肩を抱き寄せて、
「さっすが! 映画の主役ってだけでスイートルームかよ! あっははは! すげえセレブ待遇じゃん」
「はい。食事はホテルのシェフによるオリジナルコース、出入り口から廊下にエレベーターも専用のものを使うそうです。お会いするにはこうしてアポを取らなければいけないほどですね」
「どうせ俺達のメシはビュッフェでしょ?」
「はい。ですが、メインフロアが素敵でした。フロアを飾るフラワーアレンジメントが日替わりなのです。ビュッフェとはいえ食事も目の前で仕上げてくれる物が多くてなかなか豪勢ですよ」
それでも海翔さんならビュッフェの方が快適でいいなんて言って現れる可能性はあるけれど… そこまで細かく気にしても仕方ない。
「観光客も多くおりますので気を付けてください。木下先生は念のために外へ出る時は格好に気を付けてくださいね。事務所としてはまだ発表するわけに行きませんので」
「俺はいつでもいいんだけどな~」
「仕方ありません。今はタイミングが悪すぎます。真田海翔さんの主演映画の邪魔をするわけにもいきませんよ」
こんな話をするとき、志鶴さんはひどく申し訳なさそうにする。マネージャーは俺達の関係を知ってはいても海翔さんとの婚姻関係までは知らない。ごく平凡に生きた人の限界ってやつだろう。
「共演のあいさつってさ、少し長めに時間取ってくれてるの?」
「はい。あちらから映画のことで少し話し合いたいんだとか… 真田海翔さんからの申し込みです」
十中八九、志鶴さんが一緒に来ることを狙ってるんだろうなあ。なかなか頭が回るけれど、それはこっちも同じなんだよね。
「じゃあ、着いたら早速行ってくるよ。志鶴さんは部屋で待ってて」
「え…?」
「ちょっと仕事の話をしてくるだけだからさ。ね? その間、エステでも受けてのんびりしててよ。少し疲れてるみたいだし」
戸惑う志鶴さんのこめかみあたりにキスする。俺は狡猾だ。こう言うと、マネージャーが乗ってきてくれると判ってて言ってる。
「それは良いですね。ホテルに専属のエステティシャンが常駐しています。オイルマッサージにヘアエステもあります。予約しておきますね」
「でも、私… アランさんに同行しないと」
「私個人としてお礼がしたかったのです。是非ともどうぞ。桐生さんの偏食も治してくださいましたし。今回のアメリカ旅行もチケットを取る段階から手伝ってくださいましたし!」
「あ、ありがとうございます。では、喜んで…」
ほらね。志鶴さんが断りにくい状況を俺はこうやって簡単に作り上げてしまう。でも、それは俺の罪滅ぼしでもある。
海翔さんと志鶴さんは上手くやっているように見えた。実際、上手くやっていたんだろう。海翔さんは志鶴さんの天才ぶりをなにより認めていたんだから。多少、気づかなかった孤独があったとしてもそれは大きな隙にはならない。
過去の古傷を大きく暴いた挙句、海翔さんとの仲を引き裂く罠に使ったのは俺だ。志鶴さんはただ俺によって気付かされた古傷の痛みに苦しんで苦しんで、罠の底で待ち構えていた俺の手を掴んだ。…何一つとして悪くない。
だけど、永遠に離してあげられない。だから、やれるだけのことはしてあげたい。会う勇気がないって言うなら俺が代わりに言ってあげるだけだ。あなたとは婚姻生活が送れませんって。その為の用意はしてある。
「今は無理しなくていいから。ね?」
「…はい。ごめんなさい。まだきちんとお話しできる勇気がなくて。だけど、必ず自分でお話しますから」
「本当は俺が一人で話を付けてきてあげたいよ。だけど、あなたはそういう性質の人じゃないってことも判ってる」
そっと肩を抱き寄せながら言うと、志鶴さんは安堵した顔で笑みを浮かべながら頷く。二人にしか聞こえない声だけど、しっかりとした口調で答える。
「勢いに押されたとはいえ、婚姻届にサインしたのは私なので。きちんと話をしたいです。海翔さんにも言いたいことができましたし」
「判った。俺は傍にいるよ。なにがあってもあなたを守るからさ。ね?」
そう話してキスを交わす。
こうでもしないと俺は俺が許せなかった。二人の仲を引き裂いた罪を償うなら俺一人でいいのに。その最も辛い役目を志鶴さんに背負わせているなんて… もっと優しく甘いだけの世界で大事にしてあげたいのに。
地獄の業火に焼かれるのは俺だけでいいのに…!!
その怒りを志鶴さんへの優しさに変えて、俺は幾度もキスを交わし、抱き寄せていた。
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