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側仕え~バーン視点~

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「あのー、もう入っていいって言われたんですけど……」
 背後の扉を見ると、そこには見知らぬ少年が立っていた。

 誰だ?
 聖教側が用意した側仕えだろうか?
 今はとにかく混乱していて、一人になりたかったのだが。
 口からはため息が漏れる。

「どうした!?」 
 その少年が突然駆け寄ってくる。その少年の背後にも同じ歳頃の少年がおり、同時に駆け寄ってきた。
 面倒だ……そもそも側仕えなど必要ない。だが、断れば断るで、何か不手際があったのか不満があったのかと問われ、面倒なことになるのは分かっている。 
 まぁ、聖教に帰依しているどこかの貴族の子息だろうから、礼儀は弁えているはずだ。
 重い頭でとりあえず高位貴族としての体裁を保つために立ち上がろうとする。

「体調が悪いのか?それとも大神官に何かされたのかっ?」
 その少年は何を思ったのか、不躾な言葉と共に私の身体に許可なく触れようとしてくる。
 その手を思い切り払い除けた。

「許可なく触れるな」
 なぜこのような当然の礼儀を知らない?
 思わず睨みつけたその少年は、ひどく驚いた顔をした。
「申し訳ございません!体調が優れない様でしたので、思わず……他意はないのです!」
 後から駆けてきた少年が頭を下げる。相変わらず、触れようとした張本人は謝罪することなく、呆然としたままだ。振り払われた手を凝視している。
「シュー!早く謝罪を!」
「あっ……申し訳、ありません……」
 シューと呼ばれた少年はようやく我に返り、簡易的に頭を下げた。
 しかし、その態度からも表情からも納得がいっていないかのように私を見る。
 何だ?何が言いたい?

「ご挨拶が遅れました。僕たちが身の回りのお世話をさせて頂きます。セシルと申します」
 セシルと名乗った少年は、華やかな笑みを見せ、お辞儀をした。私よりも少し下、だろうか?寄宿学校はもちろん、夜会などでも見覚えはないので、呼ばれないような低位の貴族だろう。栗色の大きな瞳が特徴的で、その声色や雰囲気も相まって、とても愛らしい。
 セシルのような側仕えを好む高位貴族は多いだろう。人は誰でも自らの周囲に見目麗しい者を置きたいからな。
「俺の名前はル……いや、シュフォテオフトです。友達に、なろう!」
「はぁ?」
「ちょっ、ちょっと、シュー!」
 先程まで、私に手を払われ、驚き、なぜか少し傷ついたような顔をしていた。それが突然堂々と友達になろうなどと宣言し、胸を張っている。
 シュフォテオフト、といったか。そのような名、聞いたこともない。容姿はセシルと違い特に特筆すべき所もなく、一度会っても覚えていないかもしれないほどの十人並。
 礼儀作法も知らぬ箱入り子息なのかと思えば、意味が分からない。
 ん?何だ……?少し、鼓動が早い。

「早く謝って!突然どうしたの!」
「友達になりたいからそう言っただけだ。何が悪い」
 セシルとシュフォテオフトが揉め出した。
「もういい。私の名はバーンだ。数日間、世話になる。早速だが、私の自室に案内してもらいたい」
 ただでさえ大神官様との対話で混乱している。とにかく、一人になりたかった。
 立ち上がり、案内を促す。
「承知しました」
 セシルが恭しく礼をする。シュフォテオフトは立ち上がった私の姿を見て、安堵をはらんだ表情をした。
 座り込んでいたため、本当に立ち上がれないとでも思っていたのか?……心配して差し出された手を払ったのは、私の落ち度だったかもしれない……そんならしくないことを考えてしまった。

「ご案内します」
 セシルに促され、共に聖堂内を歩く。シュフォテオフトは私の後ろに続いているようだ。
「もうすべて必要な物は揃えてあります。お食事はどうされますか?」
「いや、必要ない。私はもう自室で休む。明日の朝食からで良い」
「心得ました」
 セシルと聖堂内を歩きながら今後のことを話す。要点も弁えているようで、無駄がない。
「朝まで、お一人で休まれますか?それとも……」
 私よりも頭一つ背が低いセシルが色を孕んだ瞳で見上げてくる。
 共寝を、と誘っているんだろう。
「今宵は、一人で良い」
「……承知しました」
 セシルは縋ることなく事務的な対応に瞬時に戻った。やはり、弁えている。
 聖堂内を歩きながら、まだ頭の中では先程の大神官様とのことが離れず、少し眉間に皺がよる。
 あまり考えても仕方ないというのに。私が取れる行動などない。せいぜいここで数日過ごし、オルレラ公爵家が聖教に帰依したと知らしめ、父上の意向に従うのみだ。領地に帰った後、今回のことを報告しよう。父上ならば、適切に対応される。
「……疲れているのか?甘味でも部屋に持っていこうか?」
 背後から小声でシュフォテオフトが話しかけてくる。
「必要ない」
 顔にも態度にも出していたつもりはないが、疲れているように見えたのか。
 こんな所で弱みを見せるわけにはいかない。気を引き締めねば。

 聖堂内は何処も変わらず白で統一されている。たまにすれ違う白を纏った神官や神官見習いたちは私を見て満面の笑みで会釈する。 
 そんな光景が滑稽で仕方ない。
 この中で、私だけが異物だ。

「セシル、案内頼むな。俺、ちょっと行ってくる」
「シュー!?」
 突然背後のシュフォテオフトがどこかへ走り去る。
「申し訳ございません!シューは少し、その、自由で……」
 セシルは走り去ったシュフォテオフトの後姿を苦笑しつつ見送る。厄介者なのかと思えば、セシルのその瞳は優しげに細められた。
 セシルにとって、側仕えとして共に居るシュフォテオフトは、手柄を奪い合う間柄だろうに。
 相変わらず、誰しも魅了する。

 ……ん?
 今、何を……。

「こちらです。参りましょう」 
 セシルの声かけにはっとする。
 何か今、よぎったが……まぁ、いい。
 気持ちを切り替え、歩みを進めた。
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