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いない、世界~テオドール視点~
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「ふっ……ざけるな!エルンストと話をする!」
バーンの話を聞いたルカが激昂し、クリフトが止めるのも聞かずに部屋を飛び出した。
まぁ、ルカの性格的にもそうなるよね。
僕もそうしたいくらいだから。
でも、公爵の方が正しい。
バーンはルカを助けるために公爵と交渉した。
そのバーンがその交渉した内容を反古にする。
ならば、と公爵が他の条件を提示するのは当然だ。
非はすべてバーンにある。
ただ、その内容がまさか……。
ルカのいなくなった部屋は三人の重たい空気で息もしづらい。
バーンはルカに告げた体勢のまま目を閉じている。
「あの、ルカを追わなくても?」
クリフトはオルレラ公爵にルカが害されないか心配なんだろう。
オルレラ公爵は、平民だからと手打ちにされる方ではない。
……まぁ、ぞんざいには扱われるかもしれないけど。
それよりも、ルカのいない状態でバーンの真意を問いたい。
「バーンは、それでいいの?ルカのことを忘れるって、僕なら耐えられない。そんなことなら、形だけでも婚約とかしておけば……」
「いや、それはできない」
即答か。
まぁ、そうだろうね。
本来一番良いのは、バーンが形だけの婚姻をすること。
オルレラ公爵も納得するし、僕達にも実害はない。
でも、母君の話を聞いて、偽りの自分でいることができなくなってしまったんだろう。
元々、実直だったからね。
そんなバーンを分かっているからこそのオルレラ公爵の要求……さすがというか、えげつない。
そんな魔法薬なんて初めて聞いたし、得体がしれない。
それを実の息子に飲ませるか?
ありえない。
「クリフトはその魔法薬のこと、知ってる?」
クリフトはルカのことが気になってチラチラ扉を見ているが、話を振ると眼鏡を押し上げながら商人の顔に戻る。
「もちろん。強姦の被害にあった女性や溺れた経験のある子供などに使われたと聞いています。記憶が戻るのも確かです。しかし、簡単に、ではない。溺れた経験のある子供が同じ場所で泳いだとしても戻りません。もう一度同じように溺れた時に消した記憶も戻る、といった感じです。基本的にはもう思い出したくない記憶が前提なので、大切な記憶に対してどう作用するのかは……」
それはそうだろう。
誰もそんなことを試したりしない。
クリフトの話を聞けば、確かに画期的な魔法薬だな。
今までも記憶を奪う魔法や魔法薬はあった。
でも、それは一定期間の記憶すべて。
突然その間の記憶がすべて失くなれば、生活に差し障るし、本人も失くしたことに気づく。
でも、一つの事柄限定で消すことができるなら、その後の生活にそこまで支障は出ないし、失くした本人も気付かない。
だからこそ、失くした記憶の探求をしない。
そこが、怖い。
「で?バーンは飲むと決めた。ルカがオルレラ公に何を言ったとしても、まぁ無駄でしょ。もう、僕達は何もできない。バーンがルカを追わないってことは、僕達にだけ話したいことがあるんじゃない?」
クリフトもそれを分かっているからこそ、残ってるんだろうから。
「父上はこのまま私が寄宿学校に戻り、同じような生活を過ごすことを許さないだろう。記憶が戻ることのないように、何か理由をつけて、ルカと接触しないように別の寄宿学校へ転学させるおつもりだろうと思う」
まぁ、そうだよね。
僕でもそうする。
ルーツ寄宿学校は難関であるからこそ、中央への足掛かりとして一番貴族の子息が集まるけれど、オルレラ公爵家ならばどこの寄宿学校だろうとさして変わりはないのだから、記憶を失ったバーンに何かしらの理由をつけて転学させることは難しくはない。
僕達にその妨害を頼むってこと?
「そのまま、何もしないで欲しい」
えぇ!?
「ただ、見ていろと言うことですか!?」
クリフトがたまらずにバーンに詰め寄る。
僕も同じ気持ちだ。
てっきり、記憶が戻る手助けを頼まれると思っていたのに。
「そうだ。お前達にも迷惑をかけるが、できる限り父上の意に添いたい」
バーンは薄く微笑む。
その姿は諦念しているように見えた。
「もう、ルカのことは、いいの?」
そう、責めるような僕の言葉にバーンがその鋭い眼光を飛ばす。
「ルカのいない世界で、生きるってことなの?」
僕は射殺されそうなその眼光をもろともせずに、より追い詰めた。
だって、許せない。
ルカを狙う奴が一人いなくなるのは喜ばしいことだけれど、逃げるの?
「いない、世界」
僕を睨み付けていた瞳を閉じ、バーンがぽつりと呟く。
消え入りそうな小さな一言。
一瞬、追い詰めすぎたかと心が痛んだ僕を、次の瞬間には高笑いで嘲った。
「……テオドール、勘違いするなよ?私の世界にはルカがいる。記憶を失おうと、必ず。私がルカと出会わないはずがない。出会うべくして出会う、運命なのだからな。そこにお前達の手助けなどいらないと言っている。父上にも、お前達にも、それを示してやる」
あぁ……バーンだ。
僕の大嫌いだった、不遜で傲慢ですべてを手にしているかのようなその自信。
ルカという、初恋の相手を前にオドオドしていた童貞っぷりから忘れていたけれど。
バーンは本来、こういう奴だった。
確信があるんだ。
ルカと再び出会い、また恋をすると。
だからこそ、オルレラ公爵の言葉通りに従い記憶を取り戻すことによって、自分のこの想いが真であるとオルレラ公爵だけでなく僕達にも突き付けようとしている。
「分かったよ。何もしない。示してもらおうじゃないか?ま、別に記憶が戻っても、ルカは僕のモノだけどね?」
「いえ、ルカの婚約者をお忘れなく」
クリフトも参戦し、三人で睨みあう。
「……ルカを連れ戻そう。そろそろ、オルレラ公爵の逆鱗に触れそうな気がする」
ここで三人でいがみ合っていても仕方ない。
扉付近にいたクリフトと僕がバーンに背を向け、クリフトが扉に手を掛けた瞬間に背後から先程とは打って変わったバーンの真摯な声が響く。
「記憶を失っている間はルカを助けてやれない。だが、不安はない……友のことを、信じている」
目の前のクリフトの肩が揺れる。
僕はそれを見ないふりをして、扉から外へ出る。
「「言われなくても」」
呟く声が重なったが、そのまま振り向かずルカの元へと急いだ。
バーンの話を聞いたルカが激昂し、クリフトが止めるのも聞かずに部屋を飛び出した。
まぁ、ルカの性格的にもそうなるよね。
僕もそうしたいくらいだから。
でも、公爵の方が正しい。
バーンはルカを助けるために公爵と交渉した。
そのバーンがその交渉した内容を反古にする。
ならば、と公爵が他の条件を提示するのは当然だ。
非はすべてバーンにある。
ただ、その内容がまさか……。
ルカのいなくなった部屋は三人の重たい空気で息もしづらい。
バーンはルカに告げた体勢のまま目を閉じている。
「あの、ルカを追わなくても?」
クリフトはオルレラ公爵にルカが害されないか心配なんだろう。
オルレラ公爵は、平民だからと手打ちにされる方ではない。
……まぁ、ぞんざいには扱われるかもしれないけど。
それよりも、ルカのいない状態でバーンの真意を問いたい。
「バーンは、それでいいの?ルカのことを忘れるって、僕なら耐えられない。そんなことなら、形だけでも婚約とかしておけば……」
「いや、それはできない」
即答か。
まぁ、そうだろうね。
本来一番良いのは、バーンが形だけの婚姻をすること。
オルレラ公爵も納得するし、僕達にも実害はない。
でも、母君の話を聞いて、偽りの自分でいることができなくなってしまったんだろう。
元々、実直だったからね。
そんなバーンを分かっているからこそのオルレラ公爵の要求……さすがというか、えげつない。
そんな魔法薬なんて初めて聞いたし、得体がしれない。
それを実の息子に飲ませるか?
ありえない。
「クリフトはその魔法薬のこと、知ってる?」
クリフトはルカのことが気になってチラチラ扉を見ているが、話を振ると眼鏡を押し上げながら商人の顔に戻る。
「もちろん。強姦の被害にあった女性や溺れた経験のある子供などに使われたと聞いています。記憶が戻るのも確かです。しかし、簡単に、ではない。溺れた経験のある子供が同じ場所で泳いだとしても戻りません。もう一度同じように溺れた時に消した記憶も戻る、といった感じです。基本的にはもう思い出したくない記憶が前提なので、大切な記憶に対してどう作用するのかは……」
それはそうだろう。
誰もそんなことを試したりしない。
クリフトの話を聞けば、確かに画期的な魔法薬だな。
今までも記憶を奪う魔法や魔法薬はあった。
でも、それは一定期間の記憶すべて。
突然その間の記憶がすべて失くなれば、生活に差し障るし、本人も失くしたことに気づく。
でも、一つの事柄限定で消すことができるなら、その後の生活にそこまで支障は出ないし、失くした本人も気付かない。
だからこそ、失くした記憶の探求をしない。
そこが、怖い。
「で?バーンは飲むと決めた。ルカがオルレラ公に何を言ったとしても、まぁ無駄でしょ。もう、僕達は何もできない。バーンがルカを追わないってことは、僕達にだけ話したいことがあるんじゃない?」
クリフトもそれを分かっているからこそ、残ってるんだろうから。
「父上はこのまま私が寄宿学校に戻り、同じような生活を過ごすことを許さないだろう。記憶が戻ることのないように、何か理由をつけて、ルカと接触しないように別の寄宿学校へ転学させるおつもりだろうと思う」
まぁ、そうだよね。
僕でもそうする。
ルーツ寄宿学校は難関であるからこそ、中央への足掛かりとして一番貴族の子息が集まるけれど、オルレラ公爵家ならばどこの寄宿学校だろうとさして変わりはないのだから、記憶を失ったバーンに何かしらの理由をつけて転学させることは難しくはない。
僕達にその妨害を頼むってこと?
「そのまま、何もしないで欲しい」
えぇ!?
「ただ、見ていろと言うことですか!?」
クリフトがたまらずにバーンに詰め寄る。
僕も同じ気持ちだ。
てっきり、記憶が戻る手助けを頼まれると思っていたのに。
「そうだ。お前達にも迷惑をかけるが、できる限り父上の意に添いたい」
バーンは薄く微笑む。
その姿は諦念しているように見えた。
「もう、ルカのことは、いいの?」
そう、責めるような僕の言葉にバーンがその鋭い眼光を飛ばす。
「ルカのいない世界で、生きるってことなの?」
僕は射殺されそうなその眼光をもろともせずに、より追い詰めた。
だって、許せない。
ルカを狙う奴が一人いなくなるのは喜ばしいことだけれど、逃げるの?
「いない、世界」
僕を睨み付けていた瞳を閉じ、バーンがぽつりと呟く。
消え入りそうな小さな一言。
一瞬、追い詰めすぎたかと心が痛んだ僕を、次の瞬間には高笑いで嘲った。
「……テオドール、勘違いするなよ?私の世界にはルカがいる。記憶を失おうと、必ず。私がルカと出会わないはずがない。出会うべくして出会う、運命なのだからな。そこにお前達の手助けなどいらないと言っている。父上にも、お前達にも、それを示してやる」
あぁ……バーンだ。
僕の大嫌いだった、不遜で傲慢ですべてを手にしているかのようなその自信。
ルカという、初恋の相手を前にオドオドしていた童貞っぷりから忘れていたけれど。
バーンは本来、こういう奴だった。
確信があるんだ。
ルカと再び出会い、また恋をすると。
だからこそ、オルレラ公爵の言葉通りに従い記憶を取り戻すことによって、自分のこの想いが真であるとオルレラ公爵だけでなく僕達にも突き付けようとしている。
「分かったよ。何もしない。示してもらおうじゃないか?ま、別に記憶が戻っても、ルカは僕のモノだけどね?」
「いえ、ルカの婚約者をお忘れなく」
クリフトも参戦し、三人で睨みあう。
「……ルカを連れ戻そう。そろそろ、オルレラ公爵の逆鱗に触れそうな気がする」
ここで三人でいがみ合っていても仕方ない。
扉付近にいたクリフトと僕がバーンに背を向け、クリフトが扉に手を掛けた瞬間に背後から先程とは打って変わったバーンの真摯な声が響く。
「記憶を失っている間はルカを助けてやれない。だが、不安はない……友のことを、信じている」
目の前のクリフトの肩が揺れる。
僕はそれを見ないふりをして、扉から外へ出る。
「「言われなくても」」
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