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世界の見え方~バーン視点~
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「いつまでよろしく抱き合うつもりだ?」
父上の言葉に、はっと意識が戻る。
あまりにルカが愛おしく、その体温を感じ、匂いに包まれていると、ルカの存在で全身が満たされ時が止まっているかのようだった。
この応接室には父上もフォルクス様もいるというのに、ルカしか見えていなかった。
ルカを抱いていた腕を緩め、父上に向き直ろうとすると、反対にルカにきゅっと力を込められる。
「バーンが自分の存在を否定するのだけは嫌だったんだ。お前はこの世界に必要だ。俺に、必要だ」
あぁ。
今、思う。
生まれてきて、良かった。
初めて、そんなことを思えるようになった。
ずっと、私は自分の生を否定して生きてきた。
生まれてくるべきではなかった。
死なぬのは、母のため。
自分が勝手に生を手離しては、自分の全てを犠牲にした母に申し訳ないと。
でも、そうではなかった。
母は、母の望んだ生き方をしてくれていた。
私の生は、私のために在った。
生まれてきて良かった。
ルカに会えて良かった。
「ルカ……ありがとう」
「ははっ」
二人で目を合わし、笑い合う。
「……二度、言わす気か?」
「……!!申し訳ありません」
ルカとの抱擁を解き、父上に向き直ると深く頭を垂れた。
「エルンスト、様、ありがとうございました」
ルカが父上に笑顔で礼を言うと、ぺこりと頭を下げた。
そんなルカに父上は苦笑を浮かべた。
「まぁ、いい」
柔らかな、父上の眼差し……初めて、見た。
「ルカ、少し、父上と二人にさせて欲しいのだが。フォルクス様も、申し訳ありません」
「あぁ、分かった」
フォルクス様は先程からずっと無言のままだったが、私の言葉にすっと席を立たれ、ルカと共に退室した。
「何だ、あらたまって」
応接室で二人きりとなり、父上に初めて自分の胸の内を明かす。
「……父上、ずっと憎んでいました。幼い頃から、執政者として尊敬はしていましたが、貴方のようになりたくないと思っていた。同時に、自分のことも同じように憎んでいた。貴方の血が流れ、貴方の道具のような自分に。だからこそ、自らを鍛え、魔法を研鑽し、知識を蓄えた。少しでも、貴方に抗う力が欲しかった。でも、ずっと自分の根底には自己否定がこびりついていました。そんな私が出会ったのが、先程のルカです。私をただのバーンとして見てくれた初めての人です。オルレラ家でもない。貴方の息子でもない。私自身ですら、その付加のついた自分としてしか見られなかったというのに。いつの間にか惹かれ……今ではルカのいない生は考えられない」
父上の表情は変わらない。
それでも。
覚悟を決め、その場で深く腰を折り、頭を下げる。
「婚約の件、撤廃させて頂きたい!虫の良いことを言っているのは重々承知しています。私はルカとしか、共に在りたいと思えない。今日、父上と母上の話を聞くまで、私は自分の心を圧し殺してでもルカを助けるために情報を得て、望まぬ相手とも添い遂げることを覚悟していました。道具のように、自分を使えば良い、と。そうではなかった。父上も母上も、自分で生涯を共にする相手を見定めていた。私は、もう、そんな相手を見つけてしまった!」
父上がどんな顔をされているか分からない。
呆れられているかもしれない。
それくらい、自分が言っていることが無責任だということも分かっている。
「オルレラ家から除籍して下さい」
自分がとれる、唯一のけじめだ。
ただの、バーンとなる。
すべてを失ってもいい。
今まで自分が行ってきた血の滲むような日々が全て無意味となってもかまわない。
「はっ、愚かだな、バーン」
父上の嘲る声。
「あのガキのために、すべてを捨てるか?エレノアが命をかけてこのオルレラ家の後継を得たというのにか?」
膝に置いた手を、ぎゅっと握る。
「母上ならば、分かって頂けると思います」
いつもの寝台の上で「仕方ない子ね」と微笑んでいる母を思い浮かべた。
「……エレノアならば、お前を後押しするやもしれんな」
父上の言葉に思わず頭を上げ、その表情をうかがってしまう。
父上はこちらを見ておらず、今は亡き母上を思っているのか遠くを見る目をされていた。
「だが」
父上がスッとこちらに視線を戻す。
いつもの、父上の鋭い眼差しを受け止めた。
逸らすことはできない。
「まさか、俺がはいそうですか、と言うはずないことは分かるよな?」
「……はい。約束を反故にするすべての責任は私にあります。如何様にも処罰して下さい。ただ、己の意に反することだけは、致しかねます」
私自身が信用を落とす道を選んだ。
父上がどう処断しようと抗わない。
「では、死ね」
……っ。
これも、覚悟、していた。
オルレラ家から出たとしても、この家について知り得たことは皆無ではない。
中には、他家に知られたくないものもある。
父上にとって、私の存在が無用となれば、邪魔でしかない。
排除したい存在だろう。
それでも。
それでも私は……。
自分の命をかけてでも、この想いを裏切ることはできない。
そう、決めたのだ。
「お受け、します」
父上の言葉に、はっと意識が戻る。
あまりにルカが愛おしく、その体温を感じ、匂いに包まれていると、ルカの存在で全身が満たされ時が止まっているかのようだった。
この応接室には父上もフォルクス様もいるというのに、ルカしか見えていなかった。
ルカを抱いていた腕を緩め、父上に向き直ろうとすると、反対にルカにきゅっと力を込められる。
「バーンが自分の存在を否定するのだけは嫌だったんだ。お前はこの世界に必要だ。俺に、必要だ」
あぁ。
今、思う。
生まれてきて、良かった。
初めて、そんなことを思えるようになった。
ずっと、私は自分の生を否定して生きてきた。
生まれてくるべきではなかった。
死なぬのは、母のため。
自分が勝手に生を手離しては、自分の全てを犠牲にした母に申し訳ないと。
でも、そうではなかった。
母は、母の望んだ生き方をしてくれていた。
私の生は、私のために在った。
生まれてきて良かった。
ルカに会えて良かった。
「ルカ……ありがとう」
「ははっ」
二人で目を合わし、笑い合う。
「……二度、言わす気か?」
「……!!申し訳ありません」
ルカとの抱擁を解き、父上に向き直ると深く頭を垂れた。
「エルンスト、様、ありがとうございました」
ルカが父上に笑顔で礼を言うと、ぺこりと頭を下げた。
そんなルカに父上は苦笑を浮かべた。
「まぁ、いい」
柔らかな、父上の眼差し……初めて、見た。
「ルカ、少し、父上と二人にさせて欲しいのだが。フォルクス様も、申し訳ありません」
「あぁ、分かった」
フォルクス様は先程からずっと無言のままだったが、私の言葉にすっと席を立たれ、ルカと共に退室した。
「何だ、あらたまって」
応接室で二人きりとなり、父上に初めて自分の胸の内を明かす。
「……父上、ずっと憎んでいました。幼い頃から、執政者として尊敬はしていましたが、貴方のようになりたくないと思っていた。同時に、自分のことも同じように憎んでいた。貴方の血が流れ、貴方の道具のような自分に。だからこそ、自らを鍛え、魔法を研鑽し、知識を蓄えた。少しでも、貴方に抗う力が欲しかった。でも、ずっと自分の根底には自己否定がこびりついていました。そんな私が出会ったのが、先程のルカです。私をただのバーンとして見てくれた初めての人です。オルレラ家でもない。貴方の息子でもない。私自身ですら、その付加のついた自分としてしか見られなかったというのに。いつの間にか惹かれ……今ではルカのいない生は考えられない」
父上の表情は変わらない。
それでも。
覚悟を決め、その場で深く腰を折り、頭を下げる。
「婚約の件、撤廃させて頂きたい!虫の良いことを言っているのは重々承知しています。私はルカとしか、共に在りたいと思えない。今日、父上と母上の話を聞くまで、私は自分の心を圧し殺してでもルカを助けるために情報を得て、望まぬ相手とも添い遂げることを覚悟していました。道具のように、自分を使えば良い、と。そうではなかった。父上も母上も、自分で生涯を共にする相手を見定めていた。私は、もう、そんな相手を見つけてしまった!」
父上がどんな顔をされているか分からない。
呆れられているかもしれない。
それくらい、自分が言っていることが無責任だということも分かっている。
「オルレラ家から除籍して下さい」
自分がとれる、唯一のけじめだ。
ただの、バーンとなる。
すべてを失ってもいい。
今まで自分が行ってきた血の滲むような日々が全て無意味となってもかまわない。
「はっ、愚かだな、バーン」
父上の嘲る声。
「あのガキのために、すべてを捨てるか?エレノアが命をかけてこのオルレラ家の後継を得たというのにか?」
膝に置いた手を、ぎゅっと握る。
「母上ならば、分かって頂けると思います」
いつもの寝台の上で「仕方ない子ね」と微笑んでいる母を思い浮かべた。
「……エレノアならば、お前を後押しするやもしれんな」
父上の言葉に思わず頭を上げ、その表情をうかがってしまう。
父上はこちらを見ておらず、今は亡き母上を思っているのか遠くを見る目をされていた。
「だが」
父上がスッとこちらに視線を戻す。
いつもの、父上の鋭い眼差しを受け止めた。
逸らすことはできない。
「まさか、俺がはいそうですか、と言うはずないことは分かるよな?」
「……はい。約束を反故にするすべての責任は私にあります。如何様にも処罰して下さい。ただ、己の意に反することだけは、致しかねます」
私自身が信用を落とす道を選んだ。
父上がどう処断しようと抗わない。
「では、死ね」
……っ。
これも、覚悟、していた。
オルレラ家から出たとしても、この家について知り得たことは皆無ではない。
中には、他家に知られたくないものもある。
父上にとって、私の存在が無用となれば、邪魔でしかない。
排除したい存在だろう。
それでも。
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そう、決めたのだ。
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