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「良かった……」

二人は解毒され、医務室のベッドで寝ている。
顔色も良くなってきた。
たまたま管理室にネラル先生がいてくれて、即座に転移魔法で部屋に移動し、解毒魔法を唱えてくれた。
二人とも魔法の副反応で寝ているが、後遺症なども残らないだろうと言われて一安心だ。

「さて……」
ネラル先生が俺とクリフトに向き合う。
「どういう経緯か説明して貰いましょう。たまたま私がいましたが、いなかった場合は二人はどうなっていたか分かりません。これは、命に関わる大きな事件です。シュラ先生にも同席してもらいましょう。かまいませんね?」
俺は頷く。
クリフトは相変わらず震えているだけで、返事はない。
ネラル先生はそんなクリフトを冷たい視線で見て、シュラを呼ぶように管理室に常駐している職員に促す。

シュルツは転移魔法ですぐに来た。
「ルカ!毒って、大丈夫なの!?」
「俺は大丈夫……です」
すぐに俺の元に駆け寄り、顔色を確かめているシュルツにネラル先生が言う。
「ルカはむしろ、容疑者ですよ」
「は?容疑者って?」

ネラル先生は今回の一連の流れを説明している。
「なるほどね……毒の特定は?」
「クリフトのお茶からもルカの甘味からも毒は検出されませんでした。揮発性の毒かと。どちらも可能性があります」
「クリフトじゃない!俺はクリフトの茶を一口飲んでる!」

二人の容疑者のうちの俺がもう一人の容疑者であるクリフトをかばうということがどういうことか分かっている。
もちろん、俺は俺が毒なんか入れてないことを知ってる。
それでも、クリフトじゃない。

「ルカ、貴方は調理するために部屋を出ている。その時にクリフトが先に二人に飲ませていたのかもしれない。毒が消えている以上、ルカが飲んだお茶がクリフトの冤罪を証明することにはなりません」

俺は拳をぎゅっと握りしめた。
「クリフト……さっきから何も言いませんが、貴方からは何も弁明はなしですか?」
ネラル先生の声にクリフトはビクッと反応し、震える声で言った。
「な、何も入れたりしていません……俺は何も……」

いつものクリフトじゃない。
ネラル先生の瞳は明らかにクリフトを疑っていた。
「揮発性の毒など、取り扱いも難しい。使うタイミングや毒の容量は熟知していないと意味をなさなかったり、命を奪ったりする。今回はタイミングも良く、容量は一瞬で死ぬほどではないが、命に関わる量でした。いや、テオドールとバーンだったからこそ、助かったとも言える。彼らは高位貴族ですから、毒には多少は耐性があったでしょう。陰謀に毒は付き物ですからね」
ネラル先生のその瞳は俺を見ていない。
クリフトを見つめている。
「今回、この毒を扱えたのはタイミング的にルカとクリフトしかいません。だが、ルカがしたとは思えない」
「なぜだ!」
クリフトを見ていたネラル先生はチラッと俺を見る。
なぜ、クリフトばかり疑う。

「ルカ、貴方はこの毒を入手できますか?」
「あっ……」
「どこで売ってるか知らないでしょう?その値も決して安価ではない。どこで売ってるか教えてあげましょうか?セリアン商会ですよ」
クリフトはその言葉に下を向く。

俺は椅子から立ち、クリフトに近づくとしゃがみ、その手をそっと握った。
クリフトははっと顔を上げ、俺を見る。
「ルカ……俺じゃない。俺はそんなこと……」
「分かってる。そんな顔するな。俺は信じてる」
「ルカ……」
ポロポロと涙が零れて、そのメガネに薄く貯まっている。
「泣くなって。ひどい顔になってたら、二人が心配するだろう?」
俺は立ち上がると、その顔を隠すように、そっと抱き締めた。
お腹の辺りでクリフトがしゃくり上げている。

ネラル先生は相変わらず厳しい表情で俺たちを見ている。
沈黙の中、声をあげたのはシュルツだった。

「クリフトがやるにはちょっと賢くないわね?」
ネラル先生もため息を漏らす。
「疑われるのが自分を含めた二人、しかもその相手がルカ。明らかに自分が不利よ。そんな計画をこの子が立てるかしら?」
俺はシュルツを見た。
「クリフトじゃない。俺でもない。他の奴だ」
「まぁ、テオドールとバーンが自分が誰かに使おうと準備した毒を間違えて自分が飲むってことも考えられなくはないけど、それもこの二人に限ってないわね。そうなると、どのタイミングで、誰が、という話になる。何か思い当たる節はある?」
「俺は食堂からパンと蜜を持ってきて使ったんだ。食堂なら誰でも入れる。無作為に誰かを狙った、とは考えられないか?」

ネラル先生は首を横に振る。
「さっきも言いましたが、毒は安価ではない。しかも、揮発性があるんです。あの時間に食堂を使う者は少ない。そのタイミングでわざわざ毒を仕込んでも、誰にも使われずに揮発する可能性が高い。まぁ、誰かが苦しむかもしれないという高揚感を得るために使ったとも考えられるが、そのために毒を使うなど、資金が潤沢な高位貴族の二人かそこのクリフトぐらいだ」

またクリフトがびくっと反応する。
どうしてそんなに怯えているんだろう?
いつものクリフトらしくない。
真っ向から否定するために弁明しそうなのに。

「まぁ、ルカがあそこで甘味を作るなんてこと、その三人以外知らなかったでしょう?そうなると……」
「いや、俺、言ったぞ?」
「え?」
シュルツとネラル先生の声が重なる。
「途中で、名前は知らないが何人かの寄宿生の集団に会って、今から食堂で作るって話をしたんだ。でも、その場で別れたし、食堂までは着いてきてない」
「貴方より先に食堂へ行って仕込んだ可能性は?」
「俺は急いで向かったから……あ、話の途中で集団の中の一人がいなくなった。あいつなら先に食堂へ行けた」

あいつが?
知らない奴だし、何のために?

「……確かに疑わしいですが、それだけで糾弾する訳にはいきません。毒は消え、それを入れた所も見られていない。やはり、クリフトが、と結論ずけずにはいられない」
「俺があいつらに直接聞いてみる。それもダメか?」
二人は顔を見合せ、共に首を横に振る。
「聞いた所で否定されるのがオチよ。証拠がない。むしろ、クリフトがやったと言われるわ」
「でも!」
「とりあえず、二人の回復を待ちましょう。話はそれからね」

テオとバーンはそのまま医務室預かりとなった。
俺たちは重い空気のまま、自室に帰った。
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