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 さんさんと太陽の光が降り注ぐ午後。
 王城の中庭にある東屋あずまやで、ロイ様との話し合いが行われた。
 たまに新作料理の試作に煮詰まった気分転換で中庭に出た際に、この東屋を目にしたことはあったが、まさか自分が使うことになるなんて。
 王城の中庭は専属の庭師の方がその季節に合った花々を咲かせていて、今の時期は名前は分からないが淡い黄色や水色の小さな花弁の花々が東屋からは楽しめた。
 俺が望んでいた通りだ。
 夜でもなく、密室でもなく、人の代わりに爽やかな空気や花々、木々に囲まれている。
 そして、あの夜のような濃密な糖度ではない、ロイ様がいる。

「ようやく、トールと話せる時間が作れて良かった」
 侍女の方々が東屋のテーブルに用意した香りの良いお茶に口をつけながら、ロイ様は優雅に微笑む。他国の使者との謁見の後なのか、いつも身に付けている騎士服よりも飾りの多い豪奢な仕様だ。もちろん、ロイ様の美貌を引き立てているにすぎないが。
 そういう俺も今は正装をしている。ロイ様に作って頂いた中の一枚で、当日着る物ではなく練習用にと贈られた。いつものだるだるな着古した服と正装姿とでは、所作に差が出るため、剣術大会が差し迫った最近は常に正装姿でいる。今日はドレスシャツと光沢のある紺色の上下揃いのジャケットとスラックスだ。俺の地味顔には少し派手な気もするが、当日はもっと華やかになる。
 ロイ様には先程会ってすぐ可愛いと言われたが、その前にたまたま会った厨房のシャルには似合わないと笑われた。シャルに同意なので、デコピンで許した。

「む、無理を言って、すみませんでした」
 ロイ様とちょうど視線が合うようにと対局の位置に俺のお茶なども準備されているが、侍女の方に俺の分のお手間を取らせたことすら申し訳ない。ロイ様に深く頭を下げつつ、心の中でこの時間のために配慮してくれた方々にも頭を下げた。
 俺は、騎士団長の多忙さを舐めていた。特に数日後に剣術大会への参加が控えているため、不在時の采配なども含めてロイ様はこの数日一息つく間もないほどだった。しかも、俺が夜は嫌だとか条件をつけたものだから、何とか昼間に時間を作ろうとかなり無理をされたと思う。

「無理ではないよ。私の最優先はトールだ。時間などいくらでも空ける。でも、トールの邪魔はしたくないから」
 そう、俺自身も礼儀作法の指導がほぼ毎日昼間にあった。もう日がないこともあり、出来の悪い俺は時間通りに終わらせられず、せっかく作って頂いた時間を無駄にしてしまったりもしたんだ。でも、どうしてもあの夜と同じ流れだけは避けたくて、我儘を通してしまったが、今となっては後悔しかない。
 自分の我を通すことに慣れていないせいで気を回しすぎだと分かってはいるが、俺には向いていない。 
 今も、笑っていないミハエル様の笑顔が浮かぶ。

 でも、この話し合いが剣術大会までギリギリ間に合って良かった。どうしても、はっきりさせておきたかったから。

「あの、秘密にしてもらったあの日の夜の話の続きを、したくて……」
「二人だけの、だろう?」
 ロイ様は上機嫌で唇に人差し指を立てて触れさせた。
「はぁ」
 なぜそこまで二人だけが気に入ったのか分からないが、まぁそれであの夜のことをみんなに吹聴しないのなら何でもいい。これだけで、半分は目的達成だ。
 改めて、ロイ様に向き直る。
「あの時、ロイ様に気持ちだけは疑って欲しくないと、そう、言われて……傷付けたことをまず謝りたいです。ロイ様の気持ちを疑う訳ではなくて、俺としては、その、どうしても、納得できないんです」
「納得?」
 向き直ったはずが、ロイ様の反応を見るのが怖くなってしまい、ついつい視線が下がってしまう俺に、ロイ様が優しく問いかけてくれる。
「あの時の、出会った時の子供だったロイ様には、俺の対応が新鮮で、その、好意を持ったかもしれない。で、でも、笑顔を見て、一目惚れ?って、いや、ちょっと……」
「一目惚れが納得いかない?」
 納得いかない。
 俺だぞ?
 大きく頷き、もう一度ロイ様と視線を合わせ、はっきりと伝えた。
「俺は、俺の事を、分かっているつもりです。俺は見た目も良い訳ではないし、気の利いた会話もできない。普通の、ありきたりな男です。ロイ様にそこまで思って貰える価値があるとは思えない。ロイ様は幼い頃の想いを実現しようということに、囚われているのではないですか?」
 自分で自分に価値がないなんて、三十にもなって正直情けない。
 でも、実際そうだし。
 小さなロイ様が俺に感じた素直な気持ちは信じているが、今のロイ様は必死に俺のことが好きだと思い込もうとしているような気がしていた。
 もう、その思いは解放し、剣術大会に臨んで欲しい。

「ふぅ……難しいね」
 ん?
 難しい?
 よく分からない一言を呟いた後、また優雅にお茶を口にしている。
「自分の中で、この問題はまだ解決できていない。ごめんね?」
「え、それは……?」
 少し考えているような素振りを見せたかと思うと、困ったような顔をし、最後に微笑まれた。
「あぁ、トールの質問には答えられるよ」
 ?
 難しいって言っていたのは俺とは関係ないお仕事の話だろうか?
 よく分からないが、とりあえず俺の質問には答えて貰えるようなので、微笑むロイ様を真剣な顔で見つめた。

「確かに、トールよりも美しい者も聡い者もいる。貴族の方が環境も近く、会話も弾むかもしれない。でも、私はトール以外に興味がない。私はもう自分の唯一を見つけた。もう出会っているのに、他の者がどうだろうと関係ない」
 対面でしっかり目を見て会話しようと思っていたのに、俺を愛おしそうに見つめるロイ様を直視できず、俯く。
「一目惚れが信じられない?」
「いえ!」
 幼きロイ様の気持ちを信じてない訳じゃない。
 思わず顔を上げ、否定するように首を振る。
 ロイ様は先程と同じように俺を愛おしそうに見つめながら、思い出を話すように呟いた。

「今思えば一目惚れだけど、あの時は分かっていなくてね。でも、胸がとても熱くて、またトールに会いたいと思った。その気持ちがずっと消えなくて、寝る時に、トールに会える明日が、とても楽しみだったんだ。……そんな風に思えたことが、とても新鮮でね。私にとって、今まで何の価値もなかった明日が、突然とても価値のあるものになった。次の日にトールに会って、昨日よりも胸が熱くなって、またその日の夜に、トールに明日も会えると思うと、また明日が楽しみになった。……それが、十年続いている」
 ぽつりぽつりと話されるロイ様の想いが伝わり、胸が苦しい。

「ただ、生きているだけの日々と、愛しいと思える人がいる日々がこんなに違うのだと、トールが教えてくれた。その日々を守るために、今の私が有る。トールと出会っていなければ、もちろん騎士団長も目指していない。今頃は腑抜けた顔で領地を治めていたんじゃないかな?まぁ、そんな自分を想像すらしたくないほど、今が幸せだ」
「……っ」
 顔が上げられない。
 胸が苦しい。
 こんな風に思ってもらえるような、俺じゃないのに。
 俺への想いを伝えようとしてくれるロイ様に、俺は、何を言えばいいんだろう。
 項垂れたまま、膝に置いた手に力を込める。

「ロイ様」
 言葉が見つからず、顔を上げられないままでいると、ミハエル様の声がした。
 もう、次の予定の時間なんだろう。
「そのままで」
 何か言わなければと顔を上げようとした俺を気遣うようにロイ様が声をかけてくれる。
 ロイ様が椅子から立ち、東屋から去る気配を感じ、思い切って顔を上げ、答えが見つからないまま声をかける。
たぶん、顔もぐちゃぐちゃだ。
でも、取り繕ってなんかいられない。

「ロイ様、俺っ、明日にでもロイ様が後悔するんじゃないかって、昨日までの自分が、俺なんか好きだったなんて、信じられないって、だからっ」
まとまってない言葉をただぶつけるだけの自分が情けない。

 ロイ様は立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。日に照らされた黄金の長い髪が光を反射し、キラキラと光っている。
「昨日の私には申し訳ないけど、今日の私の方がトールのことをもっと好きになっている。とても不本意だけど、明日の私は今日の私よりも、トールのことを愛しているよ」
 自信に満ちた顔で微笑むと、またね、と手を振り踵を返した。俺はただただ、その輝く髪が風にたなびく様を呆然と見ていた。
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