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 ごく一部の方だけでなく、大勢の騎士団員にのことを知られてしまったことに衝撃を受け、呆然とし、その後の記憶がない。
 はっと気づくと姿見の前で煌びやかな服をあてられていた。

「まぁ、いいんじゃないですか?」
「少し、肌が見える。この透け感も煽情的すぎだ。こちらの方がトールには似合う」
 ロイ様がまた別の煌びやかな服を俺にあてている。
「あぁ、確かにそうですねぇ」
 ミハエル様が顎に手をあてながら、納得したように頷いている。

 ……って!!

「ちょっと、待って、下さいっ」
「あぁ、戻ってきました?抜け殻のようだったので、こちらはこちらで勝手にやってました」
 いやいや、勝手にやってました、じゃない。
「まず、ロイ様」
「ん?」
 ロイ様はまた別の煌びやかな服を俺にあてながら、俺に呼びかけられたことに嬉しそうに笑顔で反応する。
「お忙しいとは思うのですが、日中、密室にはならない場所で、お話をしたいのですが、お時間頂けますか?」
「もちろんだ!何よりも優先する。私もトールと話がしたいと思っていた。あの夜の続き、だろう?」
「あの夜の話をすぐするっ!ロイ様、その話は、二人だけの秘密……ではもうないですが、今後はそうしましょう!まずは、二人で話をするまで、あの夜の話は禁止です。いいですか?」
「二人だけの……分かった」
 ロイ様は二人だけという言葉が気に入ったようで、俺の提案にすぐ了承してくれた。これであんな辱しめは受けない。もっと早くこうしていれば……今さら悔やんでも仕方ない。

 次の問題だ。
「あの、ミハエル様。俺は夜会服のことなんて初耳です。もちろん費用は……」
 今、目の前には数十着は優に超えた数の煌びやかな服が並べられている。色も白や黒から淡い色まで、素材も装飾も今まで袖を通したことがないような高級品であろうことは触らなくても見てとれた。
「もちろん、トールに負担させることなどありません。すべて国庫で……の予定でしたが、ロイ様がすべて私財で賄われるそうです。いやー、助かります」
「ロイ様が!?」
 ミハエル様は国庫の節約になったと喜ばれているが、そうなるとまた話は変わってくる。
 そもそも夜会は剣術大会の前夜と優勝者を称えるための祝宴の二回のはず。二着で、いや、何かあった時のための予備として三着で良くないか?
「あの、この数、必要ですか?」
 どう考えてももったいない!俺をロイ様が採寸したことは考えたくないが、そうであったとしたらこの服は俺しか着られない。同じような背格好が決して多くないからだ。騎士団の方はもとより、宰相であるミハエル様ですら、俺よりも長身だという現実。厨房で働いているシャルはまだ体格が近いが、もちろんこんな高級品を必要としていない。幼い頃からの栄養の違いか、貴族の方々は発育が良いんだよな。

「本来ならば、他の出席者との兼ね合いなども考えて五、六着準備する予定でしたが、ロイ様が勝手に、いえ、納得のいく品を、とのことで三十着ほど用意しました」
「さんじゅ……」
 思わず、息が止まった。
 そんなにあるのか!
 総額、とんでもないのでは?
「返品って、できます?」
 思わず漏れた俺の一言に、ミハエル様は目を見開くと爆笑し、ロイ様は困ったように微笑んだ。
「へ、返品……まさか、その考えはさすがの私もありませんでした。トール、私の補佐官に欲しいくらいです」
 何か、馬鹿にされた気がする。そりゃあお二人にとっては気にならないかもしれないけど、平民の俺にすれば、この一着の代金ですら払えない。
「心配しなくても、夜会で使用しなかった品も後々着れば良い。もし、トールが一着も気に入る品がなければまた追加で作る。……トールは今まで贈り物など受け取ってくれなかっただろう?初めてトールに贈り物ができることが嬉しいんだ。返品だなんて、悲しいことは言わないで」
 くっ……そんなこと言われたら何も言えない。
 今までも、ロイ様が贈り物を申し出てくれたことはあった。例えば、厨房で使っている調理器具が買えなくて借りている話をしたら、ロイ様が同じ物を用意し贈ってくれた。だが、その代金は支払った。ロイ様は受け取らなかったので、ウチで買ってくれる料理の代金と相殺した。かなりの月日がかかったが。あの時もロイ様は勝手にやったことだからと言ってくれたが、ロイ様の優しさに甘えてしまうと、自分がロイ様と仲良くしているのはそんなメリットがあるからだと、自分自身が思いたくなかったんだ。
 気持ち的に、対等でいたかった。

 反論しない俺を見て、ロイ様は再び嬉しそうに夜会服を俺にあてる。
「これはどうだ?トールに、良く似合う」
 その夜会服は白いシルクのような生地で作られたシンプルなシャツと同色のジャケットとパンツだった。光沢のあるジャケットとパンツは形がシンプルなのでそこまで華美ではないが、その襟元や裾は金糸で縁取られている。素人の俺が見ても、ため息がでるほどの職人の技が光る夜会服だ。
「とても、素敵、です」
 ロイ様が着られたら、似合うだろうなぁと勝手に想像した。
「良かった。一着は、これにしよう」
 しまった!思わず、心からの感想を口にしてしまったが、俺にはこんな高級品着こなせない!
「いやっ、俺にはこんな品は似合いませんって」
「似合う。とても。トールが気に入らないなら、同じような雰囲気の品をもう数着作ろう」
 ロイ様は一人納得し、この夜会服を準備した行商人に指示を出している。
「いえっ、これでいいです。もう増やさないで下さいっ。この中で、ロイ様が決めて頂いた品をありがたく着させて頂きますから、絶対にこれ以上増やさないで下さいっ」
 俺が折れるしかない。身分不相応でも。これ以上、増やすのだけは絶対にダメだ。
「……分かった。形を変えるのはいい?」
「増やすのはダメですよ」
 少し不満気だが、俺が着る服を決めて良いと言われたことで納得し、行商人と打ち合わせを始めた。

「いやー、ロイ様張り切ってますねぇ。トールももっと搾り取ったら良いのに。私なら、ロイ様をもっと有効活用しますけど」
 さ、さすがミハエル様、えげつない。
 俺なんて、止めることに必死で心労がすごい。そんな豪胆さが欲しかった。
「まぁ、そんなトールだからこそ、ロイ様が愛されたのでしょうけど」
 あ、愛……まさかミハエル様からそんな言葉が出るとは。そのロイ様の愛とやらもまだ信じきれていない俺は何も返事ができない。

「トール」
 ミハエル様が改まったかのように俺に真正面から向き直る。
「礼儀作法、習得が困難だと聞きました。まさか、そこまで無知とは知らず、苦労をかけます」
「うぅ」
 何も言えない。
 出来が悪くて、申し訳ないっ……!
「習得できずとも、側にいられないロイ様に代わり、必ず、トールのことは私が守ります。側に、います。この私がいるのですよ?安心でしょう!」
「ふはっ、そうですね!」
 ミハエル様、俺を元気づけようとしてくれている。たぶん、護衛の騎士の方にでも、ため息が出てたり、足取りが重いことを聞いたのだろう。人を鼓舞することになれていないミハエル様が自信満々に胸を張る姿は、本当に頼もしく、涙が出そうになるほど嬉しかった。

 いつまでも、俺なんかがって考えていても仕方ないじゃないか!
 引き受けるって決めたんだから、やれるだけやろう。
 俺も俺自身に気合いを入れ直した。



 剣術大会まで数日に迫ったある日。
 俺とロイ様の話し合い第二回目が開催された。
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