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いつもの煌びやかな王城の廊下が白黒に見えるくらい気分が落ち込んでいる。反対にロイ様は鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。
「今日は十年間思い描いていた日だったが、まさかトールと共に眠ることになるとは……。想像を超える幸せが怖くて、少し震えている」
「はぁ」
俺も別の意味で怖くて震えてますけどね?
逃げ出したい。
このままロイ様の部屋へ行って、ミハエル様もいない中、あんな風にグイグイ来られると断り切れる自信がない。かといって、ロイ様の気持ちを受け入れる覚悟もない。
ロイ様の部屋へ向かいながら、廊下に飾られてある高そうな壺を見て、コレに体当たりでもして割ったら牢屋で今晩過ごせるかな?とか考えてしまう俺、大分ヤバい。
「トール、先程はミハエルに焚き付けられていろいろと口にしてしまったが、本当に共に居られるだけでいいんだ。触れなくても、舐められなくても、匂いすらかげなくたっていい」
いやいや、何言ってるんだ!
匂いすら嗅げなくていいって、嗅ぐつもりだったのかっ。
驚愕している俺に、ロイ様はどんどんたたみかける。
「今まで想像の中では幾度となく閨を共にしたし、嬌態も痴態も見た。それが、今日目の前に……」
待って!
思考が追いつかない!
ロイ様のを想像しようとすると、走って逃げ出したくなった。 
まぁ、すぐ捕まるけど。
とにかく混乱で動悸がすごい。
「ロイ様、とりあえず落ち着いて話しましょう。お互い、落ち着いて……あの、厨房へ行きませんか?俺が落ち着く飲み物でも作りますから、ゆっくり話した後、ロイ様の部屋に……」
「嫌だ」
断られた!
くっ……国王陛下ならこれで頷いてくれたはずなのにっ。
執務室を出た時のまま軽く繋いだ状態だった右手を、改めて強く握られる。
逃がさないとでも言うように。
「部屋に水差しがある。それを飲みながら部屋で話そう。寝室に行くのはその後でいい」
寝室へ行くのはその後って……頭ガンガンしてきた。
いかん。
ロイ様のペースに飲まれないように。ロイ様との話し合い次第で、安心して眠る未来もあるはずだ。まずは落ち着こう。大丈夫だ。自分を騙すように何度も心の中で言い聞かせる。

足取り重く歩いていると、ロイ様の部屋にたどり着いてしまう。部屋の前にはすでに護衛の騎士が立っていた。たまに騎士団に差し入れする時にもお見かけする方だ。
「お疲れ様です……」
心持ち元気なく声をかける。
「あ、団長、トール、今晩は私が護衛の任をまかせられました。ご安心下さい」
いや、心配なのは部屋の外じゃなくて中なんですけどね?と思いながらも「よろしくお願いします」と頭を下げる。ロイ様はスっと右手をあげ、無言で部屋に入った。……もちろん、手を握られたままの俺も引きずり込まれるかのように部屋に入る。

ロイ様の部屋は相変わらずだった。
以前入った時と変化はないように思う。
王弟殿下の部屋にしては簡素、騎士団長の部屋としてはさもあらん、といった感じだ。
華美な飾りなどはなく、カーテンの色味は清潔感を重視した白、来客用のソファーやテーブルなどは茶色でまとめられている。あとはご自身の執務用の机と椅子、収納棚があるだけだ。部屋の奥側に位置する収納棚の隣の扉が寝室へと繋がっているのだろう。たぶん、寝室も同じ雰囲気なのだろうな、と想像できた。
国王陛下の居室にも夜食を運ぶ時に入ったことがあるが、ガラステーブルが宝飾で彩られ、赤紫のビロードの絨毯やソファー、同色のカーテンからちらりと見える窓枠すら金……運んだ夜食を落としたら一年分位の給金飛ぶな?もっとか??と怯えた。
ミハエル様曰く「財政難に陥ったら一番にこの部屋の物を売り飛ばす」ほどにお金がかかっていたし、庶民の感覚でまっったく落ち着かない部屋だった。
 正直、この部屋は落ち着く。

自分の領域に引きずり込んだことで安心したのか、ずっと握られていた手は解放された。
「トール、話をするんだろう?立っていないで、そこに座ってくれ」
「はい」
ロイ様に促されるままソファーに腰掛けると、ロイ様が有無を言わさず隣に座ってきた。
そこまで狭くないソファーのはずなのに、俺側に寄って座られたので、太腿が触れ合う。
「あの、ちょっと近いです」
「近くて、嬉しい」
にこりと無邪気に微笑まれる。
くっ……そんな純粋な笑顔を見せられると対応に困る。
だめだ。最初からロイ様のペースになっている。俺が話し合いの空気に持っていかないといけない。
俺は真剣な顔をしてロイ様に向き合う。
「えっと、まずっ、十年前に想いを伝えて頂いていたのに、忘れていて……いや、忘れてはなかったんですけど、有効だとは思っていなかったと言うか、その」
「分かっている。子供の戯れ言だと思っていたんだろう?あの時も本気にされていないと気づいていた。悔しかったが、実際私は子供だったからな。だから、証明したんだ、今日。あの時から、私の気持ちは変わっていない。十年間遜色なく、トールを……いや、十年前よりももっと、トールを愛している」
ロイ様の深い藍色の瞳に見つめられ、重低音の声音で甘く愛の言葉を囁かれる。瞳をそらせない。
ロイ様の手が俺の頬にそっと添えられると、端正な顔が徐々に近づいて……って!!
「ダメですっ」
あっぶなっ。
俺は両手でロイ様の身体をぐっと押す。
「話し合いって言ったでしょ!」
実力行使に出たロイ様を叱りつける。
「口付けくらい、いいだろう」
拗ねたように口を尖らせるロイ様の言葉に俺はブチ切れた。
「言い訳ないでしょうがっ!口付けくらいって、くらいって……こっちは初めてなんですよっ!?」
「えっ」
「あ」
ロイ様が拗ねた顔から一転、驚きと歓喜の織り交ざった顔をした。
俺は羞恥で死にそうだった。
「本当か?トール、今、口付けをしたことがないと……」
「……」
黙秘だ。
「覚悟はしていた。私は子供で王弟で、トールと婚姻の約束をし、縛り付けておくことは出来なくて。今日までトールは自由に恋愛を楽しんできているだろうと思っていた。口付けも、その先も……何度もそう考え苦しんできたのに……本当か?本当に誰とも?その歳まで……」
「……」
黙秘だ。黙秘の権利が俺にはある。
「信じられない。トールがその歳まで、誰とも口付けの経験がないなどと……そんなことがあるのか?むしろ出会った時にはすでに経験していると思っていた。トールはすでに大人だったから……。それが、その歳まで……出会った後ですら、その歳まで待たせたのだから仕方がないと……その歳の男が……」
「その歳その歳うるさいなっ!もう三十でいいっ!」
あまりに「その歳」を連呼されて、黙秘してられなくなった。
俺、涙目。
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