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……ま、まさかな。
今、ロイ様から俺の名前が聞こえたような気がしたけど、違う、よな?

「トールを褒美に頂きたい」

えぇ!?
やっぱり、俺の名前だ!
嘘だろ?
え?
同じ名前の人がいるってことも、ある、か?
厨房に?
いや、いない。
でも、俺のはずがない!

俺は頭が大混乱でその場に立ち尽くしたまま、呆然としていた。
広間はもちろん騒然としていて、周囲の貴族たちが次々と俺の名前を口にしている。

「ダメだ!」

そんな広間に国王陛下の怒号が飛ぶ。
広間の視線が一気に国王陛下に集まった。

「ロイ、トールと婚姻して、領地に連れ行くつもりだろう?」
「もちろんです。愛しい人と共に領地を統治することに何か問題が?」
先程までの厳かな国王と臣下のやり取りとは違って、ロイ様も膝をついていた姿から立ち上がり、国王陛下と睨み合っている。
周囲にいた国王陛下護衛の騎士たちもロイ様を止めることはできず、オロオロしていた。
掴みかからんばかりにお互いがにじりよっていて、一番近くにいる宰相のミハエル様は諦めたかのように表情筋が死んでいた。
相変わらず、みなさん仲良しだな。

「トールの独り占めは許さない!」

いや、言い方!
案の定、国王陛下の爆弾発言に広間がより騒然となった。
「トールという平民、まさかロイ様ばかりでなく、国王陛下まで誘惑を!?」
「お二人が平民を奪い合うだなんてっ……」
「どんな手練手管をお持ちなのかしら?」
「さぞかし美しい容姿なんだろうな……会ってみたいよ」

いやいや、ここにいる平凡を絵に描いたような俺ですけど?
手練手管どころか、キスすら未体験だし。

いかん。
頭が痛くなってきた。
それにこのままここにいることがお二人にバレたら、巻き込まれる。
周囲の高位貴族の方々に、トールがこんなド平凡だと知られると、ますます大混乱させてしまうだろうしな。
ロイ様と国王陛下の名誉のためにも、早く立ち去ろう。

俺は顛末が気になりつつも、見つからないようにそっと料理を並べ終わり空になった台車を押し、広間を後にした。

背後の広間ではまだ騒々しい音が聞こえているが、ミハエル様がきっと上手いことまとめるだろう。
しかし、ロイ様……何を突然言い出したのか。
婚姻の承諾が最後には褒美が俺自身みたいになってたけど。
ロイ様の婚姻とか愛しい人とかの発言はさっぱり意味が分からないが、国王陛下の「独り占めするな」はいつも聞いているから意味が分かる。
ただ、あのタイミングであんな言い方するから、皆さんが誤解するんだよ。
俺のせいじゃないのに、すごい妖艶な美青年設定を与えられて気が重い。
俺は廊下の窓に写る自分の姿を改めて見た。

暗闇に浮かぶ俺の髪はありふれた焦げ茶色で、清潔さを心がけて短めに切っている。
瞳も髪と同じく暗めの茶色で、小さくも大きくもない。
鼻筋も通っているとは言い難く、唇も厚みもなく、どちらと言えば小さめだ。
ものすごく不細工、ではない。
体格は大きくもなく、華奢でもない。
中肉中背。
つまり、すべてが普通だ。
皆さんが想像しているトールと本当のトール……落差が激しすぎる。
はぁっ、と大きくため息をはきつつ、台車を押し調理場へと戻った。

「おー、お疲れ様ー。わりぃなー、給仕の真似事までさせちゃってー」
同僚とも言えるこの厨房を取り仕切っているシャルが大鍋を洗いながら声をかけてくれる。
「いや、いいよ。シャルも大変だったな」
「ホントそうだよ。まぁ、子供の病気とか言われちゃうとな」
今、この城下町で子供の風邪のような病気が流行っている。
その看病のために、今日は何人も厨房に休みが出た。
だから、配膳役が足りなくて調理担当の俺がかり出されたってわけ。
俺は頷きながら台車を指定の位置に戻すと、シャルの片付けを手伝った。

「そろそろ晩餐会始まってるかな?最中はメイドさん達がやってくれるけど、終わった後の片付けだけまた頼むわー。ちゃーんと給金ははずむからなっ」

言えない……俺の話題で紛糾してて晩餐会始まってないなんて……。
とりあえず、やったーと言いながら、帰りが遅くなることを覚悟しつつヘラヘラ笑っておいた。
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