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竜と愚者

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 フォレー家に着くまでに見かけた動物は、タギャンガリュというそうだ。ミスティは発音できないといって名前を覚えようとしない。
 もっちりとした鹿の子模様の脚と、唇の突き出た愛らしい顔で馬車をひく。まぁ、馬ではないから馬車とは呼ばないのかもしれないけれど。

 ベルトアン銅山までの道のりは険しいが、バロッキーの土地の境界線に置かれた鋳物のフェンスを通過すると、人の手が入り綺麗に整えられた山道が始まる。
 坑道の入り口まで舗装されていて、木製の手すりまで付いている。バロッキー家らしい整然とした景観だ。山に大きく口を開けた坑道の入り口にも新しい扉がついていて、作業場という雰囲気が強い。
 山に登る格好で来たけれど、この様子なら軽装でも苦労せずに歩けたかもしれない。

「レトさん、ちょっとここで待っていてくれる? 一応ここからはバロッキーの企業秘密なんで」
「ですが……」

 ミスティが頼むと、レトは珍しく難色を示した。
 私につけられた従者は、子どもの頃からレトだけだ。責任はすべてレトの肩にかかっている。
 ミスティの願いでも許可できないこともあるのだろう。

「中の安全は確認済みです。もちろん前に来た時にノーウェルも確認していますよ。ちょっとクララベルに秘密の場所だけ見せたら、すぐに呼びますから」

「……わかりました。ですが、何か変わった様子があれば待ちませんよ」
「はい、それでいいです。頼りにしてます」
 
 入り口にレトを残して、ミスティに手を引かれ、灯りがつけられた坑道を奥へ進む。
 もう採掘が始まっているのか、側道には掘ったばかりの土が積み上げてある。そう簡単には崩れてくるようなことはなさそうだ。
 木の骨組みの奥に見える湿った緑青だけが、坑道が長くが放置されていたことを思い出させる。
 
 しばらく歩くと、少し広くなった行き止まりの場所に出た。
 
「……ここ」
 
 わかる。
 この奥は金属の気配だらけだ。

「廃山を買い取ったって説明しただろ?」
「そう聞いてたけど……ここ、まだ、銅が取れるのね」
「そう。あまりクララベルにはわからないかもしれないけれど、銅だけじゃない。まだまだ、たくさんの鉱物が埋まっている」
 
 言われて、うっかりしていたと気を引き締める。
 そうだ、竜ではない私が金属の気配がなんておかしいのだった。
 不自然にならないように振る舞わなければと、取り繕って銅が取れると判断した理由を付け加える。
 
「さっき、新しく掘り返した所に何かの結晶が見えたわ。キラキラした粒、黄鉄鉱や黄銅鉱ではなくて自然銅だったのね」
「そう。すごいだろ。この山、精錬する必要のない質の良い銅が出るんだ」
「だって、それならどうして閉山したの? その口ぶりだと、まだまだ採掘の見込みがあるのでしょ? 前の持ち主はどうして掘るのをやめたの?」

 私の動揺には気が付かないようで、機嫌よくミスティは説明を続ける。

「シュロ人は質の悪い銅の混じった土だけを掘り出して、精錬して銅にしていた。それがこのあたりの国じゃ標準的なやり方なんだけど、バロッキーのやり方じゃない」
「バロッキーだって、そうやって鉱物を採っているのだと思ってたのだけど……違うのね」
「ぜんぜん違うな。だからバロッキーは特殊なんだ。死ななきゃ国から出られないほどにね。バロッキーはごく少ない掘削で質の高い銅を取り出す」
 
 私が思っていた竜の発掘はもっと違う様子らしい。
 そういえば、母だって土くれから一粒の宝石を取り出したりしたのだ。竜だけが出来る、魔法のような方法があるのかもしれない。

「シュロ人はこの山の土を銅にする為にたくさんの燃料を必要とした。山の木を切り倒したり、どこかから石炭を持ってこなければならなかったかも。その過程で、銅を取りつくす前に、山の周りの土地が死んだんだ。そこで働いていた人も鉱毒で働けなくなった。精銅にかかる費用がかさむのに、どんどん質の悪い土しか出なくなったこともあって、閉山するしかなかった。銅を採るよりも精錬費用や従業員の治療費がかさむなら商売にはならないだろ」
「だからこの辺りには、あまり集落がないのね」
「ヘラのご先祖はこの山を閉めて、不要の地として放って置いた。そのおかげでだいぶ土地の力は回復してきている。動物もたくさんいただろ?」
 
 ヘラの実家、ゴーシュ家は、フォレー領内で多くの土地を所有している地主だとダグラスから聞いた。
 侵略した地だからと好き勝手にやったからかもしれないが、結果、ベルトアン銅山はバロッキーの手に渡った。
 ヘラの結婚資金の為に山を売ったのだそうが、銅を掘り出してバロッキーが商売を始めたら、さぞ悔しがるだろう。
 
「鉱脈に当たるまで掘り進める前に、経営が破綻したのね」
 
 質の良い銅が出れば、苦しめた人々にもいくらかの賠償ができたかもしれないのに。
 一瞬で汚されたこの国の土地が、少しずつ土地の力を回復させるまでにかかった年月を思うと、胸が痛くなる。
 
「それがさ、どうやら運のせいじゃないかもって、ヒースが言っていたんだ。竜が――この山で働いていた竜がいたとして――そいつがシュロ人に銅を掘らせなかったんじゃないか、って。坑道が不自然なところで止まっているんだ。そこに鉱脈があるのを分かっていて、わざと掘るのをやめたような……」
「えっ? そんなことってある?」
 
 悲しい運命をたどった銅山に想いを馳せていた私は、急な竜の登場に、描きかけの砂絵を吹き飛ばされたような気持ちになる。
 
「本当なら狡猾な竜だったと思う。竜じゃなければこの山の価値を理解できないだろって嗤ったんだ。実際、ヒースはこの坑道の意図を汲んで、俺たちの目の前で金の粒を取り出して見せたよ」
「金もでるの? 銅山なのに?」
 
 その話が本当なら、その竜は侵略者に宝を渡したくなくて掘削を妨害したことになる。
 竜の血族にこの山を譲るために内部にもぐりこんだのだろうか。
 譲るつもりなら、土地を汚さないで鉱物を取り出すことだってできたはずなのに、竜はシュロ人に知恵を分け与えなかった。
 山の周りから集落が消えるほどの鉱毒が土地を汚染するのをわかっていて、銅山が破滅するようにしむけたのだ。

 シュロ人に対して行ったにしても、結果苦しんだのはフォレー領の人々だ。あまり良い行いとは言えない。
 
「竜って、本当に仕方のない生き物ね」
「誉め言葉だと思っておくよ」
 
 私は竜の高い能力について揶揄したのではない。この鉱山に残る竜の意志みたいなものを感じただけだ。

「べつに誉めてないわ。だって、竜の原動力は愛でしょ。この銅山に入り込んだ竜は、何をどう愛して、行動したのかしらって思っていたの」
「なるほどね。か……竜は番のためには何でもやるからなぁ」
 
 ミスティはしみじみと言って腕を組む。

「ほんと、竜って面倒ね」
 
 自分で言った言葉が、竜になってしまった私にも跳ね返ってきて、眉を顰める。
 竜は愛を理由にして、とんでもないことをやってしまうのだ。それは抑えがたい欲求だと今はよくわかる。
 

 ミスティは、思索にふけっている私を肘でつつく。完全に悪だくみをしている顔だ。

「あのさ、俺、ちょっと試してみたいことがあるんだけど」
「なに?」
「これまで、絵ばかり描いていたから、埋まってるものを掘り出すなんて考えたこともなかったんだ。でも、これだけ金属の気配がすれば、力の弱い俺でも何か探し出すことができるんじゃないかなって」
「え? ミスティが?」
 
 竜の血の濃いヒースにしかできないことだと思っていたが、竜なら誰でも出来るのだろうか?
 そんな話聞いたことがない。
 
「できるかどうか分からないから、試してみたいんだって! いきなりヒースとかサリの前でやって失敗したら、格好悪いだろ?」
「さぁ、何をカッコ悪く思うかなんて、よくわからないけど」
 
 ミスティはそわそわと私の肩に手を置く。

「目を光らせてみるけど、びっくりするなよ。わざとだからな」
「わざと光らせるなんて、できるの?」
 
 夜に、ミスティの目が光るのを、ほんの少しだけ見たことがある。
 私も余裕のない状態で、見逃しそうなほど一瞬だったけれど、あれは光っていたといってもいいのではないだろうか。アレをやろうと思って出来るとは思えない。
 
「そういうのは性格もあってさ。まぁ、俺だってそれなりに気合いを入れれば何とかなるかなって。ルミレスなんか竜の血に逆らわないで生きてるから、寝起きでも光ってることあるよ」
「なにそれ、気持ち悪い」

 娼館通いが激しいという四男の話は、何を聞いてもふしだらだ。
 そんな話ばかりなのに、バロッキーの誰もルミレスが悪いようには言わないのだから不思議だ。
 
 竜の目が番に反応するのを神聖なことだと思っていたこともあった。しかし、目が光るのと性的な興奮が結びついていることを知ってしまって、目が光ることを肯定的にとらえられなくなってしまったのだ。
 竜の生態を知れば知るほど、私の中の竜に対する思いはしぼんでいく。
 
「だからさ、ちょっとくらい協力してくれてもいいだろ」
「協力って?」
 
 いやな予感しかしない。
 
「竜の力を使うのはちょっと特殊なんだよな。どうにか全力で竜の血を引き出してみるから、キスでもしてみてよ」
「はぁ?」
 
 そして嫌な予感は、外れたことがない。
 
「番だったら指一本でも触れればいいのかもしれないけどさ、竜の力が弱い俺には、刺激が足りないと思うんだよな。だからって、ここでキスよりもっとヤバいことするのもちょっとな。バレたらレトさんにすごく怒られそうだし」
 
 言っている間もぐいぐいと体を近づけてくる。

「最低!」

 別にミスティとの触れ合いが嫌なわけではないけれど、ミスティの竜の力を補うために、というのが気に入らない。ドンと押し返すけれど、ミスティの手が緩むことはない。
 
「ちょっとだけ、ちょっとだけ……力を貸して、クララベル」
 
 首筋に甘えるように鼻を押し付けられて、自分の抵抗が無駄であることを知る。
 困ったことに、どんな理由であってもミスティに求められることがちっとも嫌ではない。
 
「なによ……本当に、ちょっとだけだからね」
 
 ミスティの頬を引き寄せて、ちゅっとキスをしてやったのに、ミスティは首を捻って不満そうに口を尖らす。
 目はちっとも光っていない。
 
「なによ、光らないじゃない!」
「だからさ、そういうやつじゃないんだよな」
「じゃぁ、どんなのよ!」

 ミスティは急に気配を大きくして、私を腕の中に閉じ込める。
 頭を撫で、背を撫で、腰を撫で、ぴったりと密着させる様に体を押し付ける。
 手があやしく腰の丸みを彷徨っている。いつもよりミスティの体が熱い。

「あんな可愛いキスより、こっちの方がいいかな」
「手伝いって、性的な協力のことを言っているの?」
「あー、そういうのとはまた違うんだけど、もう少し……」
 
 片手で上を向かされて、欲の灯った目をしたミスティが噛み付くように口付けてきて、口の中まで蹂躙する。更に竜の気配が大きくなり、鳥肌がたつ。
 今までに感じたことのないくらいに竜だとわかる存在感に、私の竜の血が引きずられていくのがわかる。
 
  嵐の様な愛撫で、おもわず閉ざした瞼を開くと、目の前に暗赤色に瞳を輝かせた竜がいた。
 
 こんなにはっきりとミスティの目が光るの見たのは初めてだ。

「なんでこれで光るのよ……竜の力なんて嫌いよ! 卑猥だわ!」
 
 私が抗議してもミスティはニヤニヤと笑うばかりで、口の端ぺろりとを舐めて坑道内を見渡す。

「さて、やってみるかぁ」

 ミスティは私を抱いたまま坑道の壁に向かう。
 ぐるりと行き止まりを見渡して、真剣に目を凝らして何かを見ようとしている。
 一生懸命にやっているようで私をそっちのけだ。目をすがめたり、眉を寄せたりしている。
 
 なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまって、ミスティの首に手を回して引き寄せると、首筋に唇をつけた。ミスティの弱い所なんてお見通しだ。
 
「わっ、馬鹿……ベル、ちょ、ちょっと待てって……いや、やっぱりそのまま、続けて……」
 
 ミスティは耳まで赤くすると、何かに気が付いたようで、目を見開いて後ろを振り返る。

「あ、あれか?」
 
 ミスティが壁の一点を指差した時、後ろから足音がするのに気が付いた。
 
「姫様、外に蜂の群れがいて危険です。だいぶ時間がかかる様なので様子を見に来たのですが――まさか、姫様にかがわしいことをさせるために私を置いて行ったのではありませんよね」
 
 威嚇なのか、レトが腰の剣に手を触れながら歩いてくる。
 ミスティは慌てて私から離れると、やましいことはないと手のひらをレトに向ける。
 
「ち、違います! 違いますって! レトさん、そこ、そこを掘ってみてください!」




 レトは土を掘る速さもすごい。

 土をあらかた掘り切ってしまうと、硬い石を割る槌を器用に使って石を割っていく。

「まさかそんなことをしているとは思いませんでした。ノーウェルから聞いてはいましたが、ミスティさんにも出来るんですね」
「ヒースだって金を見つけたんだ。俺にできても不思議はないでしょ? 銅とは違う感じがしたから、きっと当たりだと思う。クララベル、やるじやないか! 大した機転だ!」
 
 ミスティに背を叩かれて褒められるのを聞いて、レトが一瞬咎めるような目で私を見る。
 確かに、あの時、調子に乗っていたのはミスティだけではなかった。
 
「な、なんだか素直に喜びにくいわ」
「これは、姫様の功績でもあるということでしょうかね。このような場所で何をしてらっしゃったのですか?」

 レトが語調はそのままに、渾身の力で槌を振り下ろす。

 レトの馬鹿力でガツンと音がして、石にひびが入り、ほろりと欠けた。
 かけた石の中から灯りに照らされて反射する金属があらわれる。

「ミスティ、金色よ! 金だわ!」
「うわっ、本当に出た!」

 私とミスティは手を取り合って、ぶんぶんと振る。
 
「はっ、はは……俺にも出来るんだな……」
「すごいですね。何の成果もなかったら、護衛を締め出して、単に外で淫らな行為をしていただけになってしまったところです」
 
 レトは穏やかな顔で私たちに釘を刺しながら、丁寧に金属の周りの母岩を削っていく。
 しばらくすると金色の形が鮮明になってくる。
 
「ちょっと待って……なによこれ。この結晶の形……」
 
 よく見たことのある四角い形がいくつも出てくる。
 ミスティが金属を指でこすって鼻に近づけて、ぐったりとうなだれる。

「う……これは、硫黄と鉄の匂い……黄鉄鉱か?」

 レトは、こらえきれなくなったようで、肩を震わせている。
 
「ふ、ふふふ……ミスティさんはを掘り当てたようですね」

 黄鉄鉱は金と似たような色をしている全く別の鉱物だ。
 金に見た目が似ているので、悪い商人が黄鉄鉱を金だといって売る詐欺が流行ったことがある。
 あまりにも横行していた時期には、見分け方を看板にして街角に立てたこともあるくらいだ。
 
「もう、なんでだよ!」
 
 ミスティの叫びは、坑道に反射してわんわんと響いた。
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