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【そんなわけで、俺は婚約者に突き放される】
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「木の実があったから、取ろうとして、旗の内側に入ってしまったのよ」
オリバーと俺に支えられて天幕まで戻ってくると、クララベルは堂々と用意してきた言い訳を女官に披露する。
「オリバー殿の仕掛けていたイノシシ用の罠を踏んでしまったようなのです」
俺は弱り切った顔で、慌てて集まってくる女官たちに説明した。
「オリバーがもっと正確に罠のある場所を知らせればこんな事にならなかったのよ! 気が利かないったら、もう!」
オリバーを詰る姿には迷いはない。
「クララベル、助けてくれたオリバー殿にそんなことを言っては気の毒だよ。彼は、走ってくる猪から君を守ってくれたのだろう? あんな大きな猪に蹴られながら君を助けて、恐ろしかっただろうに、勇敢だったじゃないか!」
俺が腹いせでオリバーを少し蹴ったので、オリバーもそこそこ汚れている。それは猪のせいにした。
「もとをただせば、ミスティが悪いのよ! 私と一緒にいてくれれば、こんなことにはならなかったわ」
怒りの矛先を俺に向けた我が儘な姫は、やれやれと言った表情で女官に見守られている。その視線は俺に対しても同情的だ。
「絵を描いているのを見ていても退屈だとおっしゃったのは姫様ですよ? それに、一人で行くと我儘をおっしゃったそうではないですか。女官に追わないようにときつく言い残していったのも聞きました。女官が困るようなことをおっしゃってはなりません」
俺の言葉に女官たちが同意して頷こうとして止めた。どうやらクララベルには味方がいないらしい。
「私が早めに追ったから手を脱臼する前にお助けできましたが、あのままオリバー様がいらっしゃらなければ猪に突き上げられていたかもしれないのです。自重してください」
「そうよ、見て、すごく痛かったわ! ほら、跡がついてしまったじゃないの。嫌だわ、どうしてくれるのよ!」
クララベルがぷりぷりと俺に当たり散らすのは愛らしい。
女官たちは自分たちの責任を問われることがなさそうだとわかると、胸をなでおろして、飲み物を差し出したり、椅子を持ってきたりし始める。
「お一人でそんなことをされるからですよ。皆様、お騒がせいたしました。お姫様、天幕で手当てをしましょう。本当に困った方だ……」
「私のせいじゃないわよ。さぁ、オリバーもいらっしゃい。ねぇ、後でサンドライン卿を天幕へ呼んでおいてちょうだい。オリバーには助けられたから、今日のお礼を申し上げたいの」
女官に伝言を残し、俺に肩を抱かれて去っていくクララベルを、女官たちの疲れた溜息が見送った。
*
狩りから帰って来たレトさんは俺のつたない説明であらかたの事情を察する。
女官がサンドライン卿を呼びに行くのを見届けて、オリバーの首を乱暴に引いて事情を聴くために連れて行った。
あれは……怖い目に合うな。レトさんの無表情がとてつもなく狂暴だった。
幸いクララベルの傷はどれもこれも本当にかすり傷だった。俺に手当を任せて欲しいと医官に告げると、席を外してくれる。遠ざかる足音を確認して、被っていた猫を脱いだ。
「……馬鹿だな」
包帯を巻き終えて、きつすぎないように端を結ぶ。
「他に方法があった?」
「あんな奴を庇う事ないだろ。こんな小芝居までさせて」
「……怒ってる?」
怒っている。自分自身に。
クララベルが一人でどこかに行くのに気がついたのに、女官に押しとどめられてすぐには追えなかった。
「なんで、一人で行ったんだよ。俺が護衛で側に居るのは何の為? 俺を遠ざけるようなことをしてさ……」
俺と目を合わせずに、難しい顔をしている。
きっとクララベルの隠し事に関係しているのだ。
「……フローラと……」
「フローラ? だれだよ」
「オリバーの妹と、約束していて……誰にも秘密にするって……レトにも、ミスティにも……」
途切れ途切れに白状する。
ワードローブに押し込められた時の来客が、そのフローラだったのだろう。
フローラはオリバーからの救済を求めて、クララベルを訪ねてきていたのだ。
「あの様子だと、オリバーは妹を折檻していたんだろ?」
「そう。だから、オリバーから逃してやる約束で――実際、うまくいきそうだったの。アイリーンの付き人としてサルベリア行きにねじ込むこともできたし、サンドライン卿を味方にもつけられた。オリバーがおかしな事をしなければ、全てがうまくいくはずだったの」
「馬鹿」
「そうよ! あーもう、黙っているのたいへんだった! 私、秘密とか向いてないわ。ミスティの顔を見るたびに、うっかり愚痴ってしまいそうだったもの!」
打ち明けて安心したのか、くしゃりと情けなく顔をゆがめる。
「それで、何でお前がオリバーに純潔をくれてやる流れになるんだよ!」
「だって、あそこで本当に私が鞭打たれたり刃物で傷付けられたりしたら、サンドライン伯爵家はお終いだったのよ。あれだけの領地をサンドライン家以外が治められるとは思えない。あそこに、どれだけの人が住んでいると思っているの? 私の純潔くらいでどうにかなるなら安いものじゃない。どうせ乙女かどうかなんて、ミスティ以外わからないんだから……」
クララベルの淡々とした声に、内臓に冷えた刃物を挿し入れられたような気持ちになる。
「ちょ、ちょっとまて、お前本気で……? だからって初めてが、オリバーでよかったのかよ?」
俺が動揺して意地の悪い質問をすれば、あまり強くもない平手打ちが飛んでくる。甘んじて打たれたけれど、打たれた頬よりも胸が痛い。
クララベルはあの場で、王女として命がけの取引をしていた。国の均衡を保つ手段として自分を使った。そこにあったのは王女としての意思で、クララベル個人の希望ではない事なんかわかってる。
クララベルは俺が思う以上に国の物なのだ。
「だって、あの時は、それ以外に思いつかなかったのよ」
「だからって……」
「うるさいわね! だいたい、私にとって誰が最初だとか、そんなの、誰だっておんなじなのよ! オリバーだろうがダグラスだろうが、ミスティだって変わらないわ。王女っていうのは、国に都合のいい所に嫁ぐものなの。そういう仕事なの。だから王女はそんなことで心を動かされたりしないものよ」
そんなことを言うくせに、クララベルは震える息を吐き、それはやがて嗚咽にかわる。
(俺は、とても無力だ――)
今の俺はたまたまクララベルが精いっぱい張る虚勢と、本当は大して強くもない本音を覗き見れる立場にある。だからってクララベルの在り方を変えてやれるものではないのだ。
(――だって俺は死ぬのだし)
俺が死んだくらいじゃ、クララベルの在り方は変わらない。死ぬ俺は、これ以上クララベルに深入りできないのに。クララベルはこれからも国が欲するままにその身を国に捧げるのだろう。
嗚咽が漏れないように胸に抱きしめて、狩りに着るにしては華美な装飾のついた上着にクララベルの涙を吸わせる。
(こんなの……俺だって泣きたい)
できることなら、このままクララベルを攫ってどこかに逃げ隠れたいくらいなのに。
「あの……遅くなってごめん」
「謝ったから、何なのよ! ミスティが来たってその細腕じゃ勝てなかったわよ!」
「蹴るから問題ないし。一人で怖かっただろ?」
「怖かった。怖かったわよ!」
最近のクララベルは、人目がなくても俺に唇で触れられるのを嫌がらない。
さっきの小さな傷は今はもう血も止まり、小さな赤い点となっている。
慣れって恐ろしいな、とぼんやりと思う。
来年には俺はこのぬくもりを手放すのだ。
こんなに当たり前に自分のものだと思っているのに。
俺だってクララベルを搾取している側なのに。
「次はさ、せめてレトさんくらいには相談しろよ」
「わかったわ」
「出来れば、俺にも」
俺にしがみついていた手が、何かを思い出したかのようにゆるむ。
「……だって、ミスティはいなくなるじゃない」
俺は空中ブランコの途中で急に手を離されたみたいになって深淵に落ちて行った。
オリバーと俺に支えられて天幕まで戻ってくると、クララベルは堂々と用意してきた言い訳を女官に披露する。
「オリバー殿の仕掛けていたイノシシ用の罠を踏んでしまったようなのです」
俺は弱り切った顔で、慌てて集まってくる女官たちに説明した。
「オリバーがもっと正確に罠のある場所を知らせればこんな事にならなかったのよ! 気が利かないったら、もう!」
オリバーを詰る姿には迷いはない。
「クララベル、助けてくれたオリバー殿にそんなことを言っては気の毒だよ。彼は、走ってくる猪から君を守ってくれたのだろう? あんな大きな猪に蹴られながら君を助けて、恐ろしかっただろうに、勇敢だったじゃないか!」
俺が腹いせでオリバーを少し蹴ったので、オリバーもそこそこ汚れている。それは猪のせいにした。
「もとをただせば、ミスティが悪いのよ! 私と一緒にいてくれれば、こんなことにはならなかったわ」
怒りの矛先を俺に向けた我が儘な姫は、やれやれと言った表情で女官に見守られている。その視線は俺に対しても同情的だ。
「絵を描いているのを見ていても退屈だとおっしゃったのは姫様ですよ? それに、一人で行くと我儘をおっしゃったそうではないですか。女官に追わないようにときつく言い残していったのも聞きました。女官が困るようなことをおっしゃってはなりません」
俺の言葉に女官たちが同意して頷こうとして止めた。どうやらクララベルには味方がいないらしい。
「私が早めに追ったから手を脱臼する前にお助けできましたが、あのままオリバー様がいらっしゃらなければ猪に突き上げられていたかもしれないのです。自重してください」
「そうよ、見て、すごく痛かったわ! ほら、跡がついてしまったじゃないの。嫌だわ、どうしてくれるのよ!」
クララベルがぷりぷりと俺に当たり散らすのは愛らしい。
女官たちは自分たちの責任を問われることがなさそうだとわかると、胸をなでおろして、飲み物を差し出したり、椅子を持ってきたりし始める。
「お一人でそんなことをされるからですよ。皆様、お騒がせいたしました。お姫様、天幕で手当てをしましょう。本当に困った方だ……」
「私のせいじゃないわよ。さぁ、オリバーもいらっしゃい。ねぇ、後でサンドライン卿を天幕へ呼んでおいてちょうだい。オリバーには助けられたから、今日のお礼を申し上げたいの」
女官に伝言を残し、俺に肩を抱かれて去っていくクララベルを、女官たちの疲れた溜息が見送った。
*
狩りから帰って来たレトさんは俺のつたない説明であらかたの事情を察する。
女官がサンドライン卿を呼びに行くのを見届けて、オリバーの首を乱暴に引いて事情を聴くために連れて行った。
あれは……怖い目に合うな。レトさんの無表情がとてつもなく狂暴だった。
幸いクララベルの傷はどれもこれも本当にかすり傷だった。俺に手当を任せて欲しいと医官に告げると、席を外してくれる。遠ざかる足音を確認して、被っていた猫を脱いだ。
「……馬鹿だな」
包帯を巻き終えて、きつすぎないように端を結ぶ。
「他に方法があった?」
「あんな奴を庇う事ないだろ。こんな小芝居までさせて」
「……怒ってる?」
怒っている。自分自身に。
クララベルが一人でどこかに行くのに気がついたのに、女官に押しとどめられてすぐには追えなかった。
「なんで、一人で行ったんだよ。俺が護衛で側に居るのは何の為? 俺を遠ざけるようなことをしてさ……」
俺と目を合わせずに、難しい顔をしている。
きっとクララベルの隠し事に関係しているのだ。
「……フローラと……」
「フローラ? だれだよ」
「オリバーの妹と、約束していて……誰にも秘密にするって……レトにも、ミスティにも……」
途切れ途切れに白状する。
ワードローブに押し込められた時の来客が、そのフローラだったのだろう。
フローラはオリバーからの救済を求めて、クララベルを訪ねてきていたのだ。
「あの様子だと、オリバーは妹を折檻していたんだろ?」
「そう。だから、オリバーから逃してやる約束で――実際、うまくいきそうだったの。アイリーンの付き人としてサルベリア行きにねじ込むこともできたし、サンドライン卿を味方にもつけられた。オリバーがおかしな事をしなければ、全てがうまくいくはずだったの」
「馬鹿」
「そうよ! あーもう、黙っているのたいへんだった! 私、秘密とか向いてないわ。ミスティの顔を見るたびに、うっかり愚痴ってしまいそうだったもの!」
打ち明けて安心したのか、くしゃりと情けなく顔をゆがめる。
「それで、何でお前がオリバーに純潔をくれてやる流れになるんだよ!」
「だって、あそこで本当に私が鞭打たれたり刃物で傷付けられたりしたら、サンドライン伯爵家はお終いだったのよ。あれだけの領地をサンドライン家以外が治められるとは思えない。あそこに、どれだけの人が住んでいると思っているの? 私の純潔くらいでどうにかなるなら安いものじゃない。どうせ乙女かどうかなんて、ミスティ以外わからないんだから……」
クララベルの淡々とした声に、内臓に冷えた刃物を挿し入れられたような気持ちになる。
「ちょ、ちょっとまて、お前本気で……? だからって初めてが、オリバーでよかったのかよ?」
俺が動揺して意地の悪い質問をすれば、あまり強くもない平手打ちが飛んでくる。甘んじて打たれたけれど、打たれた頬よりも胸が痛い。
クララベルはあの場で、王女として命がけの取引をしていた。国の均衡を保つ手段として自分を使った。そこにあったのは王女としての意思で、クララベル個人の希望ではない事なんかわかってる。
クララベルは俺が思う以上に国の物なのだ。
「だって、あの時は、それ以外に思いつかなかったのよ」
「だからって……」
「うるさいわね! だいたい、私にとって誰が最初だとか、そんなの、誰だっておんなじなのよ! オリバーだろうがダグラスだろうが、ミスティだって変わらないわ。王女っていうのは、国に都合のいい所に嫁ぐものなの。そういう仕事なの。だから王女はそんなことで心を動かされたりしないものよ」
そんなことを言うくせに、クララベルは震える息を吐き、それはやがて嗚咽にかわる。
(俺は、とても無力だ――)
今の俺はたまたまクララベルが精いっぱい張る虚勢と、本当は大して強くもない本音を覗き見れる立場にある。だからってクララベルの在り方を変えてやれるものではないのだ。
(――だって俺は死ぬのだし)
俺が死んだくらいじゃ、クララベルの在り方は変わらない。死ぬ俺は、これ以上クララベルに深入りできないのに。クララベルはこれからも国が欲するままにその身を国に捧げるのだろう。
嗚咽が漏れないように胸に抱きしめて、狩りに着るにしては華美な装飾のついた上着にクララベルの涙を吸わせる。
(こんなの……俺だって泣きたい)
できることなら、このままクララベルを攫ってどこかに逃げ隠れたいくらいなのに。
「あの……遅くなってごめん」
「謝ったから、何なのよ! ミスティが来たってその細腕じゃ勝てなかったわよ!」
「蹴るから問題ないし。一人で怖かっただろ?」
「怖かった。怖かったわよ!」
最近のクララベルは、人目がなくても俺に唇で触れられるのを嫌がらない。
さっきの小さな傷は今はもう血も止まり、小さな赤い点となっている。
慣れって恐ろしいな、とぼんやりと思う。
来年には俺はこのぬくもりを手放すのだ。
こんなに当たり前に自分のものだと思っているのに。
俺だってクララベルを搾取している側なのに。
「次はさ、せめてレトさんくらいには相談しろよ」
「わかったわ」
「出来れば、俺にも」
俺にしがみついていた手が、何かを思い出したかのようにゆるむ。
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