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ダメ騎士がまだいるんですか?
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城内はざわざわと落ち着かない。
南に国境を接するハーティア国からの来賓を迎える準備は先月から始まっていた。騎士だけでは足りずにギルドの人員も借り受けることになって、今日は城の中に人が多い。
警備の補助として誰もが城内を見回るように申しつけられている。それはメイドも同じで、ミアは、ギルド組合員のタリムと組んで見回ることになった。髪を切って、いつもとは違う装いのタリムは、客人以上に異国人に見える。
「どうしたんですか、その髪?」
「ああ、これですか? あんまり面倒なことを起こしたくなくて……」
「面倒ごと、ですか?」
「私、産みの母に似てるらしくて、印象を変えようと」
「ああ、それはまずいですね」
タリムは故人であるクリスタニア姫が密かにギルドに託した娘だ。ニコラはいまだに姫と呼ぶ。
黒髪に深い色の目と、がさつな立ち居振る舞いからはクリスタニア姫を思い起こすことはできないが、見る人が見れば似ているそうだ。
広間に飾られてい絵画の中の儚げなクリスタニアと、短髪のタリムの印象はだいぶ遠い。よほど注意して見比べない限りは、クリスタニアの縁者だと結び付ける者はいないだろう。
こうやって国家機密を知ってしまっている事も、ミアが未来に向けての明るい展望が持てない理由の一つだ。秘密を知りすぎた娼婦が安全に放逐されると信じるほど、ミアは楽観的ではない。
「あー、帰りたい……」
「タリムさん、がんばりましょう」
面倒なことが嫌いなタリムを励ましながら、控室に向かう。
騎士棟に用意されたギルド職員の控室では、警備の最終確認が行われていた。
ミアはこの時間は騎士棟の案内を受け持っているが、手持ち無沙汰で職員にお茶を出したりしている。
ニコラは、様子を見に来て、ミアと話をしているタリムを発見すると動揺した顔で近づいてきた。
「ひ……いや、タリム嬢、またそんな短く切らせたのですか――」
ニコラは、短くなったタリムの髪を見て眉を寄せる。近づいてくるニコラにそれ以上近づくなと手のひらを向けて、タリムは一歩退いた。
「あの、モーウェル騎士、ここでの呼び名には気を付けていただけますか? あーあ、人の髪の長さや見た目にケチをつける騎士様がいるような場所には近付きたくなかったのになぁ」
感情を乗せず、棒読みで威嚇すると、ニコラはあわてて訂正する。
「タリム嬢、私は短髪が似合わないとは申しておりません――あの、くどいようですが、もしかして、またアデルア殿に切らせたのですか?」
ニコラはこの場にいないロイ・アデルアの牽制を感じ取って、タリムに問わずにはいられない。
「気持ち悪いから、いちいち詮索しないでください」
タリムのニコラに対する態度は容赦がない。いつの間にかミアを盾にして距離をとりながら話をしているほどだ。
ニコラは相当に嫌われているようで、タリムは毛を逆立てた猫のように身構えている。
「ええと、ニコラ様、リリアム様が見当たりませんよ」
見ていられなくて、ミアはニコラがこの場から離れる口実を用意する。一瞬ミアにすがるような視線を向けたが「わかった。捜してこよう」と言って、タリムに一礼して踵を返す。
ミアは、正装の皺一つないマントが曲線を描いて靡くのを、綺麗だなと目で追った。
「ひ……タリム嬢もガーウィンにはお気を付けください。とんでもない奴ですので。それと、ミアをよろしくお願いいたします。こんなところで申し上げるのも如何なものかとは思いますが、求婚中でして」
立ち止まったニコラは目じりを下げて小声でタリムにそう告げると、たちまち騎士の顔に戻って大股で立ち去っていく。
「は? なんて? 見境のない騎士に気をつけろ? ダメ騎士がまだるんですか? いやだなぁ。騎士は変人ばっかりですね」
小声で告げた求婚宣言がタリムに届かなかったことに胸をなでおろして、城ではご立派ですよ、とニコラを擁護する。
ニコラがミアを買った成り行きを知っているタリムは、ミアが相当に溺愛されているとは思いもしない。
「ミアさん、仕事とはいえ、よくあの人と生活できますね。ああみえて、変態なんですからね」
変態の被害者だったタリムの発言に納得できる部分も増えたが、ミアにとってニコラは良き雇い主だ。
「確かに家では普通の変態ですけれど、良い生活をさせていただいていますよ」
ミアが正直に言うと、珍しくタリムは声を高くして表情を明るくした。
「よかった、あの人が変態だって見解が一致した! 騎士様は見た目が聖人みたいな顔しているから、他の人に説明しても、全然伝わらなくって」
「ニコラ様、お勤めの時は頑張っていらっしゃいますから」
「へぇ、そうなんですね。外では真面目って、厄介ですね」
タリムの言葉の端々には、ニコラへの蔑みが浮かぶ。相当なことをされたに違いない。
「タリムさん、一応ここはニコラ様の職場ですので、ニコラ様の性癖のことは黙っておいていただけるといいんですけど」
小声で言って周りを見渡すが、今のところ二人のこそこそ話に興味がある者はいない。ミアはこっそりため息をつく。
(ニコラ様はタリムさんに何をしてしまったのかしら)
ミアにしたように、お姫様ごっこをするために服を着せ替えたり、隅々まで体の手入れをしたり、快楽で弄んだりしたのだとしたら、蔑まれるどころの話ではないだろうから、そこまではしていないだろうと一応結論付ける。第一、タリムにそんなことをしてロイが黙っているはずがない。
南に国境を接するハーティア国からの来賓を迎える準備は先月から始まっていた。騎士だけでは足りずにギルドの人員も借り受けることになって、今日は城の中に人が多い。
警備の補助として誰もが城内を見回るように申しつけられている。それはメイドも同じで、ミアは、ギルド組合員のタリムと組んで見回ることになった。髪を切って、いつもとは違う装いのタリムは、客人以上に異国人に見える。
「どうしたんですか、その髪?」
「ああ、これですか? あんまり面倒なことを起こしたくなくて……」
「面倒ごと、ですか?」
「私、産みの母に似てるらしくて、印象を変えようと」
「ああ、それはまずいですね」
タリムは故人であるクリスタニア姫が密かにギルドに託した娘だ。ニコラはいまだに姫と呼ぶ。
黒髪に深い色の目と、がさつな立ち居振る舞いからはクリスタニア姫を思い起こすことはできないが、見る人が見れば似ているそうだ。
広間に飾られてい絵画の中の儚げなクリスタニアと、短髪のタリムの印象はだいぶ遠い。よほど注意して見比べない限りは、クリスタニアの縁者だと結び付ける者はいないだろう。
こうやって国家機密を知ってしまっている事も、ミアが未来に向けての明るい展望が持てない理由の一つだ。秘密を知りすぎた娼婦が安全に放逐されると信じるほど、ミアは楽観的ではない。
「あー、帰りたい……」
「タリムさん、がんばりましょう」
面倒なことが嫌いなタリムを励ましながら、控室に向かう。
騎士棟に用意されたギルド職員の控室では、警備の最終確認が行われていた。
ミアはこの時間は騎士棟の案内を受け持っているが、手持ち無沙汰で職員にお茶を出したりしている。
ニコラは、様子を見に来て、ミアと話をしているタリムを発見すると動揺した顔で近づいてきた。
「ひ……いや、タリム嬢、またそんな短く切らせたのですか――」
ニコラは、短くなったタリムの髪を見て眉を寄せる。近づいてくるニコラにそれ以上近づくなと手のひらを向けて、タリムは一歩退いた。
「あの、モーウェル騎士、ここでの呼び名には気を付けていただけますか? あーあ、人の髪の長さや見た目にケチをつける騎士様がいるような場所には近付きたくなかったのになぁ」
感情を乗せず、棒読みで威嚇すると、ニコラはあわてて訂正する。
「タリム嬢、私は短髪が似合わないとは申しておりません――あの、くどいようですが、もしかして、またアデルア殿に切らせたのですか?」
ニコラはこの場にいないロイ・アデルアの牽制を感じ取って、タリムに問わずにはいられない。
「気持ち悪いから、いちいち詮索しないでください」
タリムのニコラに対する態度は容赦がない。いつの間にかミアを盾にして距離をとりながら話をしているほどだ。
ニコラは相当に嫌われているようで、タリムは毛を逆立てた猫のように身構えている。
「ええと、ニコラ様、リリアム様が見当たりませんよ」
見ていられなくて、ミアはニコラがこの場から離れる口実を用意する。一瞬ミアにすがるような視線を向けたが「わかった。捜してこよう」と言って、タリムに一礼して踵を返す。
ミアは、正装の皺一つないマントが曲線を描いて靡くのを、綺麗だなと目で追った。
「ひ……タリム嬢もガーウィンにはお気を付けください。とんでもない奴ですので。それと、ミアをよろしくお願いいたします。こんなところで申し上げるのも如何なものかとは思いますが、求婚中でして」
立ち止まったニコラは目じりを下げて小声でタリムにそう告げると、たちまち騎士の顔に戻って大股で立ち去っていく。
「は? なんて? 見境のない騎士に気をつけろ? ダメ騎士がまだるんですか? いやだなぁ。騎士は変人ばっかりですね」
小声で告げた求婚宣言がタリムに届かなかったことに胸をなでおろして、城ではご立派ですよ、とニコラを擁護する。
ニコラがミアを買った成り行きを知っているタリムは、ミアが相当に溺愛されているとは思いもしない。
「ミアさん、仕事とはいえ、よくあの人と生活できますね。ああみえて、変態なんですからね」
変態の被害者だったタリムの発言に納得できる部分も増えたが、ミアにとってニコラは良き雇い主だ。
「確かに家では普通の変態ですけれど、良い生活をさせていただいていますよ」
ミアが正直に言うと、珍しくタリムは声を高くして表情を明るくした。
「よかった、あの人が変態だって見解が一致した! 騎士様は見た目が聖人みたいな顔しているから、他の人に説明しても、全然伝わらなくって」
「ニコラ様、お勤めの時は頑張っていらっしゃいますから」
「へぇ、そうなんですね。外では真面目って、厄介ですね」
タリムの言葉の端々には、ニコラへの蔑みが浮かぶ。相当なことをされたに違いない。
「タリムさん、一応ここはニコラ様の職場ですので、ニコラ様の性癖のことは黙っておいていただけるといいんですけど」
小声で言って周りを見渡すが、今のところ二人のこそこそ話に興味がある者はいない。ミアはこっそりため息をつく。
(ニコラ様はタリムさんに何をしてしまったのかしら)
ミアにしたように、お姫様ごっこをするために服を着せ替えたり、隅々まで体の手入れをしたり、快楽で弄んだりしたのだとしたら、蔑まれるどころの話ではないだろうから、そこまではしていないだろうと一応結論付ける。第一、タリムにそんなことをしてロイが黙っているはずがない。
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