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騎士団では味わえない地獄を見せてやろう
しおりを挟む「ここにいた!」
休憩時間に、湯沸かし場の柱の影に隠れるようにして、家から持ってきた菓子を大事に食べていたミアを見つけて、リリアムがカウンターの仕切りの向こうから勢いよく顔を出した。
「ミア、どうしよう、隊長がおかしい。今日、剣の相手をしてもらったら、全く腑抜けだった」
ミアは慌てて出口を確認する。
リリアムのことがあってから、扉つきの所には一人で入らないことにしたのだ。湯沸かし場の入り口は扉がなくアーチ型の壁で、誰でも入れる。外に音も響くから大声を出せば誰かが助けに来るだろう。
「リリアム様、私の近くに来てはいけないことになっておりますよ」
「もうミアには構わないから、話だけでも聞いておくれよ」
確かにリリアムはここ最近、ミアに見向きもしない。ひたすら剣を振るっている姿ばかりを見る。
「それで……なんですか?」
「だから、ニコラ隊長が変なんだ! いつもは私がミアの事を口にして挑発すれば、殺しそうな殺気を向けてくるのに、まったく上の空で、別の新人に打ち込まれて剣を取り落としたりしてる」
ミアがいないところでもあの調子なのだと他人から聞かされると、自分のせいだと言われたようで気が滅入る。
「ああ、それのことですか。病気みたいなものです。きっとしばらくすれば良くなりますから」
リリアムは量の多い髪をしならせ、演技がかった大きな身振りでミアに詰め寄る。
「暫くとはどれほどだ! 私は、早く剣技を上達させたいのにっ!」
利己的な理由で吠えるリリアムが、ニコラの心配をしているわけではないのが分かって、もやりと感情が動く。一度は結婚するつもりでいたニコラの様子がおかしくても、貴族の娘は相手を心配したりしないのだろうか。
ニコラはあんなに苦しんでいるようなのに、とミアはリリアムに不満を募らせる。
「君が一緒に住んでいるのだから、そのくらい、どうにかならないものかな」
リリアムはまた無茶なことを言う。
ミアは一生花街で生きていくつもりで王都に来た。ニコラに体以外で応えるわけにはいかない。
「そんなの、わたしにだってわかりません!」
リリアムに丁寧に接しても無駄だと分かり、ミアはつっけんどんに答えた。
「まあ、そのうち治るならいいけど……」
「もう出て行ってください」
そう言ってもリリアムは立ち去る様子がない。
「えー、せっかく来たし、少し暇だから遊ばない? そういえば、ミアと隊長とは恋人でもなんでもないんだってね?」
リリアムに言われてミアは明らかにイラっとした。
「私は本来、恋仲に割って入るような無粋なことは嫌いなんだ。だからさ、なんとなくおかしいとは思ってたんだよね。隊長とミアは全然恋人らしくないし」
リリアムは猫のように目を細めてふふふと笑う。
「やっぱり偽装していたんだね! だから、何となく間に入りやすかったんだ! 納得したよ。――だからさ、隊長と恋仲じゃないなら、少しくらい私と遊んでもいいじゃないか。減るものでも無し」
急に顔を近づけられて、慌てて口を塞いで守れば、リリアムは慣れた調子でメイド服のボタンに手を掛ける。
「リリアム様、叫びますよ。今度は大事になって、色々な人に叱られますからね!」
「えー、今日は頑なだなぁ。前はもう少し……あれ、これ……」
リリアムは何か見つけたようで、もう一つボタンをはずす。
「ひ……うひゃぁっ!!」
詰襟を開いた所でリリアムが悲鳴を上げた。
「君、そ、それ……」
「え?」
開いた襟を少し引っ張り、中を覗き込まれる。
「ちょ、ちょっと待って……うわぁ、まだあるのか? ヤバい、ヤバいよそれ……」
リリアムは以前見た時には見当たらなかった深紅の斑点に彩られているミアの体を見て慄いた。見える範囲だけではなさそうだ。きっと胸や腹まで続いている。
ミアは何となく意地の悪い気持ちになって、リリアムがぎゃーぎゃ言っているのをそのままにして、見たければいくらでも見ればいいと顎を上げる。
「これがなんだっていうんですか」
「……病気、とかじゃないよね」
「違いますね」
「じゃぁ、病気の人につけられたんだね」
(病気の人? まぁ、ニコラ様は今そういう状態に違いないか……)
「……まぁ、そうですが」
「やだぁっ、早く着てぇ! ほんとに、やだ、もう。すぐ、しまって! 私、何も知らないし、何も見てないからっ!!」
リリアムは素早くミアのボタンを元に戻して、ミアから三歩も下がる。
「一応聞くけど……誰に?」
「誰って、そりゃ、ニコラ様ですけど」
つんとして言えば、リリアムは小さくなってぶるりと震える。
ぶんぶんと頭も振る。
「待って、もういい、それ以上言わないで! ニコラ隊長、ヤバい。こわい! 私、病気の人はちょっと……ほんと無理なんで」
何が嫌なのか、我慢できないようでその場でバタバタと足踏みをしている。
リリアムが自分で大声を上げているので通りかかる騎士が室内を覗き込みながら通りすぎていく。そのうちにニコラもやってきた。
「ミア! ここにいたのか?……ガーウィン? 貴様ここで何をしている?」
走って来たらしく、少し息を乱している。どうやらリリアムがミアを探しているというのを聞いて追って来たらしい。
「な、に、もっ! 何もしてないです。本当です!」
ニコラは疑いに目を眇めてミアとリリアムを見比べる。
「ミアの襟が乱れているな。朝はもっと皺がなかった」
ニコラが目敏く指摘すれば、リリアムはびくっとして背を正す。
「違いますよ、女子の戯れです。ほら、今日、下着何色? とか確認し合うじゃないですか! ちょっと、女子同士楽しくおしゃべりしてただけで、隊長があんなヤンデレみたいなキスマークつけまくってるなんて全っ然見てません! 誓って!」
リリアムは思っていることを隠せないようで、ポンポンと自分を追い詰めるようなことを口にする。
「……ほう」
ニコラの殺気に気が付いたのか、リリアムは冷や汗をかきながら愛想笑いを浮かべる。
「深く、深~く反省しました。隊長がそういう癖のひとだとは知らなくて。やだな~、もっとはっきり言ってくれれば、あの時だってあんなこと絶対しなかったのに……」
「それで、どう反省を示すというのだ?」
ニコラが腕を組んでリリアムに問うと、リリアムは騎士の敬礼をして足を鳴らして直立する。
「走ってきます! 死ぬくらい走ればいいですか?」
「……生温いな。そうだ、騎士団では味わえない地獄を見せてやろう」
数日後、リリアムは、訓練の一環としてギルドに出向することになった。
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