変態騎士ニコラ・モーウェルと愛され娼婦(仕事はさせてもらえない)

砂山一座

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騎士服の脱がせ方はわかりませんので

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 ミアは城の仕事に熱心だ。
 最近では別の部署の部長や別棟の文官からも用事を頼まれることがある。結婚までの腰かけで、不真面目な仕事をする貴族の娘が多い中、ミアの真面目で控えめな仕事ぶりは少しずつ評判になってきていた。
 ニコラは相変わらず忙しいが、ミアもそうなった。
 同じ城にいるのに、ニコラと一度も話さない日もあるくらい、それぞれに仕事を黙々とこなしている。


「ミア、少し時間はあるか?」

 昼過ぎ、執務室の前を通ると、珍しく在室だったニコラがドアにもたれてミアを呼ぶ。どうやら、ミアが廊下を通るのを待っていたようだ。

「はい、今これを片付けてから参りますね」
「いや、そのまま少しこちらへ」

 ミアは洗濯済みの包帯を医務室へ運ぶ途中だったようで、ニコラの部屋を素通りしようとした。しかし、ニコラは魔法のようなエスコートでミアを執務室に連れ込み、後ろ手で鍵をかけた。何やら内密な話があるようだ。

「なんでございましょう?」

 ミアは首を傾げてニコラが何事かを言い出すのを待っている。
 ニコラは何をどう切り出したものか思案顔で、上を向いたり下を向いたりせわしない。

「ミア……君は他の団員の話を聞いてやりすぎる。団員の茶の好みまで聞いてやっているそうじゃないか」
「好みを聞いた方が茶葉を無駄にしないで済みます」
「それは、大変良い心がけだが、あいつらに親切にしてやることもないだろう」
「そういわれましたが、親切に接すると、こちらの仕事がはかどります。力仕事などは私がやるより騎士様に頼んだ方がすぐに終わりますし」
「……ミアは優秀だな。だが、あいつらの顔を見たか? どいつもこいつもミアに気に入られようとして……」

 悩んでいるように見えた割に、ニコラからもたらされた話の内容はくだらないものだった。

「ええと……」
「だいたい、ミアは少し働きすぎではないか?」
「そんなことないと思いますけど? なんならニコラ様の方がうんと働いていらっしゃいます。また数日、泊り仕事だったではないですか」
「いや、ミアの方が心配だ……その証拠に、今日初めて私と話をしたではないか。警邏隊の騎士たちとはよく話しているのに」
「ギルドからお客様が来ると言うので、人数やお茶のタイミングを確認しておりました。それに、ニコラ様とは朝にお話ししましたよ。一緒に住んでいるわけですし、一緒の馬車で来たじゃないですか。あの、ご用がなければ、仕事の続きに戻りたいのですが」

 ミアは銀の盆に載せられた、清潔な包帯が埃をかぶってしまう前に医務室の硝子戸がらすどの中に片付けてしまいたい。
 ニコラの様子がおかしいのは今に始まったことではない。数日に一度、心配だ心配だと言ってくるので、ミアもいちいちその話を真剣に聞いていられなくなった。過保護すぎる。
 今日もその類だろうと、盆を持ち直して仕事に戻ろうとするが、ニコラが立ちふさがる。

「ミア、まってくれ」
「はい」

 待てと言われればもちろん待つ。城での仕事以前にニコラとの契約がミアにとって最も大事なものだ。

「違うんだ……少し私の仕事もして欲しい、というか……」
「もちろんです。何か御用がありましたら何でもお申し付けください。やっておくことを書いておいてくだされば、ニコラ様にお会いできない時でも終わらせておきますから」
「そうではなくて……」
「はぁ、ではどうすれば?」

 どうにも様子のおかしいニコラの意図がわからず、ミアは首をかしげる。

「ここへ……私の隣で茶でも飲まないか?」

 自分でも苦しい言い訳だとわかっているのか、ニコラは口の端をいつものようにはうまく笑みの形にまとめられずにいる。

「流石にそれは、サボりになるのではありませんか?」
「……では、私にお茶を入れてくれ」

 ミアは城での仕事として、団員の休憩時の軽食を用意することも任されている。個別に頼まれることだってもちろんあるだろう。ニコラからの注文に否やはない。

「承知いたしました。では、今、用意いたしますね」
「じゃぁ、その盆はそこに置いて、少しこちらへおいで」

 医務室の硝子戸が呼んでいる気がしたが、ニコラの様子も気がかりだ。 
 手をひかれるままに、客用に置かれたテーブルにつく。
 ミアにお茶の用意を頼んだくせに、ニコラはさっさと慣れた手つきでお茶を入れて、ミアの前に用意する。レースの敷物の上に菓子も並べて、柔らかなクッションまで置く徹底ぶりだ。放っておいたら茶を飲んでいる間に香油で肌を磨かれてしまうかもしれない。
 お茶を入れるように頼まれたミアだったが、こういう動き方をするときはニコラの好きなようにさせたほうがいい事を学習していた。

「ミアは……ここの仕事が好きか?」

 もてなされることがニコラへの奉仕だと心得ているミアは、遠慮せずに良い温度で入れられたお茶に口をつける。菓子にも手を伸ばし口へ運ぶとニコラは満足そうにうなずく。

「仕事に好き嫌いなどございません。仕事は何でもありがたいものです」

 ミアにはニコラが何を言っているのかよくわからない。仕事の手を抜けと言うのだったら、働き詰めのニコラが言っても説得力にかける。 しきりに理由を考えていたが、不意にミアは都合の良いことを思いついた。

(あれ? ニコラ様はとおっしゃった? それはもしかして……)

「……もしかして、メイドとは違う仕事をご所望ですか? そういえば、鍵までかけて――」

 ニコラはそう言われて、はっとして自分で鍵をかけたドアを見た。

「は? いや、そんなっ、はっ、ははは、まさかな……」

 城で仕事をしている時には見たことのない間の抜けたニコラの様子に、急に娼婦として仕事をする機会が降ってきたと悟り、ミアは気合を入れてぐっと拳を握った。 
 この前とは違い、ミアは外での仕事の内容を心得ている。
 休みに一度娼館に顔を出した時、外出先での不測の事態のことを相談したら、年増の姐さんたちが寄ってたかって外で求められた時の作法を伝授してくれたのだ。
 それ以来、どこでどうなっても大丈夫なように毎日準備している。もう、外で求められて、おろおろとするばかりのミアではない。

「下穿きをお脱ぎになってください。騎士服の脱がせ方はわかりませんので」

 ミアを接待するために用意された濡れた手巾で手をぬぐって、ニコラににじり寄る。
 もう少しで騎士服のベルトに手が届きそうになって、ニコラはあわててミアを押しとどめる。

「違う! 違うんだ。ミアにこんな所でそんなことをさせるわけがないだろう!」
「大丈夫です。今度はちゃんと、外でお慰めする方法を学んできております。お疲れになると、そういったが必要なのだと聞きました」
「ミア、やめてくれ。本当に、そんなつもりではないんだ」

 ニコラは顔を赤くしてぶんぶんと頭を振る。

「……では何を?」

 ミアは娼婦の仕事を諦めたわけではない。ずっと機会を狙っていた。
 ニコラが忙しくないようなときには夜這いをかけたが、最近は早々に部屋から閉め出されてしまう。
 いつもは外に出されて鍵をかけられるが、この執務室を密室にしたのはニコラだ。
 押しとどめるニコラの顔を見上げれば、たくさんの感情が浮かんでいる。

「……ここへ」

 暫くの葛藤の後、ニコラは自分の横にミアを呼ぶ。

「はい」

 恐る恐るニコラに身を寄せて座ると、ニコラは壊れ物に触れるようにしてミアを抱き寄せる。ミアの体はニコラの腕にすっぽりとおさまって、久しぶりの温もりがミアとニコラを行き来する。
 ニコラは猫の子を撫でるように、結い上げたミアの髪の手触りを確かめ、華奢な肩を撫で下ろす。
 それから、いかがわしい雰囲気を一切かもさずに、抱きしめるだけ抱きしめて、名残惜しそうにミアを解放した。

「手隙の時でいいから、私が執務室にいたら、話をしに来てくれないだろうか? こうやって話す相手をしてもらえれば、私は満足なのだ」

「私はいくらでも時間が作れますが、ニコラ様の方がお忙しそうにしていらっしゃいますよ。私の世話を焼くより余暇はお休みなさったほうがよいのでは?」
「そういう時にこそミアが必要なのだ」

 真剣な顔をしてそういうので、そんなものなのだろうかと、ミアも納得する。
 内容はどうであれ、必要だと言われて心が沸き立つ。よくわからないが、ニコラの役に立てるなら嬉しい。

「わかりました。うかがいます」

「では、仕事に戻ります。包帯を医務室に届けてまいりますから」
「気を付けていくといい。団員からミアの嫁ぎ先は決まっているのかと探りを入れられてな。私はミアが危険な目に合わないか心配なのだよ」
「おかしなことを言う騎士様もいるのですね。娼婦の嫁ぎ先が気になるだなんて。私の素性を知ったら落胆なさるでしょうね」
「そんなことはない。ミアが貶められる理由など、どこにもないのだから」
「わたしはそんなの、なんでもかまいません。ニコラ様のお役に立てるのでしたら、なんでも」

 ミアが笑うと、ニコラは開けかけたドアを再び閉じた。

「ミア、なんといじらしい……」

 ニコラは勢いよくミアに向き直ると、またぎゅうぎゅうとミアを抱きしめる。

「ニコラ様、申し訳ありませんが、包帯が落ちてしまいますから、放してください」

 家で話もするのに、忙しい時間にこそ訪ねて来いと言うニコラの願いにミアは首をかしげるばかりだった。
 しかし、何度かニコラの執務室を訪ねる度に、どうやら忙しいときほどミアを撫でたり世話をしたりする事が気晴らしになっているようだと気が付いた。

(ニコラ様、おかしな性癖をお持ちだと、たいへんなのね……)

 ミアは今日もぎゅうぎゅうとニコラに抱きしめられながら、主人の不憫な性癖を憐れんだ。
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