上 下
17 / 55

枕がご入用ですか?

しおりを挟む
 すぐにミアの存在は騎士団になくてはならないものになった。ミアがいることで、騎士団の士気が明らかに上がったからだ。
 ニコラが後ろで睨みをきかせていても、若い娘が視界に入るだけで騎士たちは色めき立った。
 なにせ、後継者教育で、王子ばかりが城内に集められている時期だ。不祥事を避ける為に王子の身の回りの世話を若い娘が任される事はない。
 その代わり、貴族の娘は、図書室や女性の王族の住む場所に配属される。どこも、あまり騎士には用がない場所ばかりだった。ミアがいるだけで騎士たちは何となく楽しい。
 
 ミアがニコラの秘書のような仕事を任されているのだと理解した団員たちは、ニコラの仕事を進んで手伝うようになった。しかし、中には行き過ぎたアピールをする者もいる。

「オーウェン嬢、今日もお美しい。こちらに洗濯済みの物を持ってきたので、団員に配布してもらってかまわないだろうか。私に何かできることがあれば代わろうか?」

 年若い黒髪の騎士にキラキラの笑顔で話しかけられて、ミアは恐縮した。
 ニコラにはあまり騎士と話すなと言いつけられているが、自分で断りを入れるのもはばかられて、騎士に願い出て、ニコラが忙しくしている詰め所まで同行を頼んだ。
 
「ニコラ様、何か仕事がありましたら、代わりにやるとおっしゃっている騎士様がいらっしゃっるのですが……私は手が足りているので、こちらにお連れしました」

 ミアは黒髪の騎士がミアにちょっかいをかけるために持ち場を離れていたことを知らない。騎士は騎士で、ニコラのところに連れていかれるとは思っていなかった。
 ニコラは表情を一変させる。

「なるほど、暇なのだな? それでは、私の仕事を代わってくれるか?」
「いえ、あの、モーウェル騎士、私は……」

 ミアの仕事を何か手伝って自分を印象付けるつもりだった黒髪の騎士は、うっかりニコラの逆鱗に触れてしまったことを知った。
 その後、騎士は、そんなに望むならと、一週間はかかるような地方での仕事を命じられ、肩を落として持ち場へ戻っていった。

 ミア伝いでニコラへ何かを手渡すという仕事が頻繁に増えたこともあった。
 中には、十冊ある資料を一冊ずつ分けてミアに頼んだ騎士までいる。
 几帳面なニコラは、不要な仕事をミアにさせた騎士が書類を分割した回数を数えていて、それに応じて地味で面倒で時間のかかる仕事を割り振った。
 ニコラは冷静に王子たちを諫めることはあっても、声を荒げるような姿を団員に見せることはなかった。騎士たちはニコラの常とは違う様子を大げさに騎士棟に広めた。
 そうしているうちに、ミアの仕事を邪魔するとニコラに左遷されるという噂がたち、めったなことでミアの仕事の邪魔をする騎士はいなくなった。

 ミアに下心を持って話しかける輩にニコラは厳しい。
 それにしては二人の関係に甘さが一切みあたらないのは何故か、というのがここ最近の騎士たちの酒の肴だった。
 ミアは必要がなければニコラに話しかけないし、ニコラは、いつもの彼が女性にそうするように、仕事に甘やかな手出しをすることもなく、ミアに適量の仕事を割り振っている。見ようによっては、他の貴族の娘よりも仕事が多いようにすら見受けられる。
 最終的に騎士たちは、ニコラとミアの関係を庇護者と被庇護者と位置付け、納得することにした。





 ミアが城の仕事に慣れると、ニコラはいつもの忙しい生活に戻って行った。
 通常業務に戻ったとたんに徹夜仕事になって、ミアを一人で家に帰さねばならい。
 今夜は王子の一人が外遊に出かけるので、同行しなければならないのだ。王子たちがハメを外しすぎるのを防ぐのもニコラの仕事だ。

 徹夜明けの朝、始業時間より早くミアがニコラの執務室に行くと、机に突っ伏している主人の姿があった。夜通しの仕事で、ニコラの寝顔は草臥くたびれている。

「ニコラ様、着替えを持ってまいりました」
「……ん、ああ」

 ニコラはミアに揺り起こされて、睡魔と闘いながら机から頭をあげる。体は動くがまだ眠い。
 朝の集会の時刻まで少しあるのを懐中時計で確認して、二度寝を決め込むことにする。

「そこでお休みになると疲れが取れませんよ。ソファに横になったらどうです?」
「ああ、そうする。書き物をしながら寝てしまったようだ。ミアもまだ始業時間ではないだろう。ここで少し休んでいるといい。私はあと半刻で起きなければならないのだが、寝過ごしそうだ。すまないが、時間になったら、声をかけてくれるか?」

 ミアが指差す先には長細いソファがあった。この部屋に来るのは騎士ばかりの為、ソファにクッションは置かれていない。

「ニコラ様、枕がご入用ですか?」

 ミアがソファの端に座って、頭をここに乗せろと膝を揃える。
 お仕着せの長めのスカートの中の、太股の張りのある盛り上がりがニコラを誘う。

「い……要る」

 ニコラは難しいことを考えられない頭で、本能のまま吸い寄せられるようにミアの膝に顔を埋めた。
 ミアの甘い香りがたまらず、頭の位置を直すふりをしてその脚に頬ずりする。
 ミアのあまり体温を感じない白い指が頭を撫でるのが心地よくて、ニコラは思わず弱音を吐いた。

「もう、ミアと家に帰りたい……」

 そんなことを口走りながらニコラは開けていられなくなった瞼を閉じた。

「お休みください。ニコラ様……」





「ニコラ様、時間です」

 揺り起こすが、ニコラはなかなか起きない。
 ニコラの少し寝乱れた髪を整えながら、主人をもう一度揺さぶる。

「ニコラ様、半刻とおっしゃったではないですか」
「ん……もう少し」

 抵抗するようにニコラはミアの細い胴に手をまわして、抱き寄せたかと思えば、ぐりぐりと鼻を股に擦り付ける。

「起きていただかないと、わたしまで仕事に遅れてしまいます」
「……ミアは、休めばいい」

 ニコラは自分では働き詰めでちっとも休まないのに、ミアにはやたらと堕落させるようなことを言う。

「仕事を始めたばかりでそんなことできません」
「そうか……ミアは勤勉で健気だな。ああ、うちの匂いだ。今日は夕方にならないと帰れないのか……」

 ミアの膝の上で腹の方に顔を向けて寝ていたニコラは、本能の赴くままにミアの太ももと尻とを抱え、深くミアの股座に鼻を押し付ける。ミアが羞恥を感じる所ばかりを狙って鼻を突き入れるのが凶悪だ。
 ミアは小さく悲鳴を上げた。

「ニ、ニコラ様……お許しください……。仕事の前に制服を汚してしまいます」

「……!」

 ニコラはミアの声で急速に覚醒した。
 添い寝を頼んだ朝に、シーツを汚してしまいますと泣き声をあげたミアを、ありありと思い出したのだ。
 顔をあげればミアが赤い顔をしている。

「どうしていつもいつも、家の外なのですか! 私はいくらでもお相手する準備ができていますのに! お戯れが過ぎます」
「す、すまなかった。それより、ずっとそこにいてくれたのか? 足が痺れただろう」

 ニコラは体重をかけて押し潰していた所を労わって撫でようとするが、ミアはニコラの手を掴んで押しとどめた。

「ニコラ様、今は、本当に、触らないでください! わたし、ニコラ様に触られると、ひどく濡れてしまうようなので。着替えも持ってきていないし、そうなったらお城での勤めが果たせません」

 ミアは困った様子で、きゅっと膝を閉じてニコラから少し遠ざかる。
 ニコラはミアの初々しさに猛烈に欲が刺激された。こくりと自分の喉が何かを飲み込み音を立てるのが聞こえる。

「心配ない。着替えなら私が用意してある」

 ニコラはありとあらゆることを想定して、ミアの城での仕事を支援しようとしていた。急に雨に降られた時のことを考えて、着替え一式も執務室に用意してある。もちろん下着もだ。

「……ですが」
「私のせいで足が痺れてしまったのだろう。労わらせてくれないだろうか」

 やましい気持ちで触るのではないと自分の理性を説き伏せてしまうのがニコラの歪んでいる所だが、ニコラは矛盾には気が付かない。
 神聖な気持ちで、脹脛ふくらはぎの方からスカートの中に手を差し入れて、頭が載っていた膝上あたりまで撫で上げる。

「……あの、ほんとうに……」

 ニコラの手が痺れていた所をほぐすように肉の薄い太股を揉みしだくと、ミアは小さく鳴く。
 ずっと触っていられる触り心地だと、何往復も揉み上げると、温かい脚の付け根にたどり着く。

「……本当だ、少し濡れてしまっている。着替えが必要だな」

 ニコラはこうなってしまったのが自分のせいだという事実に、少なからず興奮した。
 その赤く爛れた感情をちらりとも見せずに、ミアの下着をあっという間に剥ぎ、柔らかな布で秘部を拭き清める。

「んっ……」

 事務的な手つきに迷いはない。途中ミアがこらえきれなかった小さな喘ぎを洩らす。
 その声を聞きたいがために、うっかりを装ってミアの陰核を擦ったことは、墓場まで持って行く秘密にしようとニコラは心に誓った。

「ほら、これで大丈夫だ。また一日、健やかに過ごすのだよ」

 何事もなかったかのように、ニコラは立ち上がり、集会所に向かう。
 ミアも慌ててその後を追った。


 徹夜明けであるというのに、近衛騎士ニコラ・モーウェルは口元を綻ばせ、その日を精力的に過ごす。
 ニコラの壮健な姿を見て、城の者は、あれこそニコラ・モーウェル騎士だと褒め称えた。
 城の中深くで働く女たちも、ニコラを見かけるとその高潔な姿にため息をつく。 

 しかし、その一日を支えるものが、騎士の矜持だとか小難しいことではなく、ニコラが懐に忍ばせた一枚の女性用下着によるものだとは誰も知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

獣人専門弁護士の憂鬱

豆丸
恋愛
獣人と弁護士、よくある番ものの話。  ムーンライト様で日刊総合2位になりました。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...