変態騎士ニコラ・モーウェルと愛され娼婦(仕事はさせてもらえない)

砂山一座

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 ミアが城で働き始める日がやって来た。
 騎士棟は外から出入りのしやすい防壁のような造りの建物だ。王が住まう中心部を取り囲むようにして建っている。
 騎士棟では街の警邏けいらを担当する隊や魔獣など外敵の駆除を行う部署などが大雑把に分けられ、細い廊下でつながれており、人員の貸し借りが頻繁に行われる。
 一応の所属はあるが、どこもギルドとの繋がりがあってこそ成り立っている。担当外の騎士が現場に来てもそれほど問題は起きない。
 この国では荒事はギルドの組合員が行い、市民の保護や避難誘導が騎士の仕事だ。騎士はその場にいるだけで何となしに格好がつく名誉職なのだ。

 しかし、近衛騎士だけは事情が違う。
 王族の警護という国防から遠い仕事には、ギルドからの応援はない。近衛騎士のほとんどは仕えている王族に連れまわされていて騎士棟に帰る暇がないのだ。
 近衛騎士の多くが形だけの執務室を持つのに対して、騎士棟にも城にも街にも出向くニコラの部屋だけは、書類がぎちぎちに詰まった実務的な執務室だった。
 若くして王子達の警護を任されるニコラは、多忙を極める。
 ニコラの直属の部下は警邏隊に所属しているので、何かあれば応援に街に姿を現さなければならないし、王子達の警護は心理的負担が大きく、勤務時間も不規則だ。しかし今回ばかりは忙殺されるわけにはいかなかった。
 働き始めのミアに心細い思いをさせたくないと、そればかりが気がかりで、ニコラは何かと仕事を前倒しにして、騎士棟での仕事が中心になるように調整してきた。
 これでどうにかミアに付きっ切りで仕事を教えることが出来そうだと、胸をなでおろす。





 その日、ミアはニコラが用意した服を着てエプロンをかけたメイド姿で参城した。
 ここまで清楚な雰囲気であれば、おいそれと声をかけにくいはずだ。ニコラは無理に納得しようとしたが、談話室にミアを連れて入り、げんなりとした。

 騎士団の男たちの視線がミアに集中し、低いどよめきが地鳴りのように響く。
 普通、騎士団には体力のある若い騎士が所属する。長く勤め上げる者もいるが、ほとんどは事務職や別の業務に移動する。貴族の若者は花のある前線の騎士であるうちに恋愛をしたり結婚することが多い。
 ニコラだってそういう一味であるくせに、同僚たちを大いに警戒した。
 
 ニコラは談話室に集まった騎士たちに渋々ミアを紹介する。

「話は聞いていたと思うが、こちらがミア・オーウェン嬢だ。私の義父の遠縁にあたる。騎士団専属のメイドとして働いてもらうから、皆そのつもりで。騎士道に則り節度を持って接するように」

 ミアには城で働くにあたり、仮の家名が与えられていた。アディアール家の遠縁ということにされている。
 ニコラから団専属だと聞いた騎士たちは野太い歓声をあげ、談話室を震わせる。
 騎士たちは皆、騎士棟にメイドが派遣されると聞いてはいたが、どうせ蓋を開ければ暇を持て余した誰かの母親か、何処かと掛け持ちで騎士棟には顔も出さないようなメイドだろうと高を括っていた。
 腰をかがめて皆に会釈する可憐なミアに談話室はいっそう賑やかになった。

「数日、私の傍で団での仕事を教える。彼女の仕事の邪魔にならぬように各自、任務に励むこと」
「もちろんです!」

 騎士たちはそれぞれに背筋を正して立ち、ミアに良いところを見せようと熱い視線を送っている。
 それを見るニコラの眉間には深い皺が刻まれた。

「……なお、オーウェン嬢の身元引受人は、この私だ。タウンハウスから共に通うので、おかしな気を起こすことのないように。オーウェン嬢への無礼は私の、そしてアディアール騎士の心証を損なうと心得えよ」
 
 明らかなニコラの牽制に場の雰囲気は一気に盛り下がった。


 挨拶が無事に済んで、ミアはニコラとともに執務室へと向かう。前を歩くニコラは、あまり機嫌がよさそうには見えない。

「ニコラ様、私はどのようなことをすれば?」

 見上げるミアにニコラは目尻を下げる。

「今日は私の書類の片づけをしてもらう。掃除は団内での持ち回りがあるからミアはしなくてもいい。あとはそうだな、文書を城内に届けてもらうこともあるだろうから城の中を案内しようか」
「かしこまりました」
「ミア、いいかい、団員に親切にすることはない。怪我をした団員は基本的に放置しておけ。ミアがわざわざ手を触れずともよいからな。それと、良からぬ騎士がミアに声をかけてくるかもしれないから、医務室と訓練場にはあまり近づかないように、それから……」

 ニコラがこの期に及んで、くどくどと言い始めたのでミアは内心ため息をついた。

「ニコラ様、それでは仕事になりません。医務室と訓練所も案内してください」
「だが――いや……わ、わかったが、しかし……」

 仕事を早く覚えたいミアと、誰にもミアを触らせたくないニコラとの内情はかみ合わない。ニコラはミアを城に連れてきてしまったことを心から後悔していたが、ミアはやっと与えられた仕事に心を躍らせている。

「それで、仕事はそれだけですか?」
「十分ではないか?」
「時間を持て余すのは困ります。他にも出来そうな仕事があればやらせてください」
「仕事熱心なのはいいが、むやみに騎士と話はしないように。彼らは女性に飢えている。可憐なミアにどんな無粋な言葉をかけるか分からない」

 本気で心配しているらしいニコラに、ミアはため息をついた。

「……ニコラ様、さすがにそれは心配のし過ぎではありませんか? 万が一何か起きても、娼婦との間の出来事です。国の騎士様の瑕疵かしにはなりませんよ」
「ミア、お願いだからそんなことを言うのはやめてくれ。お前の身に何かあったら私がつらい」
「ニコラ様の許しなしに契約以外の花街の仕事は致しませんから、ご安心ください。その為の昼の仕事でございましょう?」
「違う、そういうことを言ってるのではないんだ」

 ニコラは愁いを帯びた表情でミアが娼婦だと自称することを咎める。

(そうはいっても娼婦は娼婦なのに……)

 ニコラの心底心配だという表情にさすがにミアも居心地が悪くなり、一度ニコラの意見を汲むことにした。

「ニコラ様、承知いたしました」
「王子達にはもっと気をつけろ。あの小汚い王子達とは目も合わせてはならない。わかったね」
「……はい」

(こんなに過保護に私にかまっていて、ニコラ様の仕事は大丈夫なのかしら)

 ミアはまだ何も仕事をしていないうちから心配になった。

 騎士棟の端から端までを歩ききって、次は中央の広い通路を行く。途中、城の施設を説明されたり、迷いやすい道の注意を受けたりしながら城を案内された。その通路が突き当たったところに大きな扉があり、門番が立っている。そこからは敷石の色が変わり何か特別な場所だということが分かる。

「ここから先に入るには王の許可がいる。私は常に行き来することを許されているが、ミアが万一こちらに用事がある時には私の用事だと一筆書くから安心するように」
「はい」

 そうは言われてもミアが陛下に面会するようなは機会は訪れないだろうと言って、ニコラは王の間につながる廊下に背を向けた。
 ミアもそれに倣おうとすると、青い石畳の廊下の向こうから手を振る者がいるのが見えた。二人連れだってこちらに歩いてくる。

「あら、リシル様?」

 アディアール家で見慣れたニコラの義父、リシル・アディアールが騎士服を纏って姿勢よく立っているのに気がついた。
 その横で手を振っている男はミアには面識がなかったが、どことなく見覚えのある顔だなと思う。

「ニコラ・モーウェル騎士、こんな所で出会うとは奇遇だね」

 わざとらしく長い名前でニコラを呼び止められ、ニコラは礼の姿勢をとる。事情を知らないミアは、わからないなりに身をかがめてニコラを真似る。

「陛下こそ、お出かけですか?」
「いいや、騎士棟のほうで小鳥の声が聞こえたので、どんな鳥であったか見に行こうかと思ってな」
「そのように追い立てては飛び去ってしまうのではないでしょうか。陛下は今日は大広間で謁見の仕事があったのでは? 真逆の方角だと存じますが」
「かたいことを申すな。私にも休憩が必要だ。それで、ニコラは何用でここにいるの?」

 あまりにも気やすいおしゃべりに、ミアは「陛下」と聞いたのは聞き間違いだっただろうかと首を傾げた。

「新しく入った者を案内しておりました。すぐに戻りますので陛下の手を煩わせるようなことはございません」

 顔を伏せているミアを陛下と呼ばれた男がしげしげと眺める。リシルと並び立つと小柄ではあるが、磨きこまれた優雅さがある。

「この子……少し、セレスに似ているね」
「恐れながら、全く似ておりません!」

 ニコラは脊髄反射のごとき素早さで国王の言葉を否定した。

「そうかなぁ。明らかにタリム嬢よりセレスタニアに雰囲気が似ているじゃないか。なんだい君は、タリム嬢に片恋していたくせに蓋を開けたらこれかい?」
「過去形でおっしゃらないでください、私は真剣に……」

 深い色の目をした男はおもちゃを見つけた子どものような顔で口の両端をひきあげる。

「そうなのかい? じゃぁ、ニコラとの仕事が終わったら私が自室に招いてもいいのかな。可愛らしいお嬢さん、ニコラに厄介払いされたら私の所においで」

 ニコラはそんな冗談に対しても今日はあまり余裕がない様子だった。

「陛下、ミアは私の家の者です。陛下のご提案とのことでメイドとして連れてまいりましたが、ミアに危険が及ぶようなことがありましたら、私ともども二度と参城することがないと思っていただきたい。どのような身分の方であろうとも妙な気を起こすようでしたらしかるべきところに訴える所存でございます」
「おお、怖い。ニコラはリシルに似て来たね。でも、聞いていた以上に面白い」

 ミアは自分の頭上でのやりとりをどうするべきがわからないまま聞いていた。不穏な様子を察して、リシルに助けを求めようと視線を送ったが、ニコラがそれを制する。

「ミア、こちらがエイドリアン・メ・ドルカナル・クーン国王陛下だ。ご無礼のないように、決して、決して! 近づいてはならないよ」

「え? やっぱり、国……ひっ、失礼いたしました」

 やはり国王だったとわかり、ミアは教えられた中で一番深く低く腰を折り顔を伏せる。

「そのように怯えずともよい。ニコラのお気に入りを一目見たいと思ったのでリシルに言って抜け出してきたのだ」
「……お初にお目にかかります。娼館からニコラ様宅に派遣されておりますミアでございます。わたし、育ちが悪くて……無礼はご容赦ください」
「堅苦しいのは無しでいいよ。ニコラをよろしく。それと、君に一つ告げなければならないことがあって来たのだよ。せっかくミア嬢を城につれてきてもらったのに悪いのだが……」
「はい。ミアはもう明日から来なくてよいのですね!」

 ニコラが元気よく言えば、国王は肩をすくめる。

「いや、そうじゃない。以前言っていた嬢さんがいると言っただろ? 仕事を塞いでおけば防げると思っていたのだがね。騎士団にメイドを許すなら、一人いても二人いても変わらないから私も騎士団に配属してくれとごねられてね。騎士団でもう一人雇うことになりそうだということを伝えたくてね」
「ではミアは……」
「申し訳ないがもう少し騎士団で働いていて欲しい。例の令嬢は何か理由を付けて別の部署に所属するように手配するから」

 王は何がおかしいのか高笑いをしながら城の奥へ帰って行った。
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