変態騎士ニコラ・モーウェルと愛され娼婦(仕事はさせてもらえない)

砂山一座

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プロポーズは無理だよね

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「実はね、騎士団のメイドとして働きたいという貴族の娘さんがいてね。私としては別に構わないのだけれど、どうやら結婚したい相手が団にいるらしいんだ」 

 散々ふざけていたエイドリアンはそれまでの気安さを引っ込めて、王としての顔で話し始めた。 
 このような時は、もうニコラには選択肢が残されていないことが多い。 ニコラは警戒して眉をひそめた。 

「つまり、モーウェル騎士のお嫁さん狙い、という事さ。 モーウェル家とアディアール家、両方と縁が結べるなんて、君はなんてお得な相手なんだろうね」 

 あっさりとニコラに手の内を話したエイドリアンは、どうやら話に出てくる貴族の娘に同情的ではないようだ。 

「私はその方と結婚するつもりがございません」 
「そんな固いことを言っていると、ロイ君に先を越されるよ」 

 ロイの名前が出てきて、ニコラの機嫌はみるみる下がった。 

「身分の高いメイドが騎士団にいるとなると、皆、働き辛くなるだろう? それに、ちょっと断りづらくてね」

 エイドリアンが、決定事項としてミアを連れてくる話をしているのだと気が付いたが、ニコラはミアを城に連れてくることに抵抗があった。 

「ですが、だからといって……」 
「ニコラにその気がないとわかれば、別の騎士が狙われるかもしれないね。 イーサン・テトラスなど恰好の的だな。ニコラを狙いながら、テトラスにまで粉をかけるとなると、面倒だなぁ。 君も、つまらない事で騎士団を乱したくないだろう? その点、君の家人であればそこそこ秩序は保たれるのではないかい?」 

 ニコラの部下、イーサンは生まれは平民だが叙勲して爵位を得ている。まだ未婚だが、将来を誓い合った相手がいるのだと聞いたことがある。イーサンはニコラの姫に対する情熱を理解してくれる友でもある。イーサンの幸せに横槍が入るのは避けたい。 

「た、確かに、拝聴する限りでは、先に職を塞いでおくのが良さそうですが……」 

 エイドリアンは膝の上で肘をついて組み合わせた手の上に顎を乗せる。 
 王家の深い色をした目がニコラを見上げていたが、その真意は量れない。 
  
「私はね、別に誰をそこに据えても構わないのだよ。私の飲むお茶ではないし。 噂ではニコラの茶が一番旨いらしいが、私は振る舞われたことがないしなぁ。私も世話されたいなぁ」 

 冗談なのか本気なのかよくわからない口調で言うと、一つ伸びをしてまた椅子でくつろぎ始める。 

「……恐れながら、お断り致します。国に忠誠は誓っておりますが、御身の世話をするのは、仕える主のみと決めております」 

 亡き姫に付き従い生活の世話までしていた、義父、リシル・アディアール騎士はニコラの憧れだ。ニコラは自分の姫以外の身の回りの世話などするつもりはない。それ以前に、王子達の誰かに剣をささげるなど、ニコラにはありえない。ニコラは国には仕えているが、主のいない騎士だと自負していた。 

「あいかわらず固いことをいうね、ロイ君なら私の言うことをホイホイきいてくれるのに」 

 まだもやロイ・アデルアの名前が出てきて、ニコラは陰鬱な気持ちになった。 

「……私から陛下にミアが城で働けるように願い出ろ、ということでしょうか?」 
「いいよ! 許可しよう!!」 

 エイドリアンは食い気味にニコラに許可を出す。 

「しかし……ミアは……娼婦です。娼婦が城のメイドとして働くなど前例がありません!」 

  ニコラはミアを娼婦と称するのに抵抗がある。言葉にしてから唇を噛む。  

「でも、娼婦の仕事はさせてないんだろう?」 
「もちろんです」 
「城にきて娼婦の仕事をすることもないんだろう?」 
「そんなこと絶対にさせるわけないではありませんか!」 
「じゃぁ、城のメイドでもいいじゃないか。騎士団のメイドという職を塞いでおきたいのだよ」 

 この二日、こうして王の傍に護衛として呼ばれたのも、ニコラからミアを城に上げる了承とをるための謀だったのだとおもうと、ニコラはどっと疲れを感じた。 

「これを通したら、君は私に何かお礼をしなければならないな。 無理を通して騎士団のメイドに抜擢するんだからね! 私がこっそり城の外に出る時についてくる、とかね……」 
「陛下はまた、そのようなことをされているのですか?」 

 エイドリアンは度々城を抜け出しては、姪であるタリムに会いに行っているようだった。 

「川に落ちてから、リシルが外出に付き合ってくれないのだよ」 

 川に落ちたことを初めて聞いたニコラは、エイドリアンの護衛として城外に出るのはどうにかして断ろうと誓った。 

「ときに、ニコラよ。 タリムのことはまだ諦めていないのかい?」 

(また嫌なことを訊いてきた……) 

「そのことは城では口にできません」 

 タリムの存在は隠されている。タリム本人が国との関わり合いを避けているのだ。 
 タリムを保護するギルドマスターにも、他言しないようにと念を押されている。 

「私が話題にしてるのはね、ギルドで働いてる可愛いタリムちゃんのことだよ」 
「今の私には姫にプロポーズする資格すらありません……」 
「おやおや、姫って呼ばないように念を押されていなかったっけ?」

 エイドリアンは人の悪い笑みを浮かべている。 

「確かに、プロポーズは無理だよね」 
「そこは否定してくださるところではないのですか?」 

 万が一、結婚を願い出た所で、それを許可するのはエイドリアンかギルドマスターだ。 
 ギルドマスターと犬猿の仲のロイ・アデルアがエイドリアンに腰を低くしている真意が汲めた。 

「だって嫌だろう? いくら自分のことが好きだと言っていても、愛妾を家に住まわしている男だよ?」 

 ニコラは引きつった顔で凍り付いた。 
 エイドリアンは無心で人の心を抉るような言葉を口にすることがある。 

 だが、本当に無心かどうか、もはやニコラにはわからなくなった。 
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