6 / 55
添い寝を頼む。
しおりを挟む確かに、花街の女たちには手や口での奉仕を許す事もあった。
しかし、ミアは駄目だ。
「ミアは、そのような事をしなくていいのだ、と言っている!!」
ニコラの声は思ったよりも大きくて、ミアはびくりと肩を震わせる。みるみるうちに、大きな目に涙の粒がふくらんでいく。
「いや、大きな声を出して、悪かった。だが……」
「……っく……」
ついにミアは泣き出した。
ニコラは、ミアの涙に弱い。
その涙を舐めとってしまいたいと思うほどに、ミアを泣かせてしまったことを恥じた。
「もう、わたし、どうすればいいのか分かりません!」
ニコラは一度ミアから目を逸らし、立ち上がってミアの隣を通り過ぎ、タオルを持って戻ってきた。しょんぼりとするミアに罪悪感がわく。
(こんな顔をさせているのは、ミアを世話している自分の責任だ……)
そっと湿った髪を乾かすためにタオルを髪に当てる。
黙ったまま、優しく優しく、髪を傷つけないように、髪の湿り気をタオルに移していく。
「……ではこうしよう。君に仕事として、添い寝を頼む。仕事としてだ。しかし、君が私の体に触れる行為は望まない。私が君を抱きしめて眠る……頼めるだろうか?」
「添い寝ですか?」
タオルで大人しく拭かれながら、すんすんと鼻をすすりながらニコラを見上げるミアが、愛らしくて目じりが下がる。しょんぼりするミアを部屋から追い出すのは忍びないし、ミアに泣かれるのは本当に困る。
「わかりました。ニコラ様、ミアにお任せください!」
仕事をもらって嬉しいのか、うっすらと笑みを浮かべたミアの足元に、跪きたくなるのをぐっと我慢したニコラは、この調子なら事故を起こさず朝が迎えられるかもしれないと胸を撫で下ろした。
いくら家の仕事を与えても、それだけで満足せず、ニコラの忙しくない時を狙って寝台へ入り込もうとするのはやめなかった。そうまでして娼婦の仕事を諦めない理由がわからない。
(……確かに、意外とあったな)
先程のミアの乳房の柔らかさを反芻してしては、悪いことをしてしまったような気になる。
「ニコラ様……」
寝具の中で、いつもより近い所にまでミアがやって来る。
ニコラはミアに、寝台で同衾する所までは許していた。
しかし、寝台の端に居るように申し付けて、ニコラの中の規則では触れていいのは手までとしていた。それは潤いのない生活の中の、ギリギリでニコラの騎士道と折り合いがつく楽しみであった。
今まで、ニコラからミアに触れたことはない。
もちろんミアに性的な奉仕を望んだことも。
ニコラは禁忌を犯すような気持ちでミアを抱き寄せる。
小柄なミアをすっぽりと腕におさめて、ミアの甘く柔らかい香りを吸い込む。
(これは、堪らない……)
この柔らかさを貪ることが今夜だけは許されているかと思うと、ニコラは欲が出て、より近くまでミアを引き寄せた。
ニコラは先ほど揉みしだいた淡い膨らみをその身で味わうことになってしまう。
(あれは、良いものだった……ああ、当たっているな……)
少し、背に回した手の場所を変えて、ニコラの身体にミアの胸を密着させてみると、たまらない幸福がニコラを満たす。
密着した体と体の隙間を埋めるように、ニコラの硬くなった彼自身が柔らかいミアの腹を押し上げているのに気がつき、ミアは何とも言えない声をあげた。
「に、ニコラ様、こ、これ?」
怯えさせてはいまいかと、心配しながらニコラはミアの背を撫でる。
「言っただろう、君は愛らしいし、美しい。君に魅力がないなんてことはないのだよ。しかし、はぁ……これは堪らないな……」
艶めかしい息を吐くニコラの硬い強張りに、ミアは手を伸ばそうとする。
すると、ニコラは手を拘束するようにして、さらにミアをきつく抱き込む。
「ニコラ様、手を離してくださらないと、何もできません」
「何もするなと言っている。離したらミアはまたご奉仕だのと言い始めるだろう」
「だって、ニコラ様、これ、ガチガチじゃないですか! 駄目ですってば、どうにか致しましょうよ。ね、お辛いでしょう?」
(辛い。辛くないはずがない)
しかし、ニコラの騎士道には奉仕するという言葉はあっても、女性に奉仕させるというのは好ましくない言葉として刻まれている。
「君の仕事は添い寝だ。職務を全うしたまえ」
「え? 本気で言ってるのですか? 何のやせ我慢です? ちょっと、ニコラ様、本当に自由にしてくださいってば!」
連日の夜勤のおかげで、体が疲れているのが良かった。ニコラは最高にムラムラしていたが、それを上回る眠気に襲われた。心拍数があがっているのに、眠気が強い。
(夜間訓練を思い出すな……。あの時は体が動いているのに意識が寝ていた……)
「ニコラ様!!!!」
ミアの呼ぶ声が遠くで聞こえる。
気を逸らすために、関係のないことを考えているうちに、ミアの体が自分の腕の中でとろけたかとおもうと、ニコラはあっという間に眠りに落ちていた。
10
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる