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「な……」
 思わず、感情を露にしてクロームを振り返る。
「愛し合う二人が、婚前にその愛を確かめ合ったところで、大きな罪にはならないだろう?」
「何を言っているの?
 だ、だめよ。そんなのは駄目!
 貴方が私の事を好ましく思っていたとして……それは私ではないガーネットよ。
 よく考えて。
 貴方のガーネットは私ではないの!!
 あのガーネットはもう居ないわ」

 必死に声をあげている私を、冷ややかに見つめるクローム。
 私は崩されてはならない何かを、クロームによってガリガリと削られているような気がしている。
 
 もう、クロームと何も話をしない方がいい。
 危険を知らせるアラートが鳴り響いている。
「それでは辻褄が合わない」
 またこれだ。
「……どういうこと?」
「お前は俺に会った時に、一緒にいた娘を妹として話をしたな」
「……え?」
「妹は、養女に出したので、あれが妹だと知っている奴はいない」
 しまった。
 そんなこと知らなかったわ。
 物語に出てきていた? どうだったかしら。
「たまたま……似ていたのでは?」
 いいえ、この兄妹、ちっとも似ていないの。
「父親の違う妹が、俺とどれほど似ていると思う?
 しかも、あの時、妹は商人の下働きに出るような恰好をしていた。
 誰が俺の妹だと思う?」
 
 もう、誰か助けて!
 怒ったふりをしてこの部屋から出てしまいましょう。
 私は、話をうやむやにするのは泣くか怒るかが効くと経験で知っている。
 しかし、その間も与えず、クロームは畳みかける。

「それだけではない。
 お前は木から落ちた時、俺がどう動くか知っていたな。
 上手く俺に助けさせたようだが、あれほど正確に受け身をとっていたのは失策だったな」

 物語の中で、動物を助けるため登った高い木の上から落ちて、クロームに助けられるシーンがあった。
 それを再現するためとはいえ、あんな高いところから落ちるの、勇気が要るに決まっているわ。
 頭でわかっていても体が怖がってしまったのだ。
 お話の筋書きにしても、あの高さは無理がある。
 いくらクロームが下にいるとわかっていても失敗したら死ぬくらいの高さだった。

「偶然をいいように解釈するのは、感心しないわね」
 クロームに口で負けるかもしれない。
 そう意識したとたんに、意図的に抑圧してきた残りの記憶が溢れ出す。
 
 私がこの馬鹿馬鹿しい遊びを始めた訳を。

 幼いクロームは泣いたのだ。
 薄暗い学園の庭で、拳を固めて泣いていた。
 俺が代わりに死んでも構わないのだと。
 私は急いでそこから走り去った。
 自分が恋に落ちる瞬間の鼓動を聞いた。

「お前を娶るにはまだ理由が足りないか……」
 クロームは私にグッと身を寄せる。
「今度こそ強姦になるな。
 お前がきちんと嫌がればな」
 クロームが私を求めるように手を伸ばす。
 私は、気圧されるように一歩下がる。
「いやよ、触らないで」
「今、叫べばいい。
 誰かが助けに来るだろう。
 今この状況で捕まれば完全に俺の罪だ」

 私が知っていたのは、この手ではなくて、涙にぬれたあの小さな手。
 私は少しはあの子の涙を止められたかしら。

 逃げたいのに逃げたくない。

「もうやめて」
 
 閉じ込めていた最後の箱からぽろぽろと色々なものがこぼれ出てくる。
 ずっと、クロームを見ていた。
 私ではない私を見て、私のものにはならないあなた。

 掴みかかられ、腕の中に閉じ込められるのを跳ね除けられない。
 そうしているうちに、クロームの唇が優しく降ってくる。
 拒まなければならないのに、体が動かないなんて……。

 大人しく口付けを受け入れてしまう。
 あっという間に口付けは深くなり、貪るように舌を食まれる。
逃げられなくて、心臓ばかりが素早い収縮を繰り返す。

「はぁ……もう少し、本気で嫌がれよ。
 せめて俺を殴るとか、暴れるとか……」
 懇願するように、クロームが唸る。
「なぁ、何故、俺にお前を抱かせた?
 ああなる前に俺に事情を話せば、いくらでも手の打ちようはあっただろうに」
 話の間にもキスは続く。
 口付けに溶かされて、頭が働かない。
 私はこんな快感に弱かったのだっけ?
 そうね、気持ちいいことは好き。
 クロームの熱はきもちいい。
 とても。 
 残りの記憶を取り戻して、もうこの自分すら言う事を聞いてくれなくなってしまったみたい。
 クロームの全てが快楽に繋がってしまう。

「処女のままなら、いくらでも嫁ぎ先はあったんだ。
 王家でさえもお前を欲していた」
 言いながら、私の服を脱がせにかかる。
 大きなソファに縫い付けられるようにして、肌を弄られる。

 「前とは違うドレスなのに、一度、童貞でなくなると、こんなにあっさり丸裸に剥けるのね。
 なんて都合のいい話なのかしら。
 気に入らないわ……」
 「まだそんな口きけるのか?」
 やわやわと胸を揉んでは、徐々に硬く立ち上がる胸の飾りをきつく押しつぶす。
 強姦に相応しい強さだ。
「んっ、あっ⋯⋯」
 強い刺激のはずなのに、快感が勝って頭が回らない。
 こんなに快感に弱いのでは、修道院に入ってもこの身を持て余しそうだわ。
 いっそ、娼婦にでもなった方がいいかしら。

「この体、ダメなのよ……感じすぎるから……」
 鈍くかぶりを振るが、クロームの愛撫は止まらない。
 強い快感にすぐに溺れてしまいそうになる。
「それは、いい事を聞いたな」
 乳首を口に含むと、感触を楽しむように舌で弄ばれ、やがて吸われる。
 上達したってことは認めるけれど、決してクロームが上手な訳ではなくてよ。
 この体がだらしないだけなの。
 おそらく、クローム限定でね。
 だからって、いい気にならないで!
 ……と、何とか気を紛らわそうとしている最中も、クロームの甘い責めは続く。

「あっ、やっ……お腹が苦しいの……」
 胸に受ける刺激が子宮に溜まっていく。
 弱音をあげてしまうほど快感が強い。
 もぞもぞと膝を擦り合わせて、爆発しそうな快感を逃がそうとするのに、その動きすら余計な快感を生んで私を苦しめる。
「ああ、それは悪かったな」
 クロームは私の溜まりゆく熱を察したのか、口付けを深めながら、覚えたばかりの私の弱いところを刺激していく。
 尖りを摘ままれて、蜜が零れだすのを感じる。
 悲鳴のような抗議の声はクロームの口内に吸い取られてしまい、もはや何かを強請っているようにしか聞こえない。
 与えられる快感が、それとわかるように徐々に溢れ出してクロームに筒抜けだ。
「この前は、乱暴に突き入れて悪かったな」
 謝っているようで、ちっともそうではない口調だ。
 揃えた長い二本の指を膣口に当てがうと、指に絡みつく媚肉を掻き分けて一気に中深くへ突き立てる。
「きゃぁぁぁ!!」
 なみなみと注がれた快感の堤防は一気に崩壊する。
 その急性な動きに歓喜するように、指を膣で噛み締めて、クロームに縋り付きながら絶頂した。
 目の前の物が全て色鮮やかに発光するほどの快感。
 こんなのは前世を含めても初めて。


 余韻でスンスンと息を乱せば、クロームは恋人を抱くように私の頭を、肩を、腰を、掻き抱いて優しく撫でる。
「これは和姦成立だな。
 修道院などやめておけ。
 こんなに淫らな体で、修道院になんか入れるわけないだろ」
 お願いだから、耳を喰みながら言わないで。
「できるわよ。
 いえ、やっぱり、娼館に致しましょう。
 指を入れられただけで気をやるなんて屈辱だわ。
 修道服を着て娼婦をするのはどうかしら?
 たくさん指名がとれるのではなくて?
 でもこんなに快感に弱くてはお仕事にならないかしらね?」
「馬鹿な事をいうな」
 今度は鼻を噛まれた。

「前の傷がまだ痛むか?」
 ぬちぬちと、労るように指で膣壁を探る。
「犯すつもりで、気遣いなんてやめて」
「あの時は散々な言われようだったものな……」
「酷い童貞だったわ」
「違いない。名誉挽回しなければな」
「本当に……もう、やめて……」
 つらいの。
「余裕がなさそうだな。
 いいな、お前の苦しむ顔が見たい。
 それが本当のお前なのだろう?」
 埋まらない空間がクロームを求めて、わななく。
 気持ちいいのは好き。
 今はクロームが欲しい。
 これはほかの誰かの物では絶対に埋まらない空間だ。

「こんな狼藉、これっきりにしてちょうだい!
 もう二度と私の体を好きなようには出来ないと思いなさい」
 そうじゃないの。
 今すぐ奥に欲しいの。
「それは、つまり、好きなようにしていいということだな」
 そう。深い所まで来て。
「……今生の別れにね」
 さようなら。
 クロームがどんなに縋っても、明日には教会から迎えが来るのよ。

 よくよく解されたあと、指が抜かれ、クロームの熱を帯びたものが私の陰唇に口付けている。
 悲しい。
「覚悟はいいか?」
「痛いわ」
「まだ挿れてないんだが……」
「痛いの」
 悲しくて。
「止めてやるわけにはいかない」
「痛い」
「そうか。痛いなら泣け。
 お前は昔、俺が泣いているところを見たな?
 俺が言い訳する暇もなく走り去っただろ。
 ……屈辱だった。
 あれからずっと、お前を泣かせてみたかった」
 苦く笑いながら、身体が近づいてくる。
 一つに溶けあうように私の中にクロームが入り込んでくる。
 ぽろぽろと涙が落ちる。
 悲しくて、悲しくて。
 気持ちがいい。
「酷いし、痛いわ」
 嬉しそうに涙を舐めとるのは、性格が悪いわ。
「わかった。いっそ泣き叫んで誰か呼べ。
 引き剥がして、俺を殺してくれるかもしれないな」
「ここで止められたら余計つらいのに、ひどいことを言うのね」
 
 いつもそう。

 クロームはこんなに強い独占欲を隠せもしないで、射殺すような目で私を見ていた。

 「誰を呼べというの?
 呼んだ所で、明日は知らない他人となるのに」
 それとも、一度くらい呼んでもいいのだろうか?
 恐る恐る、温もりを求めて縋り付く先はクロームの胸。
「クローム……。
 ……痛いのよ」
 心が。
 額を押し付けて、消え入りそうな声でクロームを呼ぶ。

「そうか、俺でいいんだな……」
 曲解を口にする優しい声がする。
 私が呼べるのはあなただけ。
 快感しか拾わない私の体は、クロームを締め付けて離そうとしない。
 もう二度と触れ合うことのない人の温もりを忘れたくなくて、腕を回して力を込めて抱きしめる。
「クロームを呼んだわけじゃないの。痛いって訴えただけよ」
「それでもいい」
「クローム、痛いのは嫌。
 気持ちいいのがいいの」 
 クロームは困ったように低く唸る。
「ガーネット。
 お前本当に、どんな顔して俺の名を口にしているのかわからないのか?」

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