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【おまけ】家に帰ろう6

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 ロンは予備動作もなくノッテに向かって跳ね、地面に押し倒した。
 ノッテの高い悲鳴が木々に木霊する。
 
 ロンはノッテの口を掴むと横に向け、ぐっと押さえつける。
 鼻の上に皺を寄せてノッテは思い切り威嚇するが、小さなロンに押さえつけられて身動きが取れない。
 
「ん……ぐ……」
「ノッテ、犬がギャンギャン吠えるのは、弱いからだよなぁ。お前、忘れちゃったの? ノッテが僕のものを盗ろうと思っただけで、僕はどうする? 昔、しっかりと躾けただろ?」
 
 急な展開に俺は目を白黒させる。
 ロンが跳びだすのを全く止められなかった。慌てて止めに入るが、ロンは止まらない。

「ロン、待て!」
「フラン、これは僕とノッテのことだから。獣人のやり方だと思って黙ってて」
 
 そう言われてしまっては、止めづらくなる。
 慌てているのは俺だけで、博士までもが、ノッテとロンに近づかないで静観している。
 ルチアは静かにしているが、とても心配そうだ。
 
「僕がいないうちに好き勝手やったらしいよね。境界線の引き直しなんてセコイことするなよ。僕より石をうまく探せないのがそんなに悔しい? それとも、昔、俺に乗っかりそうになって噛まれたことを根に持ってる?」
 ノッテの口を塞いだまま、ロンは牙を剥き出しにする。
「ロン、噛むなよ!」
 黙っててと言われたが、ロンの白い牙を見て、思わず声が出た。
 ロンの白い尾が、残像が見えるほど振られている。
 
「僕とじゃれたいなら、ちゃんと媚びなきゃなぁ。そう教えただろ」
 ノッテは目をつぶって、顔を背けてじっとしている。
「ほら、キャンて言えよ」
 どうやらロンとノッテの力関係には大きな差があるらしい。ノッテはこんなことをされてもロンに逆らえない様子だ。
 仰向けにされて、耳介が裏返って桃色の部分が見えている。
 黒い髪の間からあらわれた目が一瞬開かれて、こっちを見た。

「……クン」
「聞こえねぇなぁ」
 もう抵抗しないのが分かったのか、ロンはノッテから手を放して、跨ったまま偉そうに腕組みをする。

「ィ……キャン!」

 やけくそ気味の「キャン」が響いて、ロンは破顔した。
 大きく開いたノッテの口の中には、耳と同じ黒の水玉模様が見えた。
 ロンは満足したのか、ノッテの頭をわしゃわしゃと撫でて耳を揉む。

「はは、ノッテ、いいこ、いいこ」
「ロン、やめろって……仔犬じゃねぇ」
 赤面したノッテが手を突き出してロンを遠ざける。

「なんだよ、お前、転がされてから撫でられるの好きだろ? 可愛い僕と遊びたかったわけじゃないの?」
 ロンはノッテの薄いひらひらした耳をいつまでも捏ねている。
 緊張が去ったのか、ノッテの尻尾も機嫌よく上を向く。

「違うし。お前、最悪なんだよ。そのおっさんを連れて早く帰れよ。二度と来んな」
 顔は背けるけれど、ノッテの尻尾はついに嬉しそうに揺れ始めた。
 
 そうか、険悪な様子なのかと思っていたけれど、そうじゃない。
 確かに、止めに入った俺が野暮だった。
 
 ロンとノッテは仲良しなんだ。

 
 騒ぎを聞きつけて、離れに何人かの獣人が集まってきていた。

「ノッテがやられたのか?」
「あの狂犬病だ。おい、近づくな、巻き込まれるぞ」
「でも、またあいつがボスになんのか? 俺、ヤダな」

 それが聞こえたのか、こそこそと遠巻きにしていた獣人たちに顔を向け、ロンはにっこりと笑った。
 なんというか……とても楽しそうだ。
 
「さーて、僕と遊びたいのはどいつだ?」

「いや、オレはいい……」
 うっかりロンと目があった茶色耳の獣人が顔を引きつらせる。
「おまえ、久しぶりだなぁ」
 ロンは有無を言わさず、後ずさった獣人に跳びかかり、ひっくり返す。
「ギャン!」
 ロンとは遊びたくないようで、すぐに降参を告げる。仕方なくロンは次の獲物を探す。
 
 黒い縮れ毛の獣人も嫌だと首を振っている。
「僕たちが来た時、偉そうにしていたなぁ」
 言うと、跳ね上がって、黒い犬獣人も押し倒す。
「キャキャン!」
 なるほど、キャンと言ったらお終いになるらしい。
 
「ほら、もっと遊ぼうってば」
「来んな、来んなよ……」
 次は、背を向けて走り出した短い尻尾の獣人の背中を追いかけて、取り付いて、押し倒す。
「お前ら弱いよなぁ。誰かもっと強い奴いないの?」
 地に伏して、ひしゃげたようになっている尻尾の短い獣人に跨って、ロンが鼻を掻いている。

 さすがに見ていられなくて、俺はロンの脇の下に手を入れて、短尾の獣人からロンを引きはがした。
 ロンは見た目よりずっと重い。
 
「ロン、いい加減にしろ」
 
 俺が、ロンがやったように、ロンを地面に転がすと、やっと気が付いたようで、しまったという顔をする。

「うわっ、フラン、ちょ、や……」
 
 ロンは力があるくせに、俺がどう扱っても抵抗しない。

「やり過ぎだって言ってるんだよ。じゃれるにしても、みんな嫌そうにしてるじゃないか」
「いいんだよ、ノッテの子分たちにも、僕がノッテのボスだって教えてやってるんだから……」
 
 なんだか、カチンときた。

 自分の中に珍しい感情がある。
 自分の知らないロンを知るのはいい。
 家族や仲間がどんなか、どうやって生きてきたのかを窺い知るのも必要だ。
 旧友とじゃれるのも、相手が嫌がっていなければ別にかまわない。
 でも――。

「今は違うだろ」
「え? あ……」
 
 既視感のある状況をどう説明していいか分からない。
 俺が働いている酒場に、独立して店を持った先輩がやってくることがある。
 先輩が働いていた頃とは働く面子も違うから、やり方も少しずつ変わる。
 それなのに先輩は俺たちのやり方にケチをつけて、偉そうにするのだ。
 ロンがやっているのは、そういうおせっかいに思えてならない。
 
「ロンは、ここでまたボスをやりたいのか? 違うだろ?」

 ――というのは建前で、俺はロンがノッテにくっついて、嬉しそうに撫でまわすのを見ていて面白くなかった。
 ノッテがそれをまんざらでもない顔で受け入れるのも。
 
 すごく、すごく面白くなかった。
 
「フラン……や……キャン!!」
 
 俺は、押し倒したロンの鼻の頭を噛んでやった。

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