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【おまけ】家に帰ろう4
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ロンの予想通り、悲鳴はすぐに聞こえてきた。
ヒトの悲鳴ではなく、イヌ科の悲しい遠吠えだった。声の感じからすると小さな犬のものではない。細長い声が木々にこだまする。
挨拶もそこそこに、縄張りの境界線へ向かうと、俺たちを待っていたルチアが、心配そうに尻尾をパタパタさせていた。
「お兄ちゃん! 今の聞こえた?」
「ノッテの声だな。どうする? 一応見に行ってやるか?」
「お兄ちゃんが行くなら私も行く」
ロンはもう走っていく気満々で、俺をロンのお母さんの方に押しやる。
「母さんたちはフランと一緒に家に帰ってて」
ロンはまじめな顔をしているが、尻尾をぴくぴくと揺らしている。
問題を解決しにいく顔じゃない。絶対に喧嘩するつもりだ。
「あのさ、ロン、俺も行くよ」
「でもさ……」
「危険はないんだろ?」
「だけどさ……」
どうやら俺を連れて行くのは都合が悪いらしい。
「散歩に行く時よりも楽しそうだけど、喧嘩をしに行くつもり?」
図星だったのだろう、ロンは愛想笑いをして無意識に振っていた尾の動きを止める。
山に着いてからのロンは、走り回りたくてうずうずしている。
「俺がいない方がいいなら待ってるけど」
「ああ、もう! わかった。わかったよ、連れてくよ」
ここからはうちの縄張りじゃないから、という説明を聞きながら白く光る杭で区切られた地区に入る。
土地には豊かな種類の植物が育っている。この山は四季を通して豊かな恵みを土地に住む者に与えるのだろう。
ロンは時々匂いを嗅いだりして進む。縄張りにマーキングをする獣人もいるようだけど、幸いロンは立ち止まって匂いをつけるようなことはしない。
「この山はうちの土地と、ノッテの仲間の住む土地に分かれていてさ。爺さんの代のときに半分ずつ受け継いだんだって。境界線で分けられていて、互いに互いの土地には入りたがらない」
「魔法石が採れるんだっけ?」
「まあ、それもそうだけど、山で採れたものを市場に持って行ったりもする」
茂みからがさがさと音がして、さっき見た犬獣人が顔を出す。
「うわっ、狂犬病がきた!」
「ロンの奴がのりこんできたぞ。ノッテに知らせてやろう」
山菜を摘んでいたようだが、籠を投げ出して走って行ってしまう。
ロンは放り出された籠に山菜を拾うと小脇に抱えて進む。
「そういえば、ロンって狂犬病って呼ばれているんだな」
ロンは少しばつの悪い顔をしたが、照れたように由来を話す。
「この土地の魔法石を狙った盗賊が来たことがあってさ、僕が追い払ったんだよ。僕が噛んだ賊が崖から落ちてさ。死にはしなかったけど、それ以来あいつらに変なあだ名付けられて参ってる」
照れているようなので、狂犬病というあだ名は悪口には相当しないようだ。
「リンリンの前が狂犬病とはね」
「リンリンの方が嫌に決まってるし! リンリンって弱そうだ」
「そうか?」
狂犬病というあだ名で満足する犬獣人の感覚はどうかと思ったが、街の年若い不良がおかしな二つ名を名乗るのに似ているのかな、と思って流すことにした。
少し行くと草が刈られて、きれいに整えられた土地に建物が建っていた。森に溶け込むように屋根には蔦を這わせてあるが、モダンな造りだ。
建物のすぐ近くに魔術式の井戸があって、絶え間なく水をくみ上げ続けて小川に流している。草刈り機も勝手に動いているし、ドアにはドアノブがない。家人の声に反応して開閉する魔術式のもので、街では一部の金持ちの屋敷にしかない代物だ。
「こんにちはー、僕、向こう側のロンですけど。ノッテ君いますか?」
犬なのに猫を被った声を出して家の中に呼びかける。
ギィと音が鳴り扉が開くと、斑柄の耳の、ロンの家族より体の大きな中年の犬獣人が出てくる。
尻尾は短い毛がみっしりと生えていて細い。
「ああ、悪ガキか。おまえ街へ行ったんじゃなかったのか?」
「はい、これが僕のが番です。ノッテ君はまだ誰と番うのか決まらないんですか? あいつ、鼻が詰まってんじゃないですか?」
なんだかすごく失礼な口をきいている。心配してロンを見たけれど、オジサンは気にした様子もなくガハハと笑う。
「生意気なのは相変わらずか。ノッテは離れに誰か客人が来ているようだ。二日会ってないからわからんが、大騒ぎしているようだな。用が済んだらお前もさっさと出ていけよ」
「はいはい」
後ろに隠れるようにして待っていたルチアを見つけると、斑犬のオジサンはパタパタと鞭のような尻尾と振った。
「おや、珍しい。嬢ちゃんも来たのか? なぁ、嬢ちゃんも街にいっちまうのか?」
「え、私は……」
「まぁ、誰もが番を持つわけじゃないものな。いっそ早く嫁に行っちまいな」
そう言ったきり、斑犬のオジサンは背を向けて家の奥に戻っていく。ルチアは困ったように笑ってすぐに玄関から離れた。
脇道を少し行くと、さっきの建物よりは少し小ぶりな家が建っている。
「ノッテくーん、遊びましょー」
ロンが挑発的な口調でノッテを呼ぶ。
「や、やめ……うわっ、なんだよこれ!」
返事はないが、窓がどこか開いているようで、室内から慌てた声が漏れ出ている。
「キャィン!!」
悲鳴が聞こえて少し静かになる。
そのあと自動で扉が開き、取り繕ったようにむすっとした顔をした斑犬の獣人が顔を出した。
白と黒の斑の耳が黒い艶のある髪から垂れている。細長い印象の体を猫背に曲げて、ドアから顔を半分だけ出して、鼻を鳴らした。
「……ロン、お前、本当に帰ってきたのか?」
「悪い? 博士は?」
ノッテは首を振って耳をいらいらと揺らす。憔悴した顔をしていて元気がない。
「……連れて帰ってくれ、あいつ酷いんだ」
ヒトの悲鳴ではなく、イヌ科の悲しい遠吠えだった。声の感じからすると小さな犬のものではない。細長い声が木々にこだまする。
挨拶もそこそこに、縄張りの境界線へ向かうと、俺たちを待っていたルチアが、心配そうに尻尾をパタパタさせていた。
「お兄ちゃん! 今の聞こえた?」
「ノッテの声だな。どうする? 一応見に行ってやるか?」
「お兄ちゃんが行くなら私も行く」
ロンはもう走っていく気満々で、俺をロンのお母さんの方に押しやる。
「母さんたちはフランと一緒に家に帰ってて」
ロンはまじめな顔をしているが、尻尾をぴくぴくと揺らしている。
問題を解決しにいく顔じゃない。絶対に喧嘩するつもりだ。
「あのさ、ロン、俺も行くよ」
「でもさ……」
「危険はないんだろ?」
「だけどさ……」
どうやら俺を連れて行くのは都合が悪いらしい。
「散歩に行く時よりも楽しそうだけど、喧嘩をしに行くつもり?」
図星だったのだろう、ロンは愛想笑いをして無意識に振っていた尾の動きを止める。
山に着いてからのロンは、走り回りたくてうずうずしている。
「俺がいない方がいいなら待ってるけど」
「ああ、もう! わかった。わかったよ、連れてくよ」
ここからはうちの縄張りじゃないから、という説明を聞きながら白く光る杭で区切られた地区に入る。
土地には豊かな種類の植物が育っている。この山は四季を通して豊かな恵みを土地に住む者に与えるのだろう。
ロンは時々匂いを嗅いだりして進む。縄張りにマーキングをする獣人もいるようだけど、幸いロンは立ち止まって匂いをつけるようなことはしない。
「この山はうちの土地と、ノッテの仲間の住む土地に分かれていてさ。爺さんの代のときに半分ずつ受け継いだんだって。境界線で分けられていて、互いに互いの土地には入りたがらない」
「魔法石が採れるんだっけ?」
「まあ、それもそうだけど、山で採れたものを市場に持って行ったりもする」
茂みからがさがさと音がして、さっき見た犬獣人が顔を出す。
「うわっ、狂犬病がきた!」
「ロンの奴がのりこんできたぞ。ノッテに知らせてやろう」
山菜を摘んでいたようだが、籠を投げ出して走って行ってしまう。
ロンは放り出された籠に山菜を拾うと小脇に抱えて進む。
「そういえば、ロンって狂犬病って呼ばれているんだな」
ロンは少しばつの悪い顔をしたが、照れたように由来を話す。
「この土地の魔法石を狙った盗賊が来たことがあってさ、僕が追い払ったんだよ。僕が噛んだ賊が崖から落ちてさ。死にはしなかったけど、それ以来あいつらに変なあだ名付けられて参ってる」
照れているようなので、狂犬病というあだ名は悪口には相当しないようだ。
「リンリンの前が狂犬病とはね」
「リンリンの方が嫌に決まってるし! リンリンって弱そうだ」
「そうか?」
狂犬病というあだ名で満足する犬獣人の感覚はどうかと思ったが、街の年若い不良がおかしな二つ名を名乗るのに似ているのかな、と思って流すことにした。
少し行くと草が刈られて、きれいに整えられた土地に建物が建っていた。森に溶け込むように屋根には蔦を這わせてあるが、モダンな造りだ。
建物のすぐ近くに魔術式の井戸があって、絶え間なく水をくみ上げ続けて小川に流している。草刈り機も勝手に動いているし、ドアにはドアノブがない。家人の声に反応して開閉する魔術式のもので、街では一部の金持ちの屋敷にしかない代物だ。
「こんにちはー、僕、向こう側のロンですけど。ノッテ君いますか?」
犬なのに猫を被った声を出して家の中に呼びかける。
ギィと音が鳴り扉が開くと、斑柄の耳の、ロンの家族より体の大きな中年の犬獣人が出てくる。
尻尾は短い毛がみっしりと生えていて細い。
「ああ、悪ガキか。おまえ街へ行ったんじゃなかったのか?」
「はい、これが僕のが番です。ノッテ君はまだ誰と番うのか決まらないんですか? あいつ、鼻が詰まってんじゃないですか?」
なんだかすごく失礼な口をきいている。心配してロンを見たけれど、オジサンは気にした様子もなくガハハと笑う。
「生意気なのは相変わらずか。ノッテは離れに誰か客人が来ているようだ。二日会ってないからわからんが、大騒ぎしているようだな。用が済んだらお前もさっさと出ていけよ」
「はいはい」
後ろに隠れるようにして待っていたルチアを見つけると、斑犬のオジサンはパタパタと鞭のような尻尾と振った。
「おや、珍しい。嬢ちゃんも来たのか? なぁ、嬢ちゃんも街にいっちまうのか?」
「え、私は……」
「まぁ、誰もが番を持つわけじゃないものな。いっそ早く嫁に行っちまいな」
そう言ったきり、斑犬のオジサンは背を向けて家の奥に戻っていく。ルチアは困ったように笑ってすぐに玄関から離れた。
脇道を少し行くと、さっきの建物よりは少し小ぶりな家が建っている。
「ノッテくーん、遊びましょー」
ロンが挑発的な口調でノッテを呼ぶ。
「や、やめ……うわっ、なんだよこれ!」
返事はないが、窓がどこか開いているようで、室内から慌てた声が漏れ出ている。
「キャィン!!」
悲鳴が聞こえて少し静かになる。
そのあと自動で扉が開き、取り繕ったようにむすっとした顔をした斑犬の獣人が顔を出した。
白と黒の斑の耳が黒い艶のある髪から垂れている。細長い印象の体を猫背に曲げて、ドアから顔を半分だけ出して、鼻を鳴らした。
「……ロン、お前、本当に帰ってきたのか?」
「悪い? 博士は?」
ノッテは首を振って耳をいらいらと揺らす。憔悴した顔をしていて元気がない。
「……連れて帰ってくれ、あいつ酷いんだ」
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