俺がペットを飼いたくない理由

砂山一座

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【おまけ】家に帰ろう3

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 意外にも里と街を分けている門は簡単に開いた。
 白い象嵌ぞうがんの扉には所々に良く磨かれた蜜柑色の石が埋められていてキラキラと光っている。
 朝方、よく眠れないままに家を出て、まだ暗いうちに境界に着いた。
 門の街側にはヒトが、里側には獣人が1人ずつ警備している。獣人には大きな尖った耳とネコ科の尻尾が生えているのが見えた。
 街で発行された身分証の提示を求められたが、特に何かを問われることもなく門をくぐり、あっけないほど軽い音がして扉が閉まる。もうこれで俺は街から出たのだ。

 ロンの家まで、どれほど歩くのかと心配していたが、扉のすぐ近くに駅がある。
 街のように魔術式の馬車が走ってくるのかと思ったら、少し地面から浮いた木箱のような乗り物が音もなくやってきた。入り口が地面から少し遠すぎるが、ロンは軽く跳んで箱の座席に腰を下ろす。
 ロンに引き上げられて余計な装飾のない箱に俺も乗り込むと、俺たちだけを乗せて箱は太陽が昇る方に向かって走り出した。

「途中で誰も乗ってこないんだな」
「走ってもあまり速度が変わらないから、獣人はあまり乗らないよ。爺さん婆さんは時々乗るけど、普通は舐められたくないから歩く方を選ぶ。ヒトの番が里にやって来る時にしか見かけないな。僕も初めて乗った」

 箱は音もなく地面の上を走る。背の高い草が生えていると、その分だけ上に浮かんで真っ直ぐ進む。

「舗装された道は?」
「移動箱は浮いてるし、必要ないだろ」
「これ、移動箱っていうのか? そのままだな」
「獣人はヒトみたいに凝った名前はつけないんだよ」
 
 一見、街にあるの森や草原と変わらないように見える。
 たまに足で踏み固めた獣道があって、続いている先を見ると、集落の灯りが見えた。それも太陽が昇り始めると林や木が目隠しになって、探せなくなる。
 最初は物珍しくてきょろきょろとしていたが、夜にあまり眠れなかったせいもあって、箱の中でうとうとし始めた。座席のクッションはかたいけれと、不思議と底づきしない。
 俺は沈み込むように眠気に飲まれていった。

 

「フラン、着いたよ。起きろよ。里に来たのに居眠りしてるなんて、ずぶといところあるよね」
 ロンは珍しくマウントしていない。代わりに頬を舐められて、代わりにロンの頭を撫でる。
 眠い目をこすりながら、だいぶ高くなった太陽を仰ぐと、周りは見たことのない風景だ。
 
「着いたって、どこに着いたんだ?」
「僕の家族の住処だよ」
 
 そこは広葉樹の山のように見えた。家があるようには見えない。
 俺とロンが箱から降りると、箱は来た時の数倍の速さで上空を飛び引き返していった。

「誰もいないな」
「いるよ。よそ者が来るのは珍しいから、見に来てるやつがいる。フラン、わからない?」
 ロンが茂みの方を指さすと、指差した場所を特定されるのを避けるように移動している音がする。
 
「うっざ」
 
 ロンは足元の小石を拾うと茂みに投げつけた。

「キャン!」
 
 命中したようで、甲高い悲鳴が聞こえた。
 すぐに茶色い尖った耳を持った犬獣人が遠巻きに姿を現す。
 仲間なのか、別の獣人も茂みから出てきて、こちらをうかがっている。
 後出しのように、別の茂みで耳や尻尾が見え隠れして、六人ほどいるのが数えられた。おそらく全員が犬の獣人だ。
 
「狂犬病が帰ってきた……」
「やっと出ていったと思ったのに」
「やっかいなことになったな……」

 嫌そうに鼻の所に皺を寄せて、牙をむき出して仲間に告げている。
 攻撃してくる様子はないので、ロンのことが大嫌いなだけだろう。顔を背けている。
 
「ロンは地元でも有名人だってことか?」

 人に石を投げ当てるのは褒められたことではない。
 非難を込めて半眼でロンを見れば、偉そうに胸を張る。

「ははっ、僕、噛むからね!」
「喧嘩はするなよ」
「冗談だろ、喧嘩になんかなるかよ。ほら見て、あいつらの尻尾」

 前にいる二人を見れば耳を伏せて尻尾が垂れ下がっている。後方で股の間に入り込みそうな尻尾を自分で掴んでいる奴もいる。
 
「へえ、子どもの頃に僕に噛まれたのをちゃんと覚えてるんだな。感心感心。フランもアイツら、なかなか賢い犬だとおもわない?」
「ロンのタチの悪さは充分わかったよ」

 俺の番は見た目の愛らしさに反して、どうも素行が悪い。
 ロンは小柄ではあるが、柔らかいところは毛の生えた皮膚だけで、他はぎゅうぎゅうの筋肉なのだ。喧嘩っ早いだけではなくて、強い。

「誰に見に行けって言われたのかはわかるけどさぁ。僕が番ったのを祝う気がないなら早く帰りなよ。博士によろしくね」

 犬獣人たちは三下が言いそうな捨て台詞を吐きながら、茂みに姿を消していった。

「そんなこと言って、博士は大丈夫なのか?」
「どうかなぁ、口の中に手を突っ込まれて泣いてないといいけど」
「大丈夫じゃ無さそうじゃないか。急いだ方がいいだろ」
 
 獣人たちが消えていった森の奥から、今度は小柄な二人がやってくる。
 真っ白な耳の中年の女性と、三角の茶色の耳の女の子だ。
 考えなくてもわかる。ロンの家族だ。
 
「お兄ちゃん、番のヒト、着いたのね!」
「ロン、おかえり。白眉の森へようこそ、ロンの愛しい人」
 
 歓迎の言葉をきいて、俺は慌てておじぎをする。
 この人がきっとロンのお母さんだ。

「母さん、ウノ、迎えに来てくれたの? 博士の様子はどう?」 
「ルチアが境界線に張り付いてるわ。何か様子がおかしければ知らせに来るはずよ」
「僕は、そろそろ悲鳴が聞こえてくることだと思うけどね」

 ロンは愛らしく首を傾げて、にやりと笑った。
 
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