5 / 13
5
しおりを挟む
次の日、大きなセダンがやってきて、こなつの荷物を置いていった。
他県のナンバーで、普通の稼業でない人が普通を装う時に乗っているヤバい車だ。黒塗りじゃなくたって威圧感が半端ない。
そのままこなつを連れて帰ってくれと頼んだけれど、にこにこしたおばさんがきれいに会釈して、すぐに車の中に引っ込んだ。
引き取ってくれる気はないようだ。
「手が足りていないから、悪いけど本当にこき使わせてもらうよ」
俺はこなつに宣言した。
お嬢様だろうが何だろうが知るもんか。ここでは働かざるもの食うべからずだ。
うちはスイカ農家だ。
ほかの夏野菜に比べて、スイカの難しいところは収穫が一発勝負なところだろうか。
収穫量は多くないし、一玉をでかくするのに恐ろしいほどの手間がかかる。
親父はなんだってわざわざスイカに手を出したのだろう。キュウリかトマトにしておけばよかったのに。いや、もちろんそれぞれの作物には違った苦労があるものだが、ウリ科の植物につく病気にかかったら、収穫は厳しくなる。
ニガウリなら病気の枝を取れば、また脇芽が出るかもしれないが、スイカはそうもいかない。株全部の葉から数玉だけに太陽の恵みを注ぎ込む。
神経をとがらせながら実を大きくして、こまごまとした世話をして、やっと実が詰まってきたと思ったら害獣の襲来だ。
昼間はカラスに狙われ、夜はタヌキやハクビシンにやられる。
害獣がやってくるようになると、露地栽培じゃなくて、季節を外してハウス栽培にしたらよかったのにと思う。
親父が脱サラして修行しにいったのは、近代的な農園ではなく、昔ながらの露地栽培農家だった。
味には自信があるが、天気と動物との戦いだ。
それでも去年までは親父と二人でやっていたから何とかなった。
親父たちが新居に越していって、今年はさすがに限界を感じている。
こなつは、新品の麦わら帽子と手差しをして、長靴まではいている。
朝に届けられた荷物の中に入っていたらしく、しっかり日焼け止めまでしていた。それどころかネッククーラーや扇風機付きの作業着まで入っていた。吉峰さんは周到だ。
「熱中症で倒れられても困るから、無理そうだったら早々に迎えにきてもらったらいいよ」
格好ばかり整えても、実際の作業のキツさを体験したらすぐ帰るだろうと、変な優越感にひたる。
「いえ、大丈夫です。こう見えて体力には自信があるんです。古武道を長くやっていましたし、都のマラソン大会にも毎年参加しています」
こなつは何をしゃべっても金のにおいがする。
「……毎年ってどうせ一般応募じゃなくて、買取枠ででしょ」
俺だって毎年応募しているのに、跳ね上がる倍率にはじかれて落選ばかりだ。だからといって、チャリティー枠で走れるほどの財力はない。
「ボルダリングもやるので、握力には自信があります」
でた、ボルダリング!
こじゃれたスポーツジムできれいな汗を流しているのが容易に想像できる。
さて、お嬢様には泥と藁屑にまみれて運動してもらいますかね、と悪い笑みが浮かぶ。
「まぁ、体力とかはあまり期待していません。地味な作業ですから、あんまり気合いを入れ過ぎない方がいいですよ」
農業は恒常性が大事だ。毎日同じことを飽きずにやれることが必要だ。
それが地味にきついといえば、きつい。
俺が始めた時も、やってやろうという気持ちが空回ってうまくいかなかった。勢いが、少し萎えて、習慣として体が動くようになるまでしばらくかかった。
システムエンジニアの仕事とは全く違うと思っていたのに、エラーがないかを確認していく肩の凝る作業と、畑に葉を広げるスイカを一株ごとに観察して歩き回るのには共通する精神性があった。
エラーが生モノになったのは、少々勝手が違うが。
「今日は、玉直しをしてもらう」
「たまなおし……」
こなつはいぶかしげな顔をして、俺の股間に目をやった。
――違う。なんだかそれは違う。
俺は、こなつが今考えているであろうことを無視して、話を続ける。
それを指摘すれば俺がセクハラしているみたいにも、俺がセクハラされているようにも見える。
「玉直しっていうのはね、スイカの上下を入れ替える作業でね。片面だけしか陽光が当たらないと成熟にムラができるから。下が藁だけになっていたら、この発泡スチロールの皿をかませる」
「あ、ああ、そうですよね。そうですとも」
勘違いに気が付いたのか、頬を染めながら俺の後についてくる。
お嬢様には凶悪な天然属性が付与されてるようだ。
「こうですか?」
こなつは、教えた通りに丁寧にスイカの向きをかえた。作物を雑に扱わないのは凄くいい。
「この巻き髭が茶色くなったスイカがあったら、教えてくれます? 今日いくらか収穫できるかもしれないから」
俺たちは畑の端と端で作業を続ける。
確かにこなつは体力があった。
俺の指示通りに皿状の発泡スチロールの上にのせられたスイカを慎重に転がしていく。
一日仕事になるかと思っていた作業も、人手があると半分の時間で済む。
アルバイトを雇うことなんて考えたこともなかったけれど、忙しい時期には一時的に雇い入れるのもありかなと、来年の予定にいれる。
昼になってこなつの服と一緒に届けられていた素麺を茹でた。
庭で摘んだ大葉を刻んで薬味にする。量が多いから、サラダの代わりだ。もう少しすれば日陰に茗荷も生えてくるはずだ。放置してあったミニトマトもいくらか収穫した。ここ最近雨が降らなかったから、甘みが増しているはずだ。
買い出しにも行っていなかったので、そろそろタンパク質の買い置きが足りなくなる。
肉が無いなと言ったら、こなつが「卵焼きますね」と言って、こぎれいな厚焼き玉子を焼いた。
醤油の濁った色のない、鮮やかな黄色の卵焼きだった。
今朝も早かったし、昼寝をしてから委託で作ってもらっている田んぼの様子も見てこようと午睡を始める。
こなつも大人しくラップトップを取り出して何かしている。
「そろそろ帰るつもりになった?」
背中越しに訊いてみると、「いえ、まだ戻れません」と答えが来た。
「家とやりとりしてるの?」
尋ねるとキーボードをたたく音が止む。
「いえ、リモートで仕事をしているだけです」
「あ、そう……」
午前中、こなつがいても特に困ることはなかった。
他県のナンバーで、普通の稼業でない人が普通を装う時に乗っているヤバい車だ。黒塗りじゃなくたって威圧感が半端ない。
そのままこなつを連れて帰ってくれと頼んだけれど、にこにこしたおばさんがきれいに会釈して、すぐに車の中に引っ込んだ。
引き取ってくれる気はないようだ。
「手が足りていないから、悪いけど本当にこき使わせてもらうよ」
俺はこなつに宣言した。
お嬢様だろうが何だろうが知るもんか。ここでは働かざるもの食うべからずだ。
うちはスイカ農家だ。
ほかの夏野菜に比べて、スイカの難しいところは収穫が一発勝負なところだろうか。
収穫量は多くないし、一玉をでかくするのに恐ろしいほどの手間がかかる。
親父はなんだってわざわざスイカに手を出したのだろう。キュウリかトマトにしておけばよかったのに。いや、もちろんそれぞれの作物には違った苦労があるものだが、ウリ科の植物につく病気にかかったら、収穫は厳しくなる。
ニガウリなら病気の枝を取れば、また脇芽が出るかもしれないが、スイカはそうもいかない。株全部の葉から数玉だけに太陽の恵みを注ぎ込む。
神経をとがらせながら実を大きくして、こまごまとした世話をして、やっと実が詰まってきたと思ったら害獣の襲来だ。
昼間はカラスに狙われ、夜はタヌキやハクビシンにやられる。
害獣がやってくるようになると、露地栽培じゃなくて、季節を外してハウス栽培にしたらよかったのにと思う。
親父が脱サラして修行しにいったのは、近代的な農園ではなく、昔ながらの露地栽培農家だった。
味には自信があるが、天気と動物との戦いだ。
それでも去年までは親父と二人でやっていたから何とかなった。
親父たちが新居に越していって、今年はさすがに限界を感じている。
こなつは、新品の麦わら帽子と手差しをして、長靴まではいている。
朝に届けられた荷物の中に入っていたらしく、しっかり日焼け止めまでしていた。それどころかネッククーラーや扇風機付きの作業着まで入っていた。吉峰さんは周到だ。
「熱中症で倒れられても困るから、無理そうだったら早々に迎えにきてもらったらいいよ」
格好ばかり整えても、実際の作業のキツさを体験したらすぐ帰るだろうと、変な優越感にひたる。
「いえ、大丈夫です。こう見えて体力には自信があるんです。古武道を長くやっていましたし、都のマラソン大会にも毎年参加しています」
こなつは何をしゃべっても金のにおいがする。
「……毎年ってどうせ一般応募じゃなくて、買取枠ででしょ」
俺だって毎年応募しているのに、跳ね上がる倍率にはじかれて落選ばかりだ。だからといって、チャリティー枠で走れるほどの財力はない。
「ボルダリングもやるので、握力には自信があります」
でた、ボルダリング!
こじゃれたスポーツジムできれいな汗を流しているのが容易に想像できる。
さて、お嬢様には泥と藁屑にまみれて運動してもらいますかね、と悪い笑みが浮かぶ。
「まぁ、体力とかはあまり期待していません。地味な作業ですから、あんまり気合いを入れ過ぎない方がいいですよ」
農業は恒常性が大事だ。毎日同じことを飽きずにやれることが必要だ。
それが地味にきついといえば、きつい。
俺が始めた時も、やってやろうという気持ちが空回ってうまくいかなかった。勢いが、少し萎えて、習慣として体が動くようになるまでしばらくかかった。
システムエンジニアの仕事とは全く違うと思っていたのに、エラーがないかを確認していく肩の凝る作業と、畑に葉を広げるスイカを一株ごとに観察して歩き回るのには共通する精神性があった。
エラーが生モノになったのは、少々勝手が違うが。
「今日は、玉直しをしてもらう」
「たまなおし……」
こなつはいぶかしげな顔をして、俺の股間に目をやった。
――違う。なんだかそれは違う。
俺は、こなつが今考えているであろうことを無視して、話を続ける。
それを指摘すれば俺がセクハラしているみたいにも、俺がセクハラされているようにも見える。
「玉直しっていうのはね、スイカの上下を入れ替える作業でね。片面だけしか陽光が当たらないと成熟にムラができるから。下が藁だけになっていたら、この発泡スチロールの皿をかませる」
「あ、ああ、そうですよね。そうですとも」
勘違いに気が付いたのか、頬を染めながら俺の後についてくる。
お嬢様には凶悪な天然属性が付与されてるようだ。
「こうですか?」
こなつは、教えた通りに丁寧にスイカの向きをかえた。作物を雑に扱わないのは凄くいい。
「この巻き髭が茶色くなったスイカがあったら、教えてくれます? 今日いくらか収穫できるかもしれないから」
俺たちは畑の端と端で作業を続ける。
確かにこなつは体力があった。
俺の指示通りに皿状の発泡スチロールの上にのせられたスイカを慎重に転がしていく。
一日仕事になるかと思っていた作業も、人手があると半分の時間で済む。
アルバイトを雇うことなんて考えたこともなかったけれど、忙しい時期には一時的に雇い入れるのもありかなと、来年の予定にいれる。
昼になってこなつの服と一緒に届けられていた素麺を茹でた。
庭で摘んだ大葉を刻んで薬味にする。量が多いから、サラダの代わりだ。もう少しすれば日陰に茗荷も生えてくるはずだ。放置してあったミニトマトもいくらか収穫した。ここ最近雨が降らなかったから、甘みが増しているはずだ。
買い出しにも行っていなかったので、そろそろタンパク質の買い置きが足りなくなる。
肉が無いなと言ったら、こなつが「卵焼きますね」と言って、こぎれいな厚焼き玉子を焼いた。
醤油の濁った色のない、鮮やかな黄色の卵焼きだった。
今朝も早かったし、昼寝をしてから委託で作ってもらっている田んぼの様子も見てこようと午睡を始める。
こなつも大人しくラップトップを取り出して何かしている。
「そろそろ帰るつもりになった?」
背中越しに訊いてみると、「いえ、まだ戻れません」と答えが来た。
「家とやりとりしてるの?」
尋ねるとキーボードをたたく音が止む。
「いえ、リモートで仕事をしているだけです」
「あ、そう……」
午前中、こなつがいても特に困ることはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる