同じ味なら、たい焼きが楽しい。

砂山一座

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 次の日、大きなセダンがやってきて、こなつの荷物を置いていった。
 他県のナンバーで、普通の稼業でない人が普通を装う時に乗っているヤバい車だ。黒塗りじゃなくたって威圧感が半端ない。
 そのままこなつを連れて帰ってくれと頼んだけれど、にこにこしたおばさんがきれいに会釈して、すぐに車の中に引っ込んだ。
 引き取ってくれる気はないようだ。
 

「手が足りていないから、悪いけど本当にこき使わせてもらうよ」
 俺はこなつに宣言した。
 お嬢様だろうが何だろうが知るもんか。ここでは働かざるもの食うべからずだ。
 
 うちはスイカ農家だ。
 ほかの夏野菜に比べて、スイカの難しいところは収穫が一発勝負なところだろうか。
 収穫量は多くないし、一玉をでかくするのに恐ろしいほどの手間がかかる。
 
 親父はなんだってわざわざスイカに手を出したのだろう。キュウリかトマトにしておけばよかったのに。いや、もちろんそれぞれの作物には違った苦労があるものだが、ウリ科の植物につく病気にかかったら、収穫は厳しくなる。
 ニガウリなら病気の枝を取れば、また脇芽が出るかもしれないが、スイカはそうもいかない。株全部の葉から数玉だけに太陽の恵みを注ぎ込む。
 神経をとがらせながら実を大きくして、こまごまとした世話をして、やっと実が詰まってきたと思ったら害獣の襲来だ。
 昼間はカラスに狙われ、夜はタヌキやハクビシンにやられる。
 
 害獣がやってくるようになると、露地栽培じゃなくて、季節を外してハウス栽培にしたらよかったのにと思う。
 親父が脱サラして修行しにいったのは、近代的な農園ではなく、昔ながらの露地栽培農家だった。
 味には自信があるが、天気と動物との戦いだ。
 それでも去年までは親父と二人でやっていたから何とかなった。
 親父たちが新居に越していって、今年はさすがに限界を感じている。

 
 こなつは、新品の麦わら帽子と手差しをして、長靴まではいている。
 朝に届けられた荷物の中に入っていたらしく、しっかり日焼け止めまでしていた。それどころかネッククーラーや扇風機付きの作業着まで入っていた。吉峰さんは周到だ。
「熱中症で倒れられても困るから、無理そうだったら早々に迎えにきてもらったらいいよ」
 格好ばかり整えても、実際の作業のキツさを体験したらすぐ帰るだろうと、変な優越感にひたる。
 
「いえ、大丈夫です。こう見えて体力には自信があるんです。古武道を長くやっていましたし、都のマラソン大会にも毎年参加しています」
 こなつは何をしゃべっても金のにおいがする。
 
「……毎年ってどうせ一般応募じゃなくて、買取枠ででしょ」
 俺だって毎年応募しているのに、跳ね上がる倍率にはじかれて落選ばかりだ。だからといって、チャリティー枠で走れるほどの財力はない。
「ボルダリングもやるので、握力には自信があります」
 でた、ボルダリング!
 こじゃれたスポーツジムできれいな汗を流しているのが容易に想像できる。
 さて、お嬢様には泥と藁屑にまみれて運動してもらいますかね、と悪い笑みが浮かぶ。
 
「まぁ、体力とかはあまり期待していません。地味な作業ですから、あんまり気合いを入れ過ぎない方がいいですよ」
 
 農業は恒常性が大事だ。毎日同じことを飽きずにやれることが必要だ。
 それが地味にきついといえば、きつい。
 俺が始めた時も、やってやろうという気持ちが空回ってうまくいかなかった。勢いが、少し萎えて、習慣として体が動くようになるまでしばらくかかった。
 
 システムエンジニアの仕事とは全く違うと思っていたのに、エラーがないかを確認していく肩の凝る作業と、畑に葉を広げるスイカを一株ごとに観察して歩き回るのには共通する精神性があった。
 エラーが生モノになったのは、少々勝手が違うが。

「今日は、をしてもらう」
「たまなおし……」
 こなつはいぶかしげな顔をして、俺の股間に目をやった。
 ――違う。なんだかそれは違う。
 俺は、こなつが今考えているであろうことを無視して、話を続ける。
 それを指摘すれば俺がセクハラしているみたいにも、俺がセクハラされているようにも見える。
 
「玉直しっていうのはね、スイカの上下を入れ替える作業でね。片面だけしか陽光が当たらないと成熟にムラができるから。下が藁だけになっていたら、この発泡スチロールの皿をかませる」
「あ、ああ、そうですよね。そうですとも」
 勘違いに気が付いたのか、頬を染めながら俺の後についてくる。
 
 お嬢様には凶悪な天然属性が付与されてるようだ。
 
 
「こうですか?」
 こなつは、教えた通りに丁寧にスイカの向きをかえた。作物を雑に扱わないのは凄くいい。
「この巻き髭が茶色くなったスイカがあったら、教えてくれます? 今日いくらか収穫できるかもしれないから」
 
 俺たちは畑の端と端で作業を続ける。
 確かにこなつは体力があった。
 俺の指示通りに皿状の発泡スチロールの上にのせられたスイカを慎重に転がしていく。
 一日仕事になるかと思っていた作業も、人手があると半分の時間で済む。
 アルバイトを雇うことなんて考えたこともなかったけれど、忙しい時期には一時的に雇い入れるのもありかなと、来年の予定にいれる。
 
 昼になってこなつの服と一緒に届けられていた素麺を茹でた。
 庭で摘んだ大葉を刻んで薬味にする。量が多いから、サラダの代わりだ。もう少しすれば日陰に茗荷も生えてくるはずだ。放置してあったミニトマトもいくらか収穫した。ここ最近雨が降らなかったから、甘みが増しているはずだ。
 
 買い出しにも行っていなかったので、そろそろタンパク質の買い置きが足りなくなる。
 肉が無いなと言ったら、こなつが「卵焼きますね」と言って、こぎれいな厚焼き玉子を焼いた。
 醤油の濁った色のない、鮮やかな黄色の卵焼きだった。
 
 今朝も早かったし、昼寝をしてから委託で作ってもらっている田んぼの様子も見てこようと午睡を始める。
 こなつも大人しくラップトップを取り出して何かしている。
 
「そろそろ帰るつもりになった?」
 
 背中越しに訊いてみると、「いえ、まだ戻れません」と答えが来た。
「家とやりとりしてるの?」
 尋ねるとキーボードをたたく音が止む。
「いえ、リモートで仕事をしているだけです」
「あ、そう……」
 
 午前中、こなつがいても特に困ることはなかった。

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