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その仕事と俺と、どちらが大事なんだ?

7/10 パンツ穿きます?

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「うわぁ、ビクター様、大丈夫ですか? パンツ穿きます?」
「いたたた、グリア、本気でやったな」
 
 リリアムに助け起こされたビクターは、頬を押さえて涙目だ。
 
「正当な理由だ」
「まったくです! リリアムさん、そんな丸出し男を助け起こす必要はありません」
 
 グリアもセルリアンもビクターの自業自得だと主張する。リリアムはビクターが少し気の毒になった。パンツくらい穿かせてやりたい。
 騒ぎを聞きつけて、家の者が集まってきた。
 後からやってきた家令のサリバンがビクターに駆け寄ると、ぐっと唇を噛み締める。

「坊ちゃま、またそのようなお姿で……」
 
 家令はうつむいて、眼鏡を曇らせた。

「――ビクター様、私にはもう、あなたをお助けする力はありません」

 サリバンは、ぽつりぽつりと涙を落とす。

「サリバン?」
「リリィさんは税務課の調査でこられたそうですね。なら、私の罪もご存じでしょう。坊ちゃまが心無い遊びをされるたびに、ご令嬢やご令息にお見舞いをしてまいりました。それが……旦那様にすべて知れてしまったのですね」
「ああっ、そうか! 家令さんは、女遊びをしていたんじゃなくて、ビクター様の尻ぬぐいの為にお金を使っていたんですね!」
 
 リリアムは、合点がいってポンと手を打つ。私的な使い込みに、支払った証拠を残すのはおかしいと思っていた。様々な品はロズル家からの見舞いとして、傷ついたビクターの遊び相手に送られたのだろう。
 サリバンは、ロズル家がおこなった謝罪の証拠として家名を残したのだ。謝罪があったかどうかは、訴えられた時に罪の大きさを左右する。

「でも、もう燃やしてしまうつもりでしたよね。あの書類、大事な物じゃなかったのですか?」
「坊ちゃまが成人するまでと、お助けしてまいりました。しかし、学園を卒業しても坊ちゃまの遊びはやみません。私はもう、家令を辞めて隠居する時期にきております」
「ああ、疲れちゃったんですね。こんな尻ぬぐい、誰だって嫌ですもんね~」

 リリアムはビクターを見る。ビクターの遊びは、この家令の献身によって隠されてきたのだ。

「書類を焼いて、仕事を辞めて、なにも無かったことにしようと思っていたのです。ですが旦那様に知られてしまうのですね……私は精根尽き果てました。防波堤になるには、この老体には荷が重すぎます」
 
 ビクターの心無い遊びを、大事にならぬように処理してきたのだろう。その気力は今や尽きようとしている。老紳士の涙に、ビクターはおろおろと家令の横に膝をついた。リリアムは形のいい尻に感心したが、さすがにこの場面では何か着た方がいいよな、とも思った。
 
「サリバン、ずっとそんなことを……」
「その通りでございます。私は横領の責任をとって、命を絶つ覚悟でございます。坊ちゃま、お世話になりました」
 
 サリバンは懐から短剣を引き抜くと、自らに向ける。
 
「あわわ、家令さん、早まっちゃだめですよ!」
 
 リリアムがとめようとすると、サリバンはキッとビクターの方に向き直る。

「……いえ、やはり、禍根を残さぬように、坊ちゃまの悪の根源をを刈りとってから逝きます。坊ちゃま、たくさんの方を泣かせてきた報いをこの爺やと受けましょう……お覚悟なさいませ」
 
 急な展開にビクターは狼狽えた。全裸なので防御力は低い。
 
「サリバン、待て……」
 
 家令はビクターの陰茎に向かって短剣を振りかざすが、剣の扱いに慣れていないようで、フルフルと手が震えて狙いが定まらない。
 ふらふらと剣を揺らすだけのサリバンを見ていられなくて、リリアムは剣を奪うと、遠くに投げる。

「家令さん、この場は私が預かります。ビクター様のモノを刈り取っても、止血に手間がかかるからグリア先輩がとっても迷惑しますし。血の染みの掃除だって皆さん総出でやらなきゃならなくなりますよ。家令のおじさんが死ぬのも間違ってます。奥さんと次の休暇に海に行くのでしょう?」
「なら、いったいどうしたら……」
 
 サリバンは泣き崩れる。リリアムはこういう涙に弱い。
 
「よっし、わかりました! この坊ちゃまを私が懲らしめてやりましょう。もう裸だし、引ン剝く手間もありません!」
 
 グリアがとめる前に、リリアムは袖まくりをして軽快に動き始める。

「任せてください。こういうヤカラを懲らしめるのは、大得意なんです!」
 
 リリアムはあっという間にビクターの手をタオルで縛り上げ、足払いをして押し倒すと、楽しそうに跨った。
 手にはさっき自分の喉を突こうとしていた懐刀が握られている。
 驚いて縮んでいるビクターの陰茎を二本指で猫の子のようにつまみ上げると、その先端にふぅっと息をかける。
 
「なにをする! やめてくれ! グリア、やめさせてくれ!」
「……ビクター諦めろ……こういう時のガーウィンを止めるのは無理だ」

 グリアは力なく首を振る。皆、何が始まるのかと固唾を飲んで見守っている。
 リリアムは飾り彫りの柄のついた懐刀を、くるくると回転させて、鼻歌交じりに陰茎に添える。
 
「おや、恐怖で縮んでしまいましたか? 皆さん静粛に、これから坊ちゃんにお灸をすえますからね! ああ、でも、ほんの少しの間違いで、坊ちゃまの大事なモノがなくなってしまうかも。ビクター様、手元が狂ったらごめんなさい!」

 ビクターの悲鳴とリリアムの高笑いが浴室に響いて反響する。
 浴室に続く黒い石の床に、ビクターのピンクブロンドが散り始めて、皆、静かになった。
 ビクターの所業を知っている使用人の誰もが、リリアムの蛮行を止めようとしない。
 リリアムは絶好調だ。

 リリアムは騎士になる前、法で裁かれなかった婦女暴行犯に私刑を加えたことがある。
 それ以来、ことあるごとに狼藉を働く悪党のモノが縮みあがる様を見ることを楽しみにしている。騎士になってからも何度も二コラに報告書を書かせた。
 リリアムにとって毛刈りはハンティングトロフィーだ。

 ビクターが辱めを受けている最中に、廊下から使用人たちの悲鳴が聞こえてきた。
 ビクターがリリアムに襲われているのを見た悲鳴ではない。ドスドスと重い足音もする。

「お前ら、全員そこを動くな!」
 
 悲鳴が近づいてきて、浴場の入り口に何かを掲げた男が現れた。
 髪を乱して、見たことがない服装をしているが、庭師のカルガンだ。
 リリアムは手を止めて、グリアに顔を向けた。
  
「先輩、なぜかわからないけど、戝が出ました!」
「――うれしそうだな」

 掲げているのが爆弾らしいと分かると、使用人たちは壁に張り付くようにして距離を取る。

「リリィ、おかしな動きをしていると思っていたら、俺を見張っていたんだな。いつから俺に目をつけていた。中庭の花に興味があるなんて、おかしいと思っていたんだ」
「――ん? んん?」
 
 訊かれても何のことか分からず、リリアムは腕を組む。

「だから、いつから俺が硝酸を売っていると気がついたんだと訊いている!」
 
 リリアムは驚いて、ビクターから飛び降りる。

「え? 庭師さん、そんなことをしてたんですか?!」
「爆弾魔の調査の為に潜入していたんだろ?」
「いいえ、家令のおじさんの使い込みの調査ですよ」

 どうにも会話がかみ合わない。

「だが、騎士が来ていると……」
「はい。私も先輩も騎士ですけど、別口の調査です」
「なん、だ……と?」
 
 庭師は勘違いで余計な暴露をしてしまったと分かると、大きく目と口を開けた。

「リリアム、よくわからないが自供が取れた。爆弾魔の一味だ。制圧しろ」
「了解」

 大きな間違いをしたと分かった庭師は、めちゃくちゃに手を振り回して、爆弾を掲げる。ヤケクソだ。
 
「近づくな。これを爆発させるぞ。ロズル家の跡取りがどうなってもいいのか?」
「あー、それは困りますね。ロズル家の息子の息子は制圧済みですけど」

 リリアムに弄ばれて、ビクターの下の毛は半分ツルツルだ。何のつもりか尻まで刃を当てられて尊厳も奪われた。
 いつ去勢されるかわからない恐ろしい時間を過ごしたビクターは、しばらく誰かに肌を晒す気にならないだろう。タオルを巻いて震えている。
 
「さすがロズル家だな。馬のボロ置き場なのにご丁寧に屋根付きだ。長いこと使っているから床土から良質の硝酸がとれる。いい小遣い稼ぎをさせてもらった」
「あー、それでせっせとボロ拾いしてたのか。馬に優しいと思ってたのに、がっかり」
「お前、本当にただの馬好きだったのか……ふざけるなよ」

 馬好きだと褒められて、リリアムは嬉しくて頭を掻く。

「誤解させてすみません。庭の手伝いをしたのは、珍しい薬草をみつけたので、分けて欲しかったからですよ」
「そんなバカな話があるか! 紛らわしいにもほどがある!」
 
 混乱しているらしく、庭師はよく喋る。リリアムの調子のよい相槌で、何をどうやって商売していたのかまで洩らしてくれる。グリアはその間に揺れ動く爆弾を検分した。
 
「見たところ、巷を騒がしている爆弾魔の使用している爆弾と一致しているな。火をつける前に回収しろ。念のため衝撃は与えるな」
「えー、注文が多いですね。懐刀じゃ闘えませんから、先輩の剣を貸してくださいよ」
「これか? 俺の剣ではない。お前のを持ってきた」

 よく見ると、綺麗な鞘に収められているが、柄の部分は使い慣れた自分のものに相違ない。
 先回りしてリリアムに何が必要かを考えてくれるグリアに、好意が爆発的に膨れ上がる。
 
「うわぁん、先輩、大好きです! それじゃ、周りの安全確保は任せました」
「わかった。呼吸二つで動く」

 二つ息を吸えば、グリアが鞘ごと剣を放り投げる。

「く、来るな!」

 庭師は着火石を持っていたようで、いつの間にか導火線に火がついている。チリチリと導火線の中の火薬が燃える音がする。

「遅いですよ……」

 リリアムは鞘を受け取ると同時に抜刀し、剣の腹で庭師を薙ぎ払った。更に蹴りつければ、勢いで手から離れた爆弾が宙を舞い、赤い火花が弧を描いて後方に飛ぶ。

 リリアムは躊躇いなく爆弾に向けて剣を投げつける。
 ガッと音がして、長かった導火線の先だけが浴室の壁に釘付けになり、本体は床に落ちようとしている。
 慌ててくるりと床に転がり、腹ばいで手を伸ばせば、落ちてきた爆弾はふんわりとリリアムの手に収まった。

「馬鹿、無茶がすぎる!」
「ちゃんと狙ってやりましたってば」

 リリアムは長かった導火線を切り取ると、それで庭師を縛り上げて転がし、跨る。ぺろりと赤い唇を湿らせて口の端をあげ、曽祖母の懐刀を取り出した。

「どけ! はなせ!」

 リリアムは鼻歌交じりに大きな音を立てて庭師の服の袖を引きちぎる。小さな刃を使って、試し切りをするように、むき出しになった腕の皮膚を切り裂いた。確かな切れ味で、皮膚が割れ、血がにじむ。いかに小さな武器でも使い方によっては相手の命を脅かすことができると教えているのだ。

「どうしちゃおうかなぁ♡」

 リリアムの満面の笑みに、庭師は、絶望を知った。
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