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小好きなんだ!
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グリアはリリアムを刺し貫いたまま、芝居がかった動きで頭を抱える。
「なぜだ……こんな事をするつもりはなかったのだ。一体、私はどうして……」
「あなたたち、いったい何を……」
「分からないのです。いつもは節度を持った付き合いができていたのに。ちっとも抑制が効かなかった。本当に、こんなことありえない。なぜこんなことに……」
グリアが血の付いた手を向けて訴えると、三人はひっと息をのんだ。
「昨日は疲れて寝てしまって、朝起きて枕元に置いてあった酒を飲み干したくらいで……」
割れて床に転がった杯と、枕元にある杯が空なのを確認して、こくりとシルフィーヌが喉を鳴らす。
おそらく媚薬を手に入れたのはシルフィーヌに違いない。恐る恐るグリアに尋ねる。
「まさか、二杯ともグリアが飲んだの?」
「そうですが。叔母上、まさか酒に何か……」
三人は顔を青くして顔を見合わせる。
「まさか、どちらもグリアが飲むなんて! シルフィ、あれはそんな危険なものだったの?」
「私は正規ルートで手に入れたわ。姉さんたちが量を間違えたのではない? こんなふうになるなんて書いてなかったわ」
「一度に倍の量を飲んで、理性を保てなくなったのかしら?」
「たっぷり注げと言ったのは母様じゃない! だいたい、叔母様は、買ってから安全かどうか試さなかったの? 何か危険なものが入っていたかもしれないじゃない!」
「私が媚薬を試すはずがないでしょう」
「モリアが入れた酒が強すぎたのではなくて? そういえばおかしな色に変色していた気もするわ」
グッドヘンの女たちが口々に媚薬入りの酒の効能を審議しているうちに、リリアムはわっと泣き出した。
「私ごときが、皆様に迷惑をかけるわけにはいきません。グリア様に朝の挨拶をなどと考えたばかりに……もう、いっそ死ぬしか……」
そう言っている間にグリアの凶悪なものがリリアムの膣から抜け出て、白濁と血が混じったものが飛び散り、青臭い匂いも含めて寝室の雰囲気は最悪なものになった。
グリアの陰茎の凶悪さをうっかり目にしてしまった三人は、大変なものをリリアムにけしかけてしまったと、一層顔を青くした。
グリアの剛直はまだ天を向いて、リリアムを刺し殺さん勢いだ。
「つまり、私のこの状態は、媚薬のせいだと? いったいどこで手に入れたのですか? 恐ろしいほど収まりません」
グリアの禍々しい猛りを見て、シルフィーヌはカタカタと震えている。
「まさか、こんなことになるとは思わなくて……」
「グ、グリアごめんなさい。私たち、あなたたちがちょっといい雰囲気になればと思っただけなのよ――」
モリアが泣きそうになりながら謝罪する。三人もいて、誰も客に媚薬を盛ることを止めなかったのは愚かだ。
「私たちは、ゆっくりと愛を育んでいたのです。余計な事をなさいましたね」
グリアはわざと鬱血が見えるようにリリアムにシーツを巻き付け、抱きかかえる。
「ガーウィン騎士は厳格な方だ。娘を傷つけた者に、結婚の許可を与えるとお思いか?」
「それは困るわ。ど、どうしましょう。緑星の月に蠍の爪が入ってしまうわ」
シルフィーヌは口に手を当てておろおろしている。
「今まで、私に得体のしれない女たちを送ってきましたね。それは私が我慢すれば済む話でした。まさか、リリアム嬢にまでこんなことをするとは。母上達が我々のことに干渉したせいです。私たちは、順調に歩を進めてまいりましたのに。何もかもがめちゃくちゃです。三人とも、みそこないました……」
リリアムを犯した張本人であるグリアが言うのはおかしなことであったが、三人は惨状に居合わせて、正常な判断が出来なくなっている。
とどめとばかり、リリアムが啜り泣きはじめると、セルリアンが駆け寄る。
「やはり、私が修道院にいけばよいのです……いえ、いっそ私がいない方が……」
「駄目、駄目よ、リリアムさん。私たちが悪かったのです。くれぐれも自棄を起こさぬように、心を強く持って……」
全く効果的でないことしか言えない母に、グリアはため息をつく。
「私は、取り返しのつかないことをしてしまいました……私がこの首、掻き切っても許されることではありません」
グリアの思いつめた様子に慌てて、モリアも謝罪をする。
「グリアのせいじゃないわ。全部私たちが悪かったの。リリアムさん、私たちが愚かだったの。弟のことが心配で……お願いだから、グリアを嫌いにならないでちょうだい。恨むなら私たちを恨んで」
「そんな口先のことで、これが許されるとでも?」
血と精液とでぐちゃぐちゃの寝台を指さして、グリアは手遅れだと頭を振る。
三人を睨みつけると、グリアは一層強くリリアムを抱きしめる――リリアムが茶番に飽きてきて、少し吹き出しそうになっているのだ。
「母上、そんなことを言っても、彼女の傷を深くするばかりだ。こんなことも無ければ、私以外の者に嫁ぐこともできただろうに」
いち早く冷静になったセルリアンは、リリアムに頭を下げてグッドヘン家に謝罪の用意があることを告げる。
「何としてでもうちに嫁げるように取り計らいます。ですから、リリアムさん、どうか自分を傷つけるようなことはなさらないで。私たちが出来ることは何でもするわ」
セルリアンは本当にリリアムを心配しているようで、手を組み合わせて祈るようにリリアムに語りかける。セルリアンの、涙に濡れた睫毛の先がキラキラとしているのをリリアムが物欲しそうに見ているのに気が付いて、グリアはリリアムの頭を自分の胸に押し付けた。
「母上、どう考えても、強姦された相手の家に嫁ぎたいとはなかなかなりません。リリアム嬢に許しをいただけなければ、私も去勢して僧侶にでもなりましょう」
「そんな……」
三人はグリアの重い決断に、沈黙した。
「母上、姉上、ひとまずこのことは他言無用。口出し無用です。私たちに時間をください。いいですね」
*
騒ぎの後、真綿でくるむように介抱され、回復の為、栄養価の高い飲み物などが用意された。リリアムはグリアと二人だけなのをいいことに、高価な栄養剤をがぶがぶ飲む。
手厚すぎる手当てや身支度のあと、再び三人が部屋にやってきて、リリアムが恐縮するほど頭を下げて謝罪する。
グリアの指示通り黙って頷いていたリリアムに、セルリアンはこのことをウィリアムに報告するかどうか相談した。
醜聞を恐れるなら、黙っていてくれと願うはずだが、セルリアンはそうしなかった。
リリアムはセルリアンが愛らしくて、口がニヤけるのを隠しながら、
「このような事故を父に告げるわけにはいきません。気が咎めるとは思いますが、伏せておいてください」
と俯いて告げた。絞り出すようなその声は一層セルリアンを動揺させた。
念のためとセルリアンから渡された避妊薬は飲んだ振りをして懐にしまう。巷に出回っているものより、グリアに飲まされた薬の方が安全性が高いはずだ。
リリアムはグッドヘン家の女たちが跡継ぎを望んでいたと聞いていたので、セルリアンが萎れた様子で避妊薬を持ち出してきたことに驚いた。
三人三様に重ね重ね、グリアから去らないで欲しいと頭を下げられて、なんだか気の毒になってくる。
リリアムはセルリアンがグッドヘン家の矜持を曲げてまで息子をかばう様子をみて、おばさん可愛いな、と思った。そういえば、グリアもそうだが、セルリアンも好みの顔だ。
皆に見送られて馬車に乗り、そろそろ皆が見えなくなったころ、リリアムは大きく伸びをした。
首辺りまでびっしりと噛み跡が残っているので、詰襟のドレスを着せられている。
しばらくどうやって隠そうかと思いながら、馬車の座席にそりかえる。
「やりましたね!」
リリアムはぐっとこぶしを上げた。
グリアは機嫌よくうなずく。
「やりすぎじゃないですか? 先輩、意地悪でしたよ。おばさんたち、気の毒な顔していました」
「日頃の行いのせいだ。ああいう態度なのは醜聞が怖いからだ。捨て置けばいい」
「そうでしょうか。わりと仲良し家族のように見えましたけど」
「どこがだ……」
モリアがリリアムの手を握って、また必ず遊びに来てくれと、何度も言うので、つい抱きしめて去り際のキスでもしてしまいそうになった。始終おろおろしていた叔母のシルフィーヌはモリアから叱られて、セルリアンに泣きついていた。
リリアムは、これから先もグッドヘン家とは妙な関わり合いが切れることがないな、とぼんやり想う。
リリアムの勘はあまりはずれたことがない。昔、リリアムにのめりこんだ変態に監禁された時も、同じ感じがしたのを思い出して、鼻に皺を寄せる。
「さて、今度はうちですよ。どうするんですか? グッドヘン家に泊まりでもてなされた、なんて聞いたら、父が喜ぶこと間違いないです」
グリアは、腕を組んでしばし考える。
「とりあえず、教官にはシラを切りとおす」
「糞爺、しびれを切らしてまた先輩の所に乗り込んできませんか?」
「そっちの対策も考えた。教官が来たら『私が昇進したら娘さんをいただきたい』と願い出ればいい」
騎士の間でよくある婚約の前約束の台詞だが、この場合はたどり着くところが違う。婚約には至らないためのものだ。
「ははぁ、先輩、昇進を蹴りまくるつもりですね」
「そうだ。俺は部を動くつもりがないし、これ以上の肩書は不要だ。お前が先に昇進したら、娘さん以上の地位を得るまでは結婚などできない、と言うわけだ」
ずるずると引き延ばすだけの作戦なら、成功する確率が高い。
「天才じゃないですか! 先輩、大好きです!」
リリアムは両手を上げて喜んだ。グリアの提案で煩わしいと思っていたことが吹き飛んだ。急かされることはあるかもしれないが、少なくとも別の縁談を持ち込まれることはなくなるだろう。
「しかし、この場合、外での遊びはできなくなるぞ。花街での遊びがバレてみろ、すぐに結婚しろとなるからな」
「花街かぁ、それはもういいかなと思っていまして。だって、先輩がしばらく面倒見てくれるそうじゃないですか?」
「まぁ、特に問題はないな」
グリアにしてみても、リリアムを完全に囲い込むことになんら不利益を思いつかずにいた。
グリアはリリアムの着せられた肌の露出のないドレスをみた。
あの内側を暴くのは、しばらく自分だけだと思えば、妙な優越感を覚える。
「ことに、先輩が、好きですよ!」
リリアムのことを考えていたグリアは、リリアムの何の含みもない告白に、内心たじろいた。
「その『好き』は俺が思う好意とは違う気がする。体が、とつくのだろう?」
「そうじゃなくて、ちゃんと好きですってば。心外だなぁ。それで、先輩は私のこと好きですか?」
「……体はな」
「まぁ、そんなもんですよね」
グリアは少しくらい意地の悪いこと言ってやろうと思って、気のない答え方をしたが、リリアムがそれ以上求める様子を見せないので、むっとした。
「なんだ、体だけでいいのか?」
グリアは咎めるようにリリアムの頭を掴むと口付けて、そのまま馬車の座面に沈める。
馬乗りになられて、確認するように弱い所をなぞられ、ついには胸を揉みしだかれてリリアムは情けない声をあげた。
「うはっ……先輩が私の体以外も好きなの、わからされちゃったなぁ」
「そういうところがだな……」
「それ以上されたら、塞がれたいところが増えますよ」
リリアムは誘うように長い裾を引き上げて足を露出させる。足の付け根付近についた赤い斑点が、グリアを冷静に引き戻した。
「お前は俺との行為が好きなだけだ。無理をしなくてもいい」
「そんなことないですけど――」
リリアムの服をもう一度着付けなおすと、グリアは座面に深く腰掛け、窓の外に目をやる。
日はまだ高く、通りで遊ぶ子供たちの様子や、道端に水を撒く女たちが窓の外を流れていく。
グリアはここ数日の嵐のような日々を振り返った。
「――大は付かないな」
言ってみて、我ながらひねくれた言い方だと反省して、もう一言足そうとする。しかし、リリアムは目も口も大きく開けて、今にもグリアに跳びつきそうな顔をしている。
「小好きなんだ! 可愛いじゃないですか!」
リリアムは勢いよくグリアの頭を捕まえると、ちゅっちゅと額に何度もキスをした。グリアはうるさそうに目を閉じたが、リリアムを追い払いはしなかった。
「私、先輩になら監禁されても怖くないかも」
リリアムは、グリアの首のあたりを嗅ぎながらとんでもないことを言い始めた。
「特殊な遊びに誘うな」
「遊びの話じゃないですってば」
じゃれ合いながらガーウィン家へ向けて馬車は走る。
車輪の音は軽やかに、明るく響いた。
「なぜだ……こんな事をするつもりはなかったのだ。一体、私はどうして……」
「あなたたち、いったい何を……」
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グリアが血の付いた手を向けて訴えると、三人はひっと息をのんだ。
「昨日は疲れて寝てしまって、朝起きて枕元に置いてあった酒を飲み干したくらいで……」
割れて床に転がった杯と、枕元にある杯が空なのを確認して、こくりとシルフィーヌが喉を鳴らす。
おそらく媚薬を手に入れたのはシルフィーヌに違いない。恐る恐るグリアに尋ねる。
「まさか、二杯ともグリアが飲んだの?」
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「私は正規ルートで手に入れたわ。姉さんたちが量を間違えたのではない? こんなふうになるなんて書いてなかったわ」
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「たっぷり注げと言ったのは母様じゃない! だいたい、叔母様は、買ってから安全かどうか試さなかったの? 何か危険なものが入っていたかもしれないじゃない!」
「私が媚薬を試すはずがないでしょう」
「モリアが入れた酒が強すぎたのではなくて? そういえばおかしな色に変色していた気もするわ」
グッドヘンの女たちが口々に媚薬入りの酒の効能を審議しているうちに、リリアムはわっと泣き出した。
「私ごときが、皆様に迷惑をかけるわけにはいきません。グリア様に朝の挨拶をなどと考えたばかりに……もう、いっそ死ぬしか……」
そう言っている間にグリアの凶悪なものがリリアムの膣から抜け出て、白濁と血が混じったものが飛び散り、青臭い匂いも含めて寝室の雰囲気は最悪なものになった。
グリアの陰茎の凶悪さをうっかり目にしてしまった三人は、大変なものをリリアムにけしかけてしまったと、一層顔を青くした。
グリアの剛直はまだ天を向いて、リリアムを刺し殺さん勢いだ。
「つまり、私のこの状態は、媚薬のせいだと? いったいどこで手に入れたのですか? 恐ろしいほど収まりません」
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「まさか、こんなことになるとは思わなくて……」
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「それは困るわ。ど、どうしましょう。緑星の月に蠍の爪が入ってしまうわ」
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「今まで、私に得体のしれない女たちを送ってきましたね。それは私が我慢すれば済む話でした。まさか、リリアム嬢にまでこんなことをするとは。母上達が我々のことに干渉したせいです。私たちは、順調に歩を進めてまいりましたのに。何もかもがめちゃくちゃです。三人とも、みそこないました……」
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とどめとばかり、リリアムが啜り泣きはじめると、セルリアンが駆け寄る。
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「グリアのせいじゃないわ。全部私たちが悪かったの。リリアムさん、私たちが愚かだったの。弟のことが心配で……お願いだから、グリアを嫌いにならないでちょうだい。恨むなら私たちを恨んで」
「そんな口先のことで、これが許されるとでも?」
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三人を睨みつけると、グリアは一層強くリリアムを抱きしめる――リリアムが茶番に飽きてきて、少し吹き出しそうになっているのだ。
「母上、そんなことを言っても、彼女の傷を深くするばかりだ。こんなことも無ければ、私以外の者に嫁ぐこともできただろうに」
いち早く冷静になったセルリアンは、リリアムに頭を下げてグッドヘン家に謝罪の用意があることを告げる。
「何としてでもうちに嫁げるように取り計らいます。ですから、リリアムさん、どうか自分を傷つけるようなことはなさらないで。私たちが出来ることは何でもするわ」
セルリアンは本当にリリアムを心配しているようで、手を組み合わせて祈るようにリリアムに語りかける。セルリアンの、涙に濡れた睫毛の先がキラキラとしているのをリリアムが物欲しそうに見ているのに気が付いて、グリアはリリアムの頭を自分の胸に押し付けた。
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「そんな……」
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*
騒ぎの後、真綿でくるむように介抱され、回復の為、栄養価の高い飲み物などが用意された。リリアムはグリアと二人だけなのをいいことに、高価な栄養剤をがぶがぶ飲む。
手厚すぎる手当てや身支度のあと、再び三人が部屋にやってきて、リリアムが恐縮するほど頭を下げて謝罪する。
グリアの指示通り黙って頷いていたリリアムに、セルリアンはこのことをウィリアムに報告するかどうか相談した。
醜聞を恐れるなら、黙っていてくれと願うはずだが、セルリアンはそうしなかった。
リリアムはセルリアンが愛らしくて、口がニヤけるのを隠しながら、
「このような事故を父に告げるわけにはいきません。気が咎めるとは思いますが、伏せておいてください」
と俯いて告げた。絞り出すようなその声は一層セルリアンを動揺させた。
念のためとセルリアンから渡された避妊薬は飲んだ振りをして懐にしまう。巷に出回っているものより、グリアに飲まされた薬の方が安全性が高いはずだ。
リリアムはグッドヘン家の女たちが跡継ぎを望んでいたと聞いていたので、セルリアンが萎れた様子で避妊薬を持ち出してきたことに驚いた。
三人三様に重ね重ね、グリアから去らないで欲しいと頭を下げられて、なんだか気の毒になってくる。
リリアムはセルリアンがグッドヘン家の矜持を曲げてまで息子をかばう様子をみて、おばさん可愛いな、と思った。そういえば、グリアもそうだが、セルリアンも好みの顔だ。
皆に見送られて馬車に乗り、そろそろ皆が見えなくなったころ、リリアムは大きく伸びをした。
首辺りまでびっしりと噛み跡が残っているので、詰襟のドレスを着せられている。
しばらくどうやって隠そうかと思いながら、馬車の座席にそりかえる。
「やりましたね!」
リリアムはぐっとこぶしを上げた。
グリアは機嫌よくうなずく。
「やりすぎじゃないですか? 先輩、意地悪でしたよ。おばさんたち、気の毒な顔していました」
「日頃の行いのせいだ。ああいう態度なのは醜聞が怖いからだ。捨て置けばいい」
「そうでしょうか。わりと仲良し家族のように見えましたけど」
「どこがだ……」
モリアがリリアムの手を握って、また必ず遊びに来てくれと、何度も言うので、つい抱きしめて去り際のキスでもしてしまいそうになった。始終おろおろしていた叔母のシルフィーヌはモリアから叱られて、セルリアンに泣きついていた。
リリアムは、これから先もグッドヘン家とは妙な関わり合いが切れることがないな、とぼんやり想う。
リリアムの勘はあまりはずれたことがない。昔、リリアムにのめりこんだ変態に監禁された時も、同じ感じがしたのを思い出して、鼻に皺を寄せる。
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