普通の奈穂美

砂山一座

文字の大きさ
上 下
1 / 1

普通の奈穂美

しおりを挟む
 ここは地獄、憤怒の谷。両脇を小高い山に挟まれ、幅30m程の川が流れる浸食谷である。川から山までの間には平地や森林が広がっており、それなりの距離がある。この何処かにフェンリルは住んでいると言われているが、今回ダママの鼻に頼ることは出来ない。地獄の中でも強者に分類される二頭が出会ってしまった時、何が起こるか分からないからだ。

 という訳で人間と魔族だけのパーティーになっているわけだが、戦力の方は全く問題がない。現状考え得る最大戦力と言えるだろう。なぜなら歴代魔王が二人(うち、一人は現役)にその右腕とも言うべき側近が一名、荷物持ちが一名、なのだから。そして、何より当代魔王様には荷物持ちがいることで謎のバフがかかるらしい。そんな魔王様の側近は魔王様がいることで燃えるらしい。よくできた組み合わせだ。

 探索力にもさして問題があるわけではない。三人の魔族に備わった魔力感知がソナーのような働きをして検知範囲を広げているからである。今のところローラー作戦の要領でに川を上流に向かって進んでいるが、フェンリルらしき魔力は感知されていない。

 何か問題があるとすれば、ほんの僅かなすれ違い。実に研究熱心な先々代魔王様はちょっと目を離すと地獄の生態に夢中になっている。色ボケ魔王様は荷物持ちと腕を組んで歩くことに夢中になっている。荷物持ちは腕の柔らかい感覚に全集中している。側近は魔王様のそんな態度に集中力を欠いている。

 つまり、持ち味が全て殺されている。

「ネェ、デボラサン。チョット歩キニククナイ?」
「そうか? あ、見ろ! キーチロー! あそこにサラマンダーがいるぞ!」
「レアですか?」
「どうだろう? キャラウェイ殿! ってあれ?」

 また、姿が見えない、と思ったらむしろサラマンダーの後ろにすでに回り込んでいた。ものすごい勢いで華目羅の録画機能を活用している。

「す、すごい魔道具だこれは!」
「大丈夫かこのパーティー」

 思わず不安を口にせずにはいられなかった。俺の後ろでむくれているベルにもあえて届くように。

「デボラ様がどんどん遠くへ行ってしまう様です。少し寂しいですがこれも主《あるじ》の幸せの為ならば……」
「何を感傷に浸ってんの! 俺達はフェンリル捜索隊モフモフ探検隊でしょ! 早く目的を達成してみんなでモフろう!」
「そ、そうでしたね。任務に集中しなくては!」
「ベルよ、頼りにしておるからな!」
「嬉しいセリフなのに顔に締まりが……デボラ様……」

 その時突然、狼の遠吠えのような声が響き渡り、まるで木々が共鳴するかのようにザワザワと揺れ、川が波打った。

「近くはないがそこまで離れているわけでもないぞ。各自、魔力の感知! 方向だけでも探れ!」

 俺はせめて音の方向ぐらいは分からないかと一応耳を澄ませてみた。

「ふむ。運よく川のこちら側のようだな。わざわざ渡らなくて済みそうだ」
「そうですね。さあ、参りましょう!」
「ちょっと待って。さっきの遠吠え、はっきりした言葉じゃないんで自信ないけど、“侵入”と“警戒”を呼びかけていたような……」
「我らの存在がバレているのかもしれんな。やはり、こういう時にこそキーチローの力が役に立つ!」

 ん? ちょっと待てよ? “警戒”をってことは……。

「デボラ、気を付けた方がいい。わざわざ警戒を呼び掛けたってことは仲間がいると考えるのが自然だ」
「確かに。各自、警戒を怠るな! 有無を言わさず襲ってくる可能性が高い!」
「はっ!」
「ふむ、わかりました。あ、キーチロー君、サラマンダーは保護対象です」
「わかりました! とりあえず、サラマンダー君は暫定フィールドに送ります!」

 俺は今回もムシ網とムシカゴのセットで探検にやってきていた。何が捕まるかわからないしね。そして、ある意味武器としても優秀だ。襲い掛かられても不意打ちでない限り振り回しているだけでムシカゴに送れてしまう。

「よっ……と」

 幸い、サラマンダーは何の苦も無く捕まってくれた。

「素晴らしい魔道具ですわ……」

 そしてまた一人、魔道具の性能に驚いている人物が一人。そういえばベルはこれを生で見るのは初めてだったかな。

「よし、サラマンダー君。詳しく話している時間は無いけど悪いようにする気はない。一緒に来てくれるかい?」
「失礼ね。あたしは女よ! どうして会話ができるのか知らないけど、誘拐するつもり!?」

 言い終わるとサラマンダーは口からボッと小さく炎を吐き出した。

「あ、ごめん! 簡単に言うと絶滅危惧種を保護して回ってるんだ」
「檻に閉じ込められたりすんの嫌よ!?」
「大丈夫、転送先は駆け回れるぐらい広い。信じてほしい」
「ふーん、嘘だったら燃やすわよ!」
「ああ、ありがとう!」

 サラマンダーはまたボッと炎を吐くと手を上げた。挨拶のつもりだろうか。俺は転送ボタンを押して、サラマンダーを見送った。

「これでよし、と……」

「デボラさん!」
「うむ……。囲まれているようですな。ベル、結界の陣を張れるか?」
「お任せください!」

 言うが早いかベルは謎の言葉をつぶやきながら四方に札のようなものを投げた。どうやら簡易の魔法陣と言ったところらしい。投げた札から光が天に向かって立ち上り、それぞれの辺が空中で90°折れ曲がって立方体を成していく。結果、四畳半より少し広い結界が完成した。

 やがて草や森の陰から唸り声が響き始め、光る点が二つ、また二つと増えていく。獣の群れに囲まれている様だ。

「多分……フェンリルだよね?」
「ああ、だが厳密にはこいつらの統率者が所謂《いわゆる》“フェンリル”と呼ばれる奴だ。群れのボスだけがフェンリルと呼ばれる強個体であとはせいぜいがファングウルフと言ったところだな」
「よくご存じですね。デボラさん」
「『地獄生物大全』で予習済みです。はっはっは」

 キャラウェイさんは少し照れ臭そうに頭をかいた。

「簡易の結界ですので、フェンリルクラスに暴れられると長くは持ちません。説得にせよ、捕獲にせよ、お急ぎ頂くことをおススメします」
「分かった。いきなり襲ってくるようならとりあえずムシカゴへinしてもらおう」

 すると、何かの合図があったようにファングウルフの群れが一歩一歩と俺達に近づいてその姿を現し始める。人間界の狼より二回りほども大きく、特徴的な二本の大きな牙。食いつかれたら一たまりもないだろう。それらが喉を唸らせながらゆっくりと取り囲み始める。十数匹はいるだろうか。

「お前らか……侵入者は……」
「何をしに来た……」
「また……我らの同胞をさらって行く気か」

 取り囲むファングウルフたちが口々に威嚇ともとれる態度で吠え始める。

「待った、さらわれただって?」
「なぜ人間がここに……なぜ我らの声が聞こえ、貴様の声が届くのだ」

 ファングウルフが矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。どうやら向こうも会話が出来ることに困惑している様だ。

「俺の名はキーチロー。君らのボスは……」

 俺の質問が言い終わらないうちに結界に向かってミサイルのような勢いで巨大な物体が衝突した。どうやら辛うじて結界の崩壊は免れ、ぶつかってきた物体は弾き飛ばされたようだが、ゆっくりと態勢を立て直し、今度は悠然と近づいてきた。

「お、落ち着いて! あなたたちをさらいに来たわけでは……」

 いや、ある意味さらいに来たようなものか? いやいや! これは保護だ。

「我はフェンリル。この群れの統率者だ。何者だ、貴様!」

 どうやら、ファングウルフの内の一匹から俺の事を聞いたらしい。さて、どうやって説得した物か……。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

伊緒さんのお嫁ご飯

三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。 伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。 子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。 ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。 「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!

【完結】喫茶店【カモミール】〜幽霊専門の喫茶店に居候する事になりました~

佐倉穂波
ライト文芸
 アパートの上の階が火事になったことで、改修のためアパートを退居しなくてはいけなくなった鈴音は、失踪した父親の残したメモに書かれていた場所を頼ることにした。  しかし、たどり着いたその喫茶店は、普通の喫茶店ではなかった。  店のコンセプトは“癒やし”。  その対象は幽霊だった。  これは居候兼アルバイトとして【カモミール】で働く事になった霊感少女と幽霊との物語。 〔登場人物〕 ●天宮鈴音:主人公 15才  ●倉橋晴香:喫茶店【カモミール】の店長代理 ……………… 21話で一旦完結。 心温まる系の物語を目指して書きました。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で2/20頃非公開予定ですが読んでくださる方が増えましたので先延ばしになるかもしれませんが宜しくお願い致します。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

アラサー独身の俺が義妹を預かることになった件~俺と義妹が本当の家族になるまで~

おとら@ 書籍発売中
ライト文芸
ある日、小さいながらも飲食店を経営する俺に連絡が入る。 従兄弟であり、俺の育ての親でもある兄貴から、転勤するから二人の娘を預かってくれと。 これは一度家族になることから逃げ出した男が、義妹と過ごしていくうちに、再び家族になるまでの軌跡である。

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

報酬はその笑顔で

鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。 自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。 『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

処理中です...