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おじさんは不在2

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 私はトムさんが怒り出して箒でも持ち出してくる前に口を開く。
「ライアン様、どうやら私を妻にと望んでいらっしゃるようですが、遊び暮らせるなんて、何を根拠にそのようなことをおっしゃっているのでしょうか?
 コーネル様のめかけにでもなるならまだしも、ライアン様に嫁いだからといって楽な暮らしができるとは思えません。
 聞けばライアン様は仕事をお持ちでないとか? それで、私と結婚して、どうやって生活していくおつもりですか? 私はいくらでもこの身一つで生きていけましょうが、仕事を持たず、妻を娼婦として働かせて生活していると噂されてはお困りでしょう?
 まぁ、少しやんちゃをなされば実家から追い出されてしまいそうな方には私のような馬の骨がお似合いだっていうコーネル翁の皮肉なら面白いですけれど」
 ああ可笑しいと笑ってやると、やっと私が言う通りにならないようだと気がついたらしい。
「何だと……」
 苛つき始めてとステッキを揺らすライアンに、手ごたえを感じた。口喧嘩は得意な方だ。
 嗜虐的な気持ちになりながらさらに言葉を続ける。
「あら? それとも、もしかして私が片手間に始めたいやしい商売をどこかでお知りになったのかしら。『消えないマッチ』……街で娘達が売って行列になっているのをご覧になった? あれはまだ、男の人を養って差し上げるほど大きな商売ではありませんのよ」
 私はトムさんの勧めで商売を立ち上げた。
 最初は小さな商売だった。衣食住が整ったところから始める商売は、マッチを売っていたころに比べて軌道に乗るのが早かった。おじさんの店の一角で焼き菓子や、雑貨を売ったり。そうしているうちに、傾きかけたマッチ工場の主と知り合い、立て直しの手伝いをしている間に『消えないマッチ』を開発した。
 今は道端でマッチを売っている少女たちが売るのは春ではない。食事が出る寮住まいをしながら『消えないマッチ』を売っている。
 売り上げのほとんどは彼女たちと工場主の懐に入るから、私のもうけは少ない。私が儲ける為にはもっと多くの人に売ってもらわなければ。 
 おじさんやコーネル翁からしたら吹いて飛ぶような小さな商売だが、マッチは好評で評判を聞き付けたご婦人や農家の人がマッチ売りの娘たちの前に行列する。ありがたいことだ。
「共同であれを活計たつきにしたいという事でのお誘いなら、今後の商売の計画をお聞きしなければなりませんね。ですが、商売の相談でしたら余計にラース様を通していただかないと。
 何か誤解されているようですけれど、ラース様は単に私の夫を見繕っているのではなくて、私の商売を一番高くかってくださる方を探しているようなものなのですよ」
 後半は状況を言い換えた嘘だが、私を娶る夫は私の商売も引き継ぐのだから、結果そうなるはずだ。
「な……そ、それなら、その商売のためにハーヴィ家と繋がりが必要だろう?」
「要りません。必要ならコーネル翁に直接打診致します」
 どうやら、ライアンは自分が求めれば私が喜んで結婚すると思っていたらしい。
 私が断ると明らかに焦り始めた。
「つれないな。しかし気が強いのもなかなかいい。そうだ、今から馬車で連れ出してやろう! ハーヴィ家の財力を見れば気も変わるだろう」
 ライアンは本当に焦っているようだった。私に近づき腕をとってソファから立たせると強く引いて外へ誘う。
 ライアンにとって女性はハーヴィ家の財産に付き従う存在だったのだろう。ライアンの決定に否と言った者は無く、ハーヴィ家からもたらされる富の為にライアンに尽くす者たちだったはずだ。
「お待ちください!」
「いや、この娘は貰っていく。うちに来れば気が変わるだろう」
 トムさんが慌てて、私たちを追ってくる。家の者達もいろいろな所から顔を出してライアンを睨んでいる。
 なるほど。ライアンは私を妻として連れて行かないと何かまずいことがあるのだ。
 ここの使用人は皆、荒事に長けている。
 相手がどんなに金持ちだろうが身分が高かろうが関係ない。これ以上私が何かされれば、ライアンを無傷で帰しはしないだろう。
(おじさんがいない時に、困ったなぁ……)


「うちの者を連れてどちらにお出かけですか? 紳士的なお誘いには見えませんが」
 
 声の方を見ると、入り口に黒い燕尾服をきたおじさんが立っていた。
 
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