11 / 23
おじさんは不在
しおりを挟む
あれからおじさんはあまり家に帰って来ない。
店に泊まり込んでいるらしくて、トムさんが頻繁に荷物を届けにいっている。
あんなことをしてしまって、私は刑を執行される罪人になったような気持ちで過ごしていた。追放まであと少しだと思うと気が滅入る。
そんな時に私に来客があった。
マリー以外、友人らしい友人もいないから私の客だと聞いて首を傾げた。
どんな用向きの来客かわからないし、失礼があってはいけないからとニーナに手伝ってもらってドレスを着つけてもらう。
流行の後ろが膨らんだり袖が広がったりしたものとは違う、スタンドカラーの落ち着いた仕立てだ。普段着として作られたものだが、日常で着るのは気がひける値段で、いつもはクローゼットに仕舞ってある。おじさんが家にいない時は特にだらけた格好をしているから、これを着ただけで背筋が伸びる。
私を訪ねて来たライアン・ハーヴィと名乗った紳士は、おじさんとあまり変わらないくらいの年齢に見えた。気取った明るい色の上着に洒落たスカーフを巻いて、いかにも遊び慣れている様子だ。
ステッキを振り振り、私を値踏みするように見る。
ステッキを持っているが足が悪いようには見えないから、きっと洒落者の間での流行なのだろう。
「祖父から、面白いお嬢さんがいると聞きましてね」
あまり似ていないが、紳士はコーネル・ハーヴィ翁の孫らしい。
「ここには、お嬢さんと呼ばれるような歳の者は私くらいしかおりませんから、きっと私の事ですね。面白いかどうかはわかりませんので、私ではないような気も致しますが」
「なるほど、これは確かに面白いお嬢さんだ。それにたいそう美しい」
そう見えるとしたら単に服のせいだろう。おじさんに誂えてもらった服がみすぼらしいはずはない。
おじさんは趣味人ではないが堅実な美的感覚をしている。馬子にも衣裳とはよく言ったもので、おじさんの選んだ服は、背を伸ばして着るだけで私を普通以上の見栄えにする。
「今はこのように着飾っておりますが、ラース様に世話を焼かれての事です。
実を申しますと、私はたいそう卑しい出自でございまして、末は娼婦をやって生活していくつもりのつまらない女でございますよ」
私はコーネル翁が孫息子をこの屋敷に向かわせた理由がうすうすわかって、わざとライアンが幻滅するようなことを言った。
以前から、私を気に入ったコーネル翁に、ぜひ孫の嫁に来ないかと打診されていたのだ。
おじさんには報告していない。コーネル翁は大会社の創立者だ。まさか私なんかに本気で孫息子をすすめてくるとは思わなかったのだ。
それにあの時は、万が一そんなことになっても、おじさんの利益になるならそれもいいかと思っていた。今はなんだか気が重い。
来訪の先触れもなくやってきたライアンは、ケチをつけるように屋敷を見渡しながら屋敷にあがりこむと、応接室まで入って来てしまった。
先に保護者であるおじさんに私への面会を打診するべきなのではと思うが、そういえば私は根無し草のマッチ売りだ。それに保護者が必要なほど子どもでもないし、良家の縁談のような手順でやりとりされるほどの身分でもない。
それなら、猫の子をもらってくるくらいの挨拶で事足りるのかもしれない。
トムさんはお茶を出しに来たが、心配して客間から出て行こうとしない。
私に「早く追い返せ」と目で言っているのがわかる。私だってそうしたいのはやまやまだ。
コーネル翁は息子が駄目にしてしまった孫息子を憂いていた。
会社を相続した息子は孫に贅沢をさせて育てた。贅沢が悪いことではないが、生まれてからずっと人の金で楽しく生活しているライアンは趣味人にはなったが、仕事もせず、いつまでもふらふらとしている。自立しない孫をどうにかしなければと、いつも愚痴ってた。
「それでどんな御用でございましょうか?」
「君をここから助け出してあげようと思ってね。
聞けば、ラース殿は女性を愛せないようだし。君は女性除けにここに留め置かれているだけなのだろう?」
「はい?」
「その役割も君が成人して不要になったようだね。ラース殿はあちこちの青年たちに声をかけて君の嫁ぎ先を探している。女性らしくなった君を厄介払いしたいのか、それとも君を嫁がせて若い青年と仲良くしたいのか……まったく酷いものだね」
なんとも一方的で不躾な言い分に、開いた口が塞がらない。
なるほど、おじさんが噂を放置した為に大変な誤解がでまわっているようだ。同情的な表情を作ってステッキをぶんぶん振り回す。室内ではやめてほしい。
「僕を頼ってくれてかまわないんだよ。祖父が言うには君はたいへんな才媛だそうだが、君ほどの容姿の女性なら、仕事などさせずとも連れて歩くだけで皆に羨ましがられるな。
かわいそうに。粗末な身なりをさせられて、使用人に交じって下働きのようなことばかりさせられているのだろう? 僕の所に来れば遊んで暮らせるようにしてあげよう」
確かにこの孫息子はてんで駄目だ。
「それはそれは、面白いことをおっしゃいますのね」
笑みが引き攣るのを感じたが、腹が立ったからといって目の前の茶を客に浴びせかけるのはいけないことだとおじさんは言うし。
耐えよう。早く帰ってもらおう。
「ハーヴィ家の家名を名乗れるようにしてやろう。君が僕の所に嫁いでくれば、僕も安泰だ。いや、本当に君が醜女でなくて良かった。これは、思ったより簡単に話が進みそうだ」
「はぁ」
どうやって追い返そう。馬屋から馬糞を汲んできておけばよかった。
こういう気取った馬鹿にはうんと程度の低い嫌がらせが効くのだ。
「祖父があんまり君をすすめてくるから、どんな堅物が出てくるのかと思っていたんだ。形式だけでも娶るとなったら社交界に出られるくらいでなくてはキツいだろ? しかし、よかった! 女としても中々いいじゃないか。あの頑固爺の割には気が利いている」
服の中を想像して言っているのか、私の服の起伏に沿って視線が動いている。
こういう視線は見たことがある。娼婦を品定めをしている人がよく見せる顔だ。
「お客様……」
トムさんが見かねてライアンに声をかける。さすがに執事が客を追い返すのはまずいのではないだろうか。その点、私はもうすぐここから出て行く身だ。多少やらかしても大丈夫だろう。
店に泊まり込んでいるらしくて、トムさんが頻繁に荷物を届けにいっている。
あんなことをしてしまって、私は刑を執行される罪人になったような気持ちで過ごしていた。追放まであと少しだと思うと気が滅入る。
そんな時に私に来客があった。
マリー以外、友人らしい友人もいないから私の客だと聞いて首を傾げた。
どんな用向きの来客かわからないし、失礼があってはいけないからとニーナに手伝ってもらってドレスを着つけてもらう。
流行の後ろが膨らんだり袖が広がったりしたものとは違う、スタンドカラーの落ち着いた仕立てだ。普段着として作られたものだが、日常で着るのは気がひける値段で、いつもはクローゼットに仕舞ってある。おじさんが家にいない時は特にだらけた格好をしているから、これを着ただけで背筋が伸びる。
私を訪ねて来たライアン・ハーヴィと名乗った紳士は、おじさんとあまり変わらないくらいの年齢に見えた。気取った明るい色の上着に洒落たスカーフを巻いて、いかにも遊び慣れている様子だ。
ステッキを振り振り、私を値踏みするように見る。
ステッキを持っているが足が悪いようには見えないから、きっと洒落者の間での流行なのだろう。
「祖父から、面白いお嬢さんがいると聞きましてね」
あまり似ていないが、紳士はコーネル・ハーヴィ翁の孫らしい。
「ここには、お嬢さんと呼ばれるような歳の者は私くらいしかおりませんから、きっと私の事ですね。面白いかどうかはわかりませんので、私ではないような気も致しますが」
「なるほど、これは確かに面白いお嬢さんだ。それにたいそう美しい」
そう見えるとしたら単に服のせいだろう。おじさんに誂えてもらった服がみすぼらしいはずはない。
おじさんは趣味人ではないが堅実な美的感覚をしている。馬子にも衣裳とはよく言ったもので、おじさんの選んだ服は、背を伸ばして着るだけで私を普通以上の見栄えにする。
「今はこのように着飾っておりますが、ラース様に世話を焼かれての事です。
実を申しますと、私はたいそう卑しい出自でございまして、末は娼婦をやって生活していくつもりのつまらない女でございますよ」
私はコーネル翁が孫息子をこの屋敷に向かわせた理由がうすうすわかって、わざとライアンが幻滅するようなことを言った。
以前から、私を気に入ったコーネル翁に、ぜひ孫の嫁に来ないかと打診されていたのだ。
おじさんには報告していない。コーネル翁は大会社の創立者だ。まさか私なんかに本気で孫息子をすすめてくるとは思わなかったのだ。
それにあの時は、万が一そんなことになっても、おじさんの利益になるならそれもいいかと思っていた。今はなんだか気が重い。
来訪の先触れもなくやってきたライアンは、ケチをつけるように屋敷を見渡しながら屋敷にあがりこむと、応接室まで入って来てしまった。
先に保護者であるおじさんに私への面会を打診するべきなのではと思うが、そういえば私は根無し草のマッチ売りだ。それに保護者が必要なほど子どもでもないし、良家の縁談のような手順でやりとりされるほどの身分でもない。
それなら、猫の子をもらってくるくらいの挨拶で事足りるのかもしれない。
トムさんはお茶を出しに来たが、心配して客間から出て行こうとしない。
私に「早く追い返せ」と目で言っているのがわかる。私だってそうしたいのはやまやまだ。
コーネル翁は息子が駄目にしてしまった孫息子を憂いていた。
会社を相続した息子は孫に贅沢をさせて育てた。贅沢が悪いことではないが、生まれてからずっと人の金で楽しく生活しているライアンは趣味人にはなったが、仕事もせず、いつまでもふらふらとしている。自立しない孫をどうにかしなければと、いつも愚痴ってた。
「それでどんな御用でございましょうか?」
「君をここから助け出してあげようと思ってね。
聞けば、ラース殿は女性を愛せないようだし。君は女性除けにここに留め置かれているだけなのだろう?」
「はい?」
「その役割も君が成人して不要になったようだね。ラース殿はあちこちの青年たちに声をかけて君の嫁ぎ先を探している。女性らしくなった君を厄介払いしたいのか、それとも君を嫁がせて若い青年と仲良くしたいのか……まったく酷いものだね」
なんとも一方的で不躾な言い分に、開いた口が塞がらない。
なるほど、おじさんが噂を放置した為に大変な誤解がでまわっているようだ。同情的な表情を作ってステッキをぶんぶん振り回す。室内ではやめてほしい。
「僕を頼ってくれてかまわないんだよ。祖父が言うには君はたいへんな才媛だそうだが、君ほどの容姿の女性なら、仕事などさせずとも連れて歩くだけで皆に羨ましがられるな。
かわいそうに。粗末な身なりをさせられて、使用人に交じって下働きのようなことばかりさせられているのだろう? 僕の所に来れば遊んで暮らせるようにしてあげよう」
確かにこの孫息子はてんで駄目だ。
「それはそれは、面白いことをおっしゃいますのね」
笑みが引き攣るのを感じたが、腹が立ったからといって目の前の茶を客に浴びせかけるのはいけないことだとおじさんは言うし。
耐えよう。早く帰ってもらおう。
「ハーヴィ家の家名を名乗れるようにしてやろう。君が僕の所に嫁いでくれば、僕も安泰だ。いや、本当に君が醜女でなくて良かった。これは、思ったより簡単に話が進みそうだ」
「はぁ」
どうやって追い返そう。馬屋から馬糞を汲んできておけばよかった。
こういう気取った馬鹿にはうんと程度の低い嫌がらせが効くのだ。
「祖父があんまり君をすすめてくるから、どんな堅物が出てくるのかと思っていたんだ。形式だけでも娶るとなったら社交界に出られるくらいでなくてはキツいだろ? しかし、よかった! 女としても中々いいじゃないか。あの頑固爺の割には気が利いている」
服の中を想像して言っているのか、私の服の起伏に沿って視線が動いている。
こういう視線は見たことがある。娼婦を品定めをしている人がよく見せる顔だ。
「お客様……」
トムさんが見かねてライアンに声をかける。さすがに執事が客を追い返すのはまずいのではないだろうか。その点、私はもうすぐここから出て行く身だ。多少やらかしても大丈夫だろう。
0
お気に入りに追加
164
あなたにおすすめの小説
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました
灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。
恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。
異世界の学園で愛され姫として王子たちから(性的に)溺愛されました
空廻ロジカ
恋愛
「あぁ、イケメンたちに愛されて、蕩けるようなエッチがしたいよぉ……っ!」
――櫟《いちい》亜莉紗《ありさ》・18歳。TL《ティーンズラブ》コミックを愛好する彼女が好むのは、逆ハーレムと言われるジャンル。
今夜もTLコミックを読んではひとりエッチに励んでいた亜莉紗がイッた、その瞬間。窓の外で流星群が降り注ぎ、視界が真っ白に染まって……
気が付いたらイケメン王子と裸で同衾してるって、どういうこと? さらに三人のタイプの違うイケメンが現れて、亜莉紗を「姫」と呼び、愛を捧げてきて……!?
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
母の日 母にカンシャを
れん
恋愛
母の日、普段は恥ずかしくて言えない、日ごろの感謝の気持ちを込めて花束を贈ったら……まさか、こうなるとは思わなかった。
※時事ネタ思いつき作品です。
ノクターンからの転載。全9話。
性描写、近親相姦描写(母×子)を含みます。
苦手な方はご注意ください。
表紙は画像生成AIで出力しました
【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕
月極まろん
恋愛
幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。
ご主人様は愛玩奴隷をわかっていない ~皆から恐れられてるご主人様が私にだけ甘すぎます!~
南田 此仁
恋愛
突然異世界へと転移し、状況もわからぬままに拐われ愛玩奴隷としてオークションにかけられたマヤ。
険しい顔つきをした大柄な男に落札され、訪れる未来を思って絶望しかけたものの……。
跪いて手足の枷を外してくれたかと思えば、膝に抱き上げられ、体調を気遣われ、美味しい食事をお腹いっぱい与えられて風呂に入れられる。
温かい腕に囲われ毎日ただひたすらに甘やかされて……あれ? 奴隷生活って、こういうものだっけ———??
奴隷感なし。悲壮感なし。悲しい気持ちにはなりませんので安心してお読みいただけます☆
シリアス風な出だしですが、中身はノーシリアス?のほのぼの溺愛ものです。
■R18シーンは ※ マーク付きです。
■一話500文字程度でサラッと読めます。
■第14回 アルファポリス恋愛小説大賞《17位》
■第3回 ジュリアンパブリッシング恋愛小説大賞《最終選考》
■小説家になろう(ムーンライトノベルズ)にて30000ポイント突破
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる