上 下
4 / 23

おじさんは豆のシチューが好き

しおりを挟む
「はいはい。別におじさんを恥ずかしがらせたい訳じゃないのよ。この話はおしまい。
 ねえ、おじさん、今日はハグは無し?」
 私は子どもの頃と同じように両手を広げて待つ。
「エマ、おまえ、もう十八だろ? いつまで続けるつもりだ?」
 おじさんは、まだ艶のある若々しい頬をバツが悪そうに掻く。
 私が年頃になってからはあまり私を寝室には入れたがらなくなった。お休みのキスも寝る時のお話もしなくなってからだいぶ経つ。
 だからこうやって強請るほかないのだ。
「だって、お利口にしていたらご褒美に頭を撫でてくれるって言ってたじゃない?
 今日は教会に行っておじさんの名前で奉仕活動をしてきたの。貿易をしているコーネルって言うおじいちゃんと仲良くなってね。お金持ちみたいだったわよ。
 人脈作りが大切だっておじさんいつもいうじゃない? この出会いは、何か商売の足しになるかな?」
「コーネル?  コーネル・ハーヴィと知り合ったのか? お前、何か余計なことをしなかっただろうな」
「余計なことってなによ、偉そうなおじいちゃんに、うちのおじさんは親切で商売も上手だから気が向いたら声をかけてって売り込んでおいただけよ」
 もちろん、その人がコーネル・ハーヴィだと知っていて声をかけたのだ。
 コーネル・ハーヴィは大きな貿易会社の創始者だ。
 コネを作るためにすり寄ってくる者たちをたいそう毛嫌いしているが、私の身の上を語ったらたいそう同情的に話を聞いてくれた。
 小さなきっかけでもおじさんは商売に活かすはずだ。

「お前、ついにハーヴィ家と接触したのか……」
「私、役に立つかな?」
「まぁ……たたなくは、ないが、なんだかなぁ。他には何か聞かれなかったか?」
「別に」
 これは嘘だ。コーネル翁に少し気に入られ過ぎてしまったようなのだが、この話には、関係ない。私はおじさんに褒められたいだけなのだ。話をややこしくしたくないので黙っていよう。
 おじさんはニコニコと抱擁を待つ私に気難しい表情を向けるくせに、わしゃわしゃと大きな手で何度も私の頭を撫でた。
 おじさんは私になかなか家の中の雑用をさせてくれないから、おじさんに恩を返すにはこういうやり方でおじさんが儲ける手助けをする他ない。
「ハグくらいしてくれてもいいじゃない?」
「いつまで子どもみたいなことを言っているんだ。飴をねだるのとは違うんだからな」
「だって、『お前が受け取るはずだった愛情は俺がいくらか補ってやる』って言ったのはおじさんよ」
「お前を拾った時に、医者に少年少女の健全な育成にはスキンシップが不可欠だと助言されたからだ。十八の娘と抱擁するとなると、色々と意味が違ってくるだろうが……」

 私が屋敷に住むとなって、みんな大騒ぎだった。
 医者が来たり、家庭教師が来たり、おじさんがいない間は専用の子守りが来たり。
 みんな子どもに優しかった。
 手当ての甲斐があって、硬くひび割れた私の頬はシミ一つ残らずきれいに治り、細く切れて蜘蛛の巣のようだった髪も今では結い上げられるほどに豊かだ。
 おじさんは、それを思い出すかのように私の栗毛を撫でる。
 色々足りない私に、いろんな人が手をかけてくれた。誰も彼も、エマを育てたのは自分だと言い争いをしかねないほどに。
 私は、絵にかいた幻のような、この家の温かさが好きだった。

「ほら、さっさとして。台所の手伝いをして、クッキーも焼いたわ」
「また、おまえは――皆の邪魔をするなと言っているだろ」
「料理長の邪魔はしてないわ。ちゃんと夕飯の仕込みも手伝ったんだから」
「まったく、これで最後だからな。お前はもう独り立ちの時だ」
 色々ブツブツ言いながらおじさんは腕を広げる。不機嫌そうに見えるが、おじさんの不機嫌は照れ隠しのようなものだと、ここにいる誰もが知っている。

(そうか、これが最後か)

 先週、誕生日を祝われた。
 十八になれば大人だ。酒も結婚も許される年になってしまった。
 これまで与えられてきた幸福の数を数えながら、おじさんの腕に飛び込む。
 なんて幸せな時間だったんだろう。
 私はここに来て五年、まるで普通の子どものように過ごすことができた。
 欲しくてたまらなかったものを全部貰って、幸せで、たまらなく怖くなった。
 この幸せは長くは続かない。
 ついにそれが終わる時が来たのだ。
 マッチを灯した時のような束の間の温もりだと最初から分かっていたけれど、その炎を消さない魔法はなかったようだ。

 髪を撫でられ、背を撫でられ、うっとりとおじさんに体重をあずける。
 人の温もり、それはおじさんちに来るまで誰からも与えられなかったものだった。

「少し痩せたか?」
 深みのあるおじさんの声が頭蓋から伝わる。
「月のものが重かったの」
「馬鹿、そういう時はちゃんと休め」
「休んでいたわ。眠りすぎてしまって、ご飯を食べ損ねただけよ」
「仕方ない。夕食は肉料理だな」
「やめてよ! 今からメニューを変更したら皆に心配されるわ」
 おじさんは主人が食べるものと同じものを、使用人に賄いでも食べさせる。
 おじさん自身は舌が肥えているわけでもないのに、使用人に贅沢なものを食べさせる為に珍しい料理を厨房に注文するのだ。
「今日はチキンのシチューよ。パイにしようかって言ったけど、料理長がおじさんは手間のかかった料理より豆の入った煮込みが好きだからって」
「オーニールの料理はなんでも美味いからな」
 おじさんはぶっきらぼうだけど、使用人から慕われている。
 料理長も、おじさんには返しきれない恩があると常々言っている。
 私がこの家に来てから、辞めていった使用人は一人もいないし、新しく雇われた者もいない。
 だからこそ、私が雇ってもらえる隙間がないのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...