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おじさんは豆のシチューが好き
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「はいはい。別におじさんを恥ずかしがらせたい訳じゃないのよ。この話はおしまい。
ねえ、おじさん、今日はハグは無し?」
私は子どもの頃と同じように両手を広げて待つ。
「エマ、おまえ、もう十八だろ? いつまで続けるつもりだ?」
おじさんは、まだ艶のある若々しい頬をバツが悪そうに掻く。
私が年頃になってからはあまり私を寝室には入れたがらなくなった。お休みのキスも寝る時のお話もしなくなってからだいぶ経つ。
だからこうやって強請るほかないのだ。
「だって、お利口にしていたらご褒美に頭を撫でてくれるって言ってたじゃない?
今日は教会に行っておじさんの名前で奉仕活動をしてきたの。貿易をしているコーネルって言うおじいちゃんと仲良くなってね。お金持ちみたいだったわよ。
人脈作りが大切だっておじさんいつもいうじゃない? この出会いは、何か商売の足しになるかな?」
「コーネル? コーネル・ハーヴィと知り合ったのか? お前、何か余計なことをしなかっただろうな」
「余計なことってなによ、偉そうなおじいちゃんに、うちのおじさんは親切で商売も上手だから気が向いたら声をかけてって売り込んでおいただけよ」
もちろん、その人がコーネル・ハーヴィだと知っていて声をかけたのだ。
コーネル・ハーヴィは大きな貿易会社の創始者だ。
コネを作るためにすり寄ってくる者たちをたいそう毛嫌いしているが、私の身の上を語ったらたいそう同情的に話を聞いてくれた。
小さなきっかけでもおじさんは商売に活かすはずだ。
「お前、ついにハーヴィ家と接触したのか……」
「私、役に立つかな?」
「まぁ……たたなくは、ないが、なんだかなぁ。他には何か聞かれなかったか?」
「別に」
これは嘘だ。コーネル翁に少し気に入られ過ぎてしまったようなのだが、この話には、関係ない。私はおじさんに褒められたいだけなのだ。話をややこしくしたくないので黙っていよう。
おじさんはニコニコと抱擁を待つ私に気難しい表情を向けるくせに、わしゃわしゃと大きな手で何度も私の頭を撫でた。
おじさんは私になかなか家の中の雑用をさせてくれないから、おじさんに恩を返すにはこういうやり方でおじさんが儲ける手助けをする他ない。
「ハグくらいしてくれてもいいじゃない?」
「いつまで子どもみたいなことを言っているんだ。飴をねだるのとは違うんだからな」
「だって、『お前が受け取るはずだった愛情は俺がいくらか補ってやる』って言ったのはおじさんよ」
「お前を拾った時に、医者に少年少女の健全な育成にはスキンシップが不可欠だと助言されたからだ。十八の娘と抱擁するとなると、色々と意味が違ってくるだろうが……」
私が屋敷に住むとなって、みんな大騒ぎだった。
医者が来たり、家庭教師が来たり、おじさんがいない間は専用の子守りが来たり。
みんな子どもに優しかった。
手当ての甲斐があって、硬くひび割れた私の頬はシミ一つ残らずきれいに治り、細く切れて蜘蛛の巣のようだった髪も今では結い上げられるほどに豊かだ。
おじさんは、それを思い出すかのように私の栗毛を撫でる。
色々足りない私に、いろんな人が手をかけてくれた。誰も彼も、エマを育てたのは自分だと言い争いをしかねないほどに。
私は、絵にかいた幻のような、この家の温かさが好きだった。
「ほら、さっさとして。台所の手伝いをして、クッキーも焼いたわ」
「また、おまえは――皆の邪魔をするなと言っているだろ」
「料理長の邪魔はしてないわ。ちゃんと夕飯の仕込みも手伝ったんだから」
「まったく、これで最後だからな。お前はもう独り立ちの時だ」
色々ブツブツ言いながらおじさんは腕を広げる。不機嫌そうに見えるが、おじさんの不機嫌は照れ隠しのようなものだと、ここにいる誰もが知っている。
(そうか、これが最後か)
先週、誕生日を祝われた。
十八になれば大人だ。酒も結婚も許される年になってしまった。
これまで与えられてきた幸福の数を数えながら、おじさんの腕に飛び込む。
なんて幸せな時間だったんだろう。
私はここに来て五年、まるで普通の子どものように過ごすことができた。
欲しくてたまらなかったものを全部貰って、幸せで、たまらなく怖くなった。
この幸せは長くは続かない。
ついにそれが終わる時が来たのだ。
マッチを灯した時のような束の間の温もりだと最初から分かっていたけれど、その炎を消さない魔法はなかったようだ。
髪を撫でられ、背を撫でられ、うっとりとおじさんに体重をあずける。
人の温もり、それはおじさんちに来るまで誰からも与えられなかったものだった。
「少し痩せたか?」
深みのあるおじさんの声が頭蓋から伝わる。
「月のものが重かったの」
「馬鹿、そういう時はちゃんと休め」
「休んでいたわ。眠りすぎてしまって、ご飯を食べ損ねただけよ」
「仕方ない。夕食は肉料理だな」
「やめてよ! 今からメニューを変更したら皆に心配されるわ」
おじさんは主人が食べるものと同じものを、使用人に賄いでも食べさせる。
おじさん自身は舌が肥えているわけでもないのに、使用人に贅沢なものを食べさせる為に珍しい料理を厨房に注文するのだ。
「今日はチキンのシチューよ。パイにしようかって言ったけど、料理長がおじさんは手間のかかった料理より豆の入った煮込みが好きだからって」
「オーニールの料理はなんでも美味いからな」
おじさんはぶっきらぼうだけど、使用人から慕われている。
料理長も、おじさんには返しきれない恩があると常々言っている。
私がこの家に来てから、辞めていった使用人は一人もいないし、新しく雇われた者もいない。
だからこそ、私が雇ってもらえる隙間がないのだ。
ねえ、おじさん、今日はハグは無し?」
私は子どもの頃と同じように両手を広げて待つ。
「エマ、おまえ、もう十八だろ? いつまで続けるつもりだ?」
おじさんは、まだ艶のある若々しい頬をバツが悪そうに掻く。
私が年頃になってからはあまり私を寝室には入れたがらなくなった。お休みのキスも寝る時のお話もしなくなってからだいぶ経つ。
だからこうやって強請るほかないのだ。
「だって、お利口にしていたらご褒美に頭を撫でてくれるって言ってたじゃない?
今日は教会に行っておじさんの名前で奉仕活動をしてきたの。貿易をしているコーネルって言うおじいちゃんと仲良くなってね。お金持ちみたいだったわよ。
人脈作りが大切だっておじさんいつもいうじゃない? この出会いは、何か商売の足しになるかな?」
「コーネル? コーネル・ハーヴィと知り合ったのか? お前、何か余計なことをしなかっただろうな」
「余計なことってなによ、偉そうなおじいちゃんに、うちのおじさんは親切で商売も上手だから気が向いたら声をかけてって売り込んでおいただけよ」
もちろん、その人がコーネル・ハーヴィだと知っていて声をかけたのだ。
コーネル・ハーヴィは大きな貿易会社の創始者だ。
コネを作るためにすり寄ってくる者たちをたいそう毛嫌いしているが、私の身の上を語ったらたいそう同情的に話を聞いてくれた。
小さなきっかけでもおじさんは商売に活かすはずだ。
「お前、ついにハーヴィ家と接触したのか……」
「私、役に立つかな?」
「まぁ……たたなくは、ないが、なんだかなぁ。他には何か聞かれなかったか?」
「別に」
これは嘘だ。コーネル翁に少し気に入られ過ぎてしまったようなのだが、この話には、関係ない。私はおじさんに褒められたいだけなのだ。話をややこしくしたくないので黙っていよう。
おじさんはニコニコと抱擁を待つ私に気難しい表情を向けるくせに、わしゃわしゃと大きな手で何度も私の頭を撫でた。
おじさんは私になかなか家の中の雑用をさせてくれないから、おじさんに恩を返すにはこういうやり方でおじさんが儲ける手助けをする他ない。
「ハグくらいしてくれてもいいじゃない?」
「いつまで子どもみたいなことを言っているんだ。飴をねだるのとは違うんだからな」
「だって、『お前が受け取るはずだった愛情は俺がいくらか補ってやる』って言ったのはおじさんよ」
「お前を拾った時に、医者に少年少女の健全な育成にはスキンシップが不可欠だと助言されたからだ。十八の娘と抱擁するとなると、色々と意味が違ってくるだろうが……」
私が屋敷に住むとなって、みんな大騒ぎだった。
医者が来たり、家庭教師が来たり、おじさんがいない間は専用の子守りが来たり。
みんな子どもに優しかった。
手当ての甲斐があって、硬くひび割れた私の頬はシミ一つ残らずきれいに治り、細く切れて蜘蛛の巣のようだった髪も今では結い上げられるほどに豊かだ。
おじさんは、それを思い出すかのように私の栗毛を撫でる。
色々足りない私に、いろんな人が手をかけてくれた。誰も彼も、エマを育てたのは自分だと言い争いをしかねないほどに。
私は、絵にかいた幻のような、この家の温かさが好きだった。
「ほら、さっさとして。台所の手伝いをして、クッキーも焼いたわ」
「また、おまえは――皆の邪魔をするなと言っているだろ」
「料理長の邪魔はしてないわ。ちゃんと夕飯の仕込みも手伝ったんだから」
「まったく、これで最後だからな。お前はもう独り立ちの時だ」
色々ブツブツ言いながらおじさんは腕を広げる。不機嫌そうに見えるが、おじさんの不機嫌は照れ隠しのようなものだと、ここにいる誰もが知っている。
(そうか、これが最後か)
先週、誕生日を祝われた。
十八になれば大人だ。酒も結婚も許される年になってしまった。
これまで与えられてきた幸福の数を数えながら、おじさんの腕に飛び込む。
なんて幸せな時間だったんだろう。
私はここに来て五年、まるで普通の子どものように過ごすことができた。
欲しくてたまらなかったものを全部貰って、幸せで、たまらなく怖くなった。
この幸せは長くは続かない。
ついにそれが終わる時が来たのだ。
マッチを灯した時のような束の間の温もりだと最初から分かっていたけれど、その炎を消さない魔法はなかったようだ。
髪を撫でられ、背を撫でられ、うっとりとおじさんに体重をあずける。
人の温もり、それはおじさんちに来るまで誰からも与えられなかったものだった。
「少し痩せたか?」
深みのあるおじさんの声が頭蓋から伝わる。
「月のものが重かったの」
「馬鹿、そういう時はちゃんと休め」
「休んでいたわ。眠りすぎてしまって、ご飯を食べ損ねただけよ」
「仕方ない。夕食は肉料理だな」
「やめてよ! 今からメニューを変更したら皆に心配されるわ」
おじさんは主人が食べるものと同じものを、使用人に賄いでも食べさせる。
おじさん自身は舌が肥えているわけでもないのに、使用人に贅沢なものを食べさせる為に珍しい料理を厨房に注文するのだ。
「今日はチキンのシチューよ。パイにしようかって言ったけど、料理長がおじさんは手間のかかった料理より豆の入った煮込みが好きだからって」
「オーニールの料理はなんでも美味いからな」
おじさんはぶっきらぼうだけど、使用人から慕われている。
料理長も、おじさんには返しきれない恩があると常々言っている。
私がこの家に来てから、辞めていった使用人は一人もいないし、新しく雇われた者もいない。
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