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またある時はこうだ。
「アラン様、不純異性交遊は校則で禁止されております。
ここは不特定多数の生徒が利用する中庭です。
このような所で睦合えば、著しく風紀を乱します。」
そこで、アランが連れ込んだ女生徒をため息混じりに見遣る。
「あら、ローラ様、またですの?
何人誑し込めばお気に召すのですか?」
(この娘、一人でうろつくなと何度言ったらわかるのかしら。
アランはオオカミなのよ!)
軽蔑した表情で下から上まで舐めるように身嗜みを検分する。
(まぁ、今日は合格!
隙のある格好はしていないわね。
清楚で美しいわよ!
血色もいいし、生活も規則正しくなったのね。)
【ヒロインにデレデレだな。】
(ローラの愛らしさを讃えない人なんていないわ。
ローラってば、シア様とお買物に、お茶会、それにパジャマパーティーですって!
羨ましいわ。私だって混ざりたかったのに。)
【買い物は俺が付き合ってやってるだろ。】
(あなたは姿を現さないから、見た目、ひとりぼっちの買い物よ。)
【この間はお茶もいれてやっただろうが。】
(そうね、バルトロメオとは毎日パジャマパーティーしている、ということかしらね?)
【いかがわしい言い方をするな。】
(あら、馬鹿な話をしていてローラを置き去りにしていたわね。)
「ちがうの、私そんなつもりじゃ。」
私に軽蔑の目を向けられ、顔を青くして否定している。
(連れ込まれたのはわかっているわ。
それでも、学園から出たらあなたの足を引っ張る気満々の大人だらけよ。)
王族ともなれば、噂だけでも被害を被ることがあるのだ。
「貴族にとって純潔であることは外交の要です。
血を繋ぐための輿入れで、誰が別の種を宿したかもしれない娘を受け入れるでしょう。
貴族の娘にとって時に純潔は命よりも重いのです。」
そうでなければいいのに、と思う。
純潔かどうかしか価値がないなんて間違っている。
ローラには自分にそれ以上の価値を見出してもらわなければ。
姫様、精進なさいませ。
(それにしても、アランは、ローラをどうするつもりだったのだろう。
行儀が悪く、気品もないが、純潔が取りえなのに。
姫としての価値すら奪うつもりだったのだろうか。)
アランの振る舞いに苦々しい思いが交錯する。
(全く思慮が足りないわ。)
「なんだい、イザベラ、気になるのかい?仲間に入れて欲しいならこっちにおいでよ。」
アランは美しい所作で、私に触れようと手を伸ばす。
【悪役令嬢、そこに近づくなよ。
巻き込まれて、やられて、最終的にアランに絆されるからな。】
バルトロメオの声は硬い。
(アランに絆される?
ひどい冗談はやめて。)
ふん、と悪役令嬢らしく鼻を鳴らす。下品ね。
「アラン様、わたくしに触れようものなら、大事件になりますわ。」
「君が王子の婚約者だからかい?
もう君を想ってもいないような婚約者だよ?
王子のことは忘れて昔のように仲良くしようよ。」
愛らしかった幼馴染は、いつの間にか乙女を食い散らかす野犬に成り下がってしまったようだ。
「いいえ、私の婚姻は国による采配です。
私に触れれば貴方は国益を蔑ろにしたことになります。」
「そうかな、貞淑は美徳だけれど、君が黙っていればそんなの分からないとおもうよ。」
「いいえ、私に触れようとすれば・・」
アランは私の手を取ると、唇を寄せる。
「そんな細腕でなにができるの?
せいぜい可愛い声で悲鳴をあげるくらいだろ?」
バルトロメオが起こしたのであろう風が私とアランの間に吹き荒れる。
【馬鹿、早く逃げろ。】
(逃げるまでもありません。)
私は甘い覚悟でここに立っているのではないのだ。
「忠告致しましたわよ。」
私が起動した風の魔法が、私の左手の静脈を・・・あ、しまった動脈も切れた?
いずれにしろ、少量ではない血が吹き出て、風がそれをまき散らす。
「ベル!なんてことを・・・」
アランが慌てて駆け寄ろうとするのを右手をあげて拒絶する。
(ちょっと切りすぎちゃったかしら・・・)
「アラン様、愛称などでお呼びにならないで。
私に触れようとすれば、ほら、このように、私が死にますわ。
王は国益を考えられてこの縁談を指揮しておいでになるのに・・・お怒りになるでしょうね。」
ここ数年アランはシニカルな笑みしか浮かべなくなっていたが、今は事の重大さに顔色をなくし震えている。
「私がアラン様の兄上、魔術師団長に習いました治癒の魔術、残念ながら自分にはかけることができませんの。ご存知でしょう?
アラン様、これを大事になさりたくなければ、私に癒しの魔法をかけていただけませんか?」
私に打ち負かされて以来、アランはすっかり誠実性や勤勉性から遠ざかってしまった。
きっとできることがたくさんあるはずなのに、得意な魔術からも逃げ回って向き合わずにいる。
「俺は・・・できないんだ・・・。」
「出来ないとは?」
「治癒の魔術を習っていないんだ。」
(そんなの知ってるわ。)
「まぁ、それでは、私、死にますのね。」
(本当に死んでしまえたら、私も楽かもしれないわね。)
気が遠くなり、走馬灯のように幼い頃の楽しい思い出がよぎる。
私の愛しく美しい親友の笑顔が・・・。
【おい、俺が出て行って助けてもいいのか?血がすごいぞ。】
バルトロメオの声に、はっと、現実が戻ってくる。
(いいえ、まだよ。)
「そんな・・・ローラ、助けてくれ!このままだと、イザベラが・・」
ローラも震えている。
ローラは階段から突き飛ばされて以来、治癒の呪文を必死に習っている。
しかし、夥しい血に竦みあがり、舌も回らず集中できていない。
(ローラの治癒の術、まだもう少しかかりそうね。)
「早く誰か、呼ばないと・・」
「私、うっかり動脈まで切ってしまって・・・手近な病院に連れ込んでも、手遅れね。
私も貴方もおしまいのようだわ。」
令嬢を自害に追いやったとなれば、誰もアランを避けて通るだろう。
「一番近くで治癒が使えるとなると、魔術師団の方くらいなものね。」
兄を呼ばれるのは困るだろう。
しかし、呼ばなければ私が死んで、私の死によって身を滅ぼす。
「ねぇ、アラン、団長を呼んでも?」
「わかった、すぐ呼んでくる。」
【失血がひどい。もう限界だ。】
焦った声が頭に響く。
「バルトロメオ、いるかしら?」
「ここに。」
余韻もなく適当に黒い渦から現れたバルトロメオは、やっとのことで立っていた私を抱きとめて横たえる。
【虫の息じゃねぇか、止血はして良いんだな】
(うん、もうしゃべれないから、あとはおねがい。)
(血だけ止めたら、団長を呼んで。)
【やりすぎだ。】
表情の分かりづらいバルトロメオが深く深く眉間に皺をたくわえている。
「ごめんなさい。」
私は血溜まりの中で気を失った。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「あら、アラン様?」
気が付くと憔悴しきった幼馴染がそこにいた。
「イザベラ、気がついたか?」
「あら、私、生きてますのね。」
色々間に合ったようだ。
「あの後、兄貴がやってきて・・・あいつ、あの黒いのはいったいなんなんだ?」
【幼なじみ殿に、俺はだいぶ警戒されたようだな。】
「あら、バルトロメオのことですか?
王家の守護ですわ。
私、まだギリギリ第三王子の婚約者ですので。」
苦い顔をするが、頭を振り、頷く。
「そうか、国の護りか。
じゃぁ、あいつが傷を塞いだんだな。
あいつが兄貴をあっという間に召喚して、一時的に増血する魔法を使わせた。
無理やりの術だったから暫くはだるいはずだ。」
まあ、きっとバルトロメオだけで対処できた傷だったのだろうが、魔術師団長を引っ張り出さないとアランの話は続かない。
「お兄様にもお手数をお掛けいたしましたわね。」
数年前に卒業したアランの兄様だ、学園の事情と私の役目は分かっているだろう。
「俺は、何も出来なかった。」
アランは吐き捨てるように言う。
「ええ、そうですわね。」
私が笑うと、アランは顔を覆って嗚咽を漏らした。
格好悪いわ、アラン。
これが、苦い苦い涙なのを私はちゃんと覚えておくから。
「俺は学園を去ろうと思う。」
手の甲に小さな紋章が刻んである。
卒業の印だ。
厳密には卒業の祝いの印ではない。
学園から出る許可が降りる時、学園の秘密を知り、それを口外しない誓いの為、印を刻まれる。
私が何のために風紀委員としてこんなことをしているのかアランは知ったのだ。
「俺は、兄貴の元で、魔術師団の雑用をする。」
「そうですのね。アラン様がまた魔術に向き合う事ができるなら、喜ばしい事です。」
よかった。
死にかけたのは無駄ではなかったようだ。
「初恋の相手が目の前であんなことになったら、さすがに目も覚める。」
熱の篭った視線を向けられるのを、笑っていなす。
「遅いですわね。
そうおっしゃっているアラン様が、私の九つの誕生日パーティーで、私の親友を熱心に口説き落としているのを見て、私はすっかり目が覚めましたわよ?
私の薔薇を手折った事も忘れていません。」
「違うんだ、イザベラ。俺はイザベラを・・」
首を振り、続きは聞かないと示す。
「まだお分かりになりませんか?この身は王家のものです。」
「こんな、こんなひどいことが・・・」
「口を慎みあそばせ。」
私は私のために戦っているのだ。アランなんかに哀れまれては私の矜持に関わる。
「ベル、君はニコラウス様から婚約破棄を言い渡されていたんじゃないか?」
「私のあずかり知る所ではありません。
必要ならば卒業後、王から破棄の連絡があるはずです。」
伺うように、そっと私の手に手を重ねる。
「・・・待っても良いのか?」
「は?」
「君が婚約破棄されるまで俺は待てる。」
「いいえ、待っていただいても、全く無駄ですわ。」
「誠実になる。魔術の訓練もする。だから・・・。」
「私、独り身になっても、アランを選びませんから。
お世話していただく必要もありません。
手折った花の世話でもなさいませ。」
アランは重ねた手を放し、しょんぼりと項垂れる。
(ねぇ、バルトロメオ、これがざまぁ、ってやつですの?)
【うーん、微妙に違うな。】
「なんだ、違うのね。」
(今、私、完全にざまぁみろって思ったのに。)
【ニコラウスに見限られた傷心で、泣いている所を初恋のアランに慰められ、絆されて、ローラを憎むようになっていく・・・っていう話だったのにな。】
「ふふふ、私、ニコラウス様もアランも全然好きじゃないし、振った振られたで傷つきようがないのに。」
【おい!俺と念話で話してるつもりかもしれないが、口に出てるぞ。】
「あら。」
(口が動いていたのね。うっかりだわ。)
まだ本調子ではないのだったわ。
「・・・すまない。イザベラが俺たちの為に一人で戦っているのに、自惚れていた。」
なにを勘違いしたのか、アランはかわいそうな程に萎れている。
「気になさらないで、ご卒業おめでとうございます。私も、一つ肩の荷が降りましたわ。」
「・・・俺は肩の荷なんだな・・・。」
(そうよ!)
【お前、なんでそんなにアランに当たりがキツいんだよ。一応、アランと悪役令嬢は一時的に恋人関係になるんだぞ。】
(また、乙女ゲームとやらの話?
いい?アランは私の誕生日に、私が大事にしている薔薇の花を手折って私の親友に捧げたのよ。
間違えて折ったのなら許したわ。
でも、私がアランに会うたびに薔薇の話をしていたにもかかわらず、そうしたのよ。)
初めて苗から育ててやっと花開いた薔薇だったのだ。
最初に咲いた花を親友にあげると約束していて、その最初の花をアランは手折った。
あの時の怒りを許すつもりはない。
(親友がアランを引っ叩かなかったら、私が蹴り出しているところだったわ。
政略結婚でもなくて、私の親友の顔も、私の好きなものも、理解しないような人と連れ添うなんて地獄じゃない?)
【まぁ、親友の方がうんと美少女だったしな。】
(まぁ、それは否定しないけど。)
【もう眠れ。】
(そうね。)
【良い夢を。】
(あら?やっぱりちょっと待って。
ねえ、バルトロメオ・・・なぜ・・・
あ、まって、これ、眠りのまほう・・
・・・・・・)
私の抵抗虚しく、意識はあたたかい闇に呑まれていった。
「アラン様、不純異性交遊は校則で禁止されております。
ここは不特定多数の生徒が利用する中庭です。
このような所で睦合えば、著しく風紀を乱します。」
そこで、アランが連れ込んだ女生徒をため息混じりに見遣る。
「あら、ローラ様、またですの?
何人誑し込めばお気に召すのですか?」
(この娘、一人でうろつくなと何度言ったらわかるのかしら。
アランはオオカミなのよ!)
軽蔑した表情で下から上まで舐めるように身嗜みを検分する。
(まぁ、今日は合格!
隙のある格好はしていないわね。
清楚で美しいわよ!
血色もいいし、生活も規則正しくなったのね。)
【ヒロインにデレデレだな。】
(ローラの愛らしさを讃えない人なんていないわ。
ローラってば、シア様とお買物に、お茶会、それにパジャマパーティーですって!
羨ましいわ。私だって混ざりたかったのに。)
【買い物は俺が付き合ってやってるだろ。】
(あなたは姿を現さないから、見た目、ひとりぼっちの買い物よ。)
【この間はお茶もいれてやっただろうが。】
(そうね、バルトロメオとは毎日パジャマパーティーしている、ということかしらね?)
【いかがわしい言い方をするな。】
(あら、馬鹿な話をしていてローラを置き去りにしていたわね。)
「ちがうの、私そんなつもりじゃ。」
私に軽蔑の目を向けられ、顔を青くして否定している。
(連れ込まれたのはわかっているわ。
それでも、学園から出たらあなたの足を引っ張る気満々の大人だらけよ。)
王族ともなれば、噂だけでも被害を被ることがあるのだ。
「貴族にとって純潔であることは外交の要です。
血を繋ぐための輿入れで、誰が別の種を宿したかもしれない娘を受け入れるでしょう。
貴族の娘にとって時に純潔は命よりも重いのです。」
そうでなければいいのに、と思う。
純潔かどうかしか価値がないなんて間違っている。
ローラには自分にそれ以上の価値を見出してもらわなければ。
姫様、精進なさいませ。
(それにしても、アランは、ローラをどうするつもりだったのだろう。
行儀が悪く、気品もないが、純潔が取りえなのに。
姫としての価値すら奪うつもりだったのだろうか。)
アランの振る舞いに苦々しい思いが交錯する。
(全く思慮が足りないわ。)
「なんだい、イザベラ、気になるのかい?仲間に入れて欲しいならこっちにおいでよ。」
アランは美しい所作で、私に触れようと手を伸ばす。
【悪役令嬢、そこに近づくなよ。
巻き込まれて、やられて、最終的にアランに絆されるからな。】
バルトロメオの声は硬い。
(アランに絆される?
ひどい冗談はやめて。)
ふん、と悪役令嬢らしく鼻を鳴らす。下品ね。
「アラン様、わたくしに触れようものなら、大事件になりますわ。」
「君が王子の婚約者だからかい?
もう君を想ってもいないような婚約者だよ?
王子のことは忘れて昔のように仲良くしようよ。」
愛らしかった幼馴染は、いつの間にか乙女を食い散らかす野犬に成り下がってしまったようだ。
「いいえ、私の婚姻は国による采配です。
私に触れれば貴方は国益を蔑ろにしたことになります。」
「そうかな、貞淑は美徳だけれど、君が黙っていればそんなの分からないとおもうよ。」
「いいえ、私に触れようとすれば・・」
アランは私の手を取ると、唇を寄せる。
「そんな細腕でなにができるの?
せいぜい可愛い声で悲鳴をあげるくらいだろ?」
バルトロメオが起こしたのであろう風が私とアランの間に吹き荒れる。
【馬鹿、早く逃げろ。】
(逃げるまでもありません。)
私は甘い覚悟でここに立っているのではないのだ。
「忠告致しましたわよ。」
私が起動した風の魔法が、私の左手の静脈を・・・あ、しまった動脈も切れた?
いずれにしろ、少量ではない血が吹き出て、風がそれをまき散らす。
「ベル!なんてことを・・・」
アランが慌てて駆け寄ろうとするのを右手をあげて拒絶する。
(ちょっと切りすぎちゃったかしら・・・)
「アラン様、愛称などでお呼びにならないで。
私に触れようとすれば、ほら、このように、私が死にますわ。
王は国益を考えられてこの縁談を指揮しておいでになるのに・・・お怒りになるでしょうね。」
ここ数年アランはシニカルな笑みしか浮かべなくなっていたが、今は事の重大さに顔色をなくし震えている。
「私がアラン様の兄上、魔術師団長に習いました治癒の魔術、残念ながら自分にはかけることができませんの。ご存知でしょう?
アラン様、これを大事になさりたくなければ、私に癒しの魔法をかけていただけませんか?」
私に打ち負かされて以来、アランはすっかり誠実性や勤勉性から遠ざかってしまった。
きっとできることがたくさんあるはずなのに、得意な魔術からも逃げ回って向き合わずにいる。
「俺は・・・できないんだ・・・。」
「出来ないとは?」
「治癒の魔術を習っていないんだ。」
(そんなの知ってるわ。)
「まぁ、それでは、私、死にますのね。」
(本当に死んでしまえたら、私も楽かもしれないわね。)
気が遠くなり、走馬灯のように幼い頃の楽しい思い出がよぎる。
私の愛しく美しい親友の笑顔が・・・。
【おい、俺が出て行って助けてもいいのか?血がすごいぞ。】
バルトロメオの声に、はっと、現実が戻ってくる。
(いいえ、まだよ。)
「そんな・・・ローラ、助けてくれ!このままだと、イザベラが・・」
ローラも震えている。
ローラは階段から突き飛ばされて以来、治癒の呪文を必死に習っている。
しかし、夥しい血に竦みあがり、舌も回らず集中できていない。
(ローラの治癒の術、まだもう少しかかりそうね。)
「早く誰か、呼ばないと・・」
「私、うっかり動脈まで切ってしまって・・・手近な病院に連れ込んでも、手遅れね。
私も貴方もおしまいのようだわ。」
令嬢を自害に追いやったとなれば、誰もアランを避けて通るだろう。
「一番近くで治癒が使えるとなると、魔術師団の方くらいなものね。」
兄を呼ばれるのは困るだろう。
しかし、呼ばなければ私が死んで、私の死によって身を滅ぼす。
「ねぇ、アラン、団長を呼んでも?」
「わかった、すぐ呼んでくる。」
【失血がひどい。もう限界だ。】
焦った声が頭に響く。
「バルトロメオ、いるかしら?」
「ここに。」
余韻もなく適当に黒い渦から現れたバルトロメオは、やっとのことで立っていた私を抱きとめて横たえる。
【虫の息じゃねぇか、止血はして良いんだな】
(うん、もうしゃべれないから、あとはおねがい。)
(血だけ止めたら、団長を呼んで。)
【やりすぎだ。】
表情の分かりづらいバルトロメオが深く深く眉間に皺をたくわえている。
「ごめんなさい。」
私は血溜まりの中で気を失った。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「あら、アラン様?」
気が付くと憔悴しきった幼馴染がそこにいた。
「イザベラ、気がついたか?」
「あら、私、生きてますのね。」
色々間に合ったようだ。
「あの後、兄貴がやってきて・・・あいつ、あの黒いのはいったいなんなんだ?」
【幼なじみ殿に、俺はだいぶ警戒されたようだな。】
「あら、バルトロメオのことですか?
王家の守護ですわ。
私、まだギリギリ第三王子の婚約者ですので。」
苦い顔をするが、頭を振り、頷く。
「そうか、国の護りか。
じゃぁ、あいつが傷を塞いだんだな。
あいつが兄貴をあっという間に召喚して、一時的に増血する魔法を使わせた。
無理やりの術だったから暫くはだるいはずだ。」
まあ、きっとバルトロメオだけで対処できた傷だったのだろうが、魔術師団長を引っ張り出さないとアランの話は続かない。
「お兄様にもお手数をお掛けいたしましたわね。」
数年前に卒業したアランの兄様だ、学園の事情と私の役目は分かっているだろう。
「俺は、何も出来なかった。」
アランは吐き捨てるように言う。
「ええ、そうですわね。」
私が笑うと、アランは顔を覆って嗚咽を漏らした。
格好悪いわ、アラン。
これが、苦い苦い涙なのを私はちゃんと覚えておくから。
「俺は学園を去ろうと思う。」
手の甲に小さな紋章が刻んである。
卒業の印だ。
厳密には卒業の祝いの印ではない。
学園から出る許可が降りる時、学園の秘密を知り、それを口外しない誓いの為、印を刻まれる。
私が何のために風紀委員としてこんなことをしているのかアランは知ったのだ。
「俺は、兄貴の元で、魔術師団の雑用をする。」
「そうですのね。アラン様がまた魔術に向き合う事ができるなら、喜ばしい事です。」
よかった。
死にかけたのは無駄ではなかったようだ。
「初恋の相手が目の前であんなことになったら、さすがに目も覚める。」
熱の篭った視線を向けられるのを、笑っていなす。
「遅いですわね。
そうおっしゃっているアラン様が、私の九つの誕生日パーティーで、私の親友を熱心に口説き落としているのを見て、私はすっかり目が覚めましたわよ?
私の薔薇を手折った事も忘れていません。」
「違うんだ、イザベラ。俺はイザベラを・・」
首を振り、続きは聞かないと示す。
「まだお分かりになりませんか?この身は王家のものです。」
「こんな、こんなひどいことが・・・」
「口を慎みあそばせ。」
私は私のために戦っているのだ。アランなんかに哀れまれては私の矜持に関わる。
「ベル、君はニコラウス様から婚約破棄を言い渡されていたんじゃないか?」
「私のあずかり知る所ではありません。
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伺うように、そっと私の手に手を重ねる。
「・・・待っても良いのか?」
「は?」
「君が婚約破棄されるまで俺は待てる。」
「いいえ、待っていただいても、全く無駄ですわ。」
「誠実になる。魔術の訓練もする。だから・・・。」
「私、独り身になっても、アランを選びませんから。
お世話していただく必要もありません。
手折った花の世話でもなさいませ。」
アランは重ねた手を放し、しょんぼりと項垂れる。
(ねぇ、バルトロメオ、これがざまぁ、ってやつですの?)
【うーん、微妙に違うな。】
「なんだ、違うのね。」
(今、私、完全にざまぁみろって思ったのに。)
【ニコラウスに見限られた傷心で、泣いている所を初恋のアランに慰められ、絆されて、ローラを憎むようになっていく・・・っていう話だったのにな。】
「ふふふ、私、ニコラウス様もアランも全然好きじゃないし、振った振られたで傷つきようがないのに。」
【おい!俺と念話で話してるつもりかもしれないが、口に出てるぞ。】
「あら。」
(口が動いていたのね。うっかりだわ。)
まだ本調子ではないのだったわ。
「・・・すまない。イザベラが俺たちの為に一人で戦っているのに、自惚れていた。」
なにを勘違いしたのか、アランはかわいそうな程に萎れている。
「気になさらないで、ご卒業おめでとうございます。私も、一つ肩の荷が降りましたわ。」
「・・・俺は肩の荷なんだな・・・。」
(そうよ!)
【お前、なんでそんなにアランに当たりがキツいんだよ。一応、アランと悪役令嬢は一時的に恋人関係になるんだぞ。】
(また、乙女ゲームとやらの話?
いい?アランは私の誕生日に、私が大事にしている薔薇の花を手折って私の親友に捧げたのよ。
間違えて折ったのなら許したわ。
でも、私がアランに会うたびに薔薇の話をしていたにもかかわらず、そうしたのよ。)
初めて苗から育ててやっと花開いた薔薇だったのだ。
最初に咲いた花を親友にあげると約束していて、その最初の花をアランは手折った。
あの時の怒りを許すつもりはない。
(親友がアランを引っ叩かなかったら、私が蹴り出しているところだったわ。
政略結婚でもなくて、私の親友の顔も、私の好きなものも、理解しないような人と連れ添うなんて地獄じゃない?)
【まぁ、親友の方がうんと美少女だったしな。】
(まぁ、それは否定しないけど。)
【もう眠れ。】
(そうね。)
【良い夢を。】
(あら?やっぱりちょっと待って。
ねえ、バルトロメオ・・・なぜ・・・
あ、まって、これ、眠りのまほう・・
・・・・・・)
私の抵抗虚しく、意識はあたたかい闇に呑まれていった。
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