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【不定期更新おまけ】くりやがわ。くりやがわ。
おまけ1
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こんな高そうな壺をもらって良かったのだろうか。
遺跡の近くの民宿の主人がお土産にくれた壺は人の頭くらいの大きさで、所々へこんだ不思議な形をしている。
ひとまずベッドの隣に壺を置いて、寝支度をする。スリップウェアのような勢いのある柄は寝室には合わないから、どこか置き場所を考えないと――。
発掘品や盗品ではないとはいっていたが、近代陶器の年代はよく分からない。
そういえば、蓋を開けてもいなかったことに気がついて、緩衝材の上に載せられたこじんまりとした蓋をそっとずらしてみる。
中には見覚えのある、琥珀色の飴玉が詰まっていた。
「なんだこれ……」
そこで最高潮の眠気が襲ってくる。家にたどり着けたのはいいけれど、時差ボケでふらふらだ。
「だめだ、明日考えよ……」
意識は闇に飲まれた。
1
これが世に言ういじめというやつ。そして、これが本物のギャル……。
「……初めて見た」
「え、なにを?」
疑問形のイントネーションがおかしい後ろの席のギャルは、わざわざ隣の席に座り直して、俺の机に肘をつく。校則違反だろうに、制服を着崩して、髪の色もかなり明るい。
一年の時は階も別だったから、ほとんど顔を合わせる事はなかった。
別の世界の住人の、少し明るい色の目が俺を見上げている。
「名前なんて言うの? 考古学やってるのに、何で理系クラス?」
質問攻めが始まった。噂に聞く、陰キャが動揺するのを観察するイジメスタイルにちがいない。しかし、ここは怯んではいけないと迎え撃つ。
「倉持。理系科目が苦手だから理系を選んだ」
つまらない返しをして追い払おうと思ったのに、ギャルは椅子を引きずって俺の机に近づいてくる。
うっかりしていた、だれか来るかもしれないのに、委員会の仕事を教室でやっていたのが悪手だった。ギャルと二人の空間から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
「下の名前きいたんだけど、まあいいや。ねぇ、倉持、受験で理系科目あるの?」
(――もう呼び捨てかよ。ギャル、怖っ!)
盛大に心の中でリアクションをとりつつ、ここから立ち去る方法を考える。
「……文系科目は別に勉強しなくても、そこそこできるし。知らない学問をやった方が有益だろ」
「面白いこと考えるね。私も文系を選ぶべきだったかな」
そこは立ち去る場面だろうに、逆に興味津々な顔で話を続けるギャル。
俺は対応を間違えたことを悟った。
指で髪の毛をくるくるしているギャルを、どうしたものか。ここで標的にされたら、クラス替えのない二年間を卒業まで耐えなければならない。
そうだ、一般的且つ、つまらない答えを用意して早く話を切り上げよう。
「――もちろん、進学する大学に合わせて、文理を選ぶのは道理にかなっている。それで正しい」
一般論を述べれば、睫毛をぱちぱちさせて、にへらと笑う。
どうだ、もうここから立ち去りたくなっただろう。
「あ、倉持、今、自分がちょっと変わってるって、明言したね。いいのいいの、キミが変わってんのは一年の頃から有名だから。わざわざ一般論とかいわなくていいんだよ。そういうのじゃなくて、私が知りたいのは、考古学で何が必要で理系分野を選んだのかってことで――」
また失敗した。
確かに、俺は考古学専攻の学部の推薦入試を受ける予定で、ほぼ進路が決まっている。
理系を選んだのは別に変わったことがしたかったわけじゃない。必要なものを先に学んでおこうと思っただけだ。
「考古学にも科学的な視点が必要なんだよ、例えば……」
「ねぇねぇ、ところで、それ、何読んでるの?」
ギャルは、俺が答えてる途中で置いてあった本を指さして別の質問をしてきた。恐ろしいほど集中力がない。
「……質問したなら、話を聞けよ」
「あ、はい。ごめんね。そうだよね。例えば、何?」
説教してやろうかと思ったのに、やけにすぐに謝ってきて、毒気を抜かれる。
「――それで、本と考古学における理数科目の必要性、どっちを先に話す?」
「本!」
黙って本を差し出せば、ほうほうと頷きながら受け取りもせずに表紙の写真を撮られた。そのまま検索を始めて、本の概要を読んでいる。まったく動きが読めない。
(――ギャルやば……)
うっすら眩暈がする。それにしてもこのギャル、質問の手数が多く、なかなか話を切り上げられないのだ。
何のつもりなのか、派手な花柄のポーチをごそごそして飴の袋を出してくる。
シンプルなフィルムが巻いてある琥珀色のキャンディーは、祖母の家でしか見たことがない。
「これ美味しいよね。勉強してると甘いもの欲しくなるんだ。倉持、文系だから余計に頭使って糖分ほしくなるでしょ?」
微妙に失礼な言い方だが、本人に悪気はなさそうだ。ぐいぐいと飴を押し付けてくる。
「脳の栄養はブドウ糖だけじゃないだろ」
「じゃぁ、ナッツが入ってるのにする?」
今度は手提げからチョコがけのアーモンドが出てきた。
机に何種類も並べられて、食べろと勧められる。仕方ないので飴を一つ口に入れた。
「おーよしよし、倉持、甘いもの食べるじゃん」
餌付けをするつもりなのらろうか? 最近のいじめは複雑化しているようだ。
何にしても、わざわざ俺に話を吹っかけてきたこのギャルの意図が分からない。勧められるままに食べていると、鞄を開けてコンビニの袋を引っ張り出して、また別の菓子を取り出す。
「これ流行ってるんだけど、知ってる? あー、倉持ってあんまり流行のお菓子とか知らなそうだよね。和菓子とか駄菓子の方が好き?」
「それくらい知ってる。『我が国の梅の花とは見たれども大宮人はいかが言ふらん』だな」
俺だって普通の高校生だし、コンビニの人気商品ぐらい食べる。
「あー、ごめんごめん、考古学好きは現代の流行に疎そうだなって勝手に思い込んでたの。ねぇ、いまの、平家物語でしょ? 梅の花くらい知ってるわ、侮るなボケェ!って怒るやつ。倉持って、わかりずらいね」
厨川は屈託なく笑って、新作の菓子を俺の口に押し込んだ。
ーーやられた。
ギャルの侮辱を逆手に取るつもりで引用した平家物語を知っていた。どや顔で引用した俺が恥ずかしい。
ギャルは気にした風もなく、お菓子をポリポリしている。
「なんだ倉持、私の名前知ってるじゃん。残念ながら、私んちはそれを詠んだ阿部の厨川とは関係ないくりやがわなんだけどね」
学年の有名人の名前くらい知ってると答えようと思ったが、口の中の水分をとられる菓子のせいで、黙るしかなかった。
厄介な人物と知り合ってしまったと、帰り道の足取りは重いものになった。
遺跡の近くの民宿の主人がお土産にくれた壺は人の頭くらいの大きさで、所々へこんだ不思議な形をしている。
ひとまずベッドの隣に壺を置いて、寝支度をする。スリップウェアのような勢いのある柄は寝室には合わないから、どこか置き場所を考えないと――。
発掘品や盗品ではないとはいっていたが、近代陶器の年代はよく分からない。
そういえば、蓋を開けてもいなかったことに気がついて、緩衝材の上に載せられたこじんまりとした蓋をそっとずらしてみる。
中には見覚えのある、琥珀色の飴玉が詰まっていた。
「なんだこれ……」
そこで最高潮の眠気が襲ってくる。家にたどり着けたのはいいけれど、時差ボケでふらふらだ。
「だめだ、明日考えよ……」
意識は闇に飲まれた。
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これが世に言ういじめというやつ。そして、これが本物のギャル……。
「……初めて見た」
「え、なにを?」
疑問形のイントネーションがおかしい後ろの席のギャルは、わざわざ隣の席に座り直して、俺の机に肘をつく。校則違反だろうに、制服を着崩して、髪の色もかなり明るい。
一年の時は階も別だったから、ほとんど顔を合わせる事はなかった。
別の世界の住人の、少し明るい色の目が俺を見上げている。
「名前なんて言うの? 考古学やってるのに、何で理系クラス?」
質問攻めが始まった。噂に聞く、陰キャが動揺するのを観察するイジメスタイルにちがいない。しかし、ここは怯んではいけないと迎え撃つ。
「倉持。理系科目が苦手だから理系を選んだ」
つまらない返しをして追い払おうと思ったのに、ギャルは椅子を引きずって俺の机に近づいてくる。
うっかりしていた、だれか来るかもしれないのに、委員会の仕事を教室でやっていたのが悪手だった。ギャルと二人の空間から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
「下の名前きいたんだけど、まあいいや。ねぇ、倉持、受験で理系科目あるの?」
(――もう呼び捨てかよ。ギャル、怖っ!)
盛大に心の中でリアクションをとりつつ、ここから立ち去る方法を考える。
「……文系科目は別に勉強しなくても、そこそこできるし。知らない学問をやった方が有益だろ」
「面白いこと考えるね。私も文系を選ぶべきだったかな」
そこは立ち去る場面だろうに、逆に興味津々な顔で話を続けるギャル。
俺は対応を間違えたことを悟った。
指で髪の毛をくるくるしているギャルを、どうしたものか。ここで標的にされたら、クラス替えのない二年間を卒業まで耐えなければならない。
そうだ、一般的且つ、つまらない答えを用意して早く話を切り上げよう。
「――もちろん、進学する大学に合わせて、文理を選ぶのは道理にかなっている。それで正しい」
一般論を述べれば、睫毛をぱちぱちさせて、にへらと笑う。
どうだ、もうここから立ち去りたくなっただろう。
「あ、倉持、今、自分がちょっと変わってるって、明言したね。いいのいいの、キミが変わってんのは一年の頃から有名だから。わざわざ一般論とかいわなくていいんだよ。そういうのじゃなくて、私が知りたいのは、考古学で何が必要で理系分野を選んだのかってことで――」
また失敗した。
確かに、俺は考古学専攻の学部の推薦入試を受ける予定で、ほぼ進路が決まっている。
理系を選んだのは別に変わったことがしたかったわけじゃない。必要なものを先に学んでおこうと思っただけだ。
「考古学にも科学的な視点が必要なんだよ、例えば……」
「ねぇねぇ、ところで、それ、何読んでるの?」
ギャルは、俺が答えてる途中で置いてあった本を指さして別の質問をしてきた。恐ろしいほど集中力がない。
「……質問したなら、話を聞けよ」
「あ、はい。ごめんね。そうだよね。例えば、何?」
説教してやろうかと思ったのに、やけにすぐに謝ってきて、毒気を抜かれる。
「――それで、本と考古学における理数科目の必要性、どっちを先に話す?」
「本!」
黙って本を差し出せば、ほうほうと頷きながら受け取りもせずに表紙の写真を撮られた。そのまま検索を始めて、本の概要を読んでいる。まったく動きが読めない。
(――ギャルやば……)
うっすら眩暈がする。それにしてもこのギャル、質問の手数が多く、なかなか話を切り上げられないのだ。
何のつもりなのか、派手な花柄のポーチをごそごそして飴の袋を出してくる。
シンプルなフィルムが巻いてある琥珀色のキャンディーは、祖母の家でしか見たことがない。
「これ美味しいよね。勉強してると甘いもの欲しくなるんだ。倉持、文系だから余計に頭使って糖分ほしくなるでしょ?」
微妙に失礼な言い方だが、本人に悪気はなさそうだ。ぐいぐいと飴を押し付けてくる。
「脳の栄養はブドウ糖だけじゃないだろ」
「じゃぁ、ナッツが入ってるのにする?」
今度は手提げからチョコがけのアーモンドが出てきた。
机に何種類も並べられて、食べろと勧められる。仕方ないので飴を一つ口に入れた。
「おーよしよし、倉持、甘いもの食べるじゃん」
餌付けをするつもりなのらろうか? 最近のいじめは複雑化しているようだ。
何にしても、わざわざ俺に話を吹っかけてきたこのギャルの意図が分からない。勧められるままに食べていると、鞄を開けてコンビニの袋を引っ張り出して、また別の菓子を取り出す。
「これ流行ってるんだけど、知ってる? あー、倉持ってあんまり流行のお菓子とか知らなそうだよね。和菓子とか駄菓子の方が好き?」
「それくらい知ってる。『我が国の梅の花とは見たれども大宮人はいかが言ふらん』だな」
俺だって普通の高校生だし、コンビニの人気商品ぐらい食べる。
「あー、ごめんごめん、考古学好きは現代の流行に疎そうだなって勝手に思い込んでたの。ねぇ、いまの、平家物語でしょ? 梅の花くらい知ってるわ、侮るなボケェ!って怒るやつ。倉持って、わかりずらいね」
厨川は屈託なく笑って、新作の菓子を俺の口に押し込んだ。
ーーやられた。
ギャルの侮辱を逆手に取るつもりで引用した平家物語を知っていた。どや顔で引用した俺が恥ずかしい。
ギャルは気にした風もなく、お菓子をポリポリしている。
「なんだ倉持、私の名前知ってるじゃん。残念ながら、私んちはそれを詠んだ阿部の厨川とは関係ないくりやがわなんだけどね」
学年の有名人の名前くらい知ってると答えようと思ったが、口の中の水分をとられる菓子のせいで、黙るしかなかった。
厄介な人物と知り合ってしまったと、帰り道の足取りは重いものになった。
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