42 / 45
第六章
第42話 「気を付けろ、また矢の雨が来るっ!」
しおりを挟む
「それでは、一矢万矢が名の由来、とくと堪能するがいい」
そう告げた右近は、ユキに向けて連弩を放ちながら、孫三郎の方へと歩を進める。
八寸ほどの短く細い矢が立て続けに、一度に数本がまとまって射出された。
「姫様あぶっ――ぁがっ!」
アトリが前に出て叩き落そうとするが、常人離れした反応速度を持ってしても、全てを防ぎ切ることはできない。
左の腹と左腕に矢を受け、アトリの表情が歪む。
静馬の悲観的な予想は、不幸にも大正解だった。
連弩には大きく分けて連射式と多発式があり、どちらも一長一短。
しかし右近が持ち出したのは、双方の機構を組み込んだ異常な代物だ。
「おのれっ!」
ユキが離れ去る後背に矢を射るが、右近は振り向きも立ち止まりもせず、悠然と刀の峰で叩き落とした。
空かさず二の矢を番えようとするが、その前に短い矢が雨霰と射返され、ユキは転がるように退避せざるを得ない。
「連発式ならこちらにも!」
孫三郎は野辺送りを構え、迫り来る右近に狙いを定めようとする。
だが、急に動きを速めた右近は、横合いから孫三郎に斬り付けて射撃を阻止してくる。
連射式だが一度点火したら止まらないので、斬撃を避けるのに手一杯だった孫三郎は無駄弾を撃たされるだけに終わり、弾の尽きた野辺送りを捨てて刀を抜く。
「とぅりゃ!」
そこで弥衛門が、担いでいた銃の一挺を撃って援護に回る。
しかし右近は銃弾を平然と躱すと、孫三郎の腹に前蹴りを入れて間を取り、弥衛門の方へと駆け寄った。
弥衛門は次弾を撃とうとするが間に合わず、手にした銃を右近に蹴り飛ばされ、他の二挺を放り捨て這う這うの態で遁走。
「やはり、物の怪の類じゃないのか……」
弥衛門の放棄した銃を拾い上げて地面に叩き付け、二挺を立て続けに叩き壊していく右近の姿に見入りながら、静馬は思わず呟いた。
右近は自分と戦っている時より更に出鱈目な強さを発揮し、四人を相手に無茶苦茶な戦闘を有利に繰り広げている。
孫三郎は先程、一矢万矢を壊滅させたようなことを言っていた。
しかしこの様子だと、右近さえいれば一矢万矢は成立するので、いくら手下を倒しても意味がないのではないか、と思えてくる。
「静馬っ! 何を呆けておるのじゃ!」
ユキからの叱咤に、静馬はハッと我に返る。
そして自分のやるべきことを思い出し、銃に弾を込め直して右近の姿を追う。
右近と孫三郎が、激しく切り結んでいるのが見えた。
大小を共に失った孫三郎は、拾い物の刀で応戦しているようだ。
文字通り火花を散らす鍔迫り合いが続いた後、右近は不意に飛び退いて矢を装填する。
「気を付けろ、また矢の雨が来るっ!」
孫三郎の警告に、皆が身構える。
あの攻撃範囲の広さは厄介この上ないし、威力も相当なものだ。
「あれをどうにかしないと、どうにもならんな……」
「ですが、矢の数には限りがあります」
連弩への対処法を考えながら無意識に独語していた静馬に、応急手当を終えた様子のアトリが答えた。
「それは――確かに。矢筒は三つか四つ、そして今ので二つを空にしている。あれの脅威もそう長くはない、か」
アトリが頷き、静馬も頷き返す。
「……走れるか?」
「問題ありません」
「では、二人で囮役だな。俺が上に行こう」
「ならば私は、更にその上を」
「行ってどうする。下だ下」
静馬は城で言えば本丸となる位置の曲輪へ上り、アトリは城門から繋がる死屍累々の曲輪へと下りて行く。
ユキは果敢に攻撃を仕掛けているが、一本を射れば十本が返ってくる有様なので、盾代わりにしている馬の死体の陰から動けずにいた。
孫三郎は至近距離から腹に何本も矢を受けていたが、鎖の着込みでもつけているのか、大して効いている様子はない。
弥衛門の姿は見えないが、どこかに隠れているのだろうか。
仲間の状況を確認した静馬は、防御用に作られたらしい低い壁を盾にしつつ、アトリに向けて矢を放っている右近を狙い撃つ。
静馬の攻撃は僅かに外れ、奇襲に気付いた右近は連弩で反撃してくる。
そして、壁が邪魔になっているのを察知すると、射出の角度を変えて上空から矢が降り注ぐように調節。
遮蔽物に守られていることで油断があった静馬は、右近の臨機応変な攻めに後れを取る。
大量の矢を躱し切れず、背に数本の矢を受けてしまった。
「うがっ――ふでぁ!」
連続してやってきた衝撃と痛みに、思わず声が漏れる。
背嚢が何本か食い止めてくれたが、左肩の下辺りと右の尻に一本ずつが突き刺さった。
幸か不幸か骨は避けられたようだが、いよいよ誤魔化せなくなってきた苦痛に、静馬の全身は粘ついた汗を噴出し始めた。
そう告げた右近は、ユキに向けて連弩を放ちながら、孫三郎の方へと歩を進める。
八寸ほどの短く細い矢が立て続けに、一度に数本がまとまって射出された。
「姫様あぶっ――ぁがっ!」
アトリが前に出て叩き落そうとするが、常人離れした反応速度を持ってしても、全てを防ぎ切ることはできない。
左の腹と左腕に矢を受け、アトリの表情が歪む。
静馬の悲観的な予想は、不幸にも大正解だった。
連弩には大きく分けて連射式と多発式があり、どちらも一長一短。
しかし右近が持ち出したのは、双方の機構を組み込んだ異常な代物だ。
「おのれっ!」
ユキが離れ去る後背に矢を射るが、右近は振り向きも立ち止まりもせず、悠然と刀の峰で叩き落とした。
空かさず二の矢を番えようとするが、その前に短い矢が雨霰と射返され、ユキは転がるように退避せざるを得ない。
「連発式ならこちらにも!」
孫三郎は野辺送りを構え、迫り来る右近に狙いを定めようとする。
だが、急に動きを速めた右近は、横合いから孫三郎に斬り付けて射撃を阻止してくる。
連射式だが一度点火したら止まらないので、斬撃を避けるのに手一杯だった孫三郎は無駄弾を撃たされるだけに終わり、弾の尽きた野辺送りを捨てて刀を抜く。
「とぅりゃ!」
そこで弥衛門が、担いでいた銃の一挺を撃って援護に回る。
しかし右近は銃弾を平然と躱すと、孫三郎の腹に前蹴りを入れて間を取り、弥衛門の方へと駆け寄った。
弥衛門は次弾を撃とうとするが間に合わず、手にした銃を右近に蹴り飛ばされ、他の二挺を放り捨て這う這うの態で遁走。
「やはり、物の怪の類じゃないのか……」
弥衛門の放棄した銃を拾い上げて地面に叩き付け、二挺を立て続けに叩き壊していく右近の姿に見入りながら、静馬は思わず呟いた。
右近は自分と戦っている時より更に出鱈目な強さを発揮し、四人を相手に無茶苦茶な戦闘を有利に繰り広げている。
孫三郎は先程、一矢万矢を壊滅させたようなことを言っていた。
しかしこの様子だと、右近さえいれば一矢万矢は成立するので、いくら手下を倒しても意味がないのではないか、と思えてくる。
「静馬っ! 何を呆けておるのじゃ!」
ユキからの叱咤に、静馬はハッと我に返る。
そして自分のやるべきことを思い出し、銃に弾を込め直して右近の姿を追う。
右近と孫三郎が、激しく切り結んでいるのが見えた。
大小を共に失った孫三郎は、拾い物の刀で応戦しているようだ。
文字通り火花を散らす鍔迫り合いが続いた後、右近は不意に飛び退いて矢を装填する。
「気を付けろ、また矢の雨が来るっ!」
孫三郎の警告に、皆が身構える。
あの攻撃範囲の広さは厄介この上ないし、威力も相当なものだ。
「あれをどうにかしないと、どうにもならんな……」
「ですが、矢の数には限りがあります」
連弩への対処法を考えながら無意識に独語していた静馬に、応急手当を終えた様子のアトリが答えた。
「それは――確かに。矢筒は三つか四つ、そして今ので二つを空にしている。あれの脅威もそう長くはない、か」
アトリが頷き、静馬も頷き返す。
「……走れるか?」
「問題ありません」
「では、二人で囮役だな。俺が上に行こう」
「ならば私は、更にその上を」
「行ってどうする。下だ下」
静馬は城で言えば本丸となる位置の曲輪へ上り、アトリは城門から繋がる死屍累々の曲輪へと下りて行く。
ユキは果敢に攻撃を仕掛けているが、一本を射れば十本が返ってくる有様なので、盾代わりにしている馬の死体の陰から動けずにいた。
孫三郎は至近距離から腹に何本も矢を受けていたが、鎖の着込みでもつけているのか、大して効いている様子はない。
弥衛門の姿は見えないが、どこかに隠れているのだろうか。
仲間の状況を確認した静馬は、防御用に作られたらしい低い壁を盾にしつつ、アトリに向けて矢を放っている右近を狙い撃つ。
静馬の攻撃は僅かに外れ、奇襲に気付いた右近は連弩で反撃してくる。
そして、壁が邪魔になっているのを察知すると、射出の角度を変えて上空から矢が降り注ぐように調節。
遮蔽物に守られていることで油断があった静馬は、右近の臨機応変な攻めに後れを取る。
大量の矢を躱し切れず、背に数本の矢を受けてしまった。
「うがっ――ふでぁ!」
連続してやってきた衝撃と痛みに、思わず声が漏れる。
背嚢が何本か食い止めてくれたが、左肩の下辺りと右の尻に一本ずつが突き刺さった。
幸か不幸か骨は避けられたようだが、いよいよ誤魔化せなくなってきた苦痛に、静馬の全身は粘ついた汗を噴出し始めた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳
勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません)
南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。
表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。
2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる