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第五章
第34話 「では、天命を待つ前に人事を尽くしておこうか」
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後背から静馬を追い抜いた孫三郎の弾丸が、手槍を投擲する構えをとっていた男の足元で弾ける。
「ふぁはっ――」
声を上げて反射的に体を仰け反らせた男の胸に、銃口を押し付けるようにして静馬は銃爪を引く。
口と鼻と胸から血を噴いて崩れたそいつの躯を跨ぎ越えると、目指す大将が呆然と佇んでいた。
孫三郎が放ったのであろう次弾が、留守居の大将の兜を飾る半月の前立を叩き割る。
どうやら緒を締めていなかったようで、傷物になった兜はどこかへ飛んでいく。
ついでに刀も取り落とされ、情けない音を立てて地面を転がった。
「ぬわっ、ぱっ――は?」
直撃を受けた動揺で固まりかけ、不明瞭な言葉を切れ切れに発する賊の大将。
その前で悠然と弾を込めながら、静馬は噛んで含めるように語る。
「もう終わりだ。下の曲輪を見るがいい」
反射的に大将が目を向ければ、その先には自分に銃口を向けた孫三郎がいる。
そこから目を逸らせば、アトリに篝火へ向かって投げ飛ばされ、服に引火して燃え上がる手下の姿が視界に入ってくる。
「そんな馬鹿な……馬鹿なことが……」
相手はたった五人、しかも二人は女で一人は子供。
なのに、こんなにも呆気なく全滅させられ、城を落とされる。
進行している全ての物事が信じられない、といった様子の大将は虚ろな表情で静馬を見据え、腰を抜かしたかのように崩れて尻餅を搗いた。
「そういうことなのでな、お主は手下の魂を地獄の底まで引率しろ」
自失に陥った男の左側頭部に、静馬は銃弾を撃ち込んだ。
大将が名乗る余裕もなく血と脳漿を撒き散らして果てた頃、残りの連中も壊滅しつつあった。
生き残りは最初に昏倒させられた吾平と、弥衛門に右肩を撃ち砕かれ気絶していた男、それとアトリに腹を殴られて泡を噴いていた奴の三人のみ。
その三人を拘束した後で砦の中を見て回るが、他に誰かが潜んでいることもなかった。
拐かされたり人質になったりで、砦に留め置かれた女子供などがいると対処に困るところだったが、幸いにもそういった人々が見つかることもなく、牢屋は空だった。
「さて、汚れ物の始末をせねばの」
「もうちょっとこう、言い方があるだろう」
食事を終えた後と同じ調子の孫三郎に苦笑しながらも、静馬たちは乱戦の後始末に取り掛かった。
打ち捨てられた武具を拾い集め、盗賊たちの装備を剥ぎ取る。
そして死骸は砦内にある空の厩に、一まとめにして放り込む。
孫三郎の指示に従い、静馬たちは凄絶な有様になっていた戦場を整頓する。
人に命令するのに慣れていて、その内容も的確で明瞭で無駄がない。
孫三郎はやはり一介の傭兵ではない――との確信を深める静馬だが、何かを企んでいるわけでもなさそうなので、特に指摘はせずにおく。
半時(一時間)ほど経った頃には、アチコチに見える血溜まりや焦げ跡さえ気にしなければ、到着した時の状況と大差ないまでに回復していた。
静馬とユキが井戸から水を汲み上げて手や顔を洗っていると、どこからか持ってきた団子を食っている孫三郎が、ぐるりと辺りを見回してから言う。
「あっさりと落とせたモンだの」
「妾を奪い合って我を忘れたせいじゃな。気持ちはわかるが哀れなことだ」
「いや、どちらかと言えばアトリの方が人気では――」
静馬は正確を期そうとするが、尻に鋭い蹴りが入って中断させられた。
抗議の意味を込めて睨めば、ユキは何故かはにかんだ様子で見返してくる。
「そういえば、静馬の前で娘の格好をするのは始めてか……どうじゃ?」
「ん? 何がだ」
「何がって、この姿への感想に決まっとるじゃろ、この流れなら」
「ふむ、思ったより似合ってるな。女装が」
静馬が素直な感想を述べると、先程の二倍半の勢いで尻を蹴られる。
そしてユキは、そのまま早足でどこかへ行ってしまった。
「何なんだ、あいつは……」
「ワザとやっているなら、お主かなりの大物だの」
呆れたように孫三郎に言われ、やっとどの辺りで間違ったかに静馬は気付かされる。
しかし、追いかけて謝ったりしたら今後は拳が繰り出されそうなので、余計な真似はしないのが無難だろうと判断した。
気を取り直し、静馬は今後の行動について孫三郎に相談する。
「それで、これからどうする。ここに籠もって右近らを迎え撃つか」
「五人ではこの広さを持て余すし、五十人からの寄せ手は防げぬ。そして、連中がその気になれば拠点はいつでも捨てられるから、籠城自体が成立せんの」
「そうか……折角落としたというのに、すぐ捨てるのは惜しいな」
「とは言え、使い方次第ではあるか」
何かを思い付いたらしい孫三郎は、他の三人も呼び集めて自分の作戦を語る。
それは良く言うなら大胆不敵、有体に言ってしまえば運否天賦と評すべき内容だった。
「――と、大筋ではこういう感じなのだが」
「かなり危うい気がするのじゃ」
「うーん、そんなに都合良く行くかなぁ?」
「ちょっと綱渡りの感がありますね」
説明を聞き終えたユキと弥衛門とアトリは、三人共に懸念を示す。
思った以上に渋い反応だったのか、孫三郎は困り顔で髭を撫で回す。
「他に良い考えがあるでもなし、やってみる価値はあると思うが……静馬はどうじゃ?」
「ここまでは上手く運んでいるのだし、勝ち戦の勢いに乗っていい気はするのだが……運頼みが過ぎて高転びしそうだな、この策では」
静馬まで不安を述べると、孫三郎は腕を組んで短く強い溜息を吐く。
「ふむ、静馬にとっての不安要素は何だ?」
「色々とあるが……一番の穴は人手の少なさだな」
その言葉を聞くと、孫三郎は何故か嬉しそうな顔で何度も頷く。
そして、あの重たい行李を背中から地面へと下ろした。
「とうとうコイツの出番が来たようだの」
「何のつも――おぉ、これは!」
孫三郎が取り出したものを見た静馬は、思わず驚嘆の声を漏らす。
他の面々も呆れ半分に興奮半分といった様子で、出現した異様な物体に目を奪われる。
それの機能に関しての解説を受けた一同は、孫三郎の策に従って一矢万矢との戦いに臨むことに同意する。
「では、天命を待つ前に人事を尽くしておこうか」
静馬の言葉に皆が頷き、決戦を前に最後の準備に取り掛かる。
遠くから鶏の鳴く声が届く――もう、夜明けも近い。
「ふぁはっ――」
声を上げて反射的に体を仰け反らせた男の胸に、銃口を押し付けるようにして静馬は銃爪を引く。
口と鼻と胸から血を噴いて崩れたそいつの躯を跨ぎ越えると、目指す大将が呆然と佇んでいた。
孫三郎が放ったのであろう次弾が、留守居の大将の兜を飾る半月の前立を叩き割る。
どうやら緒を締めていなかったようで、傷物になった兜はどこかへ飛んでいく。
ついでに刀も取り落とされ、情けない音を立てて地面を転がった。
「ぬわっ、ぱっ――は?」
直撃を受けた動揺で固まりかけ、不明瞭な言葉を切れ切れに発する賊の大将。
その前で悠然と弾を込めながら、静馬は噛んで含めるように語る。
「もう終わりだ。下の曲輪を見るがいい」
反射的に大将が目を向ければ、その先には自分に銃口を向けた孫三郎がいる。
そこから目を逸らせば、アトリに篝火へ向かって投げ飛ばされ、服に引火して燃え上がる手下の姿が視界に入ってくる。
「そんな馬鹿な……馬鹿なことが……」
相手はたった五人、しかも二人は女で一人は子供。
なのに、こんなにも呆気なく全滅させられ、城を落とされる。
進行している全ての物事が信じられない、といった様子の大将は虚ろな表情で静馬を見据え、腰を抜かしたかのように崩れて尻餅を搗いた。
「そういうことなのでな、お主は手下の魂を地獄の底まで引率しろ」
自失に陥った男の左側頭部に、静馬は銃弾を撃ち込んだ。
大将が名乗る余裕もなく血と脳漿を撒き散らして果てた頃、残りの連中も壊滅しつつあった。
生き残りは最初に昏倒させられた吾平と、弥衛門に右肩を撃ち砕かれ気絶していた男、それとアトリに腹を殴られて泡を噴いていた奴の三人のみ。
その三人を拘束した後で砦の中を見て回るが、他に誰かが潜んでいることもなかった。
拐かされたり人質になったりで、砦に留め置かれた女子供などがいると対処に困るところだったが、幸いにもそういった人々が見つかることもなく、牢屋は空だった。
「さて、汚れ物の始末をせねばの」
「もうちょっとこう、言い方があるだろう」
食事を終えた後と同じ調子の孫三郎に苦笑しながらも、静馬たちは乱戦の後始末に取り掛かった。
打ち捨てられた武具を拾い集め、盗賊たちの装備を剥ぎ取る。
そして死骸は砦内にある空の厩に、一まとめにして放り込む。
孫三郎の指示に従い、静馬たちは凄絶な有様になっていた戦場を整頓する。
人に命令するのに慣れていて、その内容も的確で明瞭で無駄がない。
孫三郎はやはり一介の傭兵ではない――との確信を深める静馬だが、何かを企んでいるわけでもなさそうなので、特に指摘はせずにおく。
半時(一時間)ほど経った頃には、アチコチに見える血溜まりや焦げ跡さえ気にしなければ、到着した時の状況と大差ないまでに回復していた。
静馬とユキが井戸から水を汲み上げて手や顔を洗っていると、どこからか持ってきた団子を食っている孫三郎が、ぐるりと辺りを見回してから言う。
「あっさりと落とせたモンだの」
「妾を奪い合って我を忘れたせいじゃな。気持ちはわかるが哀れなことだ」
「いや、どちらかと言えばアトリの方が人気では――」
静馬は正確を期そうとするが、尻に鋭い蹴りが入って中断させられた。
抗議の意味を込めて睨めば、ユキは何故かはにかんだ様子で見返してくる。
「そういえば、静馬の前で娘の格好をするのは始めてか……どうじゃ?」
「ん? 何がだ」
「何がって、この姿への感想に決まっとるじゃろ、この流れなら」
「ふむ、思ったより似合ってるな。女装が」
静馬が素直な感想を述べると、先程の二倍半の勢いで尻を蹴られる。
そしてユキは、そのまま早足でどこかへ行ってしまった。
「何なんだ、あいつは……」
「ワザとやっているなら、お主かなりの大物だの」
呆れたように孫三郎に言われ、やっとどの辺りで間違ったかに静馬は気付かされる。
しかし、追いかけて謝ったりしたら今後は拳が繰り出されそうなので、余計な真似はしないのが無難だろうと判断した。
気を取り直し、静馬は今後の行動について孫三郎に相談する。
「それで、これからどうする。ここに籠もって右近らを迎え撃つか」
「五人ではこの広さを持て余すし、五十人からの寄せ手は防げぬ。そして、連中がその気になれば拠点はいつでも捨てられるから、籠城自体が成立せんの」
「そうか……折角落としたというのに、すぐ捨てるのは惜しいな」
「とは言え、使い方次第ではあるか」
何かを思い付いたらしい孫三郎は、他の三人も呼び集めて自分の作戦を語る。
それは良く言うなら大胆不敵、有体に言ってしまえば運否天賦と評すべき内容だった。
「――と、大筋ではこういう感じなのだが」
「かなり危うい気がするのじゃ」
「うーん、そんなに都合良く行くかなぁ?」
「ちょっと綱渡りの感がありますね」
説明を聞き終えたユキと弥衛門とアトリは、三人共に懸念を示す。
思った以上に渋い反応だったのか、孫三郎は困り顔で髭を撫で回す。
「他に良い考えがあるでもなし、やってみる価値はあると思うが……静馬はどうじゃ?」
「ここまでは上手く運んでいるのだし、勝ち戦の勢いに乗っていい気はするのだが……運頼みが過ぎて高転びしそうだな、この策では」
静馬まで不安を述べると、孫三郎は腕を組んで短く強い溜息を吐く。
「ふむ、静馬にとっての不安要素は何だ?」
「色々とあるが……一番の穴は人手の少なさだな」
その言葉を聞くと、孫三郎は何故か嬉しそうな顔で何度も頷く。
そして、あの重たい行李を背中から地面へと下ろした。
「とうとうコイツの出番が来たようだの」
「何のつも――おぉ、これは!」
孫三郎が取り出したものを見た静馬は、思わず驚嘆の声を漏らす。
他の面々も呆れ半分に興奮半分といった様子で、出現した異様な物体に目を奪われる。
それの機能に関しての解説を受けた一同は、孫三郎の策に従って一矢万矢との戦いに臨むことに同意する。
「では、天命を待つ前に人事を尽くしておこうか」
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