戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第五章

第32話 「発言と表情が完全に悪役になっとるぞ」

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 盛大に鼻血を流した若い男は、荒縄で後ろ手に縛られて孫三郎まござぶろうの前に引き出された。
 年の頃は十六か十七、静馬しずまやユキと同年代だと思われる。

「さて、と」
「うぉいてめぇ、おっ、俺達が誰だかわかって――」
一矢万矢いっしばんしの一味、だな。それに、もう『俺達』ではなく『俺』が正しい」

 孫三郎が路上に転がる松明たいまつに照らされた六人分の死体を横目に告げると、男は息を呑んで素早く目を伏せた。
 横柄な態度も珍しいが、その口調も暢気さが混ざったいつもの調子からは程遠く、刺々しさと荒々しさばかりが前に出ている。

「お主、名前は何という」
「ごっ……吾平ごへい
「では吾平、とっておきの話を教えてやろうか。『お上』はな、一矢万矢の扱いづらさに嫌気が差してな、新たにワシら……『銀月党ぎんげつとう』を雇ったのだ。お主らはもう用済みよ」

 架空の盗賊団の名前を口にする直前、孫三郎がチラッと空を見上げたのを見て静馬は吹き出しそうになるが、危ういところでこらえた。

「そんっ、そんな馬鹿な話、あるワケが……」
「馬鹿はお主だ。今ここで何が起きたか見なかったのか」

 孫三郎は呆れた口ぶりで、吾平の髪を掴むと路上へと視線を向けさせる。

「あぐっ、うぅ」
「間を置かずして、この数十倍の人数もやって来る……ワシらの初仕事はな、口封じも兼ねての一矢万矢の根絶やしだ。何故、それが今日なのかはわかるな?」
「ほ、本隊が遠征に――出てる、から」
「その通り。満点の回答だ」

 孫三郎が凄味の有り余る笑顔を浮かべ、吾平の頭を乱暴に撫で回す。

「ではもう一つ質問だ。お主が生き残りたければ、何をすればいい?」

 少しだけ逡巡しゅんじゅんした様子を見せる吾平だったが、結局は仲間を裏切る決意を伝えて来た。
 孫三郎は、道沿いの木立に吾平を縛り付けるとそこから離れ、皆を集めて話を始める。

「あの小僧、思った以上に役に立ってくれそうだの」
「主力が不在で砦には留守居しかおらんと、勝手に白状してくれるとはな」

 侮蔑を込めて静馬が言うと、ユキと弥衛門やえもんが続けてけなす。

「門を開けさせる程度なら、平然とやってくれそうじゃ」
「それにしても、根性がないっつうかきもが小さいっつうか」
「あの年頃だと妙な矜持きょうじで意地を張ったりもするのだがな。生き意地が汚い奴は扱い易くて助かるわ」

 薄ら笑いで語る孫三郎は、先程までの人の悪さが抜け切れていない感じだ。

「孫三郎、発言と表情が完全に悪役になっとるぞ」
「おお、いかんいかん」

 静馬の指摘で軽く笑いが広がった所で、アトリが切り出す。

「では皆様、私は一足先に山砦の様子を探ってきます」
「吾平という手駒てごまもあるし、簡単な物見でいいと思うぞ」
「ですね……では、山中でお待ちしています」

 静馬に答えてアトリは駆け出し、紺の装束は瞬く間に夜の闇に溶けていった。
 それを見送った孫三郎は、首をぐるりと回してから一同に告げる。

「では改めて、あの小僧に情報を吐いて貰おうかの」
「おい孫三郎、また発言と表情がだな」

 歩きながら孫三郎の尋問を受けた吾平は、期待を上回る勢いで知っている限りの情報を吐き出していた。
 一矢万矢の首領は真行寺右近しんぎょうじうこんで、副首領には弟の久四郎きゅうしろうと『明星みょうじょう六郷ろくごう』の二人が居る。
 右近は剣の達人、久四郎は様々な暗器あんきを使いこなし、六郷は南蛮渡来なんばんとらい金砕棒かなさいぼう得物えものにしている。

 山砦は増改築を重ねて三つの曲輪くるわを備え、山城やまじろと呼ぶに相応しい規模となった。
 時々どこぞの身形みなりのいい侍がやって来て、幹部と話をしたり仕事に同行したりする。
 安全を保障する代償として、近隣の村は食料の供出と情報の提供を強いられている。

 一矢万矢の総勢は七十名前後で、侍大将時代の右近の元部下を中心とする十数名、畿内での活動中に参加した二十数名、そして東美濃に拠点を置いてから参加した三十名ほどで構成されている。
 団員の位は『上士じょうし』『中士ちゅうし』『下士かし』とあって、右近が査定して身分を決めている。

 右近ら幹部三人は全員が遠征に出ていて、行き先はわからないが帰還予定は明日の朝。
 留守居は自分らも含めて二十人だったから、砦に残っているのは十三人。
 最近になって一味に加わったのは、暮らしが苦しく将来も暗い貧乏百姓のせがればかり――等々。

「しかしまぁ、ペラペラとよく喋る」
「既に裏切っておるし、毒を食らわば皿までという気分なのじゃろう」
「毒を食らってる時点で、もう手遅れっぽいけどね」

 静馬が小声で吐き捨てると、ユキと弥衛門も呆れ気味に反応する。
 孫三郎の尋問は続いているが、少し離れて歩く三人は吾平の駄目さに辟易へきえきしていた。
 いくら盗賊集団の下っ端とは言え、目の前で討たれた仲間の存在すら眼中にない、吾平の形振なりふり構わぬ保身は、こちらが仕向けたにしても不快だった。

「あそこだ」

 吾平が不意に、右手に見える小山を指差した。
 木々の生い茂るそこは、薄い月明かりの下だと黒い塊にしか見えない。
 しかしふもとに近付いていくと、山中に向かって整備された道が伸びているのがわかる。
 
 これなら馬でも通れそうだ、と思いながら歩く静馬の視界上方に、微かな違和感が混ざり込む。
 見上げれば、高い木から伸びた太い枝の先に、月を背にして立っている黒い影があった――アトリだ。

「……それは、やらなきゃいかんことなのか」
「いえ、格好良いんじゃないかと思いまして」

 滑るように降りてきたアトリは、静馬からの問いをサラリと受け流すと、偵察の成果を手短にまとめて語る。

「賊の山砦は、城と呼んで差し支えない規模です。中に詰めている総数はわかりませんが、四人ほどが物見に出ている様子。大岩に手を加えた頑丈な城壁や堅牢な城門は、中々に破るのが難しいでしょう」

 吾平が吐いた情報との齟齬そごは、とりあえずない。
 どうする――と静馬が孫三郎の方を窺うと、自信ありげな表情が返ってくる。

「ワシに任せておけ。道中で整えておいた妙案があるでの」
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