戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第五章

第31話 「逃げ足の速い阿呆に不思議と縁があるの」

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 夜の村は冷えた空気が満ち、余所余所よそよそしく静まり返っている。
 これから何が起きるかを知りながら、素知らぬフリで狸寝入たぬきねいりを続ける住人達に心中で悪態あくたいを並べ、静馬しずまは息を潜めて村をつ。
 他の四人も何も語らず忍び足で静馬に続き、だいぶ離れた地点まで来てから弥衛門やえもんがポツリと呟いた。

「あの村は丸ごと、連中の仲間かな……」
「領主の意向もあろうし、この辺りに住んでいては、内心はどうあれ逆らうに逆らえんのだろ」
「或いは、小銭をもらって協力している手合いもおるかも知れんがな」

 孫三郎まござぶろうとユキは、苦々しさを隠さずに答える。
 生き抜くのに手段を選べない時代なのだろうが、いやしさや浅ましさを隠そうともしない姿勢には、静馬はどうしても馴染めない。

「銃を使うと、どこまでも音が届きそうだな」

 静馬は周囲を見回すが、田圃たんぼと荒地だけでさえぎるものが見当たらない。

「ではそれ以外を使うとして――ふむ、あそこに隠れようかの」

 孫三郎が指差した十間ほど先には、身を隠すのに丁度良い笹薮ささやぶがあった。
 少し隙間が目立つ気もしたが、月明かりも弱いし何とかなるだろう。
 そう判断した静馬は、孫三郎の案を採用することにした。

「妾はいつも通りに弓を使おう。孫三郎はどうするのじゃ?」
「ワシは打矢うちやを使う。静馬は?」
「手頃な石でもあれば……アトリ、何かあるか?」
「これをどうぞ」

 静馬は、アトリから棒手裏剣を三本渡される。
 長さは五寸(十五センチ強)ほどで、重さも手頃だ。

「オレはどうすれば?」
「この場は隠れておればよい」
「えぇー」

 ユキに戦力外だと通告されて不満げな弥衛門だったが、ここは無理をさせる場面でもないから、我慢してもらうとしよう。
 笹薮に潜んだまま、自分と仲間の呼吸音だけを聞くことしばし。
 やがて、雑音を立てながら歩く集団が近付いて来た。

 四つの松明たいまつに照らされた姿は七人。
 装いに統一感はなく、にぎやかな話しぶりに緊張感はない。

「まったくよぉ、酔いが醒める前に終わらせようぜぇ」
「そうグダグダ言うなや。若い女もいるらしいってんだ、そりゃ行くしかねぇだろ?」

 話の内容からして、村にいるはずの静馬らを襲うつもりのようだ。
 どの顔も若い――それどころか、幼さが残るような奴まで含まれている。
 これが、こんな連中が畿内きないで勝手放題に暴れ回っていた、かの一矢万矢いっしばんしの面子なのか。

「あいつらだな」

 小声で確認すると、アトリは頷いた。
 静馬は物音を立てないように身を起こすと、たまにフラつきながら先頭を歩く男の側頭部に狙いを定める。
 そして、大きく振りかぶって棒手裏剣を投擲とうてきした。

 先端の磨かれた細長い鉄塊てっかいは一直線に空を切り、標的の耳の穴を五倍ほどに拡張する。
 直撃を受けた男は声も上げずに膝から崩れ落ち、手にした松明は火の粉を散らしながら地面を転がる。

「んぁ、なぁにをコケてん――どはっ!」

 倒れた仲間に近付こうとした、胴丸どうまる姿で長巻ながまきを手にしている男の胸に、ユキの放った矢が深々と突き刺さる。
 異変に気付いたか、獣皮じゅうひを羽織った男が松明で藪の方を照らそうとする。
 そこを目掛けてアトリが棒手裏剣を三本まとめて投げるが、それは全て男の斜め後ろにある路傍ろぼう道祖神どうそしんへと命中した。

「なっ――だっ――」

 獣皮男はけたたましい金属音に驚いたか、オタオタと背後を振り返る。
 その瞬間、孫三郎はスイッと藪から踏み出し、手に持った細い竹筒を素早く振る。
 筒の中に仕込まれていた打矢は、微かな音と共に解き放たれると、男の無防備な背中から入り込んでその肉を引き裂き、右の肺臓はいぞうをぬるい血で満たしていった。
 
「何だってんだっ! 何が起きてんだっ!」
「おい、大丈夫かっ、おい! 太助! 勘蔵っ!」

 僅か二呼吸ばかりの短時間で三人が倒され、残る面々は完全に恐慌きょうこう状態に陥っていた。

「るせぇボケッ! 静かにしろっ!」
「いいから伏せろ! テメェら伏せろって馬鹿がっ!」

 隊長格が既に戦闘不能なのか、それとも最初からいないのか、四人は状況の把握もできず、ただただ無秩序に騒ぎ回っている。

「楽な相手だが、気が抜ける――なっ!」

 静馬は再び構え、棒手裏剣を投げ付ける。

「そうだ――のっ!」

 孫三郎は新たな打矢を仕込み、また竹筒を振る。

「まったく――じゃっ!」

 ユキが半弓を引き絞り、二本目の矢を放つ。

「です――ねっ!」

 アトリが忍鎌しのびがまを持ち出し、横回転で放る。
 四連撃の後、叫びと呻きと喚きが混ざり合った怪音が響く。

 静馬の棒手裏剣が、一人目の左膝に突き立つ。
 孫三郎の打矢が、二人目の右目を貫いた。
 ユキの矢が、三人目の腹に命中した。
 そしてアトリの鎌が、明後日あさっての方向へと消えていく。

「よし、仕上げといこう」

 戦果を確認した静馬は、言いながら大脇差を抜く。

「心得た」

 横にいる孫三郎も、滑らかな動作で刀を抜く。
 アトリに対して説教したい気分もあるが、それは後回しだ。
 路上には六人の男が倒れ、半分がわめきながらうごめいていて、もう半分は動かない。
 その傍らには銃を手にした男がいたが、棒立ち状態で火縄は点火すらされていない。

「がぁ、クソァ! どういうつもるぁがっ――」

 静馬は負傷した膝を押さえながら怒鳴る男に近付き、その喉を刃で横に払う。
 続けて、さっきアトリから受け取った棒手裏剣の残る一本、それを背中に打矢を受けて痙攣けいれんしている獣皮男の後頭部に投げ落とした。

 孫三郎を見れば、はかまを血で塗らした男の首をね飛ばし、小袖も血で染め上げている。
 残るは一人――と棒立ちしていた奴の方に目を遣ると、死を予感して潜在能力を覚醒させたのか、信じ難い韋駄天いだてんぶりで走り去ろうとしていた。

「逃げ足の速い阿呆に不思議と縁があるの」
「仕方ない、撃つか」

 静馬が銃を抜こうとすると、逃げた男がもんどり打って引っ繰り返った。
 何があったかと目を凝らせば、どうやら先回りして隠れていた弥衛門が、顔を狙って石を投げ付けたらしい。

「じゃあ、トドメを刺してくるかな」
「ああ……いや、ちょっと待て。いい使い道を思い付いたでな、奴は殺さずに連れて来てくれるか」

 いつもの軽い調子でもって、孫三郎は言ってくる。
 だが月明かりに照らされたその表情は、口調にまるでそぐわぬ深刻に不穏な気配を伴っていた。
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