30 / 45
第五章
第30話 「死人は喜びも悲しみもしない」
しおりを挟む白羽は彼に触れると、戸惑いつつも、抱いている疑問を尋ねてみる。するとレイゾンは「大丈夫だ」と笑った。
「陛下は祭事で明後日まで城を空けられている。どんなに早くても報告はその後になる。充分というわけではないが、少なくとも二日は策を練る時間が与えられているというわけだ」
<…………!>
そうだったのか。でもどうしてそんな予定を把握して……。
(もしかして、リーシァンの街にいた時から?)
重ねて尋ねると、レイゾンは微笑んだまま頷く。
では、王都へ戻るまでの旅程も陛下が不在の時に到着するように考えてのことだったのか。
<わたしは王都へ戻ったらどうなるのだろうと不安だったのに……レイゾンさまは色々とお考えだったのですね>
いつの間にこんなに抜かりのない方になったのだろうという驚き半分、そして「わたしにも教えていてほしかったです」という不満半分で言うと、なぜかレイゾンは愉快そうに苦笑する。
目を瞬かせる白羽に、微苦笑を浮かべて言う。
「お前でもそんな風に拗ねるのだな。ああ——いや、悪かった。心配させていたなら悪かった。だがあくまで予定は予定。実際には王都近くまで戻ってみなければ——もっと言えば王都に戻ってみなければ、どうなるとはっきりわかっていなかったというのが正直なところだ」
(…………)
前言(?)撤回。
まったく抜かりがなくなんかない。
それでは賭けではないか。
(街に戻ろうとした時といい……)
<……レイゾンさまは大胆なのか無謀なのかわかりませんね>
ちくりと刺すように白羽が言うと、レイゾンは目を丸くする。
直後、その双眸が柔らかく細められた。
白羽が、なんですか? と首を傾げと、レイゾンは白羽の髪を一房手に取り、
「そんな口がきけるようなら、元気もだいぶ戻ったようだな」
と、温かな口調で言う。
思わず見つめた白羽に、レイゾンは笑みを深めて続ける。
「緊張し通しの帰途だったからな。お前には頑張ってもらって助かった。俺たちが無事に戻れたのはお前のおかげだ」
<そ、そんなことは……>
「謙遜するな。騏驥がいてくれた安心感は大きい。それは騎士である俺が一番よくわかっている。疲れただろう。まずは着替えて……一息ついたら一緒に食事をしよう。そのあとは、お前はゆっくりと身体を休めていろ。俺はまだやることがあるために、あちこちに行かなければならないから、なかなかお前の相手はしてやれないが……欲しいものがあれば屋敷の者に言うといい。もしくはユゥにでも」
<……はい……>
ありがとうございます——。
白羽は感激に胸が熱くなるのを感じながら頷く。
彼はいつも騏驥思いの騎士だ。
しみじみとそう感じる。
<レイゾンさま>
白羽は、レイゾンの手に触れていた手で彼の手をしっかりと掴むと、まっすぐに彼を見て言った。
<登城の折には、わたくしも連れて行ってはいただけませんでしょうか>
それは、思ってもいなかったことなのだろう。レイゾンの手が動揺したかのようにぴくりと動く。彼は探るように白羽を見つめ返してくる。が、何かを尋ねてくることはない。
白羽もまた、ただじっと見つめる。
ややあって、レイゾンは「……考えておこう」と静かに応えた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳
勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません)
南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。
表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。
2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる