戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第五章

第30話 「死人は喜びも悲しみもしない」

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 岐阜を発った翌日の日暮れ前には、もう目指す山砦まで二里(約八キロ)程の距離まで近付いていた。

「さて、と――どう仕掛けたものかな」

 川原での休憩中、一行が車座になっている所で静馬しずまが切り出す。
 草鞋わらじを新品に換えながら、孫三郎まござぶろうが意見を述べる。

「正面突破は無謀すぎるゆえからあるのみだろうが……奇襲をかけるにしても、どの時間帯を狙うのかによって話は変わるの」
「ならば、まず大事なのは偵察か」
「では、私の出番ですね」

 静馬の提案に反応してアトリが立ち上がるが、ユキが袖を引く。

「慌てるでない。今から探っても、攻める頃には事情が変わっているかも知れぬ」
「そうだな。アトリには夜がけた後で探りに出て貰おう」

 静馬が言うと、アトリは再び腰を下ろす。

「基本的な方針は昨日話したが、これ以上の具体的な攻め方を検討するのは、アトリが情報を持ち帰ってからだの」
「そうじゃな……とりあえずこの先に町か村があれば、そこを拠点にして動くとしよう」

 それから四半時(三十分)も行かない内に、あつらきに大きめの村に辿り着く。
 宿はなかったので、居合わせた老婆に銭を渡して広めの納屋なやを借り、そこに腰を据えた。
 盗賊団の本拠が近いというのに、村には特に外敵を警戒した様子はなく、住民にも殺伐さつばつとした雰囲気は見えない。

「盗賊とはいえ、地元を襲うような見境ない真似はしないか」
「それよりも、領主との取り決めがあるのではないかの」
「ああ、そういうのもあるか」

 孫三郎に言われ、静馬は右近らの背後に潜んでいるであろう連中の存在を思い出す。
 次の手を静馬が考えていると、そこらの農具をいじりながら弥衛門やえもんが訊いてくる。

「どうする? 村の人に話とか訊いてみるか?」
「いや――探りを入れてるのが知れると、向こうに連絡が行くおそれがある。ただの旅人のフリでいるのがいいだろう」

 反対意見は出なかったので、静馬の慎重策で話がまとまる。
 そして簡単な食事を済ませた後、交代で仮眠をとることにした。
 こちらから夜襲をかける場合を考えたのもあるが、気持ちを落ち着ける意味も大きい。

 まずは孫三郎とアトリに入口付近の番を任せ、残る三人は納屋の奥の方で横になる。
 興奮して眠れないかと思ったが、静馬には意外と早くに眠気が訪れた。
 意識が薄れたと思った次の瞬間、孫三郎に揺り起こされる。

「おい静馬、そろそろ交代じゃ。ユキを起こしてくれ」
「おぅ、もうか……弥衛門はどうする」
「寝かせておいてやろう」

 ユキは眠れなかったようで、声をかけるまでもなく身を起こした。
 強張った体の筋を伸ばしていた静馬は、アトリがいつもの服ではない濃紺のうこんの装束に着替えているのに気付く。
 山中で藤代と戦っていた時に目にした、いかにも忍といった風の装いだ。

「ん、偵察に行ってくれるか」
「はい。とりあえず山砦の構造と、賊の人数を大まかに掴むのを目標に」

 危険な任務を前にしているのに、落ち着き払って静馬に応じているアトリに、ユキは心配そうに言う。

「無理はせんようにな、アトリ」
「わかっています、姫様。なるべく早く戻りますので」

 穏やかな口調で言い残すと、アトリは静かに納屋を出て行った。

「眠れなかったのか」
「色々と、思い巡らせてしまってな……」

 暗がりの中で静馬が問うと、ユキの声がいつにない弱々しさで室内に響く。

「らしくないな」
「男装で身分を隠して旅をしている時点で、妾らしさは欠片もないのじゃが」
「いや、そうではなく――」

 迷ったり考えたり、そういう態度がらしくない――という意味だったのだが、それはそれで失礼な気もしたので、静馬はそこで言葉を切る。
 短い間を置いてから、ユキが独り言のように呟いた。

「あの、有田平次郎な……彼奴あやつめが子供らのために奔走しているのが、もしまことだったとしたら妾は討てただろうか、とな……考えたところでせんないと、わかっておるのじゃが」
「ああ……」

 似たようなことは、静馬も考えないではなかった。
 一応は「迷いはしても、討てる」と結論付けたものの、その事態に直面した際に本当に体が動くか、自信は持てずにいる。
 そういえば、売られた子供らはどうなったのだろうか。
 そんなことを考えていると、ユキが小さく咳払いしてから訊いてくる。

「……お主は仇討ちが終わった後、どうするつもりなのじゃ」
「どうしたものかな。なるべく先のことは考えずにいたんで、改めて訊かれると途方に暮れる」

 仇を全て討ち果たすまで、五年や十年はかかるのを覚悟していた静馬としては、現状は全くの想定外だった。
 嬉しい誤算ではあるのだが、この一月ほどの間の目まぐるしさの連続には、戸惑わされてばかりだ。
 しばらく思いを巡らせた末に、何となく頭に浮かんだことを答えてみる。

「まずは一度、岩多いわたに戻ってみるかな」
「ふむ、家族の墓に仇討ちの報告をするのじゃな」
「ん? ああ、そうか……そう、だな」

 静馬の返答に、ユキは不満げに非を鳴らす。

「歯切れが悪いのぅ。普通、それが最も重要ではないのか?」
「何が普通なのかは知らんが、正直に言ってしまうならば、俺には割とどうでもいい」
「親不孝どころの騒ぎではないぞ……何を考えとるのじゃ、そなたは」
「そうは言うがな、親に死なれた時点で、もう親孝行など出来はしないのだ。死人は喜びも悲しみもしない。この仇討ちは、父と母と妹、それに村の衆への手向たむけではなく、家族と故郷を失った悲憤ひふんに血を流している、俺自身の心を鎮める目的でしかない――のだろう」

 予期せぬ拍子に、心の奥底でよどんでいたわだかまりりが、言葉となって溢れ出した。
 そうだったのか、自分はこんな風に感じていたのか。
 心の底に渦巻いていたものが形になり、静馬は新鮮な思いで噛み締める。

「のう、静馬。もしも――」

 たっぷりの沈黙の後で、ユキが何かを語ろうとしかけた瞬間。
 納屋の戸が音もなく開いて、白い月光が差し込んでくる。
 戸口に立つ人影から目を放さず、静馬は大脇差に手を伸ばす。
 だが、その影の正体はよく知っている相手だった。

「……いやアトリ、いくら何でも戻るのが早過ぎはしないか」
「武装した集団が村に接近中です。おそらくは一矢万矢の手の者で、人数は七名」
「ここを襲撃するのではあるまい。狙いはワシらだの」

 いつの間にか奥から出てきた孫三郎は蝋燭ろうそくに火を点し、寸前まで横になっていたと思えない速度で身支度を整えていた。
 ユキは弥衛門を起こしに行き、静馬も出立しゅったつの用意を進めていく。
 アトリはひそやかなのによく通る、不思議な声色で訊いてくる。

「どうしますか?」

 おそらくは村人からの密告があり、そのせいで賊に襲われかけているのが現状だ。
 それを考えると、この村を戦場にしてやりたくもなる静馬だったが、そんな本音は伏せて答える。

「そうだな……向かってくる道中を待ち伏せよう」
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