戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第四章

第26話 「塩焼きの岩魚が好物じゃ」

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 首を落とした有田ありた亡骸なきがらは、フミに借りたくわすきで掘った穴に埋め、墓石代わりに適当な丸石を載せておいた。
 寺まで道具を返しに行くのは孫三郎まござぶろうとユキに任せ、静馬しずま弥衛門やえもんは石段の下で二人を待つことにする。

「右足は問題ないのか、静馬?」
「ん、ああ……大事ない」

 先程の戦いで傷めた右膝は、まだ違和感を生じさせている。
 特に庇っているつもりもなかったが、弥衛門には異変を見抜かれたようだ。
 中々どうして、観察眼が鋭い。

「信頼の置ける人間にここの世話を任せる、みたいなことをユキが言っていたが……心当たりはあるか?」
「んー、一応は名のある家だったからね、緋張ひばりは。伝手つては色々あるハズだよ」
「なるほど……それなら安心だな」

 実際にはまるで安心できていないが、静馬はそう言っておく。
 この寺で子供らと暮らしながら、有田は一体どんな心境でいたのだろう。
 本当に已むに已まれぬ特別な事情があって、子供らを売るような真似をしていたのか。
 それともあの言葉は、単なる咄嗟とっさの口から出任せだったのか。

 石段の傍らにたたずむ、文字の読み取れない黒ずんだ石碑せきひに立て掛けられた野太刀。
 その鞘にくくられた、有田の首と右腕を包んだこもを眺め、静馬はボンヤリと考える。

「ではフミ、達者でな」
「和尚の不在は、近在きんざいの連中にも伏せておくべきだの」

 ユキと孫三郎の声が聞こえ、静馬は石段の先を見上げる。
 見送りに出ているフミは、遠目からでも曖昧な表情を浮かべているのがわかった。
 隣にいる弥衛門は、控えめに手を振ってフミに別れを告げている。
 自分も挨拶をすべきかどうか考えた末、静馬は浅い会釈だけをすると龍鱗寺りゅうりんじに背を向けた。

 静馬たち一行は近くの集落を抜け、行きがけに立ち寄った村を目指して山道を進む。
 正直なところ動きたくない程に疲れている静馬だったが、ここで休むと丸一日は寝てしまいそうなので、気力を総動員して歩き続ける。
 そんな状態を察してか、先頭を行く孫三郎の歩みは普段よりも緩やかだ。

「あの寺、フミが親代わりになってやってくのか……ちゃんと務まるかな?」
「有田のようなけだものめいた男にも務まったのじゃ。どうとでもなろう」
「でもあいつ、オレと同じくらいの齢だぞ」
「環境と立場が人を作る、というのもあるのじゃ。妾とて緋張家の取り潰しがなければ弓の技を使うこともなく、単に美しすぎる姫で終わったことじゃろう」

 ユキと弥衛門の頓狂とんきょうな会話を苦笑いで聞きつつも、静馬はその主旨には納得していた。
 二年前のあの日、右近らが村に押し寄せて来なければ、今の自分は全く違う人間になっていただろう。

 同様に今日の自分が、フミや他の子らの将来を変えてしまったのかも知れない――
 そんなことを考えていると、重たく粘った何かが背筋をい登ってくる感覚に囚われ、静馬は素早く頭を振った。

「ともあれ、これで二人目が終わった、か……」
「次で全てが終わりじゃ」
「最後は、真行寺兄弟をまとめて成敗だね」

 己に言い聞かせるように静馬が口にすると、前を歩くユキと弥衛門が返してくる。
 真行寺右近しんぎょうじうこん一矢万矢いっしばんしの首領で、常人離れした剣の使い手。
 その右近の弟は、確か久四郎きゅうしろうといったか。
 燃える村の情景を脳裏に浮かべれば、右近と山室やまむろと有田の姿は明確に像を結ぶのだが、久四郎の印象だけはぼやけている。

「右近の弟の久四郎とやらは、どんな男だった? 思い返してみたが、もう一つ記憶に残っとらん。兄に似てた気がしなくもないが」
「そうじゃの……顔立ちは確かに右近に似ておるが、確か兄より五寸(約十五センチ)ほど背が低かった」

 しばらく考えた後で、自信なさげにユキが答える。
 この期に久四郎について確かめておこうと、静馬は問いを重ねる。

「ほう、他には?」
「塩焼きの岩魚いわなが好物じゃ」
「いや、そういうことではなくてな」
「それと、こわめに炊いた米を好む」
「メシの好みはどうでもいい! もっと特技だとか外見だとか、大事なことがあるだろうに!」

 静馬が声を荒げると、ユキは腕を組んで渋面で天を仰ぐ。
 その隣で弥衛門も同じ動きをしていたが、不意に向き直る。

「あっ!」
「何ぞ思い出したか、弥衛門」
「豆腐もワリと好きだった」
「よし、お主はちょっと黙ってろ」
「ふぅ……どうにも思い出せんな。そんなに目立たぬ男でもないのじゃが」

 ユキが諦めたように溜息を吐き、そこで孫三郎が質問する。

「やはり、右近の下で働いとったのか」
「そうなのじゃが、戦では手柄首もいくつか上げたそうじゃし、父上の代には何度か感状かんじょうを送られてもいた。右近の縁故というだけで出世したのでもない」
「何とも得体の知れん男だの」
「ともあれ、右近より厄介なこともあるまい。それより、もう一人はどうなのだ」

 もう一人、と言われて怪訝けげんな顔をするユキだったが、誰のことだか思い至ったのか「ああ」と小さくポンと手を叩く。

六郷典膳ろくごうてんぜん、じゃったか。其奴そやつは恐らく、緋張家中の者ではない」
「名前を変えてるにしても、こんだけ派手な格好したヤツがいたら、間違いなく覚えてるだろうしなぁ」

 静馬から受け取った手配書を見ながら、弥衛門も否定してくる。
 となると、どこからか流れてきた浪人ということか。
 この御時勢、ろくあぶれた腕自慢の武将には事欠かない。

「そいつについての詳細も、アトリが持ち帰ってくると期待しようではないか」
「……ああ、そうだな」

 孫三郎の言葉を受けて、静馬は不安が膨らむばかりの話題を切り上げる。
 とりあえずは岐阜に向かい、情報を伝えてくれるはずのアトリとの合流だ。
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