戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

文字の大きさ
上 下
22 / 45
第四章

第22話 「不自然なまでに美童が揃っておるような」

しおりを挟む
「なっ――」

 予想だにしない行動に絶句する静馬しずまの前で、床に穿うがたれた穴に腕を突っ込んだ有田ありたは、床下から布袋に包まれた長い何かを取り出し、袈裟けさの袖をまくり上げた。

「これは……拙者が使っていた刀でございます。この四尺五寸の野太刀と、龍の刺青が彫られた腕の皮を持ち込めば、拙者を討ったとの申告が通るのではないかと」
「ほう、やけに手回しが良いではないか。前々から逃げ道を考えておったのじゃな」

 ユキが軽蔑を織り込んだ口調で応じるが、有田はひるまずに続ける。

おおせの通り……そもそもは保身のためでしたが、子供らとの暮らしを守るにはやはり、拙者がおりませぬと……」

 探索所による真贋のあらためは厳しいが、この場合は証拠の品が本物であるのは間違いないので、有田を討ったとの主張は認められそうに思える。
 ここは恨みを呑んで、提案を受け入れるべきなのだろうか。
 ユキも弥衛門も苦々しげだが、きっと子供らに犠牲を強いる決断はできない。

 孫三郎まござぶろうの意見を聞いておきたいが、あいつは何をやっているのか。
 静馬が庫裏くりの引き戸に目を向けると、待ち構えていたように開かれた。
 予想にたがわず、そこに現れたのは孫三郎だ。
 立ち居振る舞いは普段と変わらないが、雰囲気がどこか決定的に異なっている。

 孫三郎は大股おおまたで有田の方へと歩み寄ると、すぐ手前でしゃがんで目線を合わせた。
 濁った笑顔とでも呼ぶべき表情を浮かべた孫三郎は、たっぷりと間を取ってから緊張の面持おももちな有田に問い掛ける。

「堺の商家に奉公に出した源助げんすけ、何というたなに預けた?」
「……はっ? あぁ、源助ならその材木屋の……そう、玉屋に」
「では、武家の女中見習いになったミツだ。この子はどこの家中に引き取られた?」
「おミツなら、えぇと……近江、いや大和だったか……大沢、大沢家だ」

 有田の覚束おぼつかない返事に、孫三郎から徐々に表情が失われていく。

「玉屋は堺のどこに店を構えている? 大沢の当主の名は?」
「いや、そこまで細かいことは……」
「細かくなどなかろう。まだ別れて一月ひとつきも経たぬというのに、いくらなんでも物忘れが過ぎるの」

 疑いを向けられていると察したようで、有田の眼光が鋭くなる。
 孫三郎の常ならぬ態度に、静馬は不穏な気配を感じてそっと腰を上げる。
 ユキも同様に、何気ない動作ですぐに立ち上がれる体勢を取った。
 孫三郎はそんな二人を順繰りに見てから問う。

「のう、お主ら。境内で遊んでた子らを見て、何かおかしいと思わなんだか」
「何かって、何がだ?」
「ふむ……不自然なまでに美童が揃っておるような」

 首を捻るばかりの静馬に代わって、ユキが印象を答える。
 言われてみれば確かに、見目みめの良い子ばかりだった気がしなくもない。
 
「有田……子供を売っとるだろ」
「なっ――何を馬鹿な」
「外の子らに色々と聞いてきたでな。こんな帳面もあるんだが、どう申し開くかの」

 孫三郎は懐に手を入れると、紐で綴じられた紙束を取り出して床に放る。
 開いた状態で落ちた帳面を見れば、子供の名や南蛮人らしい名が、各地の港や何両という金額と並べて記されていた。
 静馬は有田を罵ろうとするが、こんな相手をどうそしればいいかわからない。
 それで言葉に詰まっていると、ゆらりと立ったユキが大きく息を吐いてから、有田の横っ面を蹴り飛ばした。

「あがっ――」
「見下げ果てたクズめが! なぁにが『子供らのため』じゃ、この腐れ外道!」
「ごっ、誤解にございます、姫様! これには已むに已まれぬ事情が!」

 弁解しようとする有田の目線は、ユキではなく野太刀に向けられている。
 こいつ、まさか今ここで斬り合いを始める気か。
 危うさを感じた静馬が腰の銃に指をかけると、そこで予想外の事態が生じた。

「うっ、うわぁあああああああっ!」
「やめて! やめてよぅ!」

 孫三郎が開け放したままの引き戸から、子供たちがドヤドヤと雪崩れ込んできた。
 どうやら不穏な気配を察し、近くに集まって様子を窺っていたようだ。

「おねがい、和尚さまをいじめないで!」
「かえれ! かえれ!」

 詳しい事情はさていて、有田が責め立てられているのはわかったのだろう。
 いつも自分を守ってくれている相手を今度は自分が守ろうと、決死の形相でもって静馬たちを追い払おうとしている。
 この状況の急転で余裕が出たらしい有田は、野太刀を勢い良く鞘から引き抜いてから、空いた左手で駆け寄ってきた男の子を抱き上げた。

 その子を盾に使うつもりか、ととがめる意味を込めて静馬が睨みつけるが、有田は刺すような視線を涼しい顔で受け流す。
 この混乱を利用して、多対一の状況を自分の有利に運ぼうとの魂胆こんたんか。
 ユキと孫三郎も、それと知りながら有効的な手を打てず、不規則に暴れ回る子供らに翻弄ほんろうされている。

「子供らも怯えております……姫様も玄陽堂殿も、ここはひとつ穏便おんびんにお引取り願えませぬか」

 さっきまでの動揺はどこへやら、落ち着き払った声と表情で有田が言う。
 戦場では一つの出来事で流れが変わり、状況が一挙に逆転することがあると聞く。
 静馬はまさに、そんな状況を目の当たりにした気分だった。
 もしここで出直すことを選べば、有田は今度は手下を集めて迎え撃ってくるか、この寺を引き払って子供ら共々行方をくらませるだろう。

「さて、どうしたものかの」
「無理押しは避けたいのじゃ」

 孫三郎とユキは、何か突破口はないかとアチコチに視線を配っている。
 しかし具体的な行動を起こせないのは、子供らを傷つけずに済む方法が思いつかないからだろう。
 泣いたり騒いだりの子供らを前に、歳のあまり変わらぬ弥衛門やえもんはオロオロするばかり。

 どうやら、俺が何とかするしかないようだ――
 そう決意した静馬は、自分の袖にしがみつている泣きっ面の女の子を見遣る。
 この寺を訪れた時、有田の居場所を訊いた相手だ。

「まったく、嫌になるな……」

 静馬は小声で呟くと、目を潤ませた少女をヒョイと抱き上げる。
 急な動きに、瞳に湛えられた涙が溢れ、いくつかの粒になって零れた。
 そして静馬の右手が、少女の首を掴んで高々と持ち上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

処理中です...