戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第四章

第20話 「久しいな、有田平次郎。いや……今は光淳和尚じゃったか?」

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 一行の話はやがて、旅暮らしの中で遭遇した苦労や揉め事、旅先で食した名物の話などへと転じていった。
 そんなこんなで山道を進むと、先程教わった集落と思しき家々が見えてくる。

 家の数もまばらだが、それを養うにしても畑は余りに狭い。
 農作業よりも、狩猟が主な生業になっているのだろうか。
 そんなことを静馬しずまが考えていると、先頭を歩いていた孫三郎まござぶろうが足を止めて振り返る。

「さて、と。ここからどうする?」
「誰かが単独で探りを入れるか、全員で一緒に行くかじゃな」
「そうだな……この集落が有田と繋がっていた場合、見知らぬ誰かが現れた時点で連絡が行ってるだろし、警戒には意味がなさそうだ。全員で行こう」

 反対意見も出なかったので、静馬の提案通りに四人で先に進む。
 見たところ、集落には小さな家が七、八軒。
 どれも物置小屋と見紛う粗末さだったが、生活感があるので人は住んでいるらしい。
 まだ昼過ぎだというのに、屋外には老人が一人いるだけだ。

「だいぶさびれてるね」
「この山奥では無理もないのじゃ」

 辺りを見回しながら、弥衛門やえもんとユキがそんな感想を述べている。
 むしろ、何故こんな場所に住もうと思ったのか、という点について静馬が考えていると、孫三郎が老人に話しかけるのが聞こえてきた。

「ちょっと聞きたいのだが、この辺りに龍鱗寺りゅうりんじという寺はあるかの」
「んあ?」
「龍鱗寺。最近になって、坊主が住み着いたという古寺なのだが」
「あーあー、光淳こうじゅん様に用事かね」

 少し耳が遠いらしい老人は、屈託くったくなく答えてくる。

「名前はわからんが、体のデカい坊さんだ」
「そりゃ間違いないわ。光淳様の寺なら、あっこから出て右手の細い道を進んで、その先の石段を登った所だぁよ……しかし、こんな山中までわざわざ?」
「いや、ワシらはある商家に頼まれて行方不明の子供を捜しておるのだが、どうしても見つからんでな。それで、ここに孤児を引き取っている寺があると耳にして、万一があるかと思って訪ねたのじゃ」
「ほうかほうか。見ぃつかるといいのう」

 老人に見送られ、四人は教えられた道を行く。
 そこは獣道も同然の荒れ具合ではあったが、一応は人の手が入っているようで、枝を落としたり草を刈ったりの痕跡が見受けられる。
 悪路をいつもと変わらぬ調子で進む孫三郎の背中に、静馬は問いを投げた。

「にしても、孫三郎よ」
「何かの」
「よくもまぁ、ああもなめらかに作り話が出てくるな」
「世の中には、口先だけで回避できる揉め事も多いでな。正直は美徳だが、嘘も方便というヤツだの」

 振り向いた孫三郎は半笑いの顔でそう言うが、静馬は浅からぬ感銘を受けていた。
 適当なことばかり語っているようでいて、急に核心を突いた見解を披露したりする。
 やはりこの孫三郎、どうにも計り知れない男だ。

「お、あそこかな」

 弥衛門の指差す方を見ると、確かに古びた石段がある。
 その先には山門が建っているが、放置された期間が長かったのか、遠目からも朽ちかけているのがわかった。

『――――――――』

 石段を登っている最中、頭上から子供たちの笑い声が降って来た。
 これからやろうとしていることを思い、静馬の心は否応いやおうなく沈んでいく。
 他の三人も似たような気鬱きうつを抱えているのか、表情は暗く会話もない。
 山門をくぐり境内けいだいへと足を踏み入れると、本堂前の庭で子供達が駆け回っていた。

「……聞いていた通り、孤児を引き取っている様子じゃな」

 ユキの言葉に小さく頷き、静馬は遊ぶ子供らを眺める。
 人数は七人――年の頃は六つか七つから十歳前後の間だろうか。
 客が来たのに気が付いたか、女の子が一人駆け寄ってきた。

「なーに? だーれ?」
「光淳殿に会いに来たのだが、何処におられるかな」
「おしょーさまなら、はたけにいるよ」

 前歯の一本抜けている少女は、静馬に邪気のない笑顔を向けて答える。

「畑の場所は?」
「あっち」
「そうか、ありがとう」

 いわく言い難い罪悪感を抱えながら礼を述べ、静馬は童女の指差した方へ歩み出す。
 敷地は然程広くはなく、古ぼけた本堂と庫裏くりの他には、小さな堂が二つあるのみ。
 本堂の裏庭に回ると、剃髪ていはつした野良着のらぎ姿の男がくわを振るっている。
 上背も横幅もあるその巨体は、静馬にもユキにもたっぷりと見覚えのある姿だ。

「奴がそうだな?」
「うむ。有田じゃ」

 静馬とユキは、目指す仇に辿り着いたのを確認し合う。
 ゆっくり近付いて行くと、気配を感じ取ったらしい有田が顔を上げた。
 はて、といった風に静馬を一瞥いちべつした後、有田の視線は隣へと逸れてそこで固まった。

「ひっ――姫様! 何故ここに? そのお姿は?」
「久しいな、有田平次郎ありたへいじろう。いや……今は光淳和尚じゃったか? いずれにせよ、全ては汝を探してのこと」
「俺の用件もあるぞ、有田。二年前、武州岩多での所業を忘れたとは言わせん」
「……あぁ、そうか。そうなのか」

 二人の言葉を聞いた有田は、数拍の間を置いてから重い息を吐くようにして答える。
 首にかけた手ぬぐいでしきりに汗を拭いているが、それはおそらく畑仕事とは関係なく噴き出たものだ。
 主君を殺して逃げておきながら、主家への忠誠心だけは残っているというのか。
 そんな思いを込めつつ静馬が睨みつけていると、ユキがいつになく低い声で告げる。

「我らの目的が奈辺なへんにあるか、それはわかっておろうな、有田」
「は、それは重々に。ですがその前に、拙僧――いや、拙者の話を」

 有田は焦りを滲ませながらも、意外な程に穏やかな表情でユキに願い出る。
 何を言い出すかに興味を持った静馬は、『どうする?』と訊きたげな様子のユキに、小さく頷いてみせた。

「うむ。どう申し開くのか、聞くだけ聞いてやろうではないか」
「では、こちらへ……」

 有田に先導され、四人は子供達の注目を集めつつ庫裏へと入る。
 服を替えたいと有田は席を外すが、逐電ちくでんする危険を考えてか、孫三郎がその後に着いていく。
 しばらくして現れた有田は、中々に立派な袈裟けさを着こなしていた。
 来歴を知らぬ相手ならば、何の疑問も持たず一端いっぱしの僧侶と判断するであろう、堂に入った装いだ。
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