戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第四章

第19話 「その男前こそが、何を隠そうこのワシよ」

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「なぁ静馬しずま山室やまむろを見つけるまでの二年間って、どんな感じで暮らしてたんだ?」
「これ、止さぬか」

 ユキが弥衛門やえもん不躾ぶしつけを短く叱るが、静馬は気にもせず答える。

「いや、別に構わん。家族も村も村人も全部消えて呆然としてな。何日か動けずに焼け跡にへたり込んでいたら、そこに一人の男が通り掛かった――」
「その男前こそが、何を隠そうこのワシよ」
「いや、そういうホラはいらん。孫三郎まござぶろうではなく、年の頃は五十過ぎといった男だ。そいつは俺に高井玄陽たかいげんようと名乗ったが、それが本名かどうかは知らぬ」

 軽く往なされた孫三郎が不満げな顔をしているが、静馬は構わずに話を先に進める。

「玄陽に横っ面を張られて、それで正気に戻った俺は、自分の身に起きた全てをやっと理解した。悲しみで心が折れそうな時や、怒りが心頭に達した時には、涙ではなく乾いた笑いが出るぞ。弥衛門もイザという時のため覚えておくといい」
「覚えてても、どうしようもないような……」

 困惑する弥衛門の返事を聞き流し、静馬は話に戻る。

「武芸を教えながら諸国を旅していた玄陽は、俺から岩多村で何があったのかを聞くと、『しばらくはここで落ち着いて客を集めるか』などと言い出した。その理由は、賊に襲われた村の廃墟ならば危機感を煽るには丁度良いから、だと」
「いい根性してんな!」

 弥衛門の指摘に苦笑いを返し、在りし日の光景を思い出しながら続けた。

「それでも玄陽の見立ては当たり、近隣の百姓や地侍の子弟など、かなりの人数が玄陽に教えを乞いに来た。剣術と柔術を中心にした玄陽の技は、実戦向けに過ぎて武芸と呼ぶには怪しいものだったが、実用性では申し分がなかった」
「そなたも玄陽に師事したのじゃな」

 ユキからの問いに、静馬は頷く。

「ああ。内弟子のような形で、雑用をしながら稽古をつけて貰った。最初の内は通いの連中と同じ扱いだったが、いずれ仇を討ちたいという決意を告げると、玄陽は銃の扱い方を教えてくれ、更には『戦い方』だけではなく『生き方』を伝授してくれるようになった」
「ほう。それは心構えのようなものかの?」

 孫三郎に訊かれ、静馬は少し答えに詰まる。
 
「それもあるが、もっとこう実用的な……例えば食えるキノコの見分け方や、泥水から飲める水を作り出す方法なんかだ」
「……それは『生き方』ではなく、『生き残り方』な気がするのじゃが」

 ユキの言い分を肯定しつつ、静馬は終わりの見えない話を畳みにかかる。

「そうとも言えるな。十月とつきほどして玄陽が別の土地に移ると決めたので、俺は噂に聞いていた探索方に志願し、仇の四人を探すことにした。その募集が行われている京に発つ前日、玄陽はこの不思議な銃を俺にさずけてくれた――単なる餞別せんべつだったのか、俺の力不足を案じたのかは訊けず終いだったが、ありがたく使わせて貰って今に至る」

 三人の視線が、静馬が腰から抜いた銃に注がれる。

「ちなみに、俺が名乗っている『玄陽堂げんようどう』は、村の跡地で玄陽が開いていた道場の名だ。自分は岩多で育った静馬ではなく、玄陽堂で学んだ静馬に生まれ変わった、という決意表明のようなものだな」

 語り終えた静馬は、師匠と過ごした日々にしばし想いをせた。

「静馬も苦労してきた様子だが、お主らも相当に大変だったのではないか?」

 静馬の話が終わると、今度は孫三郎がユキと弥衛門に水を向けた。

「そりゃまぁ、ね」
「家中が滅亡の瀬戸際せとぎわにあるのに、それに対応すべき者が片っ端から殺されている始末じゃからな……気付けば何もかも取り返しが付かなくなっておったわ」

 当時の騒動を思い返しているのか、二人共に遠い目をしている。
 目の色に虚ろさが混ざってきたので、静馬は質問を投げて話の続きを促す。

「取り潰しと同時に、財産も召し上げだったのか」
「いや、知行地は失ったが、緋張ひばり家が所有している銭や財物は残された。ただ、一時金として家中の者に分け与えたら、後は殆ど残らなんだが」
「家宝級の茶器や刀が、いつの間にか蔵から消えてたりもしたっけ」

 火事に居合わせた時に、火を消すよりも火事場泥棒を優先するようなクズは何処にでもいるものだが、そういう醜悪な話は心を重く疲れさせる。
 渋面を浮かべる静馬に、ユキは苦笑を向けながら言う。

「それでも、食うに困ったり命の危険を感じたりの、追い詰められるような状況もなかったしのぅ。暮らしが激変したのは確かじゃが、そこまで苦労した気はせんな」
「だねぇ。オレらが知らない所でアトリが大車輪の働きだったとか、そういうのがあるのかも知れないけど」

 ユキも弥衛門も、見た目の美麗さとは裏腹の頑丈な神経を持ち合わせているようだ。
 三人分の苦労話が終わった所で、ついでとばかりに静馬は訊いてみる。

「残るはお主だな……今まで何となく触れずにいたが、一体全体どういう目的で旅をしとるのだ、孫三郎?」
「うむ。ありがたい経典きょうてんを求めるために、天竺てんじくへだな――」
「ならばまず、日本を出る方向で動いてはどうか」
「少しは冗談を見逃してくれてもよかろうに」
「野放しにすると、お主は八割が無駄口になるではないか」

 そこで孫三郎は不意に表情を引き締め、少し間を置いてから改めて口を開いた。

「静馬には前に話したと思うが、ワシには兄がおっての。それでこの兄が三年前、何者かに暗殺され、時を同じくして一族のある男が姿をくらました」
「逃げたそいつが下手人かな」

 弥衛門の問いに、孫三郎は深く頷いてみせる。 

「十中八九、そうだろう。だからワシの旅は、兄の仇を見つけるのが目的だの」
「そうか……お主にもそんな事情があったとは、な」
「しかし、妙な話じゃ」

 ユキが苦笑しながら言う。

「ん?」
「いや、共に旅する面子が揃いも揃って仇を追っているのが、少し可笑しくてな」
「言われてみれば、そうだの」

 無駄な偶然に気付き、皆で力なく笑う。
 そんな数奇な運命を笑いながらも、静馬は陰鬱な気分に落ち込むのを止められない。
 乱れに乱れた時代は今この瞬間も、自分らと似たり寄ったりの不運に巡り合う人々を量産しているのだ。
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