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第四章
第18話 「殺さねば殺される……戦場とは、そういうものだ」
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「あ、やっと起きた」
寒気を感じた静馬が身を起こすと、弥衛門の声が聞こえる。
居残ろうとする眠気を頭を振って追い払い、目を擦りながら訊く。
「うぅ……他の連中は」
「外でメシの支度してるよ」
早春の朝はまだ冷え込みが厳しく、建物内だというのに息は白い。
寝床の固さで強張った体をほぐしつつ、静馬が弥衛門と連れ立って表に出ていくと、鍋を囲んでいる孫三郎とユキの姿が湯気の向こうに見えた。
「おう静馬、少しは眠れたか」
「うん? 多少は体が痛むが、寝るには問題ない環境だったぞ」
「ほう、そうか」
静馬の返事に、孫三郎は微妙な反応を見せた。
ユキも心なしか、渋い表情で見返してくる。
「……何だというのだ?」
「いや、昨日のような乱戦は初めてだったろうし、心も落ち着かぬかと思ったのだが。随分と胆が太いと感心しとる」
孫三郎の言葉で、あれだけの数の人を殺めたのに己の心が全く揺れていない、と静馬は気付かされた。
家族や村の皆の仇である山室を討った時でさえ相当に動揺したのに、見知らぬ相手を討った挙句のこの落ち着きは何だろうか。
少し考えてみた結果、ボンヤリと浮かんだ答えを返しておく。
「んー……それは多分、相手を『賊』とだけ認識して、人だと思わなかったからだな」
「あっふぁっふぁ、豪気だの」
目を細めて笑う孫三郎の隣で、ユキは鍋の中身を椀に掬ってから言う。
「羨ましいことじゃ。繊細な妾など罪の意識に苛まれて、何も喉を――ほうはふほにぅもに」
「言っている内容はよくわからんが、嘘をついてるのだけはわかった」
「むぉまないも」
食いながらまだ何か言ってるユキを放置し、鍋の中身を確認する。
煮えているのは、団子と大根と何かの葉を味噌で煮込んだ汁物だ。
「すいとん、か」
「温まるぞ。ホレ、弥衛門も」
孫三郎は、静馬と弥衛門の分を椀に掬って差し出してくる。
簡単な料理だが、寒い朝の寝起きにはこの上ない馳走だ。
長く火を通してあるようで、芯まで味の染みた大根がまた美味い。
「わざわざ早起きして作ってたのか?」
「見張りをしていたアトリが、明け方に発ったでな。藤城らが夜襲に出る危険もあったから、ワシが役目を引き継いで……そのついでだの」
「なるほど。しかし、あそこまでボロ負けしてるのだし、もう恥ずかしくて俺らの前に顔を出せんのではないか、あの男も」
「甘い考えだの、静馬。真っ向勝負で勝てぬ小物ほど、負けた後に抱く恨みの念は深く、復讐の手口は陰湿になるものだ」
孫三郎の言葉に頷きながら、ユキも自分の意見を足してくる。
「大体、あの若さでクズレの道を選んでしまう男なれば、心根は途轍もなく捻じ曲がっているじゃろうな」
「まったく、面倒な話だ……」
勝手に仕掛けてきて一方的に恨まれていそうなのも困るが、戦わずに逃げたせいで藤城がどの程度の腕前かすらわからない。
そんな事実に少し気怠くなりながらも、食事を終えた静馬は荷物をまとめて仲間と共に山道へと戻る。
北ノ庄からここまでは晴れの日が続いていたが、今日の空は朝から曇りがちだ。
予想の通り、あれから火事はそれほど燃え広がらなかったようだ。
まだ焦げ臭さは漂っているものの、周辺に火の気はない。
ただ、かなりの数のカラスが集まって、やけに不穏な気配を漂わせている。
「ふむ、エサの存在に気付いたようじゃな」
「エサ呼ばわりはやめんか」
元より罪悪感などは薄いが、流石に罰当たりな気はしなくもない。
そう思って静馬が孫三郎を諌めていると、弥衛門が訊いてくる。
「どうすんだ、こいつら。放っとくのか?」
「埋めてやる義理もヒマもないしの。ゆるりと野に還って貰うとしよう」
孫三郎の言に誰も反対しなかったので、一行はそのまま骸を捨て置いて先を急ぐ。
悪ふざけの如く勾配のきつい油坂峠を越え、しばらく進むと中規模の村に出た。
旅人がそれなりに通るのか、村の外れには簡単な食事を出す店もあった。
そこで一休みしつつ有田と龍鱗寺の話を訊いてみると、少し北にある山中の集落に近い廃寺に、それらしき人物が住み着いているとの話が聞けた。
だがその寺について、店の主人は『旅の僧が戦で親や家を失った子供を引き取り、山の中で畑を作って共同生活を送っている』と語り、静馬達を困惑させる。
「ふぅむ……孤児を集めておるとは、どういう腹づもりかの。そんなに慈悲深い男か、その有田平次郎とやらは」
「妾の記憶では、大食と膂力が自慢の荒々しい猪武者じゃったが……」
孫三郎からの問いに、ユキも戸惑った様子で答える。
静馬にも真意が読めなかったが、考える内に嫌な推測に思い至ってしまった。
「探索方の詮議から逃れるのが目的ならまだいいが……もしかすると、盗賊の一味として育てる気ではなかろうか」
静馬の仮説を聞いた三人は、それぞれが不快そうに顔を顰める。
「あり得る話だの。忍の技を仕込まれた童などは、油断を誘う見た目と身の軽さでもって、慮外の活躍を見せることがある」
「しかし……子供を討たねばならんのは、気分が悪くなる」
孫三郎とユキが語った危惧で、得物を手にして駆け寄ってくる幼子を撃ち倒す光景を思い浮かべてしまい、静馬の胸中は苦いもので満たされる。
「あのさ、子供相手でも手加減する気がないのに、ちょっと引くんだけど」
「そうは言うがな、弥衛門……相手が女子供だろうと年寄りだろうと、戦意を持って当たってくるならば無視できん」
「殺さねば殺される……戦場とは、そういうものだ」
「うーん……」
静馬の言葉を孫三郎が補足すると、弥衛門はアトリから諭された『割り切りの必要性』を思い出したのか、不承不承の様子で引き下がった。
「ここで想像を膨らませていてもキリがない。とりあえず寺の近くにあるという集落にまで行ってみて、そこで次の手を考えるとしよう」
「そうじゃな」
他の意見も出なかったので、一行は静馬の提案に従い北を目指して出発した。
寒気を感じた静馬が身を起こすと、弥衛門の声が聞こえる。
居残ろうとする眠気を頭を振って追い払い、目を擦りながら訊く。
「うぅ……他の連中は」
「外でメシの支度してるよ」
早春の朝はまだ冷え込みが厳しく、建物内だというのに息は白い。
寝床の固さで強張った体をほぐしつつ、静馬が弥衛門と連れ立って表に出ていくと、鍋を囲んでいる孫三郎とユキの姿が湯気の向こうに見えた。
「おう静馬、少しは眠れたか」
「うん? 多少は体が痛むが、寝るには問題ない環境だったぞ」
「ほう、そうか」
静馬の返事に、孫三郎は微妙な反応を見せた。
ユキも心なしか、渋い表情で見返してくる。
「……何だというのだ?」
「いや、昨日のような乱戦は初めてだったろうし、心も落ち着かぬかと思ったのだが。随分と胆が太いと感心しとる」
孫三郎の言葉で、あれだけの数の人を殺めたのに己の心が全く揺れていない、と静馬は気付かされた。
家族や村の皆の仇である山室を討った時でさえ相当に動揺したのに、見知らぬ相手を討った挙句のこの落ち着きは何だろうか。
少し考えてみた結果、ボンヤリと浮かんだ答えを返しておく。
「んー……それは多分、相手を『賊』とだけ認識して、人だと思わなかったからだな」
「あっふぁっふぁ、豪気だの」
目を細めて笑う孫三郎の隣で、ユキは鍋の中身を椀に掬ってから言う。
「羨ましいことじゃ。繊細な妾など罪の意識に苛まれて、何も喉を――ほうはふほにぅもに」
「言っている内容はよくわからんが、嘘をついてるのだけはわかった」
「むぉまないも」
食いながらまだ何か言ってるユキを放置し、鍋の中身を確認する。
煮えているのは、団子と大根と何かの葉を味噌で煮込んだ汁物だ。
「すいとん、か」
「温まるぞ。ホレ、弥衛門も」
孫三郎は、静馬と弥衛門の分を椀に掬って差し出してくる。
簡単な料理だが、寒い朝の寝起きにはこの上ない馳走だ。
長く火を通してあるようで、芯まで味の染みた大根がまた美味い。
「わざわざ早起きして作ってたのか?」
「見張りをしていたアトリが、明け方に発ったでな。藤城らが夜襲に出る危険もあったから、ワシが役目を引き継いで……そのついでだの」
「なるほど。しかし、あそこまでボロ負けしてるのだし、もう恥ずかしくて俺らの前に顔を出せんのではないか、あの男も」
「甘い考えだの、静馬。真っ向勝負で勝てぬ小物ほど、負けた後に抱く恨みの念は深く、復讐の手口は陰湿になるものだ」
孫三郎の言葉に頷きながら、ユキも自分の意見を足してくる。
「大体、あの若さでクズレの道を選んでしまう男なれば、心根は途轍もなく捻じ曲がっているじゃろうな」
「まったく、面倒な話だ……」
勝手に仕掛けてきて一方的に恨まれていそうなのも困るが、戦わずに逃げたせいで藤城がどの程度の腕前かすらわからない。
そんな事実に少し気怠くなりながらも、食事を終えた静馬は荷物をまとめて仲間と共に山道へと戻る。
北ノ庄からここまでは晴れの日が続いていたが、今日の空は朝から曇りがちだ。
予想の通り、あれから火事はそれほど燃え広がらなかったようだ。
まだ焦げ臭さは漂っているものの、周辺に火の気はない。
ただ、かなりの数のカラスが集まって、やけに不穏な気配を漂わせている。
「ふむ、エサの存在に気付いたようじゃな」
「エサ呼ばわりはやめんか」
元より罪悪感などは薄いが、流石に罰当たりな気はしなくもない。
そう思って静馬が孫三郎を諌めていると、弥衛門が訊いてくる。
「どうすんだ、こいつら。放っとくのか?」
「埋めてやる義理もヒマもないしの。ゆるりと野に還って貰うとしよう」
孫三郎の言に誰も反対しなかったので、一行はそのまま骸を捨て置いて先を急ぐ。
悪ふざけの如く勾配のきつい油坂峠を越え、しばらく進むと中規模の村に出た。
旅人がそれなりに通るのか、村の外れには簡単な食事を出す店もあった。
そこで一休みしつつ有田と龍鱗寺の話を訊いてみると、少し北にある山中の集落に近い廃寺に、それらしき人物が住み着いているとの話が聞けた。
だがその寺について、店の主人は『旅の僧が戦で親や家を失った子供を引き取り、山の中で畑を作って共同生活を送っている』と語り、静馬達を困惑させる。
「ふぅむ……孤児を集めておるとは、どういう腹づもりかの。そんなに慈悲深い男か、その有田平次郎とやらは」
「妾の記憶では、大食と膂力が自慢の荒々しい猪武者じゃったが……」
孫三郎からの問いに、ユキも戸惑った様子で答える。
静馬にも真意が読めなかったが、考える内に嫌な推測に思い至ってしまった。
「探索方の詮議から逃れるのが目的ならまだいいが……もしかすると、盗賊の一味として育てる気ではなかろうか」
静馬の仮説を聞いた三人は、それぞれが不快そうに顔を顰める。
「あり得る話だの。忍の技を仕込まれた童などは、油断を誘う見た目と身の軽さでもって、慮外の活躍を見せることがある」
「しかし……子供を討たねばならんのは、気分が悪くなる」
孫三郎とユキが語った危惧で、得物を手にして駆け寄ってくる幼子を撃ち倒す光景を思い浮かべてしまい、静馬の胸中は苦いもので満たされる。
「あのさ、子供相手でも手加減する気がないのに、ちょっと引くんだけど」
「そうは言うがな、弥衛門……相手が女子供だろうと年寄りだろうと、戦意を持って当たってくるならば無視できん」
「殺さねば殺される……戦場とは、そういうものだ」
「うーん……」
静馬の言葉を孫三郎が補足すると、弥衛門はアトリから諭された『割り切りの必要性』を思い出したのか、不承不承の様子で引き下がった。
「ここで想像を膨らませていてもキリがない。とりあえず寺の近くにあるという集落にまで行ってみて、そこで次の手を考えるとしよう」
「そうじゃな」
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