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第三章
第15話 「仏の心も三度までだ!」
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松明を掲げて無警戒に近付いてきた男に、孫三郎は何も言わずに銃爪を引く。
眉間に弾を受けた男は、右足を跳ね上げて派手に昏倒した。
発砲の残響が消えない状況で、孫三郎は早合の中身を銃身に詰めながら静馬に告げる。
「相手はコチラがよく見えんが、コチラからは松明を持った相手が見える。そしてワシらが手にしているのは銃だ……意味はわかるな?」
「ああ、心得ている」
静馬はその言葉で、多勢に驕った藤城が何も考えずに寄せて来たのを悟る。
薄暗がりの中、松明を手にして銃使いの前をウロつくなど、自殺行為に等しい。
「ワシが左、静馬が右で良いかの?」
「それで行こう」
簡単な打ち合わせの後、二手に分かれた。
静馬は仏堂の裏に隠れて様子を伺い、倒すべき相手の武装を確認する。
刀と槍――遠距離攻撃の手段はない。
「こいつは下手すると、鴨撃ちより楽だな……」
呟いた静馬は、相手との距離を詰めるために物陰から飛び出す。
足音を消さなかったので、気付いた二人がバタバタと向かってくる。
「いたぞっ! そっちだぁふっ――」
叫ぶ男の腹を狙って銃爪を引く。
まずは一人。
その場で次弾と火薬を装填する。
「クソだらぁっ! ブッ殺してぃ――あ?」
もう一人が槍を振り回して喚き出したので、無防備な胸板を撃ち抜いた。
続けて二人。
そこで、そう遠くはない距離からの銃声が響く。
一瞬体が強張った静馬だが、この独特の発砲音は孫三郎の銃だ。
静馬は即座に冷静さを取り戻し、次の標的を探す。
その最中にも孫三郎による射撃と、短い叫び声の応酬が何度か繰り返される。
やがて包囲の失敗を悟ったのか、いくつかの松明がバラバラに後退していった。
「仏の心も三度までだ! ここで死んだぞ、テメェら!」
若干使い方を間違えた諺を喚く藤城の大声の後で、松明がそこかしこに放り投げられる。
乾いた空気が炎上を助け、一帯は瞬く間に明るさを増していった。
初手のしくじりを察した藤城は、山道沿いの木々を焼いた火で周囲を照らし、こっちの姿を捉える戦法に変更したようだ。
相手は恐らく、まだ十人近くが残っている。
数を頼りに無理押しされたら、抵抗しきれない恐れが。
大将格の藤城を討てば、状況は一気に好転するだろう。
しかし慎重なのか臆病なのか、声はすれども藤城の姿は見えない。
静馬は、背中に冷たい汗が幾筋か流れるのを自覚した。
短い膠着状態の後、藤城たちが先に動いた。
懸念していた通り、やはり数で押して来るつもりらしい。
体のどこかに当たればいい、その程度の粗い狙いで連射する静馬だったが、焦りもあってか上手く行かず人影が寄せてくる。
得物を手に駆け寄ってきた三人の内、先頭の一人は右膝を撃って転がしたが、残る二人には肉薄を許してしまった。
静馬は銃を腰に収めると代わりに大脇差を抜き、奇声を発しながら刃毀れした鉞を振りかぶる、太った男の喉を横薙ぎに切り裂く。
そしてもう一人に向き直ろうとするが、地面に浮いていた木の根に躓き、思いがけず仰け反ってしまい体勢を崩す。
そうなる直前、錆の浮いた刀身が閃いて、燃え盛る火の赤色を反射するのが見えた。
「しゃぁあああっ! もらったぁああぁっ!」
勝ちを確信した雄叫びが耳に刺さる。
相手の走りは奇妙なまでに遅く感じられるが、対する自分の動作も果てしなく鈍い。
「んぁがっ」
額の広い男は気の抜けた声を上げると、倒れ掛かるような勢いで急迫してきた。
身を捩って致命傷を避けようとした静馬は、強い衝撃を受けて大脇差を取り落とし、尻餅をつかされる。
混乱しながらも、まずはどこを斬られたか把握しようとする。
しかし、打撲の痛みだけしか感じられず、静馬は戸惑うばかりだ。
「何、だ……?」
錆刀は突撃してきた男の手から離れ、静馬の刀と重なるように転がっている。
自分に圧しかかっている相手を引き剥がし、大脇差を拾ってから身を起こした静馬は、男の後頭部に矢が突き立っているのに気付いた。
手元が狂っての同士討ちか、と矢の飛んできた方に目を凝らす。
だが、何者かが手を振っているのまでは確認できたものの、それ以上はわからない。
敵ではなさそうだ、と判断した静馬はとりあえず放置し、反撃に転じるために移動を開始した。
「おう、無事だったか」
「ああ、どうにかな」
火が回っていない場所を目指す途中、静馬は声をかけられた。
孫三郎は危なげなく攻勢を捌いた様子で、呼吸もまるで乱れていない。
「何人やった?」
「トドメを刺せているかはわからんが――全部で五だ」
「ワシが七か八は仕留めたから、ほぼ壊滅かの」
「大将の藤城とかいうクズレは、形勢不利と見てもう逃げてるかな」
「ふむ……一応、試してみるか。静馬、ワシに合わせろ」
何をするのかわからなかったが、とりあえず頷いた。
孫三郎は二度ほど小さく咳払いをした後、息を大きく吸って叫ぶ。
「っしゃあああっ! クソガキャ捕まえたぜえええっ!」
いかにも襲って来た連中が発しそうな、下品な声色の粗野な言い回しで孫三郎が叫ぶ。
それほど間を置かず、森の中から藤城の声が上がった。
「――おぅ、よくやった! もう一人は?」
「鉈でもって頭カチ割られて、そこらで転がってらぁ!」
怒鳴って応じた孫三郎は、静馬の両手を掴んで後ろに回しながら、燃えている木の近くへと歩み出ていく。
その様子を確認したのか、藤城が初めて姿を現した。
「ご苦労だったな。お前には特別に五両くれてや――うっ!」
孫三郎の顔を覚えていたのか、罠にかけられたのを察した藤城は、慌てて踵を返すとまた森の中へ逃げ込んだ。
「む、思ったより鋭いの」
それだけ言って駆け出した孫三郎を追い、静馬も森の中へと踏み込んだ。
眉間に弾を受けた男は、右足を跳ね上げて派手に昏倒した。
発砲の残響が消えない状況で、孫三郎は早合の中身を銃身に詰めながら静馬に告げる。
「相手はコチラがよく見えんが、コチラからは松明を持った相手が見える。そしてワシらが手にしているのは銃だ……意味はわかるな?」
「ああ、心得ている」
静馬はその言葉で、多勢に驕った藤城が何も考えずに寄せて来たのを悟る。
薄暗がりの中、松明を手にして銃使いの前をウロつくなど、自殺行為に等しい。
「ワシが左、静馬が右で良いかの?」
「それで行こう」
簡単な打ち合わせの後、二手に分かれた。
静馬は仏堂の裏に隠れて様子を伺い、倒すべき相手の武装を確認する。
刀と槍――遠距離攻撃の手段はない。
「こいつは下手すると、鴨撃ちより楽だな……」
呟いた静馬は、相手との距離を詰めるために物陰から飛び出す。
足音を消さなかったので、気付いた二人がバタバタと向かってくる。
「いたぞっ! そっちだぁふっ――」
叫ぶ男の腹を狙って銃爪を引く。
まずは一人。
その場で次弾と火薬を装填する。
「クソだらぁっ! ブッ殺してぃ――あ?」
もう一人が槍を振り回して喚き出したので、無防備な胸板を撃ち抜いた。
続けて二人。
そこで、そう遠くはない距離からの銃声が響く。
一瞬体が強張った静馬だが、この独特の発砲音は孫三郎の銃だ。
静馬は即座に冷静さを取り戻し、次の標的を探す。
その最中にも孫三郎による射撃と、短い叫び声の応酬が何度か繰り返される。
やがて包囲の失敗を悟ったのか、いくつかの松明がバラバラに後退していった。
「仏の心も三度までだ! ここで死んだぞ、テメェら!」
若干使い方を間違えた諺を喚く藤城の大声の後で、松明がそこかしこに放り投げられる。
乾いた空気が炎上を助け、一帯は瞬く間に明るさを増していった。
初手のしくじりを察した藤城は、山道沿いの木々を焼いた火で周囲を照らし、こっちの姿を捉える戦法に変更したようだ。
相手は恐らく、まだ十人近くが残っている。
数を頼りに無理押しされたら、抵抗しきれない恐れが。
大将格の藤城を討てば、状況は一気に好転するだろう。
しかし慎重なのか臆病なのか、声はすれども藤城の姿は見えない。
静馬は、背中に冷たい汗が幾筋か流れるのを自覚した。
短い膠着状態の後、藤城たちが先に動いた。
懸念していた通り、やはり数で押して来るつもりらしい。
体のどこかに当たればいい、その程度の粗い狙いで連射する静馬だったが、焦りもあってか上手く行かず人影が寄せてくる。
得物を手に駆け寄ってきた三人の内、先頭の一人は右膝を撃って転がしたが、残る二人には肉薄を許してしまった。
静馬は銃を腰に収めると代わりに大脇差を抜き、奇声を発しながら刃毀れした鉞を振りかぶる、太った男の喉を横薙ぎに切り裂く。
そしてもう一人に向き直ろうとするが、地面に浮いていた木の根に躓き、思いがけず仰け反ってしまい体勢を崩す。
そうなる直前、錆の浮いた刀身が閃いて、燃え盛る火の赤色を反射するのが見えた。
「しゃぁあああっ! もらったぁああぁっ!」
勝ちを確信した雄叫びが耳に刺さる。
相手の走りは奇妙なまでに遅く感じられるが、対する自分の動作も果てしなく鈍い。
「んぁがっ」
額の広い男は気の抜けた声を上げると、倒れ掛かるような勢いで急迫してきた。
身を捩って致命傷を避けようとした静馬は、強い衝撃を受けて大脇差を取り落とし、尻餅をつかされる。
混乱しながらも、まずはどこを斬られたか把握しようとする。
しかし、打撲の痛みだけしか感じられず、静馬は戸惑うばかりだ。
「何、だ……?」
錆刀は突撃してきた男の手から離れ、静馬の刀と重なるように転がっている。
自分に圧しかかっている相手を引き剥がし、大脇差を拾ってから身を起こした静馬は、男の後頭部に矢が突き立っているのに気付いた。
手元が狂っての同士討ちか、と矢の飛んできた方に目を凝らす。
だが、何者かが手を振っているのまでは確認できたものの、それ以上はわからない。
敵ではなさそうだ、と判断した静馬はとりあえず放置し、反撃に転じるために移動を開始した。
「おう、無事だったか」
「ああ、どうにかな」
火が回っていない場所を目指す途中、静馬は声をかけられた。
孫三郎は危なげなく攻勢を捌いた様子で、呼吸もまるで乱れていない。
「何人やった?」
「トドメを刺せているかはわからんが――全部で五だ」
「ワシが七か八は仕留めたから、ほぼ壊滅かの」
「大将の藤城とかいうクズレは、形勢不利と見てもう逃げてるかな」
「ふむ……一応、試してみるか。静馬、ワシに合わせろ」
何をするのかわからなかったが、とりあえず頷いた。
孫三郎は二度ほど小さく咳払いをした後、息を大きく吸って叫ぶ。
「っしゃあああっ! クソガキャ捕まえたぜえええっ!」
いかにも襲って来た連中が発しそうな、下品な声色の粗野な言い回しで孫三郎が叫ぶ。
それほど間を置かず、森の中から藤城の声が上がった。
「――おぅ、よくやった! もう一人は?」
「鉈でもって頭カチ割られて、そこらで転がってらぁ!」
怒鳴って応じた孫三郎は、静馬の両手を掴んで後ろに回しながら、燃えている木の近くへと歩み出ていく。
その様子を確認したのか、藤城が初めて姿を現した。
「ご苦労だったな。お前には特別に五両くれてや――うっ!」
孫三郎の顔を覚えていたのか、罠にかけられたのを察した藤城は、慌てて踵を返すとまた森の中へ逃げ込んだ。
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