戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第三章

第13話 「そういえば、随分と妙な銃を使っておったの」

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 再び探索所におもむいた静馬しずま孫三郎まござぶろうは、無事に有田ありた一矢万矢いっしばんしの手配書を手に入れる。
 仇の姿がないかを確認するため、新たな賞金首の情報は小まめに集めていたのに、どうして気が付かなかったのか。

 そう思いながら有田の手配書を眺める静馬だったが、長大な太刀と刺青に関する記述はあったものの、人相書きがまるで別人の似つかなさだった。
 これはいくら何でも無理だな、と一矢万矢の方を見てみれば、こちらも真行寺しんぎょうじ兄弟に関する情報は殆ど載っておらず、ここから右近うこんの存在に辿り着くのは至難しなんわざだ。

 ただ、仇である兄弟に関しては曖昧あいまいな記述だが、もう一人の幹部である『明星みょうじょう六郷ろくごう』という幹部については、詳細な人相や使用武器が説明されている。
 静馬の肩越しに手配書を覗き込みながら、孫三郎は感心したように言う。

「ふむ、有田は山室より下がって二十五両、一矢万矢の首領が七十両で幹部二人がそれぞれ二十両……全員を狩れば一財産だの」
「なぁ、孫三郎」
「何かの?」

 口にするべきか少し迷いがあったが、静馬はやはり訊くことにした。 

「……ユキ達は、何故にこいつらの情報を握り潰していたんだろう」
「それは、見知らぬ誰かに先に狩られたら困るから、だろうて。現に、詳細な手配書が出回った山室は、お主に討たれたではないか」
「なるほど、な」

 開いた手配書に再度目を落としながら、静馬は腹の底が煮える感覚を覚える。
 そこに記された一矢万矢の凶行は、件数も然ることながらとにかく手口が酷薄だった。
 浪人集団を雇って撃退を試みた村では、敗北後に村人全員が両目を潰され浪人達は生きながらジワジワと膾斬なますぎりにされた、というような記述まである。
 読んでいるだけで、身も心も溝泥どぶどろで濁らされる気分だ。

「何はともあれ、野放しにはしておけん。行くぞ、孫三郎」
「気持ちがくのはわかるが、まずは宿から荷物を取ってこねば」
「あ、ああ。わかっている」

 宿に戻った二人は手早く荷物をまとめ、主人に頼んで適当な食事を用意してもらう。
 そして出てきた蕎麦がきを素早く腹に収めると、そのまま北ノ庄から離れた。
 東にある美濃みのへの途上には厄介な山越えも待っているが、目指すその先に仇が待つのを知っている静馬の足取りは軽い。
 その様子を浮き足立っていると判断したのか、孫三郎はいつになく慎重な物言いで静馬に注意をうながしてくる。

「この道を選ぶと、山中での野宿が続くかも知れんぞ」
「もう雪も降らぬ季節だし、どうにかなろう」
「しかしなぁ……山の雪は長く残る。それに、こちらはあまり人が通らぬでな、足場も安定を欠いておるぞ」
「なぁに、俺は山歩きには慣れている。お主だってそうだろ、孫三郎」

 静馬は何を言われても、まるで気にする風でもない。
 孫三郎は短く溜息を吐き、背中の行李こうりの位置を直しながら言い足す。

「となると、残る問題は山賊の出現と腹を空かせた熊の襲撃だの」
「結構な難問が残ったな……」
「平坦な道もあるにはあるぞ。少しばかり遠回りにはなるが」
「いや、どんな道を進もうが、事が起きるときは起きる。このまま行こう」

 この分だと、しばらく頭が冷えそうにないな。
 そう判断した孫三郎は、それ以上は苦言を呈さずにおくことにした。

 翌日には大野おおのを抜け、二日目には山の中の細道へと入り、三日目で九頭竜湖くずりゅうこの脇を抜ける。
 孫三郎も言っていたように道はあまり良くないが、雨も降らず何事も起こらない道中はそれだけで快適だ。

 何より静馬にとっては、黙々と歩くだけだった今迄とは違い、言葉を交わせる連れがいるというのが大きかった。
 一人旅にも十分慣れたつもりだったが、そもそも孤独が好きというわけでもない。
 少し後ろから規則正しく聞こえる足音に、静馬は振り向かずに声をかける。

「そろそろ美濃に入ったかな」
油坂あぶらさかと呼ばれとるとうげを越えれば、その先だの。しかし日も暮れかかっとるし、美濃に入るのは明日にせんか」
「ああ、この辺りで休んでおくとするか」

 孫三郎の提案に従い、静馬は野営に便利そうな場所を探す。
 あつらえ向きに、かつては仏堂だったと思しき建物が近くで見つかった。
 中には何もないが床と屋根と壁はあるので、雨や夜露よつゆは一応しのげそうな按配あんばいだ。

「メシはどうする」
「一昨日に立ち寄った村で、干し大根を買ってたな。あれを使わんか?」

 静馬が提案すると、孫三郎は視線を空中に彷徨さまよわせて思案する。

「ふぅむ……では、米とブツ切りにした大根を煮て、大根は味噌をつけて食う、というのはどうかの」
「最初から味噌煮ではいかんのか」
「それも悪くないが、水煮した大根の淡い味に、味噌の濃い味が合わさるのは格別だぞ」

 そう言われて、静馬は思い浮かべてみる。
 たっぷり米を使った粥が煮える鍋の白色の中で、同じ色だった大根が半透明になり、湯気を上げる大根に溶いた味噌をかける――

「……よし、それで行こう」

 仏堂に荷物を置くと、手頃な大きさの石を集めて簡単なかまどを作り、枯れ枝を拾い集める。
 一人の時は適当に済ませてばかりだったが、すっかり変わったものだ。
 静馬は徐々に大きくなる火を眺めながら、腹を満たすためだけの雑な食事を思い返す。
 そこに戻るのは苦ではないが、別に無理して戻る必要もないだろう。
 程なくして、孫三郎の声が静馬の回想を打ち切った。

「鍋を置いてもいいか?」
「ああ、右側が少し低いんで調節してくれ」

 まだ食材を入れていない、水を張られた鍋が火にかけられる。
 静馬が中を覗き込むと、鍋の底に黒くて薄い板のようなものが沈んでいるのが見えた。

「……これは?」
「北ノ庄で求めた、昆布を干したものだ。敦賀つるがの港から運ばれたんだろうの。何かを煮る前にこいつを入れておくと、いい味と香りが出るのだ。ただの塩粥も、えもいわれぬ風味に転じるのでな。楽しみにしておけ」
「お主は本当に色々と知ってるな」
「関東では余り使わんらしいが、近頃の関西では普通の調理法だぞ」
「そうなのか」

 孫三郎の話を聞きながら、静馬は火の調子を確認する。
 使った枝の乾燥が足りていなかったのか、燃え方がもう一つといった感があった。
 湯が沸くのを待つ間、孫三郎と取り留めのない雑談を交わしていると、話題が静馬の武器に及んだ。

「そういえば、随分と妙な銃を使っておったの。アレをちょっと見せてくれんか」
「ん……まぁ、構わんぞ」

 急な申し出を警戒する静馬だったが、今更になって孫三郎が妙な真似をする理由もないか、と思い直して腰から外した銃を手渡す。
 受け取った孫三郎は、日没前の薄暗さと勢いの弱い焚き火の明かりの中、「ふむ」とか「ほほう」とか呟きながら、めつすがめつ銃を眺めている。

「むぅ……やはりそうか」
「何がやはりなのだ」
「コイツは南蛮渡来だな?」
「ああ、そうらしい」

 アチコチを弄り回した孫三郎は、感心しきりといった表情で言う。

「火縄ではなく、燧石すいせき(火打ち石)で点火するカラクリか。ふむふむ……弾は筒先ではなく、手元から込めるのだな?」
「その通りだ。良くわかるな」
「イスパニア(スペイン)の辺りにこういうものがある、とは噂話で聞き及んでいたが、まさか既にこの国に入っておって、それをお主が持っておるとは……」

 孫三郎は上気した顔で、唸りながら筒内を覗いたり、片手で構えてみたりしている。
 その姿はまるで、新しい玩具を与えられた子供のようでもあった。
 しかし、そんな指摘をするのもどうかと思い、静馬は黙って興奮気味な三十男の様子を観察するに止めた。
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